「おい坂田、話がある」




放課後、相変わらず土方を避けてそそくさと帰ろうとしていた銀時を、土方が掴まえた。


背後から迫り銀時の手首をしっかりと掴んだ土方は、小声でそう囁いたのだった。


突然強く掴まれ低い声で凄まれた銀時は飛び上がりそうなほどに驚き、心臓をギュッと締め上げられたかと錯覚した。
同時に恐怖で冷たい汗がつう・・・と額から流れおちる。


「生徒指導室へ行くぞ。あそこなら誰も入ってこないからな」


「え、いや、その、あの、俺・・・今日は忙しくて・・・勘弁して・・・!」



生徒指導室、と聞いて銀時はさらに焦った。



(やべェェェ!間違いなく折檻される・・・!竹刀で打たれて病院送りになるゥゥ!!)



逃げ出そうとしたが、土方は銀時の腕を掴んで離さなかった。

おろおろと慌てる銀時が、厳しい表情の土方によって生徒指導室まで連行される様子は、周囲の生徒たちの失笑を買っていた。
今日は銀時が何かをしでかして鬼の折檻をくらうはめになったのだと思われている。


いつも冷静で慎重な土方にしては、少々強引な手段であった。
しかしこうでもして捕まえなくては、銀時は逃げ回るばかりだ。



土方は覚悟を決めていた。







校舎2階の生徒指導室は角部屋で、他の教室からは離れている。

土方が乱暴な体罰をしたところで周辺の教室に迷惑もかからない。
またやじ馬などいるわけもない。
『何見てんだ!お前らもやられたいか!?』とやぶへびになりかねないからだ。

誰も近づきたがらない生徒指導室は、完全に土方のテリトリーそのものと言える。




「おら、入れ」

土方は乱暴に銀時を部屋に押し込む。
どんな拷問器具があるかと、銀時が不安気な表情であたりを見回す。

白いテーブルといくつかの椅子しかない、質素で狭い部屋だった。
部屋の片隅に、土方の竹刀が置いてある。

それに気付いた銀時が恐怖のあまり生唾を飲む。
竹刀でズタボロにされる自分を想像してしまったからだ。


「まァ・・・そこ座れや」

土方が自らのタバコに火を点けながら、銀時のあたりにある椅子を指差す。

タバコを目にした銀時はギクリと目を見張り、そして自分の喫煙を責められるのだと確信した。

(きっとあのタバコで根性焼きとかされるんだーー・・・!)

びくびくとしながら、銀時は窓際の椅子に腰かける。

恐ろしいので土方の顔は見ず、落ち着かない気持ちで逃げ道となる扉ばかり睨んでいた。
当然、扉の前には土方が立っていて、今度は絶対に逃走不可能だ。


銀時は目の前が真っ暗になるような絶望を感じ、ため息とともに宙を仰いだ。
痛いのは大嫌いだが、もう覚悟を決めるしかない。

(せめてこれ以上先生を怒らせるような真似は、しないでおこう・・・)




タバコを咥えたまま土方が近くにあった椅子に座り、銀時と向かい合う。
その表情はいつもどおり厳しく締まっていたが、銀時の様子を伺うように、多少の戸惑いが感じられた。

「お前に聞きたい事と、言いたい事があるんだが・・・どっちからがいい?」



土方は密かに緊張していた。

銀時が今、どんな想いを自分に向けているのか見当がつかないためである。




土方が銀時に聞きたいこと・・・それは銀時の本心だ。

本当に自分を好きなのか、もしくは性欲のはけ口にしたいだけなのかもしれない。
そんな答えは想像もしたくないが、実際にそうならばはっきりと諦めもつくだろう。



言いたいことは -------- 「好き」だ、ということ。ただそれだけだ。




上手く告白したい、が、相手は生徒だ。


告白なんてしていいものか、まだ戸惑っていた。


そして何よりも、銀時の話を聞いてやりたかった。
泣くほどに悩んでいるのなら、何としてでも助けたい。

今、自分にしてやれることがあるなら、何でもしてやりたい。

それを教えてほしい。銀時の全てを知りたいのだ。
土方はそう思い、銀時を切ない視線で見つめた。






土方の遠まわしで意味のありそうな質問の意図が掴めず、銀時は首をかしげた。


(聞きたい事と言いたい事・・・?
 俺の喫煙の言い訳を聞いてくれるのかな?
 そんで言いたい事ってのは、説教と折檻・・・てコトか)

「じゃ『聞きたい事』からお願いシマス・・・お手柔らかに・・・先生?」

銀時がひきつった笑みをむける。

どんな言い訳をしたところで、厳しい土方には情け容赦は期待できないだろう。
それでも正直に、先生の真似をしたのだと言うつもりでいた。


(あの時が初めてで1回だけだから許して下さい・・・
 先生が好きだからちょっと真似してみただけって言うか・・・えーっと・・・何で言えばいいかなァ・・・)


必死にと言い訳を考えていたが、恐怖のあまりちゃんとした文章になっていなかった。
これでは謝罪の念も土方には通じないだろう。


銀時はチラチラと土方の顔を見ながら、一番効きそうな言い訳を考えている。






「じゃあ質問させてもらうぞ。
 お前はその・・・その、俺を本気でその・・・・・・・・・俺のことを・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・いや待て、そうじゃなくて、だから・・・ッ!!」

いつもの冷静な表情だった土方が、次第にしどろもどろとなってしまった。
がらにもなく、顔を赤らめている。

挙句、チッと舌打ちして逆ギレし、再び銀時を睨む。
分けも分からないまま銀時は震え上がった。

「な、なに、先生?恐いんですけどォ・・・もう帰っていいですか」

「帰っていーわけねーだろ!
 だから、お前は、なんつうかその、俺が、いや、俺と」

「先生と?」

「つまり・・・俺と・・・したいのか?」

好きなのか、と聞きたかったはずが言い間違えていた。これではずばり直球だ。
銀時はその質問の意味が分からず、さらに頭を傾けて悩む。

「えっと、何を・・・?」

「・・・やりたいんじゃなかったのか。
 いつも誘ってきただろう?」

すっかり頭の中が体罰で一杯だった銀時には、何のことかさっぱり分からなかった。
必死に土方の言葉を頭の中で繰り返し唱え考えてみて、ようやく土方の質問の意味を理解した。

「なんだ、そんな事・・・今さらどうしたんだよ、先生?」

一瞬だが喫煙のお仕置きだという名目で身体の関係を強要されるのかとも思った。
けれど、それでは銀時にとっては望みどおりでお仕置きにならないし、真面目で堅い土方がそんなことをするわけがない。

銀時は安易で俗っぽく、馬鹿げたことを考えてしまった自分が恥かしく、そっと苦笑いした。


そして今日は喫煙の体罰とは関係ないのかもしれない、そう判断した。
すっかり気を許し、銀時は明るくいつもの微笑みをこぼす。


「お前はただやりたいだけなのか?」

「うん、先生とできたら満足だけど」

いまいち土方の聞きたいことが分からず銀時は戸惑っていつつ、質問には素直に答えた。
しかしその回答を聞いた土方は残念そうに肩を落として溜息をつく。

(できたら満足って・・・何だそれは・・・身体目当てか・・・)

深い溜息のあとは、機嫌が悪そうに眉間にしわをよせて銀時を睨む。

「野郎相手にサカってんじゃねえぞ」

「何怒ってるの?
 でもさァ、先生カワイーから仕方ねーって」

土方に凄まれて肩をすくめながらも、銀時は力なく笑っていた。
まだ少し、土方を恐がっている。

「はァ?可愛い・・・って、坂田、お前視力大丈夫か」

「視力は1.5ですけど・・・
 だって先生って時々すげーカワイーよ?」

生真面目なところが可愛い、からかいたくなる。

土方のことをそんな風に思っている銀時だが、そう口にしたら殺されかねない。
意味有り気にニヤリと笑って誤魔化した。
また、可愛いと言われて憮然としている様子自体が、銀時には可愛く見えていた。

「俺は自称でも他称でも可愛いなんて評価、ありえねえと思うがな。
 つーか、可愛いのはお前だ、ろ・・・」

(・・・ッやべ!)

ぽろりと土方が本音を零す。

呟くような小さな声は、目の前の銀時には届かず特に反応はなかった。
土方は顔を赤くして咳払いをした。

「坂田、大人をからかうのもいい加減にしろよ!
 お前はそのうち痛い目見るぞ!!」

突然逆ギレしたかのように、土方特有の鋭く張りのある低い声で叱られ、銀時は驚いた。


今までずっとぎくしゃくとしていただけに、やっと向かい合って話しができた。
それを銀時は嬉しく思い始めていたところだった。
土方が突然に機嫌を損ねた事で、彼の気持ちが全く分からずに戸惑い、ずきずきと胸が痛む。

土方と上手くコミュニケーションが取れないのが、何よりも寂しかった。
彼が何を考えていて、何を言いたいのかが分からない。
自分のせいで怒っているのだという事だけは、自分を邪険にする雰囲気だけで充分に銀時に伝わってくる。

しつこく迫られて土方が怒っているのは知っていたのだが、
今さら改まって叱られるとは思ってもみなかったので、ずっしりと重くショックを受けた。


(なんだろ、マジで怒ってる・・・そんなに嫌かよ、俺のこと・・・
 あぁそうだよな、嫌いなんだよな、分かってたよ、俺と話すのもイヤなんだよね・・・)


すねるように唇を尖らせる。
いよいよ失恋の瞬間がきたのか、銀時はそう思った。


(そうか、もう俺に付きまとうなと、土方先生はそういう話をしたいんだ。
 いよいよ本当にフラれちゃうんだ・・・俺・・・)


もともと土方に好かれていないのは承知の上なので、いつかこうなると薄々気付いていた。
認めたくなかったので気付かないフリをしていたが、この恋の終わりは見えていたのだ。
それでも、銀時は土方を好きな気持ちが抑えきれずに追い掛け回した。


(そろそろ潮時かあ・・・やべー、マジ悲しい・・・)


少しだけ、泣きそうな気持ちになる。

目の奥がツンと痛くなって、じわりと涙が滲む。


(やっぱダメだったなあ・・・・・・今夜は桂たちを呼び出して失恋残念パーティ開こう。
 そんでわんわん泣いて、パーッと騒いで、ついでに坂本をボコったらスッキリすっかも・・・)


銀時は涙で滲む土方の姿を見つめながら、このあとどのようにして気分を晴らすかを考えていた。
失恋の予想はしていたが、覚悟までは出来ていない。

取り乱したりはしないがさすがに悲しい気持ちで一杯になる。
瞳一杯に涙が溜まり、景色が揺れた。


「・・・あーあ、初恋は実らないって言ったの誰だろ」

銀時は無意識にそう呟いた。
その切ない声を土方が受け止める。


「さあな、知らねェ・・・で、初恋がどうかしたか」

いい加減にしろ、と怒鳴ったあと、銀時がしょんぼりとしているので、土方も困っていた。

そんな事を言いたくて呼び出したわけではないのに、からかわれていたと思うとつい苛立ってしまう。

なんとかこの場を取り繕おうとして、銀時の呟きを優しく拾い上げた。


「だって・・・俺の初恋だから」

銀時が手の甲でぐいと涙を拭いて、そう言った。
乱暴に擦ったせいで、目のまわりまで赤くなっている。


「は、初恋?」


涙を拭く仕種でやっと、銀時が泣いていると気付いた土方は焦っていた。
銀時の方へと、身を乗り出す。

土方は、銀時の涙を見るとやけに落ち着かなく不安になった。


「先生が俺の初恋だから。
 俺・・・初めては好きな人とするんだって決めてたんだ。
 誰でもいいわけじゃねーよ、絶対好きな人とって・・・」

しかしその初恋の人、土方との失恋がたった今、決定してしまったのだ。
涙こそもう引いたが、銀時はすっかり気力を失ってうなだれていた。

「はつ・・・こい、だとォォ!?」

銀時の方へと身を乗り出していた土方は、予想外の銀時の発言に驚いて、今度は大きく身を引いた。
椅子ごと2、3歩ガタガタと後ずさったほどだ。

てっきり銀時は遊び人で経験豊富なのだと思っていたからだ。
そうでもなければ、身体目当てで男性教師を誘惑したりするだろうか。

「ちょっ・・・そんなに驚かなくてもいーじゃねーか!
 高3で初恋って遅いとは思うけどさァ!!
 でもなかなか好きな人出来なかったんだもん、しょーがねーじゃん!
 そんでやっっ・・・と恋に落ちたと思ったら、相手は男の先生だしさー・・・ハードル高ェよ・・・」


泣いていた顔も一変して、もう笑っていた。
勿論、その笑顔はただのから元気である。


「お前、本当に俺の事好きだったのか・・・?」


「ったり前じゃねーか、何言ってんだよ、先生!
 好きじゃない人とは、しないの!俺は自分を安売りしたくねーもん」

信じられない様子で呟く土方に、銀時が大げさに答える。

「安売りしないって・・・女みたいな事言うなよ。
 男はフツー早く捨てたいもんだろ?相手なんか誰だっていいって思うもんじゃねェの?」

「そりゃ俺だって早く捨てたいよ!
 でも俺は誰でもいいわけじゃないし・・・だ・か・ら!先生のこと一生懸命誘ってたんじゃねーか!」


笑顔のあとは、頬を膨らませて怒った顔をする。


ころころと変わる銀時の表情が眩しく見えて、土方は気持ちまで吸い込まれそうになっていた。
忘れかけていた愛しい気持ちを思い出し、思わずふっと笑いが零れる。


「いや・・・それは悪かったな・・・」


「謝られても寂しいだけだって、先生。
 今夜は失恋パーティして先生の事は・・・もうスッパリ諦めるから・・・。
 ついでにもうこの際、誰でもいーから相手、探しちゃおーっかなァ・・・」


銀時が思いつきで軽くそう言うと、土方がぎくりと身体を強張らせる。


「だ、だめだっ!
 誰でもいいなんてお前・・・ダメだろッ!!」


「だって先生が、相手なんて誰でもいいって・・・今」


「それはそうだが、しかし・・・」


銀時がふざけるように笑って、慌てる土方を茶化す。
これが最後だと言わんばかりに、つい調子にのった銀時が、紅い目を細めて怪しく微笑む。


「誰でもいいなら、やっぱり俺は・・・・・・先生がいい・・・」


穏やかな放課後、あっという間に日が傾いていく。
銀時の背後に位置する大きな窓からは、青い空と赤い夕焼けの入り混じった強い光が差し込む。


いつか土方が銀時を「振って」しまった時の教室での情景と同じように、夕焼けの逆光で銀時の表情が影に隠れる。


うっすらと微笑む妖艶な口元だけが、土方の視界に映る。
その艶かしい動きのひとつひとつがコマ送りされたように、ゆっくりと流れる。


土方は目を逸らすことが出来ず、呼吸も忘れて銀時の微笑む唇と彼の胸元に覗く白い肌を、まるで吸い込まれるように見つめた。



「なァ先生、1回だけ・・・」



銀時の真っ白い髪の毛、細い身体、その全てが、熱く蕩けるようなオレンジ色に染まる。



「・・・・・・ダメ?」



土方の耳には、非常に甘く誘う官能的な声のように響く。




銀時は肩をすくめて笑いながら、小首をかしげる。




ふざけてからかう銀時のことを、土方はいつものとおり冷たくあしらう。

その、はずだった・・・が。



ドクン・・・と、1回、自らの心臓が胸を打つ大きな音が、土方の耳の奥に響く。
その音を合図に、土方の理性がぷつんと切れた、ような気がした。




土方は反射的に椅子から立ち上がっていた。

そのまま足を踏み出し目の前の椅子に座る銀時の前に立つ。


一瞬のことだった。




突然のことに驚いた銀時が目を見開いて土方を見上げると同時に、

その身体は土方の腕によって掬い上げるように立たされ、きつく抱きしめられていた。




「せ、せんせ・・・!?」


「坂田・・・!」



分けもわからず、パニックをおこした銀時は土方の腕の中でじたばたと暴れる。
その腕から逃れようともがいている。
しかし体勢が悪く、身体に力が入らない。

膝が曲がりその場に崩れそうになる銀時の身体を、土方の強い力で支えられていた。



銀時の脳内で、すっかり忘れていた「喫煙」の「体罰」という危機が思い出された。
その瞬間、脳裏には「抱きしめられた」のではなく、これは「絞めあげられた」のだという考えがよぎる。


「ちょ、先生苦しい・・・!暴力反対ィ!頼むから殺さないでェェ!」


「俺としたいんだろ?叶えてやるから・・・大人しくしろ」


「・・・な、にを・・・ッ」


耳元で土方が熱く囁くが混乱している銀時には言っている意味が分からない。


一瞬の隙をついて、土方は銀時の唇を、自らの唇で覆い奪った。


「ん、ん!?」


銀時の唇を包む生暖かな感覚。

驚愕の声は土方の唇に覆い消されてしまう。

身体を強く抱きしめられ、唇を重ねあう。


何度も瞳をぱちぱちと瞬きさせて銀時は必死に、今何が起こっているのかを知ろうとした。


(・・・あったかい・・・先生が俺を抱きしめてる?
 そんでなんか顔が近いんだけどォォ・・・何これ・・・口が重なって・・・る・・・のか???)


土方が銀時の腰を抱え、より強く引き寄せる。
その反動で上半身がのけぞったが、逃がさないとばかりに土方が全身で覆い被さるように抱きしめ、さらに密着した。


バランスを崩して銀時の身体が不安定に揺れ、膝を折ってずるずると床に座り込む。


土方はそのまま銀時を冷たい床に押し倒し、上にまたがり被さった。


一瞬離れた唇を再び重ね、互いの手の指を絡めて握りあう。


銀時の柔らかで濡れた唇を、土方のそれが啄ばむように何度も吸いあげ、何度目かの悪戯の後により深く口付けた。



銀時は相変わらず、現状が理解できずになすがままとなっていた。
優しく、激しく、味わうように弄ぶ唇に翻弄され、それでも自分を見失わないように必死に応えた。



(息・・・出来ねェ・・・なんか、くらくら、する・・・)

角度を変えながら何度もされるキスの合間合間に浅い呼吸を求める。
それが思うように叶わず息が荒く乱され、次第に止まってしまう。



崩れていた身体が何時の間にか完全に倒れて仰向けになり、普段は見る事もない教室の天井が、銀時の視界に入る。

しかしすぐに天井も見えなくなり、土方の顔で視界は埋め尽くされた。



他にはもう、何も見えない。

銀時はそっと瞳を閉じた。



熱い唇と重なる身体の感覚が、より鮮明に伝わる。



(もしかして・・・キスされてんの・・・俺?)



呆然としながらもやっと現状を捕らえかけていた。

背中が冷たかったが、重なる身体が異常に熱い。

土方にしゃぶられている唇が、甘く蕩けそうな感覚に包まれる。



「ん・・・ッ」



大好きな土方先生と、初めてのキスをしている。

やっとそう感じると、無意識に甘い鼻声が漏れた。

その声に反応して、土方が重なる角度をより深め、ついに舌で銀時の口腔を犯し始めた。



「・・・ッんぅ・・・!!」


強引に唇を割って進入してきた生暖かな舌に銀時は驚いた。

ぬるぬると濡れた感覚、土方の愛用する苦いタバコの味がした。

しかしその舌を受け入れることが出来ず、再びじたばたと暴れる。
必死に首を左右に振って拒否したが、土方はより強い力で銀時の顎を抑えこんだ。


「ん、ん、んんんんーーーーーーーっ!!!」


「・・・なんッだ!うるっせえな!」


涙目になって暴れる銀時からようやく顔を離し、土方が怒って怒鳴る。


二人とも呼吸が乱れる。

肩で荒く呼吸を繰り返し、土方は濡れた口元を手の甲でぬぐった。


「し、舌入れるなんて・・・先生・・・!」


「はァ?何か問題でもあんのか?」


「いきなりこんなキス・・・!」


「お前がしたがってたんだろーが!
 あんだけ誘っておいて、今さら純情ぶってんじゃねーぞ!」


銀時がぶんぶんと勢いよく首を振る。


「ファーストキスは遊園地の観覧車でするもんだよ先生っ!
 だってあれはチューするための乗り物だもん!
 俺のロマンチックでスゥイートな未来予想図がァァ!!」


「アホか!お前の未来予想図なんか知るかァァ!!
 どこまで乙女なんだてめーはァァアア!!」


土方に怒鳴られ、銀時はがっくりと肩を落とした。
そしてふかぶかと、大げさに溜息をつく。


「あ〜あ・・・まァでも、せめてファーストキスが先生で良かった・・・
 ボランティアありがと、先生・・・いい思い出になった」


銀時は力なく、微笑む。

その笑みは、初めてのキスを念願の初恋の土方先生に奪ってもらえた喜びと、
我侭なその願いを叶えてくれた優しい気持ちへの感謝と、
そしてそれは所詮、「頼まれたからしてくれただけ」なのだという事への寂しさがあった。



ボランティア、そう言われて土方こそがっくりと肩を落とす。

あれほどまでに熱く、思いのたけを込めて口付けしたのに土方の気持ちは全く伝わっていなかった。
土方は静かに口を開く。


「・・・ファーストキスは観覧車だとすると、その前に、告白の場所は?
 お前のその下らねェ未来予想図には何処だって書いてある?」

「告白は校庭の桜の木の下だよねーやっぱ!」

「桜の木の下だな。今は桜咲いてねェけど・・・。じゃあ、初体験するとしたら?」

「夜景の綺麗なホテル!赤ワインで、君の瞳に乾杯っ☆」

銀時はウインクして笑いながら、すらすらと答える。
彼なりの理想の場面を、いつも心に思い描いていたらしい。
口調はふざけているが、どうやら真面目な理想らしい。

「ワインはダメだろ。未成年のくせに」

土方は内心、バカバカしい妄想に呆れかえっていた。
小学生の女子ならともかく、高3男子の思考とは思えない。

しかし負けず嫌いな性格だ。
むしろこれは自分の愛を試されているような気がして、無視できない。



(ったくこの夢見る乙女っぷりは何なんだ・・・全然可愛くねーんだよ!!
 くそ、上等だコラァァ!!なめんじゃねェぞーーー!!!!!!!!)



「・・・よし行くぞ、坂田ァ!」


「へ・・・?どこに?」


意を決して立ち上がった土方を、床に座ったままの銀時がポカンと見上げる。
何のことやら、全く見当がつかない。


「これから、桜の木の下行って、遊園地行って、そのまま夜景のホテルだ!
 今日中に全部行くぞ!!ほら急げ!遊園地の閉園に間に合わねェ!」


「え・・・なに・・・意味分かんねー・・・遊園地?」


「鈍いなテメーは!とりあえず桜の木の下行けば分かる!
 イヤっつーほど分からせてやるから、来い!」


「何をムキになってんだよ・・・先生?」






生徒指導室へ連行された時と同じように、また手首を引かれて歩く。





銀時の前をずんずんと勢いよく歩く土方の背中は、怒っているようだが、少し照れているようにも感じられた。
突然に色々な事件が起こり、現状が理解出来ずにいる銀時だったが、そんな土方の背中だけは愛しく見えた。

この広い背中に抱きつきたい、そう思う。

土方には気付かれないように、銀時が目を細めて楽しげに微笑む。








明るい夕焼けで赤く染まった校庭では、いくつかの運動部が部活動をしている。





その間を縫うように、土方と、強引に腕を引かれた銀時が、


校庭の端にある桜の木の元へと早足で通り抜けて行った。





夕日に照らされた二人の影が、校庭に長く伸びる。













 ☆銀魂高校 3年Z組臨時学級新聞号外  : 発行者 3Z 坂田銀時

          超・重・大・ニュース!!

 3Zの土方先生と 同じく3Zの坂田君が

 昨晩ついに 愛を実らせることが出来ました!!

 みんなの応援のおかげです。ありがとう!幸せになります。

 
ケッコンのごしゅうぎ受付中!! 現金or糖分で 3Z坂田 まで。
 』







翌日の朝、誰よりも早く登校した銀時は、一人で菊半裁用紙・・・つまりA2程の大きさの模造紙に、派手な学級新聞を作っていた。



そして銀魂高校の至るところに、新聞を縮小コピーしたビラが貼り出され、

かつ銀時自身が満面の笑みでそれを「ごうが〜い!」とバラ巻いていた。



その号外チラシを読んだクラスメートからの拍手喝采と笑いに包まれて、銀時はご機嫌だ。
新聞の信憑性は疑わしく、クラスの誰もがこれもまた銀時の冗談だと思っているようだった。

どうせこんな騒ぎもただのエンターテイメントで、土方が目にしたら冷たくあしらわれてしまうのだろう・・・
そんな空気が蔓延している。


こんな事は、3年Z組では日常茶飯事だ。




土方が出勤するまでのわずかな間に、銀魂高校ではその真偽はともかく、二人の交際はすっかり知れ渡っていた。


校門前に着いた瞬間、土方も拍手と笑いに包まれることになる。







その時の土方が、一体どのような顔をするのか・・・




(きっと目を丸くして驚いて、焦りまくって、そんで顔を真っ赤にして怒るだろうな・・・)





そんな土方の姿を想像して、可笑しくて仕方のない幸せいっぱいの銀時であった。












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