2,ピアス





「望ちゃん・・・一人で決めてしまったんだね」

十二仙の一人・普賢真人は、静かにそう言った。

表情は硬いが、口元だけは残念そうに微笑んでいる。

昼間だというのに日の当たらない太公望の暗い部屋の中で、
普賢真人はその戸口に立ち、太公望は自らのベッドに軽く腰掛け対峙していた。

二人の会話以外、何の物音もしないような、静かな昼下がりのことである。



「なんのことかのう」
太公望はニヤリと意地悪そうに笑って、とぼけてみせた。
相手の反応を楽しんでいるようだ。

普賢は気を悪くしたのか不満気に口もとをとがらせ、
「聞いたよ。封神計画の事」
と強い口調で言った。

「僕に相談もなしに、一人でやるって決めちゃったんでしょ」
普賢は立ちつくしていた戸口から気怠げに移動して、ベッドの前にある背の高い木製のテーブルについた。
ゆっくりと太公望の方に向き直り、
おどけている彼を責めるように、顔を覗き込む。

「元始のじじいが決めた、ただのわしの修行の一環だ」
何を怒っているのかのう、と太公望は小さくぼやいた。

普賢は、太公望が自分と真剣に話す気がない事に対して、さらに不機嫌になる。
「ただの修行じゃないって、分かってるくせに!
 僕だって心配するし、相談してくれたっていいじゃない!?」

「相談と言われても、おぬしが決める事ではないし。
 わしがやる気でいるのだから、別によいではないか」

軽く言い合いになり、普賢は次の言葉を探して黙る。
太公望は、まるで普賢がこうして怒りに来る事が分かっていたかのように、
にやにやと笑っている。
普賢が怒っているのを、嬉しがってすらいるようだ。

「・・・よくないよ」
やっとのことで、普賢が絞り出せた言葉は、消え入りそうな呟きだった。
「危険なんだから・・・望ちゃん」

「不老不死なのだから、死にはせぬよ」

「でも、封神されちゃうかもしれない」

「その時は、まあその時・・・としか言いようがない。
 大体、おぬしが心配したってしかたなかろう!」

「そうだけど、でも僕にだって何か力になれるかも・・・」

進展のない言い合いに嫌気がさした普賢は、再び黙ってしまった。
太公望は、そんな彼を面白そうに見ている。




そのうち、じっと黙っていた普賢が、突然パッと目を輝かせて言った。

「よしっ。僕の生まれた故郷のお守りを作ってあげるよ。
 御利益あるよ〜!僕の念をめいっぱい込めて、効き目バッチリ!
 望ちゃんの必勝祈願、交通安全、家内安全、健康、安産!!!!」

「待てぇい!最後の安産ってなんだ!」

太公望のツッコミむなしく、普賢はさっさと部屋を飛び出して行った。

「こうしちゃいられないっ。善は急げだよ!」

高々と響いた普賢の声が消え、そして再び穏やかな昼下がりの雰囲気が訪れた。





それから3日間、まったく普賢の姿を見ることはなかった。





「望ちゃん!やっと出来たよ!!」
太公望の元に現れた普賢は、にこにこと上機嫌であった。

「なにが?」

「お守り。僕が3日間もかけて、しっかりじっくり念をこめておいたよ!」

さあ、と普賢は太公望の前で組んでいた両手をひろげる。
その手の中には、ほんの米粒かと見まごう程小さく、色は真っ赤で、
またそのわりに宝石のように美しく、輝きを放つ球体が二つあった。

「お、お守り?こんな小さなものが?」

「そうだよ。僕の故郷で伝わる、石を加工したお守りだよ」

普賢は少し自慢気に胸を張る。

「ほう・・・まあわざわざ作ってくれたのは、ありがたいのだが・・・
 小さすぎて無くしてしまうやもしれぬのう」

太公望は、普賢の手の中からその球体を手に取り、つまんで注意深く観察した。

「これは、ピアスタイプになってるから、穴をあけて身体につけるといいよ」

「げげ。身体に穴を開けるのか?
 痛そうだのう・・・やだのう・・・」

「僕が慣れているから、痛くなんてし・な・い・よ」

ウフフと気味悪い笑みを浮かべる普賢に、太公望はずずずと3歩後ずさった。

「場所は、どこがいいかな。
 僕の部族ではピアスといえば普通、へそ・鼻ってとこなんだけど?」

普賢が自分の腹と鼻を指さす。

「おぬしの出身部族って一体・・・!
 わしはそんなとこは嫌だっ!!」

「そう?じゃあ、ドコがいい?
 もっ・・・もしかしてあんなトコとか!!
 ダメだよ望ちゃん!でも君がどうしてもって言うなら僕、僕・・・!!!」

一体何を想像したのか、普賢の顔が色白から真っ赤に染まる。
ついでに鼻血も吹きかねない顔色だ。
そして普賢のわなわな震える手が、ゆっくりと太公望に迫ってくる・・・

「ダアッッホー!!あんなトコってドコだっつうのッ!!」

太公望のツイストアッパーがクリティカルヒット!

普賢は宙を舞い意識を失った・・・



目が覚めると、そこは太公望の部屋のベッドの上であった。

「あれ、望ちゃん?」

「目が覚めたか。
 すまんの、ちょっとやりすぎた・・・けど、おぬしが悪いのだぞ!」

「分かってるよ・・・ごめんてば」

太公望がベッドの傍らで見守る中、普賢は殴られた顎をさすりながら、上体を起こす。

「ほれ。おぬしにこれをやろう」

太公望が、片手を差し出す。
その手の中には、普賢の作った赤いお守りピアスが一つだけ、あった。

「わしがいっこ持つから、おぬしもいっこ。
 お互いに一つづつ持っておこう、な?」

「望ちゃん・・・半分こだね!」

「半分こっていうのかのう?」

普賢は太公望の手から、赤いピアスをひとつ取った。

「じゃあ僕はへそピにしよう!!」

「へそなんてわしが嫌じゃっ!!
 耳たぶにしたらどうだ、普通にっ!!」

「ええ、耳たぶ〜・・・まあ、望ちゃんがそう言うなら、それでもいいか」

というわけで、普賢の耳には、ひとつだけピアスがついた。



さて一方太公望が持つ片割れは、一体どこに着けたのか、

・・・実は普賢も知らないのであった。