嫉妬と独占欲と、誕生日
10月10日、真昼間の万事屋。
いかにもレトロな黒電話のベル音が部屋中に鳴り響く。
仕事もお金もない銀時は、応接間のソファに寝転がり愛読書のジャンプを読んでいた。
同じジャンプを読み返すのももう何度目か分からない。読むというより眺めているだけだ。
最近は特に暇だった。
新八は仕事を探しに手書きのビラを撒きに町へ出てるし、勤勉ではないがじっとしてはいられない神楽は定春と一緒に遊びに行ってしまった。
そして社長の銀時は現在、電話番という名の軟禁状態。
そんな折の、この電話。
これはもしや、待ちに待った仕事の依頼ではないだろうか。
銀時の死んだ魚のようなやる気のない瞳が、瞬間パッチリと開く。
「はいはーいッ!万事屋銀ちゃんですっ!ご依頼ありがとうございまあっす!」
ソファから飛び起きた銀時は急いで受話器を取り、普段の何倍も愛想よく答える。
さて、今回はどんな仕事だろう。
日曜大工か、子守りか、猫探しか、今なら白い粉だって運んでやるぜ、銀時の思考はもう現金を手にすることで一杯だ。
ほくほくしながら電話の依頼主の返答を待つ。
『・・・よお、俺だ』
わずかな間の後、受話器から聞こえてきたのは陰気臭い男の声。
明るくも楽しくもないその声は、いつの間にか銀時の耳に馴染んでいた。
銀時の鼓動が一度だけどくんと鳴った。
「〜〜んっっだよ!お前かよっ!久々の仕事かと思って期待してたのに!俺のトキメキを返せコノヤロー!お前の声なんか聞きたくねーんだよ!」
電話を掛けてきたのは真選組副長の土方。
二人は周囲には秘密で交際中である。
しかし実際は隠し通せていると思っているのは、本人たちだけなのだが。
仕事の無い憂さ晴らしと、恋人からの電話を少しだけ嬉しく思ってしまった照れ隠しに、銀時は思い切り土方を罵倒した。
いつもなら負けじと言い返す土方だが、今日はじっと黙って銀時の暴言が終わるのを大人しく待っていた。
銀時は思いつく限りの悪口を叩きつけるように叫んだが、土方からの反応が無く、意気消沈してしまった。
「・・・おーい土方、何で黙ってんの?気持ち悪ィな」
『実は・・・お前に申し訳ねえ事態になっちまってよ』
土方の神妙な話し方にただ事ではない雰囲気を感じ、銀時も真剣に目を細める。
「な、なんだよ。どうした、ヤバイ事でもあったのか」
『今夜どうしても断れねえ仕事が入っちまって、お前に会えねえんだよ。すまねえ』
「・・・・・・・あ、そ?」
銀時の緊張は一変し、気の抜けた返事をする。
土方が何を気に病んでいるのか分からず、きょとんとした。
そもそも今夜、デートの約束をしていただろうか。それすらも銀時の記憶に無かった。
『代わりに明日はオフにした。一緒にいられるから、いいだろ、な?』
土方は銀時を気遣うように優しくなだめる。
とは言え、一方的に気を使われなだめられた銀時には心当たりがなく、気味が悪いだけだ。
「な?・・・って言われてもさあ。別に今日とか明日、どうしても会いたいわけじゃねーし。何なの?」
『銀時、随分冷てえ言い方するじゃねーか。拗ねてんのか、おい』
「拗ねてねーし!今夜、約束なんかしてたっけ?」
『してた、に決まってんだろ!まさか忘れてたのか!?今日はお前の誕生日だろうが!』
「たん・・・?」
銀時は壁に掛けてある日めくりカレンダーに視線を走らせた。
そこには大きく「10日」と書いてあり、10月10日つまり今日が自分の誕生日であることに気づく。
と同時に、今夜は二人きりで恋人と甘い夜を過ごしたいのだと、そんな馬鹿げた発言をしたようなしなかったような、おぼろげな記憶が蘇る。
−−−− 数週間前の夜。
土方と銀時は泥酔するまで酒を飲んで、喋ることも歩くこともままならないほどの酷い有様になっていた。
交際中と言えど日中に遊ぶような間柄でもない二人にとって、夜の酒屋で飲み明かすことが唯一のデートのようなもの。
つい酒も進んでしまい、酩酊状態だった。
肩を組み支え合って、覚束ない足取りでかぶき町のネオン街を蛇行し、何度も途中で崩れ落ちそうになりながら、なんとか二人でホテルになだれ込んだ。
その後は、酒の勢いで営むこともあれば、そのまま朝まで寝てしまうこともある。
まだ体力の残っていたこの夜は前者のパターンだった。
「なあ。もうすぐ銀時の誕生日だろ。プレゼントは何がいい?」
酔っ払った土方がやけに優しくベッドの上で言うと、同じく酔っ払って呂律の回らない銀時は、嬉しそうに答える。
「んーじゃあぁー誕生日の夜はぁー、大好きな土方君とー、二人っきりで、あ」
ぷつん。
銀時の記憶はここで暗転した。
この後の自分のセリフは覚えているかもしれない、けれど思い出したくない。
ゆえに意図的に記憶から抹消されたのだった。
意地っ張りな銀時にとって、自分から土方に甘えるなんてことは、酒の失敗でしかない。
しかも大、大、大失敗だ。
あらゆる失態の中で最も有ってはならぬ最悪の事態なのだ。
どうやら最悪の失敗を、やらかしてしまったらしい。
銀時が記憶の世界から戻り思考が漸く現実に戻る。
そうだった、ここは真昼間の万事屋。手には黒電話の受話器。
途端に銀時の顔色が真っ青になり、額から冷や汗が流れる。
「い、いや、いやいやいやいやいやッ!俺言ってないよ!そんな事言ってないよ!誕生日の夜は土方君と朝までずーっとずーっと一緒にいたーいとかそんな恥ずかしい事、この俺が言うわけねーだろーが!!」
『言ったじゃねーか!覚えてるじゃねーか!現に今言ってるじゃねーか!』
「いやいやいやいやいやッ!何かの間違いだって!誕生日にお前なんてオプション、有りえねーよ!いらねーよ!バカじゃねーの!」
『そこまで言うかテメッ!あの夜、俺がどんだけ嬉しかったと思ってんだ!?それを全否定するのかテメーはァァァ!』
電話の向こうの、悲痛な叫びにも似た必死のツッコミに、銀時ははっと我に返った。
知能派と言われながら案外単純な土方のことだ、酔った銀時の睦言を本気にして感動さえしていたかもしれない。
そうさせるように仕向けてしまったのは、不本意ながら自分である事は間違いない。
土方の気持ちを蔑ろにするのは可哀想に思えてくる。
「あー、そうだな、今のはちょっと言い過ぎた。ちょっとな。ほんとちょっとだけな」
『可愛くねーな。素直に謝れ』
「イヤだね。こんなバカな話をした俺も悪いけど、信じちゃったお前も悪いだろ!?」
『・・・はあ・・・もういい・・・』
ばつの悪さからへらず口を叩く銀時に、土方は電話の向こうでがっかりと肩を落とした。
言い返す気力も削がれ、ため息しか出なかった。
「・・・ええと、それで今夜は、仕事で来られないんだっけ?」
『まあな。でもどうせお前、今夜の約束だって忘れてたんだろ。関係ねーよもう』
土方は自分が落ち込んでいる姿を人前に晒すことはないが、もしそんな時は追い討ちをかけて叩きのめす。
普段の銀時なら容赦なく苛める場面だ。
しかし今回ばかりはさすがに哀れに思い、珍しく銀時がフォローに回った。
「あー・・・まあ・・・約束忘れてたけど?今聞いちゃった以上は会えないのが寂しくなりました、すごーく!」
『テメ、棒読みじゃ寂しそうな感じがしないぞ』
「んなことないって!イジケるなよ面倒くせえな!仕事とワタシどっちが大事なの、とは言わないけどさ。仕事と俺を天秤にかけられて負けたと思うと、ちょっと悔しいよ?」
『そ、そういうものか?意外だな・・・』
本当は寂しくも悔しくも何ともないのだが、演技のヤキモチは土方を励ますことに効果覿面だった。
案の定、土方の声が僅かに明るく変化した。
(お、食いついてきたぞ!?もっとやってみるか)
土方を思い通りに動かすことに楽しみを感じた銀時は、悪ふざけにも近い調子で大げさに芝居をうった。
「なあ、もしお前が二人いたら、一人は俺を選ぶか? いや、お前のことだから二人とも真選組を選ぶんだろうな。寂しいなあ!俺より仕事だもんなあ!」
『銀時、そんなに俺のことを・・・っ』
電話の向こうで土方は言葉を詰まらせた。
感激して目頭が熱くなっているに違いない。土方は強面のくせに涙もろいところがある。
一方の銀時も泣いていた。
こちらは笑いを噛み殺して浮かんだ涙だった。
バーカバーカと罵ってやりたいいじめっ子の心が芽生えたが、そのタイミングも逃したまま電話は切られてしまった。
土方は銀時からのラブコールを本気にして、今ごろ心臓を高鳴らせていることだろう。
その夜は新八と神楽と定春が、銀時のために誕生日パーティーを開いた。
小さなホールケーキが出てきただけのささやかなものだが、銀時にとっては幸せな時間だ。
昼間、土方をからかったことなど、ほんの1ミクロンすらも記憶に無かった。
翌日、土方は万事屋を訪れた。
玄関先に立つ土方の姿を見た瞬間、銀時は昨日の約束をハッと思い出した。
これでまた「忘れてた」などと正直に言おうものなら、大変な喧嘩になりそうだ。土方は銀時の誕生日を祝うために、無理やり仕事を休んで来たのだから。
銀時は「あれ土方?何にしに来たの?」という言葉を咄嗟にぐっと飲み込んで、「よお遅かったな、待ってたぞ」と白々しい嘘をついた。
土方の訪問を知った新八と神楽、そして定春が奥の部屋ぞろぞろと玄関前に集まり、土方の前にずらっと並ぶ。
「いらっしゃい、土方さん。ボクたちは用事ができたから、外に出ていますね」
新八が少し困ったような笑顔で、土方と銀時に声をかける。
二人っきりになりたいだろうから席を外してやるよという意味で、ちょっと困った様子に見せたのも新八のわざとらしい演技だ。
銀時と土方はそんな新八の演技に騙され、素直に気遣いを心苦しく思った。
土方は財布から千円札を取り出して新八に渡す。
「これで昼飯でも食えよ」
気前の良い大人ぶって土方が口の端を僅かに上げて笑う。
当然「ありがとうございます」と感謝されると思いきや、新八は困ったように微笑んだまま動かない。
右手に千円札を握り締めたまま、左手を差し出す。もちろん笑顔で。
「あの、土方さん、これだけじゃ」
「あ、ああ、そうか、足りないか。悪ぃな」
財布からもう一枚千円札を出すと新八の眼鏡が、いや、その奥の眼が、キラリと鋭く光った。
土方は思わず千円をスッと財布に戻し、代わりに五千円札を取り出した。
「ありがとうございます、土方さん!なんだかすみませんねえ!!どうぞごゆっくり!!」
合計6千円を握り締めた新八は、輝くような爽やかな笑顔で活き活きと外出していった。
神楽と定春も新八の後についていく。
こんなことが頻繁に行われており、金額もいつしか値上げをさせられていた。
最初に渡したお小遣いは、500円程度だったはずだ。
次回あたりには万札を要求されるだろう。
「えーっと、いつも悪いね、土方くん。うちの子にお小遣いくれて」
「いや、このくらい。つーか、あのメガネは姉貴に似てるな、雰囲気が」
子供たちに二人の関係を見透かされた上で金ヅルとして利用されている事実を、意外と純情な大人二人は全く気づいていない。
大人の想像以上に、この子供たちはしたたかなのだ。
土方は特に、今後は一層激しく新八と神楽に強請られる運命にあるということを、まだ知らない。
二人きりになった万事屋は、やけに静かだった。
土方は応接テーブルの上に、小脇に抱えた箱をどすんと置いた。
飾り気のないただの木箱だった。
「何これ、プレゼント?」
「ああ、昨日お前が電話で言ったとおりにしてやろうと思って用意した」
「えー?俺、電話で何て言ったんだっけ?」
「っとに、テメーは何も覚えていないんだな。それとも照れ隠しか?」
見てろ、と土方は視線で銀時の動きを制し、木箱の蓋を開けた。
土方が取り出したものは、肌色で顔もかいていない簡単な作りの人形だった。
丸い頭と、筒型の身体に同じく筒型の手足がつけられている。
ただしその人形の鼻にあたる部分に、赤い押しボタンがついていた。
「はああ?呪いのワラ人形みたいなもんか?なんだか気味悪いんだけど」
銀時が怪訝そうに人形を睨んでいると、土方がニヤリと笑った。
「俺が・・・土方が二人いたらいいな、と言っただろう?だから俺をもう一人コピーすることにした」
「・・・そんな事言った覚えないけど・・・」
「これは巷で流行ってるコピーからくり人形。鼻の赤いポッチを押すと、押した人間のコピーが出来上がるわけだ」
「あっ、なんかそれ知ってる。日本人なら誰でも知ってる超有名なアレ・・・」
土方は人形を抱えると、人差し指で人形の赤い鼻をぐぐっと押し込んだ。
銀時が固唾を飲んでその様子を見守る。
「このコピーに仕事を任せて、俺は銀時とずっとずーっと一緒にいることにした」
「うっわ、何ほざいてんの!バカじゃねお前バカじゃね!?」
「んだとコラ、お前が昨日そう言ったじゃねーか。俺が二人いたら片方は銀時専属にって。あの一言に俺がどんだけ感激したと思ってんだ」
「もしもの話だろ?それに俺専属の土方なんていらねーよ!超いらねェェェ!!」
土方の手にした人形の肌が次第に変化し、見る見るうちに大きくなっていく。
その一部始終を二人は目を丸くして見守った。
ぼわわん。
そんな煙っぽいオノマトペと共に二人の前に現れたのは、見事な土方のコピーだった。
コピーからくりの為、スイッチとなる鼻が赤い。
それ以外は土方そのもの。万事屋のテーブルの上に座らされた状態の眼光鋭い土方十四郎が、じろりと辺りを見回していた。
土方と銀時は感嘆の声を上げ、ぽかんと口をあけた。
「おおおおお!土方そっくり!?すげーな!でも鼻が赤いのがちょっと・・・ヘン・・・だけど」
「鼻は仕方ねーとして、まあまあよく出来てるじゃねえか。これなら屯所でも怪しまれないだろう」
「そうか?鼻が怪しいって」
応接間の低いテーブルにあぐらを掻くように座るコピー土方を、二人はじろじろと観察した。
見世物になっているコピーは自分の状況を理解しているのか、仏頂面のまま動かずに二人の様子をただ睨んでいる。
「おい、お前は俺のコピーだ。真選組の屯所に行って、いつもの仕事をしてろ」
土方本体がコピー土方にそう命令すると、コピーは軽く眉をしかめたが、素直にすっとテーブルから降り立った。
「なあ土方、お前って仕事人間だろ。コピーに仕事を任せちゃっていいわけ?無責任じゃねえのソレ」
今日の土方はやけに仕事をないがしろに話すので、銀時は怪訝に思っていた。
無理に休みを取得したり、仕事を放り出して銀時とずっと一緒にいると言い出したり、どこかおかしい。
何よりも大切にしている真選組を、コピーとは言え他の者に任せ本人は銀時を選ぶ。そのことに銀時は違和感を覚えずにはいられないし、土方らしくなくて残念にさえ思うのだ。
常に真選組が最優先で、その事になると絶対に譲らない信念を持った土方に銀時は惹かれている。だから、腑に落ちない。
責めるような銀時の質問に、土方は一瞬「うっ・・・」と言葉を詰まらせた。痛いところを突かれたようだ。
「・・・俺だって本当は人任せになんかしたくない。真選組で手柄を立て組織を大きくして、近藤さんを護っていきたい。・・・だがな、最近の俺の仕事ときたら・・・」
「どんな仕事してんの、鬼の副長さんは?」
「毎日毎日近藤さんの尻拭いだぞ!キャバクラやら志村家のご近所に頭下げまくって!総悟のブービートラップに命削って!山崎のカバディに全力でツッコんで!とっつぁんの暇つぶしに付き合って!隊内問題のフォロー三昧はもうたくさんだ!俺は刀を振り回すような熱い仕事がしたいのに!こんな仕事、コピーで十分だろーがァァ!!!」
「知るか!そんなくだらねー話ぐちり屋でしやがれ!!」
土方の涙ながらの仕事の愚痴を銀時が一蹴する。
ただただ、フォロー三昧の日々に鬱憤が溜まっていたようだ。
その様子を傍らで見ていたコピー土方は、まるで土方本体に同情するかのようにウンウンと頷いていた。
「・・・コピーの俺、分かってくれるか?」
「ああ、本体の俺。お前の気持ち、よく分かるぜ。いっつも貧乏クジだよな」
初めて聞いたコピーの声も、喋り方も土方本人さながら。
コピーの精度の高さに二人が感心していると、そのコピー土方がソファに座る銀時の前に立った。
「ん?」
銀時がきょとんとコピーを見上げると、コピーはそのまま銀時を抱きしめ、強い力で抱き上げた。
「ちょ、何すん、うわあああああ!?」
突然のことに銀時が慌てて叫ぶ。
俗に言う「お姫様だっこ」状態で銀時は、コピー土方の腕の中に抱えられてしまった。
体重は銀時の方が1キロほど重いものの、身体を鍛えぬいている土方は銀時を抱えることも出来る。
コピーとは言え、頭脳も身体能力も本体と全く同じだ。
「お、おい!コピーの俺!何しやがる!そいつを離せ!」
「悪いがそんな仕事、俺だってやりたくねえ。テメーがしっかり働けや。その間、銀時は俺がちゃーんと可愛がってやるから安心しろよ」
コピー土方が銀時の身体を抱き直すと、顔を重ね唇を奪う。
咄嗟のことに固まっていた銀時は顔を背けることもできず、されるがままだ。
「ん、んんっ・・・?」
まさか土方の目の前でもう一人の土方に抱きかかえられ、さらに唇まで奪われる、そんな状況に銀時はついていけず混乱した。
それを目の当たりにしていた土方本体からプチンという音がした。理性とこめかみの血管がブチ切れた音だろう。
「テメコラァァ!銀時は俺のものだ!触るんじゃねェェ!」
「うるせえ!俺だってお前と同じ思考回路してんだ!銀時は俺のものだ!」
土方本体が嫉妬に怒り狂ってコピーの土方に掴みかかると、コピーの土方も応戦した。
お姫様抱っこされていた銀時は、床に放り投げられてドスンと転がった。
「いてて、土方のコピー、テメー!何しやがる!お姫様を投げ捨てんじゃねーよっ!?」
銀時が顔を上げると、そこはもう土方と土方の壮絶な戦場になっていた。
二人とも完全に瞳孔が開いており、殴る蹴るの大乱闘状態。まだ抜刀していないのが、せめてもの救いだ。
銀時争奪戦をしているのか、ただ日頃の憂さ晴らしに暴力を振るっているのか、はたまた自分に愛想が尽きたのか、もはや喧嘩の目的は不明だ。
何故か銀時はその喧嘩の蚊帳の外に放り出されてしまったようだ。
「はあ・・・お前ら、自分の顔をよくそこまでボコれるな・・・」
銀時は少し呆れ、この事態をどうのように収拾するべきか頭を抱えた。
土方同士、実力は五分であり、一向に決着がつかない。
一刻も早くこの喧嘩を止めなければ、大家のお登勢から苦情がきてしまうだろう。場合によってはからくり人形のたまによる、血も涙もない激しい攻撃も有りえる。
これ以上派手に暴れられ家具を壊されても困ると判断した銀時は、土方本体の応援に回った。
「お前ら、もー喧嘩止めてくんない?ほら、コピーの鼻を押せば元に戻るんだろーがっ!」
銀時がコピーの土方に飛び掛り、一瞬ひるんだ隙に赤い鼻を何度もばちばちと連打した。
「バカ!何度も押すな!」
ぼわわん。
土方の声と同時に再びからくり人形が変化し、今度は鼻を押した銀時に生まれ変わってしまった。
銀時が掴みかかっている相手も、全く同じ顔と服装をした銀時。異様な光景だ。
「うわあああ!俺が二人!?気持ちわりいい!」
白血球王に出会った時のように、銀時は自分と同じ顔に拒否反応を示した。
嫌がるあまり、密着していた体を突き飛ばして距離を取る。コピーの銀時も迷惑そうに顔をしかめた。
その様子を眺めていた土方だけは、銀時が二人並んでいる様子に目を輝かせていた。
「おい、銀時が二人ってのも悪くねえな。俺が二人まとめて可愛がってやろうか。何ならこのまま三人で・・・」
「「ざけんじゃねええええええ!!!」」
瞬間、二人の銀時から同時に強烈なパンチが繰り出された。
動体視力の良い土方は間一髪で逃れたが、当たっていたら確実に病院送りの威力だ。
「あ、あぶねえな・・・冗談に決まってるだろ。銀時、もう一度からくりの鼻を押せ!」
「・・・冗談に聞こえなかったんだけど?」
銀時がコピー銀時の鼻に手を伸ばすと、当然コピーは嫌がってその手を払う。
「何しやがる!俺だってせっかく生まれたんだからもうちょっと遊ばせろよー!」
「こら!だめだって!お前は人形に戻れ!」
再び銀時同士が揉みあう。
伸ばした銀時の手がコピーの鼻を掠めるがコピーは顔を背け、いやいやと首を振る。
銀時の腕を避けた勢いでコピー銀時は土方に捕まってしまった。
土方がすばやくコピーの赤い鼻を押すと、コピーからくりは再びぼわわんと姿を変え、次は土方に変化した。
もう一度土方が押せばリセットされて元に戻るというのに、コピー土方はするりとその手から逃れてしまった。
「誰がテメーなんかに捕まるかよ!」
「テメー!!待ちやがれェェ!」
土方本体がコピー土方を追い、狭い万事屋の室内でドタバタと揉みあう。
上手く鼻を押すことができず、取っ組み合い、次の瞬間には離れ、土方と土方が睨み合っていた。
視線の鋭さは土方もコピーも変わらず迫力に満ちている。
しんと静まり返った万事屋内には、一発触発の緊張の糸がピンと張られているようだ。
と、そこに。
「うらああああああああああああ!!!!!」
コピー土方の背後から、銀時の声。
銀時の木刀が一閃すると、土方の頭はゴッという鈍い音と共に粉々に吹っ飛んだ。
鼻を狙うより、いっそのこと人形を壊してしまえばいいという、荒っぽい作戦なのだろう。
もちろん吹っ飛んだのはコピー土方。
しかし万が一銀時が本体とコピーを間違えられたらと思うと、土方はぞっとした。
「いやあ、さすがに俺も自分の顔は壊せなかったけど、お前の顔なら思いっきり叩き割れるわ!」
木刀を肩に掛け、銀時はすっきりした様子で笑った。
ストレス解消にちょうど良いと言わんばかりの、爽快な笑顔で。
事情が事情とは言えども、恋人と同じ顔を躊躇わずに粉砕できるとは。土方はげんなりとして肩を落とした。
土方の足元には頭部が粉々に砕け散り身体だけが残った肌色のからくり人形が、プスプスと焦げ臭い煙を上げ無残な姿で朽ち果てていた。
「まさかコピーからくりが主人の命令に逆らうなんてな」
乱闘の後の片付けの終わった万事屋で、壊れたコピーからくりの残骸を眺めながら土方が呟いた。
人形のほかに土方が持参したバースディ・ケーキを、銀時はホールのまますくって食べながらにやりと笑う。
「コピーの土方のほうがキスは上手かったよ」
「くそ、あの野郎!人形のくせにキスなんかしやがって!」
「うん、なんだかお前らしいよな。・・・バカなとこが」
真っ白いホイップクリームをたっぷりと掬った大きなイチゴを、銀時が幸せそうに口に運ぶ。
生クリームの甘さとイチゴの酸味を噛み締めて、丁寧に何度も咀嚼して、名残惜しそうに飲み込む。
そしてまたフォークでケーキのスポンジを刺して、口に運ぶ。
坂田家の安いインスタント・コーヒーをブラックで淹れ、独特の香りを楽しみながら、土方は幸せそうにケーキを食べる銀時を見つめた。
「・・・たとえ自分のコピーでも、他の誰かが銀時に触れるなんて許せねえな」
「おいおい!俺のコピーには ”二人まとめて可愛がってやる”なんて言ったくせに勝手だな!俺だって3Pなんかヤだよ!」
「ほう、銀時も自分のコピーに嫉妬したか?」
「・・・なワケねーよ。黙ってろ、せっかくのケーキが不味くなるだろ。ほらっ」
半分ほどに食べたケーキの上にのった"HAPPY BIRTHDAY"のチョコレート・プレートの端を銀時が咥えたまま、土方のほうを向く。
「これでも食ってろ」
土方がそのチョコレート・プレートと銀時の唇を奪いに顔を重ねる。
口移しで食べるチョコレートは口腔内でとろとろに蕩けて、今まで食べた他の何よりも、もっとも甘い味がした。
甘い味はそれほど得意ではない土方だが、銀時の甘さだけは特別に美味しい。
「誕生日おめでとう」
土方が囁くと、銀時はそっと彼の背に腕を回した。
終
ノベルトップへ戻る