部屋の奥から金時の声がして、その姿を見せた。




「どうしたの兄さん、多串来たの?じゃあ俺もう行く・・・」




そこまで言いかけた金時は、玄関先の銀八と、土方の間にいる人物を見つけた。

金時の死んだ魚のような瞳が大きく見開かれる。

言葉を失い、動きも止まってしまった。



目の前の銀八と金時が共に絶句しているのを見て、銀時が困ったように土方の顔を見る。


土方もその二人の反応に驚いて、呆然としていた。

仕方なく、銀時がへらへらと笑いながら声を発した。


「えー、と、久しぶりー、みたいな」


それをきっかけに、奥から金時が飛び出してきて、銀時の胸に飛び込む。


「銀時兄ちゃん!!久しぶりって、もおおおおなんだよそれええええ!!!」


わああああっ、と大声で金時が泣き出す。

金時は意外とよく泣くんだな・・・
土方は以前に会った時も銀八にしがみついて泣いていた姿を思い出していた。

しかし余りにも派手に声をあげて泣いているのが、少々ワザとらしい。
これが末っ子というものだろうか?・・・土方はうんざりとしていた。



金時の喜怒哀楽の表現は派手で、大げさである。

それは幼い頃から、周囲の大人に自分の存在をアピールするために習得した癖のようなものだ。
笑うときは声を上げて笑い、泣くときにはわんわんと泣き、気分屋で我侭な素振りをしながらも計算高い。
それは何もかも周囲の大人たちに、そして兄に、愛されたいがための金時の技だ。


一方、長男の銀八の喜怒哀楽は、傍からでは分からないほどに小さい。

内心では大きく揺れる心もある。怒り狂うこともあれば、大泣きしたいこともあった。
しかしそれを表に出していい立場ではない。
銀八が荒れれば弟たちに影響を与え、周囲の大人たちも不安にさせる。
誰からも頼られている立場である以上、自分を抑える必要があった。自分の感情など二の次だ。


これらの性格の癖は染み付いていて、もう一生抜けることはないだろう。


この再開劇でも、やはりその癖は治らない。


金時は銀時の胸に飛びつき、銀八はその場で固まっていた。



一方、当の銀時はといえば、飛びついてきた金時の頭を撫でながらも、相変わらず反応が薄い。
兄弟に会うのが久々のようではあるが、嬉しいようでも、嫌な様子でもない。
目の前の光景を受け止めている、ただそれだけのようだ。



土方は同じ顔の3人が揉みあって騒然としているのを、ただ見ていた。

彼の一番会いたかった恋人、銀八の反応も思わしくないのが気になる。

余計なことをしてしまったのだろうか?

土方は少し不安になった。



「あのさ、とりあえず、中・・・入ろうぜ」



土方が周囲を気にしてそう提案すると、この部屋の主である銀八も我に返り「そうだな」と賛成した。



4人はぞろぞろと狭いリビングルームへと入った。
銀八、銀時、金時の3人がテーブルを挟んで円を描くように向かい合う。



そこには、何やら重苦しい空気が漂ってきていた。



土方が気を使って人数分の麦茶を用意し、それをテーブルに並べたあとは、1人離れたソファに座った。
それを見た銀八が、土方に声をかけた。

「あー、土方。銀時の事、よく見つけてくれた」

「偶然なんすけど、探してたんですか?」

土方の言葉に乗って、銀時も麦茶を飲みながら悠長に言う。


「そーそー、俺のこと探してたの?」


それを聞いた銀八が眉を顰めた。同時に金時がまた大声を上げる。


「あったり前だよ!なんで黙って引越してんだ!前のアパートがもぬけのカラで、心配してたんだ!」


「・・・引っ越すんなら連絡つくようにしておけよ。携帯も止められてるし」


またも泣きそうになる金時をヨシヨシとなだめながら、銀八が静かに言う。


「銀時兄ちゃんの事だから、どっかでのたれ死んじゃったのかと・・・俺・・・心配で・・・」


「おいおい金時、俺を勝手に殺すんじゃねーよ」


銀時は相変わらず、へらへらとふざけている。

目と鼻を真っ赤にして泣く金時にも流されず、やけに深刻そうな銀八のペースにも乗らない。



銀時は常に、完全にマイペースだ。



「実は、今日もお前のことをどうやって探すか、二人で話し合っていたんだぞ」

銀八は変わらずに重々しく、厳しい目で銀時を見ている。


行方を晦ませた銀時の事を心配していたのだろう、真剣に叱っているようだ。
しかしその銀時は、兄弟たちの重苦しい空気など何とも思わない。

「別に隠れてたわけじゃねーよ」

「下北沢にいたって?何であんなとこに・・・」

銀八はじっと銀時を見詰めていた。
全てを見抜いてやろうと観察するような真剣な眼差しだった。

「シモキタって劇場が一杯あるからさー、劇団に入ろうかと思って!俺スポットライト浴びたくて!」

にこにこと笑う銀時。真剣さのカケラも見受けられない。
本当かどうかも怪しいような話し方だ。

「兄ちゃん、またそんなバカな事言って、どうせ真面目にやらないくせに」

「あーうん、引っ越してから2日で諦めた。稽古とか面倒くせーんだもん」

金時はその戯言を取り合わなかった。このようなことは初めてではないらしい。
銀時もサラリと自分を否定する。その未練の無さには後悔も反省もない。


「そうじゃなくて・・・・・・どうして引越した?」


銀八が銀時の戯言には誤魔化されずに話を戻した。逃がす気はない。


すでに説教するタイミングを伺っているような銀八なので、銀時が引っ越した理由も実は分かっているようだ。


銀時はこの質問に対してどう答えるべきか考えたが、ふざけた回答は兄に通用しないと悟っていた。



正直に観念するしか道はなく、それを面白くなさそうに唇を尖らせていた。



「だから、その・・・終わったから・・・」


銀八は黙ったまま次の銀時の言い訳を待っていたが、金時にはそれが出来ずについ横から口を挟んでしまった。


「もしかして・・・別れたの、高杉と?」


「・・・ん、別れた」


高杉という人物を土方は知らない。
けれど、終わった別れたという単語から察するに、銀時の恋人だったのだろう。


今までへらへらと笑い、何が起こっても全く動じなかった銀時が高杉という名前を聞いてから、突然うろたえ始めた。

明らかに銀時は情緒不安定な様子だった。
しかし銀八も金時も構わずにこの話題を深めていく。

まず始めに、金時がきっぱりと遠慮なしにこう言った。

「別れたって何度目だよ!どうせまた兄ちゃんが勝手に家出してきただけだろ?」

「う・・・金時、キツイなあ・・・でも今度こそマジで終わりだから・・・」

「銀時、何度も言うが俺は、その高杉とかゆー野郎は知らないし知りたくも無い。大事な弟に手ェ出しやがって許せねえ」

先ほどから静かに怒っていた銀八が、ついにくどくどと、説教を始めた。


幼い頃からの癖なのか、銀八の言葉に弟二人は口を噤んで、静かに聞いていた。


「けれど終わらせる気がないんなら、簡単に家出したり別れるとか言うのやめなさい。どうせまだ好きなんだろう」

「そうだよ、兄ちゃんと高杉はくっついたり離れたり、日常茶飯事だもん」

「・・・もう知らねーよ、あんな奴っ」


二人の言葉に対して否定も肯定もしない銀時はまだ面白くなさそうに、むくれた表情をしている。


「銀時、お前の意地っ張りは誰に似たんだ?」

「・・・銀八兄さんじゃねーの」

「兄ちゃんは高杉と別れられないんだから、観念しなよ」

高杉との交際について、金時は理解があった。
銀八も弟を奪われて気に入らないようではあったが、銀時の気持ちを考えて渋々了承しているようだ。




土方はこの3人のやり取りを、一歩離れた場所で客観的に眺めていた。

事情の分からない部分もあるが、大まかに状況が掴めてきていた。




銀時は高杉という男と付き合っていた。



長い付き合いになるが、その間に何度も別れ、そしてモトサヤに収まってきた。
原因は様々であるが、大抵が銀時が一方的に別れを切り出し、そして一方的に戻っていく。


周囲の物事や他人に興味を示さない銀時。
しかし唯一、高杉だけはそうではなかった。



銀時にとって、兄弟のことは勿論大切に思ってはいるが、それ以外に愛せるのは高杉1人だけだ。





---------- それは、銀時の育ってきた複雑な環境と立場に影響されていた。





次男坊の銀時は、幼い頃からひとりぼっちであった。



親がいない彼らは、施設や関係者の大人たちから面倒を見てもらう。


大人たちに一番頼られるのは、長男の銀八だ。

そして一番可愛がられるのは、末っ子の金時と決まっていた。


銀時には、何もない。


1人でいる時にはそれなりに構ってもらえた。
しかし兄弟のどちらかといると、まるで「付属物」のような扱いをされる。

銀時の場合は「銀八のついでに」「金時のついでに」対応される程度だ。

幼い頃にはそれを不満に思いもしたが、成長するにつれ慣れて行く。
慣れた、と言ってもそれに納得したわけではない。


自分が本当は寂しいことに、誰かに愛されたいことに気付かないよう。
しっかりと気を張り、そしてゆっくりと無意識のまま自分の内側を歪めていった。



誰にも甘えられず、適当に相手をされ、気まぐれに頼られ、気まぐれに叱られ、気まぐれに許される。

自分に対して真剣になってくれる大人などいないのを知った子供の心は、仕方なく愛情を受けることを諦めていった。




一方、兄弟の間でも、次男の銀時は複雑な立場だった。


自分で自分のことを面倒を見なくてはいけない。つまり自立だ。

そして上と下の兄弟、さらに周囲への配慮も求められる。

このバランスをとるのが、幼い銀時には至難の業であった。

それでも身に付けなくてはいけないスキルであり、銀時は必死に習得していった。


長男の銀八は使命感から神経を尖らせ、常にしっかりと気を張っていた。
大人の前でも優等生を演じ、弟の前でも優しい兄であり続ける。
しかし余りにも逃げ場が無くなると、銀八もプレッシャーで苦しむこともある。

その頃合を見て、銀時は兄の代わりを買って出る必要があった。
しっかり者の振りをして大人に対応し、弟を叱り甘やかす仕事だ。
銀時が頑張って兄の代わりをしている間、銀八は様々な肩の荷を下ろすことができた。


こうして、銀時なりに、大好きな兄の面倒をみていた。



そして勿論、日常的に弟の面倒も見る。
甘えたがりの手のかかる弟だ。銀時の側から離れない。
遊ぶ事も勉強する事も様々なことを一緒に学んだ。
銀時なりに弟を愛していたし、金時もよく懐いていた。

金時は放っておいても1人でやっていける性格だ。それでも甘えられると手離せない。
銀時も一瞬、金時に依存する。

しかし二人で大好きな兄、銀八の前に集まると、金時が真っ先に兄を奪い独占してしまう。

銀時だってたまには銀八に甘えたいと思うが、金時がべったりとくっついていて隙がない。
寂しく思うが、金時から銀八を奪い取るような真似など出来ず、ただ遠くで見守るだけだ。


銀八は出来るだけ弟たちを平等に扱おうと、銀時も構ってたりしていた。
しかし、その頃には銀時も遠慮がちになり、うまく甘えることができない。
金時のようにべったりとくっついたりなど、銀時には出来なかった。


そうして過ごしていくうちに、銀時は誰にも甘えられず、ただひとりぼっちになった。


しかし、それを悲観するような事はない。


1人であることに自分が傷つかぬように、これが当たり前だと、思い込ませていた。
自分は絶対に寂しがったり悔しがったりなどしない。
銀時はそう信じた。

こうして兄弟の内で誰よりも、銀時は精神的に自立していた。
いつでも1人で生きていけるほどに、独立心があった。

誰にも頼らず、甘えず、固く心を閉ざしながら、しかしどんな状況でも対応できる柔軟さを身に付けた。
愛想良く作り笑いをしながら、当り障りのない会話を楽しめる。


困っている人がいれば手を貸すが、求められなければ何もしない。


--------- 求められないことに傷つきたくない。


誰にも必要とされていないなんて、気付きたくない。


兄弟は自分を必要としてくれたが、成長するにつれ其々が独立していく。


みんなが1人で生きていく。
その中に銀時の居場所はない。



それも当然、銀時は何とも思わないフリをして、自由気ままに生きた。


銀時の精神は幼い頃から人一倍早く、しっかりと成熟していた。


誰にも頼らず自分の力で生きていくのは当たり前だ。


1人で生きる事など恐くも寂しくもない。


望むところだ、奔放でいいとさえ思っていた。





銀時の心の奥底、本人ですら知らないような、深い闇。




それは、誰かに必要とされる・・・そんな生ぬるいものではない。




もっと切実に激しく愛されたいという、強い願望だった。





銀時のことを最も深く理解し、その秘められた願望を叶えてやった男が、ただ1人だけ、存在した。

それが、高杉という名の人物だ。

二人はあるとき、出会うべくして出会ってしまった。




高杉は銀時の心の闇を見抜いていた。

それを指摘された時の銀時の衝撃はすさまじかった。



そして、そこまで自分を見てくれる人間がいたことに喜びと幸せを感じた。



以来、銀時は高杉にだけ強く依存してしまった。




激しく愛され、時に激しく憎まれる。





愛される事も憎まれる事も何もかも、高杉の感情の全てが銀時に向けられていた。
それを感じるだけで、銀時は幸せだった。


これまでの人生、誰もが自分を素通りしていった。
そんなものだと諦めていた。


けれど、彼だけは違っていた。
自分ですら嫌いな自分を、誰よりも愛してくれた。



銀時は完全に、高杉がいないと生きられないと自覚するほどにのめり込んでいる。
逆に言えば、彼と一緒にいるときだけは「生きている」ことの喜びを実感することができた。
高杉は銀時にとっての、まさに生き甲斐と言える。



過去には、別れると騒いで高杉の気を引こうとしたこともある。
結局別れを切り出しても、高杉はそれを止めてはくれない。

けれど、高杉はいつも銀時が戻る場所を用意して待っている。高杉にもまた、銀時が必要だった。
お互いに依存し合っている事実は否めない。




今回だって本気で別れる気でいるはずなのに、銀時はもう既に彼の元へ帰りたくなっている。




そして、高杉も銀時の帰りを待っているだろう。







銀八も金時も、そんな銀時の今の状態をよく理解していた。



幼い頃には分からなかったのだ。しっかりと自立していた銀時だからこそ、孤独であったことに。

けれど銀時が高杉と付き合い出した時、その依存度の深さに驚き、初めてそのことに気付いたのだった。



銀八も金時も後悔していた。
もっと銀時を愛していると伝えるべきだったと。
銀時本人は気にもしていないが、ほかの二人は負い目すら感じていた。

こうなる前に何とかしてやれなかったのか・・・自分たちを責めるしかない。


高杉と付き合う事で銀時が生き生きとしていられるのなら、それでいい。
金時はむしろその事を喜んだし、銀八も渋々ではあるが、高杉の存在を認めている。


なぜなら、まるで兄弟3人で寄り添うようにして生きていた頃の、優しく頼りになる銀時に戻ったようだったからだ。


高杉との関係が安定している時ならば、非常にしっかりしているのが銀時だ。
ちゃんとサボらずに働くし、家事も得意だ。
持ち前の明るく社交的な一面を出してくれる。
もともと、兄弟の中で最も要領が良く、他人にとっては親しみ易い性格だ。

そう思って、銀八も金時も高杉との交際を止めはしなかった。



しかし今のように、銀時が自堕落を極めることがある。


その時は間違いなく高杉と上手くいっていない、もしくは別れた時だ。


高杉に依存しすぎた銀時は、その反動で全ての事を放棄するしかなくなり、自己嫌悪の渦に飲み込まれてしまう。


兄弟の中で誰よりも強かったはずの精神面。


しかし、高杉によりその弱いところだけを、ひっぱり出されてしまったままになってしまった。



そのうち銀時が自暴自棄になり自殺騒ぎでも起こすのではないかと、心配性の長男・銀八などは気が気ではない。

そんな銀時を1人で生活させるのが心配なため、金時は率先して様子を見に行く。




ところが、先日銀時のアパートを訪れた際には、そこはもぬけのカラ。




全く連絡がつかない。
それどころか、銀時の行方について、何ひとつ手がかりがなかった。


金時は大慌てで銀八に相談し、あれこれと話し合っていた。


その矢先に、土方がひょっこりと銀時を連れてきたのだ。


二人はまず、再会を喜ぶよりも先に「生きていた」と安心したほどだ。

土方の功績は大きい。





「なんつーか、面倒くせー兄弟だな・・・」


土方は少し離れたソファに座り、揉めている3人の兄弟たちを半眼で見ていた。




自分が好きになった銀八。

だらしがなくて、常にローテンションで、死んだ魚のような目をしている、最低な教師だ。
教師として不真面目過ぎて、最初は大嫌いだった。


けれど実は銀八なりの信条があり、神経の細やかな一面も持ち合わせていると気付いた時、そのギャップから彼に興味を持った。
そして、何時の間にか銀八の事ばかり目で追っていた。

注意深く見れば見るほどその顔は意外にも綺麗で、特に色素の薄い真っ白な肌、赤い瞳、光に映える白い髪は格別に美しい。


虜になった土方は、当然のように恋に落ちていった。




その、自分が恋に落ちる決め手となった美しい顔が、3つ。

同じような顔、同じような声、同じような仕種。



土方は複雑な気持ちでそれを眺めていた。


例えば銀八でなく銀時、もしくは金時を好きになったりするだろうか。
金時にウインクされた時はグラリと来たが、果たしてどこまで愛せるかは分からない。



やはり自分が愛しているのは銀八だけだ、土方はじっと3人を見ながらそんな事を考えていた。



その視線を感じたのか、ふいに、その銀八が土方の方を振り向いた。


「おい土方、なんかその今日は・・・悪かったな」

珍しく銀八が謝る。そして「ありがとな」と優しく微笑んだ。


無意識なのだろうが、溺愛している弟のことともなれば、銀八も普段とは違う一面を見せることがある。


銀八の笑顔は滅多に見られない。土方は喜びのあまり上機嫌になった。


「俺の手柄すよね。先生、ご褒美くれるんだろ」

「ご、褒美?」

強気にニヤリと笑う土方に、片眉を動かす銀八。

「今晩イロイロ奉仕してくれるんすよね、当然」

「ふ、ざ、けんじゃねエエエー!!」

調子に乗って余計なことまで言ってしまった土方は銀八に蹴りを、金時に灰皿を投げつけられていた。
なんとか蹴りを避けたものの、灰皿が肩に当たり、激痛の走った肩を抑え土方はソファの上でうずくまる。


それをボンヤリと眺めていた銀時が、土方と銀八の顔を見比べて小首をかしげる。


「もしかしてコレ、銀八兄さんのお気に入り?」

土方を指差して、また「コレ」扱いだ。

銀八はぐっと言葉を詰まらせ、金時が機嫌の悪そうな顔で頷く。
それを見た銀時が、愉快そうに笑った。

「銀八兄さん、俺と好みが似てるじゃん。この子・・・多串君だっけ、高杉と似てるもん」

「すいません・・・あの、俺ァ多串じゃなくてひじ・・・」

「高杉・・・ほらそっくりだよ?可愛いなァ」

土方の意見は誰も聞かず、銀時は愛しそうに目を細めて土方を見ていた。
しかし銀時には視界にある土方でなく、そこに高杉の姿が見えているのだろう。

「ええ、高杉に似てる?そうかな〜」

金時は高杉に会った事がある。
思い出しながら眉間にシワを寄せ、賛成できない様子だった。

因みに銀八は、弟に手ェ出した野郎なんか顔も見たくない、と頑固に怒り続けて、高杉には会った事はない。

「似てる似てる!こう・・・髪が黒くてサラサラなとこが、そっくりじゃねーか」

「銀時兄ちゃん、それピンポイント過ぎるよ・・・それじゃあ世の中のヒト殆ど高杉じゃん」

「そーだなー、み〜んな高杉だったらいーのになー!」

「兄ちゃん、それ気持ち悪イよ・・・」


うっとりと目を潤ませて土方(の髪)を眺めて銀時だったが、突然思い出したように「あっ」と声を上げ、振り返って金時を見た。


「なあ金時、そう言えばお前のカレシも黒髪だよな?」


「わっ、兄ちゃんそれ、内緒、内緒!!」


「でもアイツは黒髪だけど癖毛だから、俺の好みじゃねーな」


慌てて両腕を振り話を止めようとする金時だが、銀時は気にもせずに喋り続けた。

その横で銀八の顔色がだんだんと悪くなっていき、片眉がぴくぴくと動く。


「おい、金時・・・何そのカレシって?お兄ちゃんなあ、そんな話聞いてなーいーけーどー・・・?」


銀八が目を細めて金時を睨みつける。肩のあたりがぶるぶると怒りで震えている。

金時もマズそうに苦笑いして、視線で銀時を責めた。

けれど銀時はニヤニヤと笑いながら金時を完全無視。
この話題を持ち出したのはわざとなのかもしれない。銀時が珍しく愉快そうにしている。


「えーと、カレシってゆーか、金払のイイお客さんがいてね・・・流れで・・・こう、なっちゃった・・・」

そう、金時には既にイイ仲の相手がいた。

けれど、過保護な銀八に知られたら絶対に怒られ面倒なことになる、そう思って金時は黙っていたのだ。
この後に及んで、まだ隠そうとしていた。


「誤魔化すなよ金時、こないだ一緒に、でかーい船でクルージングとかしてたじゃん?」

銀時は家出をする直前に得た情報を思い出して、そう告げ口をした。


「・・・こないだの海外旅行ってそういう事だったのか・・・!?」


数ヶ月前に、金時が海外旅行の土産を持ってきた事があった。
それは、銀八と土方の関係が金時にバレてしまった日の事だ。


まさか特定の相手がいたとは、しかも男だと?・・・銀八の目がすわってくる。

手塩にかけて育てた可愛い弟をたぶらかした悪い虫を、銀八が許すわけがない。


「金時、それはどこのどいつだ?」

「銀八兄さん落ち着いて。俺ももう子供じゃないんだし何の心配もないから」

金時が銀八をたしなめるが、なかなか相手の名前を言おうとはしなかった。


延々と続くふたりの押し問答の末、この場に飽きてきた銀時が、その名をポロリと零してしまった。



「・・・確かね、辰馬ってゆーらしーよ」



「ちょっ、銀時兄ちゃん、何言ってくれてんのォォ!!」


「た、つ、ま?・・・オイそれ聞いた事あるぞ・・・どっかで、スゲー身近で・・・」


真剣に頭を抱えて思い出そうとしている銀八を眺めていた土方が、ふとその名前を思い出した。


「あー、ウチの高校の、坂本先生と同じ名前なんじゃないすか」

「そうそう、ガッコの先生だって聞いたよ、そーいえば。さすが高杉似の多串君だな〜」

「銀時サン、そういう誉められ方しても嬉しくないし、ついでに俺ァひじ・・・」

土方と銀時が穏やかにボケた会話をしているその隣で、銀八と金時が大揉めしていた。


「オイ金時、辰馬なのか?ちょマジ辰馬?辰馬ってあの頭カラッポの?」

「・・・頭カラだけど優しいし、お金持ちなんだからいーだろ」

「良くねーよ!あっ・・・時々言い間違える金時って俺じゃなくてお前だったの!?」

「最初お店に辰馬を連れてきたのは、兄さんじゃないか」

「たまたま店の前通ったからお前の顔見に・・・あん時からなのか、あん時からーー・・・ちょ、どんだけエエエエ!?」


始めは隠そうとしてうろたえていた金時だが、坂本の名前がバレると途端に開き直り始めた。



銀八と坂本は職場の同僚で、気が合っており仲が良かった。酒飲み仲間でもある。

それだけに、銀八は坂本の事をよく知っている。



坂本は大らかで常に広い視野でものを見る大物である。しかも実家が世界を股にかける貿易商でお金持ちだ。
今は数学教師をしている坂本も、いずれは後を継ぐだろう。
大きな船をいくつも持っていて船の操縦が趣味だと聞いたこともある。
・・・しかし船酔いが激しい。

いい奴だ、けれど何しろ、頭がカラッポだ。
一緒にいるとツッコみ疲れをしてしまうくらいに、ボケ倒す。


坂本の事は嫌いではないが、まさか可愛い弟に手を出していたとは、さすがの銀八も思いもしなかった。


特に最近の銀八は、学校では土方とのスキャンダルが発覚しないようにとそれにばかり神経を使っていた。
銀八の脳裏に、坂本も夏休みに海外旅行をしたと言っていたのが思い出された。

坂本は金持ちなので海外旅行など珍しくもない。
土産はどーしたとイビった気はするが、誰と行ったのかは聞かなかった。さして興味も無かったからだ。

あいつのことだ、聞いたら素直に「金時と」と答えただろう。




・・・とりあえず辰馬は月曜の朝イチに・・・ボコって3/4殺しにしてやる・・・!




銀八はそう思いながら、静かな怒りと動揺で真っ青な顔色をしていた。

深い溜息をつき、頭を抱えて、がっくりと肩を落とした。



その様子をソファに座った土方、そして何時の間にかその隣に寄り添う銀時が見ていた。

銀時は嬉しそうに土方の髪を撫でたり、くしゃくしゃにしたり、指を絡めたりして遊んでいる。
もちろんそれは高杉の代わりにされているのだという事は、土方を始め全員が分かっていた。

土方は髪を遊ばれて気持ちが悪かったが、銀八の大事な弟だと思うと無碍に出来ない。
苛々としながら額に汗を浮かべて、じっと我慢していた。


それに気付いた金時が、坂本の話題を変えるチャンスとばかりに銀時へと話を振った。


「なあ銀時兄ちゃん。そんなに高杉が好きなら、早く仲直りしなよ」

「ああ、そうだな・・・そろそろアイツも寂しがってる頃だろーし」

土方の髪を弄びながら、遠い目をした銀時は、金時の言葉に素直に返事をした。

「それに多串は銀八兄さんのだから、あんまり触ると怒られるよ、俺、怒られちゃったもん」

「あの金時サン、俺ァひじ・・・」

「へえ、銀八兄さんが妬いて金時を怒るなんて、考えられねーな」

「俺の事より金時と坂本、お兄ちゃんは許さねーからな!」

「いーじゃん、俺は辰馬が好きなの!」

「高杉と多串君は、目つきの悪いトコもちょっと似てるカモ」

同じような顔で、同じような声の3人が一斉に話し出すと、誰が何を言ったのかが土方には分からない。
会話ももう滅茶苦茶になっている。全員が自分の言いたい事だけ勝手に発言する。

煩いだけだし、相変わらず自分の事は多串呼ばわりだし・・・なんだこの兄弟は・・・

土方はこの場に居るだけでも疲れてしまった。



この部屋に兄弟たちが揃ってから、一体何時間が過ぎたことだろう。

辺りはもうすっかり暗くなっていた。


銀時は高杉の元に帰ると素直に約束した。
その後、相変わらず何の未練も無さそうに、さっさと銀八の部屋を出て行く。
残された金時は、銀八の延々と続く説教を恐れ、仕事を口実に、慌てて銀時の後を追って帰ってしまった。
しかし、金時の仕事の開始時間など、実はとっくに過ぎていた。
内心、今日はこのまま休むつもりでおり、店には「急病で・・・」と嘘の電話を入れていた。
そして高杉の元へ帰ろうにも手持ちのない銀時なので、金時が面倒を見てやることになるのは間違いないだろう。

何よりも、金時は久々に銀時に甘えたくて仕方がない様子だった。
今夜は兄弟ふたりで仲良く夜を明かすのだろう。
たくさん話すことがあるはずだ。

銀八はそう思いやっと安心して、二人を見送った。


銀時と金時が連れ立って消えてしまうと、先ほどまで賑やかだった銀八の狭いアパートは、途端に静まり返ってしまう。



残された銀八と土方は、黙ってぐったりとしていた。
とにかく、二人とも精神的に疲れきっていた。



「銀八先生って、意外と私生活が大変なんすね」

「せーな、お前に言われたくねーよ」



二人は背中合わせでもたれかかり合う。

土方はようやく、銀八を独り占めする事が出来て安心していた。



「俺、先生の助けになるように頑張ります」

せめて自分は、銀八の足手まといにならないようにしなくては・・・

邪魔だと思われたくない、土方は賑やかな兄弟たちを見てそう思わずにはいられなかった。

そして、弟のことで気を揉んでいる銀八に、頼りにされるような存在になりたいと思った。



「お前の助けなんていらねー・・・あ、じゃあ一つ頼むわ」

「なんすか?」

「月曜日、坂本ボコるの手伝ってくんない?あのヤローぜってー再起不能にする」

「・・・はあ、いいすけど、じゃあご褒美も忘れずに頼むぜ」

「まだンな事言ってやがるのか、褒美なんて出ねーよ!」

土方がさきほど銀八に蹴りを、金時に灰皿をくらった時の話をまだ忘れてはいない。

せっかくの手柄なのだから、銀八に誉めてもらいたいと思っていた。


「んだよ、行方不明の弟サン捕まえてきたんだぜ?感謝してもらわねーと」

「チッ・・・仕方ねーな、じゃあお前の欲しがってたマヨネーズパフェのTシャツを・・・」


「えっ?あんのか?」

銀八の言葉に、土方が身体を起こす。

背中合わせであった姿勢を崩し、思わず銀八の正面に回りこんで身を乗り出す。


「・・・一緒に探してやるよ」


銀八は遠くを見ながら、ボソリとそう言った。

わくわくと目を輝かせていた土方は、「無いのかよ・・・」と期待外れでがっくりと肩を落とした。

「いやいーすよ別に。 もっとこう、先生の感謝の気持ちを表せよな・・・!」

「おいおい、そんな下らねーTシャツを探してやろうってんだぜ? こりゃかなりの感謝の気持ち表してんじゃねーか」


向かい合ったまま、ふたりはいつもどおりのグダグダな喧嘩を始める。


銀八はテーブルに置いてある自分のタバコを手に取り、一本取り出していた。





「ちげーよ、先生、俺が求めてるのはそーゆーんじゃなくて・・・!」





「そーゆーんじゃなくて? ・・・・・・もしかして、こーゆーの?」




土方の目の前にある銀八の顔が、ゆっくりと近づく。



そして、土方の視界にはその顔しか映らなくなる。



驚いて目を見開いた土方の唇に、銀八の唇が、そっと優しく重ねられた。



温かく柔らかい、そして何故か少し甘い味のする唇の感触。



そしてまもなく、やはりゆっくりと唇が離れていく。



銀八から土方へのキス。





こんな事は、今だかつてない、初めての事だ。




「・・・ッ・・・せんせ・・・!」




「最高のご褒美だろ」





銀八が柔らかに優しく、そして土方を挑発するかのように、微笑む。



こんなに妖艶で魅惑的な笑顔をするなんて、銀八の弟たちですら知らないだろう。

そう思うと土方の胸が熱くなる。


「なあ、他んトコにもキスしてく・・・・・・ぐア・・・ッ!?」



言葉もまだ途中の土方であったが、自らのみぞおちに銀八の拳が深くねじ込まれているのを知った。

激痛が身体中を駆け抜け、息がヒュッと止まる。

以前にも、こんなコトがあったような・・・土方は額に脂汗を浮かべながら、思い出していた。



「ひーじかーたくーん、調子のんじゃねえぞー・・・」



銀八が目を細めて凄みながら、更にメリメリと拳を押し込む。



ああ、そうか、これが銀八流の照れ隠しだった・・・っけ・・・



・・・そう都合のいいように思い出し、苦しんでいる土方は口元だけでニタリと笑った。





まだ夜は長い。




照れ屋な恋人のことはゆっくりと攻略していけばいい。

今日の恋人は非常に機嫌が良いらしいし、土方にとっても楽しい一夜が過ごせそうだ。




またみぞおちを殴られないよう気を付けながら、優しく、大切に、銀八を抱き寄せた。


強く抱きしめながら、額や頬に、絶え間なくキスを降らせる。


くすぐったいと微笑む銀八の唇を奪う。





どんなに銀八と似た人間がいても、やはり自分が愛しているのは腕の中のこの人だけだ。



銀八の乱れた吐息を感じながら、改めてそう思う。





そして土方は、またひとつ愛しい人の秘密を知った優越感と同時に、


賑やかな兄弟たちとの先々の苦労をも、うっすらと感じているのだった。





 終





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