1,幼なじみ
幼なじみと言えば、何しろ気心が知れているという感がある。
子どものころから長年共にいて、それでもなお、お互いの腹のうちが読めないようであれば、
それは「幼なじみ」というよりも、もしかしたら俗にただの「くされ縁」と呼ばれている関係なのかも知れない。
世の中には沢山の幼なじみたちがいる。
特に生まれ育ったのが小さな集落、狭い村だったとしたら、周りは幼なじみだらけであろう。
ときにこの呂望という少年は、生まれこそ規模の大きな部族であったが、
当時の悪政により一族は滅ぼされ、彼は天涯孤独の身となってしまった。
そんな彼にも、この後100年以上も付き合いの続く唯一の「幼なじみ」が出来たのである。
それは、呂望が仙界へスカウトされ、道士として仙人の見習いを始めてからである。
呂望と同じ頃、やはり仙界へ来たという酷く痩せている髪の青い少年であった。
一方呂望はといえば、太ってこそないが身体のつくりはしっかりとしていた。
髪は赤みがかった黒色で、艶がある。
呂望の赤い瞳には生き抜く意志があったが、その青い髪の少年の持つ緑色の大きな瞳は、少し虚ろ気であった。
呂望は普段、よく喋り、そしてどちらかと言えばいつも怒っている。
周囲に気を遣って人を笑わせたり、またはイタズラを仕掛けたりして賑やかにしているが、
それでも一日の終わりには自分自身の事を含めて、何かに無性に腹がたった。
だから、笑っていても内心ちょっと怒っている。
何に対してなのかは、後々冷静になって考えないと呂望自身にも分からない。
一方、痩せた青い髪の少年は、いつも静かに笑っている。
愉快な気持ちで笑っているのではなさそうで、何が起こったとしても同じ表情で微笑んでいるだけだった。
いつも同じ顔なので、表情は無いと言っても過言ではない。
つまり彼の表情から感情をうかがい知ることはない。
周囲に気を遣っているから微笑んでいるわけでもなく、彼自身がそうしたいからなのであろう。
本当に怒ることも声を出して笑うことも、殆どない。
青い髪の少年は非常にマイペースだ。
そんな二人だから、最初はしっくりとこない。
特に呂望は分かりやすいくらいに、狼狽した。
面白い話をしても盛り上がらない、ムッときてイヤミを言っても怒られない。
自らの空回り感を感じてしまい、困った挙げ句に起こる長い沈黙に自己嫌悪する。
呂望にとっては、あまりいい関係とは言えない。
だからと言って、これ以上彼に深く関わるともっと嫌になってしまうだろう。
もういいや、呂望は自分なりにほんの少し、距離をおくことにした。
そういう時でさえ、青い髪の少年はいつもと変わらない。
静かににっこりと微笑んでいて、一人でふわふわと浮いているような雰囲気だ。
いざ距離を置く気になってみると、呂望は彼にちょっとだけ後ろめたい。
それでも彼は呂望に笑顔を送る。
一体何を考えているのか、何も考えていないのか、彼のことが呂望には分からない。
ある時、呂望は師である仙人にこう言われた。
「ここの裏にある大きな桃の木に、一個だけ桃ができておる。
特においしい仙桃と言われるものだから、特別に採る事を許可してやろう。」
そこで呂望は違和感を覚えた。
「元始天尊様、一個だけって、一人で食べてもいいのですか?」
仙人は答える。
「別に構わないが、めったに実がなるものでもないから、誰かと分け合ってもいいだろう」
つまりは好きにしていいと、そう言われても返って困ってしまう呂望であった。
貴重なものなら一人で食べるのは気が引けるし、
誰かと分けるといっても仲の良い道士仙人は大勢いる。
ひいきはできないだろう。
一瞬、同期である青い髪の少年が脳裏をかすめたが、たぶん彼と分け合っても、
彼はおいしいとか嬉しいとか言わないのでつまらないだろう。
もしかしたら、かえってさらに気まずくなるやも。
そう考えた呂望は、師の誘いを辞退する旨を伝えた。
師である元始天尊は非常に残念がったが、呂望はこの時あまり気が向かなかった。
雲の上にある岩の上。
呂望は空の真ん中で目を閉じて瞑想する。
神経を研ぎ澄ませていても気が入らない。
どうして集中できないのか、
そんな自身にまた腹が立った。
軽く憂鬱な気持ちになり、やめる。
空の修行場から降り、道士の宿舎に戻ると、そこにいたのは髪の青い少年であった。
いつもと変わらない笑顔で、まるで呂望を待っていたかのようにじっと見つめている。
呂望は少し困って、やあ、と片手をあげてみせた。
そんな呂望に彼はほんのちょっと、いつもより大きく微笑んだ。
呂望を呼び寄せ、これを見てよ、と言って彼は閉じていた両手のひらを開いた。
そこには、手のひらサイズよりちょっと小さめの、薄いピンク色の丸々したものがあった。
とても瑞々しい果物に見える。
丸のてっぺんに、やはり小さな、緑色の葉っぱも一枚くっついている。
「これは?」
呂望がしげしげと手の中のものを観察する。
「これはね、元始天尊様の育てた仙桃だよ。
他のと違って「特別」でとってもおいしいんだって。
僕にくれたんだ」
「元始天尊様が、君に?良かったじゃないか、食べてみなよ」
呂望は師と自分のやりとりを思い出しながら、そっけなく言った。
「うん、食べてみようよ」
再びにっこりと微笑んだ彼は、呂望の目の前で仙桃を両手で持ち、
きれいに半分に割った。
足下に桃から出た汁がしたたる。
「皮も食べられるんだって・・・意外と固いよ」
と言いながら、彼は呂望に、はい、と仙桃の半分を差し出す。
呂望はとっさに胸元に差し出され、手を離され宙に浮いた桃を、慌てて両手で受け止めた。
「僕にくれるの?」
思わず怪訝そうな顔をしてしまった呂望。
何しろ、自分は彼と分けるのをためらったのだから。
そんな呂望を見て、桃に口をつけた青い髪の少年の方が眉間にシワを寄せ、より怪訝そうな表情をする。
「・・・?・・・もちろんだよ?」
彼の、こんな顔は始めて見た。
呂望はそう思った。
それは、きっと彼が自分に始めて見せた本心なんだと、そんな気がしてくる。
彼は自分を、友達だと思ってくれていたんだろうか。
きっとそうだろう。
自分が分からなかっただけかもしれない。
呂望の気持ちが、だんだんと晴れて、身体の隅々まで嬉しい気持ちが広がる。
思わず口元から笑みが漏れると、青い髪の少年が何故か呂望につられて笑った。
「どうしたの?ヘンな望ちゃん・・・」
二人で笑いながら食べた「特別な」仙桃は、一人で食べるよりもきっとおいしい。
それから呂望は、今までよりもずっと腹が立ったりしなくなったし、
青い髪の少年は、思った事を口に出して言える様になった。
そしてお互いに、何となく肩肘を張らずに付き合えるようになった。
正反対なところが、良い関係に変わっていくのに、時間はそうかからない。
こうして後々、なん百歳になっても、お互いを幼なじみと呼べる仲となった。
「幼なじみ」なのか、「くされ縁」なのか。
どのように言われても、結局のところお互い唯一特別な存在なのは同じ事だと、
いいように解釈する呂望であった。
終
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