心 理 的 遠 距 離 恋 愛













わりと近くにいるはずなんだ。

同じ江戸に住んでいて、俺のいるかぶき町もあいつの管轄なんだから。

物理的には近い距離だと思う。

けれどあまり会うことがない。

そんなに遠かったっけ?って不思議になる。





まるで俺達、遠距離恋愛でもしているのだろうか・・・と錯覚する。









********




あいつの仕事は武装警察とか言って、対テロリストを専門にしているらしい。やくざみたいな荒々しい集団だ。
よく知らないけど、副長という立場でそれを統括している。
俺はあんまり関わりたくないから、具体的な仕事の内容は聞かない。あいつも言わない。

その集団はいつも大掛かりな事件をいくつも抱えていて、あいつが寝る暇もないくらい忙しいのは分かる。

寝る暇が惜しいくらいに、あいつがその集団を信念にして命懸けてるのも分かる。

だから俺は、あいつの仕事の一切に関わりたくない。と思う。

あいつの信念を邪魔したくねえし、ちょっと嫉妬もするし、テロリストに知り合いもいるし・・・
まあとにかく、あいつの仕事に関しては「勝手にやってろ」ってほっとく。それでいい。




でも、問題は「そこ」だと思う。




あいつは忙しいから時間なんかない。
俺もあいつを放っておく。

そういう歯車でいると、自然と会わなくなる。

「会えないのが普通」っていう感覚になると、今度は会うために行動する事に気後れする。


今忙しいだろうなとか、今さらデートってのも変だとか、夜這いしてセックスだけするってのもなあ、とか。
色々考えて、遠慮して、面倒になって、行動するのを見送る。また、明日にしようとか思いながら。

こんな事してるうちにその日は会わない、その週は会わない、その月は会わない・・・って会わない時間だけが積み重なって。
気付いたら春から夏に季節が変わってたりする。

たまに町で会ったり、電話したりして「よお元気か」「おう、お前は」って挨拶程度の会話はする。
すごく久しぶりだな・・・なんて全然思わない、実は。薄情みたいだけど。あれ、薄情なのかコレ?

だってもう、ひと月やふた月会わないなんて普通だから。

あいつは毎日が戦争みたいな忙しさだから、月日の経過を意識する余裕は無さそうだ。
たまに話す時にはむしろ忙しい中でわざわざ気を使ってくれてるような、優しげな雰囲気がある。
あいつなりの誠意なのかもね。

もし俺たちが別れる運命にあるんなら、それは時間の問題なんだろうな。この状況。
あいつが俺と別れたいと思うんなら仕方ない。
今のとこ、そういう雰囲気は無さそうなんだけど・・・こればかりは、分からない。




俺は別に、あいつが元気でいるんならいい。



無理して会わなくても。



こうしてたまに生存確認できりゃ、俺はそれで満足する。




俺はあいつが、自分の信念のために戦ってる姿が好きなんだ。
そういうあいつが、好きだ。
あいつには真っ直ぐ前を向いていてほしいと思う。
俺の方なんか向いてくれる必要はない。そんなことは望んでない。




だから一緒にいることには、こだわらない。




一旦躊躇すると、また自然と会わなくなって、それが普通だと思ってしまう。


それでもいいんだけど、・・・やっぱちょっと不自然じゃね?


全然支障はないんだけど、・・・でもなんか、面白くねーよな。


会う必要なんかないけど、・・・会わないのも変っていうか、やっぱたまには会いたい、かな。






季節が変わるまで会ってないなんて、どんな遠距離恋愛してんだ。俺たちは。





たまには俺だってお前に会いたいと思うんだ。
そのためには、俺が行動しなきゃいけないみたいだ。面倒だけど仕方ねえ。

忙しいあいつのアポイントを取るために、俺は立ち上がった、いや、立ち上がってやった。

最大の敵は俺の「別にいいよ、会えなくても」という自分の気持ち。

本当は「別によくない」んだと、気付いちまったから。


3ヶ月ぶりになるけど・・・あいつに会いたいんだ、俺は。







********





あいつに連絡を取りたい・・・となりゃ、まずは電話だ。

朝・昼・晩。

一体いつかけたらいいだろう。24時間戦えますか、って仕事人間だからな、あいつ。


朝って、まず俺が起きてるか分かんねーし、あいつもバタバタとしてんだろうし。
昼なら、あいつも見回りに出てるかもしれないし、時間に余裕がありそう。
夜は、仕事が早く終わってたらそのまま会えるかも。あいつの場合徹夜で仕事ってパターンも多いけど。


万事屋の黒い電話に向かって、俺はけっこう真剣に悩んでいた、半日くらい。・・・まあ、仕事もなくて暇だったから。


「銀ちゃん、電話に向かって何ブツブツ言ってるネ」

神楽に変なオジサンを見るような冷たい視線で咎められて、俺は初めて自分がブツブツ言ってるのに気付いた。
そこでやっと冷静になって、かつ、悩んでるなんて馬鹿馬鹿しいと思った。
こんな下らないことで何やってんだか。

「いいや、今電話しよ」

散々悩んでいた時間も全く無駄だった。
開き直っちまったら恐いもんなしの俺だから、今度は何のためらいもなく受話器を取る。

あいつの携帯番号、ろくに電話なんかしねーのに、実は覚えちまってるのが悔しい。
覚えたくなんかないのに、あいつに繋がる11個の数字だと思うと勝手に目に焼きついてる。
本能的に刷り込まれた気がして、気に入らねえ。こんな本能いらねえんだよ。
悔しいから格好だけでも電話番号のメモをかざして、見てるフリをしながら電話をかける。

(ああ、そういえば、何て言えばいいんだろう。)

呼び出し音が3コール鳴って「おう、どうした」とあいつの声。

普段と変わらない声に、無意識に安堵してた。俺も僅かに機嫌が良くなる。

「よお、元気?」

とりあえず、挨拶。

「ああ、まあな、お前は」

いつもどおりの返事。

「俺も」

これもいつもどおり。
あいつの声の後ろで、ざわざわと喧騒が聞こえる。パトカーのサイレンも。

「今、外か?」

「ああ、ちょっとな、別に何でもない」

低く静かに話すあいつの声は、滅多に電話なんかかけてこない俺への配慮なのか、周囲の騒がしさを気取られないように振舞っていた。
あいつが平常を装っていても、最近の携帯電話は性能がいいから、電話越しに後ろの物々しい空気が痛いほど伝わってきてる。
何か事件が起こって、その現場に駆り出されている状況だというのが、目に浮かぶ。
色々話そうと思っていたけど、途端にそんな気は失せる。

「いいや、またかけるわ」

「・・・そうか」

やっぱりあいつも忙しいみたいで、俺が電話を切るのを引き止めなかった。
受話器を置く前に、電話の向こうであいつが誰かに大声で「おい!・・・はどうした!」などと指示している音声が響いた。
今この瞬間には、もうあいつの頭からは、俺の電話の事なんかすっぽり抜けてしまっただろう。
やっぱ忙しいんだな、と思いながら受話器をガチャンと置くと、万事屋には静寂が戻った。


一瞬、耳の中が騒がしかったせいで、今のこの部屋が余計に静かに感じた。


ほんの少しあいつの声を聞いてしまったせいで、突然もの寂しい気持ちになる。
胸に穴の開いたような空しさ。
あいつとの距離を肌で感じちまった。
こういうのがあるから、あんまり連絡したくねーんだよな。
連絡しなきゃ、会わなくても寂しくなんか無かったのに。


神楽をからかおうと思って顔を上げたが、さっきまでいたはずの神楽も定春も居なかった。


「あーあ」


背伸びをして俺も立ち上がる。
こーゆー気持ちはあんま深く意識しない。・・・ようにする。



こんな時は、とりあえずパチンコだろ。




********



結局パチンコでも冴えなかったが、同じく俺以上に冴えない長谷川さんに会った。
いつもどおり、二人でそのまま屋台へ行き、安い酒を浴びるほどに呑んで帰った。

その日の記憶は殆ど忘れてしまったのに、一番忘れたい記憶だけはちゃんと残っていた。



一番忘れたい記憶とは、やけに俺を気遣うあいつの優しい声。


それがひっかかって、酒を呑んでもいい気分にはなれなかった。



忙しいのは分かっていたのに変な気を遣わせたな・・・とか。

電話を切る時に、嘘でも引き止めてほしかったな・・・とか。

俺が留守にしている間に折り返し連絡あったかな・・・とか。

もういいやと思ったけど、やっぱり会いたくて仕方がなくなった・・・とか。



ふて腐れていたせいで安い酒がすすんで、すっかり悪酔いしてしまった。




翌日の俺は最悪な状態の二日酔いで、神楽や新八にダメ人間と散々罵られた。
反論する元気も無く、ひたすら死体のようにゴロ寝をして過ごした。




だからその日は、あいつに電話なんかしなかった。




タイミングを逃すと、なんだかもうどうでもよくなってきて、その次の日も、またその次の日も、電話しなかった。




そうしている間に一週間が過ぎた。

意外とあっけなく、月日ってのは過ぎるものだ。

こんな事してたら、また季節が変わっちまう。このままじゃダメだよなあ。少しだけ、焦る。




俺はまた、あいつに電話をかけた。

今度こそ、あいつに会おう。そう固い決意と共に。




4回コール音が鳴って「おう、どうした」とまたいつも通りのあいつの声。

「よお、元気?」

「ああ、まあな、お前は」

「俺も、まあまあ」

いつもどおりの挨拶。変わらないあいつの声に、やっぱり俺は安堵していた。

「仕事、忙しいか?」

以前の電話であっさり振られた俺は、軽く警戒してそう聞いた。

「ああ、まあな、お前は」

あいつは同じ調子で同じことを言う。「どうせ暇なんだろう」と続けたかったのだろうか。
そんな戯言を交わして遊ぶのも俺は結構楽しいのに、そうは続かず、あいつは押し黙ってしまった。

ほんの僅かな沈黙の後で、やけに深刻そうな声で、あいつはこう言った。

「丁度いい、お前に話がある。会えないか、出来れば今から」

「・・・あ、そう・・・いいけど」


こうしてあっけなく、今日これから、二人きりで会うことになった。

今まで俺がふて腐れていた日々は何なのだろう、そう思うと力が抜ける。
忙しいはずのくせに、今から時間を空けるってどういうつもりだ。俺の取り越し苦労が、空しい。

しかし、あいつは「話がある」なんて言っていた。どうやら急いでいるようだ。
やけに、声も暗かった。それって明らかにおかしい。


(ついに、別れ話かもしれない。)


嫌でもそう思ってしまう、そんな雰囲気だった。


これだけ会わずにいられる関係なんか、もはや付き合っているとは言えない。

あいつが俺に興味を失ったから、会わなかったんだろう。その結論を出す気でいるんだ。



別れ話だったら、仕方がない。俺には拒否する気はない。


俺があいつの生き様を好きなだけだから。


残念だし寂しいけれど、あいつを引き止めても意味がない。


あいつの言う事を、俺は受け入れるしかない。




多分・・・別れても俺はずっとあいつを好きでいるだろう。

それはあいつには関係ないことだ。

もしかしたらいつか他に恋人が出来るかもしれないけど、どう考えてもあいつよりは好きにならないだろうな。
漠然と、そんな気がしている。


それだけ、俺にとってあいつは強烈で特別な存在らしい。

会っても会えなくても俺の気持ちは変わらないし、近くても遠くても変わらない。

会いたいだけじゃない。甘えたいわけでもない。身体が欲しいわけでもない。


ただただ、純粋に好きだ。


こういう気持ちって何かメリットがあるんだろうか。
付き合っていたらいつでも会いたいものだと思ってた。
でも、会わなくても満足してしまえる関係があるってのを、知った。
アレコレ誘惑に弱い俺だけど、こんなトコ一途なんだと思うと、自分で自分が馬鹿みたいだと思って、笑った。


真っ当な恋愛なんかした事がねえけど、恋愛って馬鹿になっちまった方が楽しめるみたいだ。






あいつは久しぶりに会う場所に、よく行くホテルを指定してきた。

最後にセックスでもする気かと思い、俺は風呂に入ってから着替えて、外に出た。


そろそろあいつに会いたい、そう思ったのが季節が暖かくなった頃だったっけ。


今ではもう、薄着でいても軽く汗ばむ季節になってしまった。

汗をかくんなら風呂に入るのはホテルにすればよかったと、どうでもいい後悔をした。





俺はわざと、ゆっくり歩く。


はやく会いたい、けど、会ったら・・・終わりかもしれない。


なんとなく、少しだけ、「会いたくない」と思った。












********




ホテルで落ち合った俺たちは、部屋に篭って、案の定身体を重ねた。

その行為に、特に会話も理由も必要ない。

恋人同士だから。



(もうすぐ、この関係も終わるのかな。)



俺は部屋の白い天井を見ながらそう思うと、やっぱり名残惜しくなる。

引き止めたい気持ちを言えずに、あいつの首筋に口付ける。
小さく跡を付けてみて、余計に空しくなった。




久しぶりのあいつとのセックスは充実していた。



何ヶ月も会わずにいたからと言って、性欲処理に不自由なんかしない。
大人にはいろいろ手段ってもんがある。



けれど、好きな相手と繋がることは、他の何にも変えられない。
心も身体も乱れて理性を失うほど激しく燃え上がるような至福が伴う。そんな感覚は本命とのセックス以外に在り得ない。

気分も、内容も、快感も全ての感覚がほかと全然違う。
男同士のセックスなんて、何の役にも立たない無意味な行為だろうけれど、その無意味な時間が愛しい。



セックスを始めると気持ちが良くて、早く絶頂を迎えたいとそのことばかり考えてしまう。



けれど今日は、快楽の頂点へ到達したら、全てが終わってしまうと不安になって、必死に堪えた。



(多分、今が、一番、幸せなんだろうな。)



あいつの身体の重みを受け止めながら、漠然とそう思う。










********



「どうして急に会おうなんて思ったんだ」


情事の後に、俺からそう聞いた。

あいつがいつまでたっても、話とやらを切り出さないから。

これ以上、濃密な時間を過ごしてしまうと、今度は俺の方が辛くなる。
悲しい話は、早いところあっさり終わらせてほしい。


「そうだった。最後にお前を抱いておきたいと思ってな」

ベッドで一服していたあいつが思い出したように軽くそう言った。


「最後ってなんだよ」

ああやっぱり、予感が的中して思わず笑ってしまう。
あいつはタバコを灰皿で揉み消すとベッドの中で裸の俺を抱き寄せる。

正直、これ以上一緒に居たくなかった。こんな時に抱きしめられたくない。
その腕を払って逃げたい気分だったが、取り乱しているように思われたら嫌なので、じっと我慢した。


あいつは俺を抱きしめながら、

「暫くの間、遠出する」

と囁いた。


「詳しくは言えねえが、大きな・・・仕掛けをする。失敗したら・・・今生の別れになるだろう、だから」

・・・抱きたかったんだな。

言葉にしなかったあいつの声が聞こえたので、可笑しくなった。


「今生の別れになるかもしれねえ?そんなの今さらじゃねえか。いつだってそんな毎日だろうが。
 それに暫く会えなくても・・・それこそ、今までと変わらないし」

腕の中でクスクスと笑う俺に気分を害したあいつが、「うるせえ、今度の作戦は危険なんだ」と言い訳をする。


別れ話ではない事が分かって、俺は安心していた。
思った以上にその真実が俺には嬉しくて、素直に、あいつの背中に腕を回して強く抱き寄せる。

(ああ、俺はよっぽど別れたくなんか無かったんだな。)

無意識に緊張していたらしい俺の身体から力が抜けて、ずっしりとベッドに沈んだような感覚がした。


「だっていつもどおりじゃねえか。わざわざ教えてくれなくてもいいよ。黙ってさっさと行って、帰って来い」

頭や頬を撫でてやりながら、つい口元が緩む。


「ったく、何だその適当なあしらい方。俺は真面目にお前の事を・・・」

短気なあいつは、もう怒り出している。
そんな様子が可笑しくて仕方がない。俺は小さく笑いながら、あいつの腕の中から抜け出した。




この真剣で必死な生き様を好きになりすぎて、あんまり一緒にいたら俺は変になりそうだ。


俺は俺のままで居たいのに。この調子じゃ、お前に心を全部、持っていかれてしまう。


幸せな気持ちのまま含み笑いをして、俺は服を着た。




「なんだ、帰るのか。」

随分と不満そうだ。
あいつこそ、明日の早朝には出発するスケジュールだというから、早々に引き上げるつもりでいた。

俺だけここへ置いていかれるなんて、そんなのは御免だ。また虚しい気持ちになるだろう。
置いて行かれるのなら、先に帰る。


「帰るよ、もう」

さすがに疲れて、気だるい。
しかし眠ってしまったら起きられない。そう思ってなんとか着替える。


シャワーは浴びなかった。

俺の肌に残るあいつの感触を洗い流してしまうのが、勿体無いと思う。



「ちッ・・・冷てーな、お前。明日からマジで命がけなんだぞ、俺は」

あいつも起き上がって、着替えはじめる。

「俺が死んでも構わねえってか」

口を尖らせて文句を言いながら、黒いズボンを履き、上着に袖を通す。


いつもの制服を纏ったあいつは、俺の知らない集団を取り仕切る副長の顔だ。
さっきまで素肌で絡み合っていた優しい恋人の目とはまた違う、するどい瞳になる。


それでこそ、俺の惚れた顔だ。
凛々しい姿に満足して、俺は思わず、また笑ってしまう。


「ま、そうだな。べつにお前が死ぬのは知ったこっちゃねーよ」

俺が軽くからかうように言うと、怪訝そうにあいつが俺の顔を見る。


「テメ・・・いい加減にしやがれ」

不満そうに言いながら二人とも靴を履く。俺は素足にブーツを履き終わり、あいつの準備を待つ。


「だってお前、早死にしそうだもん。いちいち心配してられねーよ」

「うるせーな、もういい」

腕を組んでえらそうに見下ろすと、面白くなさそうにあいつは俺を睨んだ。


「お前がいつどこで死のうが俺は驚かねえし、悲しまねえよ。そのかわり・・・」


「・・・そのかわり?」


「お前が死んだら俺も死ぬから、多分」


狭くて閉鎖的なホテルの一室はあまりにも静かで、俺の声があいつにもはっきり伝わる。
こんなに静かな部屋で、ついさっきまで喘いでいたのかと思うと、すげー恥ずかしいなと思いながら。


「はぁ?後を追うってのか・・・テメーのガラじゃねえな」

あいつは俺の何気ない一言に驚いて、ただでさえも瞳孔開き気味の瞳が、さらに見開かれる。
それでも口の端をつりあげて、フンと冷ややかに笑う。

一瞬驚いたくせに、全く信じていないって顔だ。


「バーカ、自殺なんかしねーよ。普通にそん時、俺の寿命が来ると思う」

「どういう・・・ことだ」

あいつは再び驚いている。

俺は当たり前のことのように思っている。
いつのまにか、自然とそんな気がするようになっていた。
もしかしたらお互い同じように思っているかもしれないと試しに言ってみたが、あいつはそうではないらしい。



「死ぬ時は一緒だ、ってこと」



今まで辛く死んだ方がマシだという思いをしながら、それでも助けられて、俺はここまで生きてきた。
この命を自分で殺すなんて選択肢は、許されない。

自分の命の終わりをどう飾ろうかなんて考えたこともない。
そんな暇があるなら、最後の一瞬まで全力で生きるべきだ。その思いは今も昔も変わっていない。


しかし、唯一、自分が死ぬかもしれないと思うことはある。

こいつが命を落とす日だ。

その時には、きっと俺も死ぬんじゃないかと、漠然とそんな予感がする。

病気か事故か、殺されるのか、分からない。そのつもりは無くとも、俺の心臓はゆっくりと止まるだろう。

たまたま、寿命が同じ時のような気が、本当になんとなく、している。



俺があいつより長生きするとは思えないし、あいつが俺より長生きするとも思えない。



その時がいつなのか、どこでなのかは関係ない。
近くにいるか、遠くにいるか。


物理的な距離も時間も関係なく、最後まで同じ思いで、同じ時間に、旅立てたらと思う。

俺の希望なのかもしれないけど。

希望とか予感とか曖昧な表現でしか表現できないけど、俺は密かに確信している。



「だから安心して、命懸けて戦え。生きて帰ればまた会えるし、死んじまったとしても・・・俺も一緒に行くから。」


「そう言われたら、絶対に死ぬわけにいかねーな。」


あいつがニヤリと笑う。
俺も同じタイミングでニヤリと笑う。


「死んでも構わないって言ってんのに、つーか死んじまえ。ところで今度からは、もうちょい会おうぜ。月1くらいで。」

「何だそれ『今度』ってお前それ、俺が生きてるの前提じゃねーか・・・いいぜ、毎日でも時間作ってやる。」

「いいよ、毎日とか無理すんな。どうせ続かねーし。でも・・・俺はいつでも待ってたんだぜ?なんてな。」



戯言をあいつが喜んで、強く抱きしめてきたので、俺も抱き返してキスしてやった。

夢中になってあいつの唇を舐め、口腔を舌で味わう。

帰るつもりでドアの前に立ったのに、お互いに抑えきれずそのままベッドになだれ込んでしまった。


もう終わり、と思っていたのに、オマケの1回だ。


そのオマケがやけに燃えた。身体の真ん中が蕩けた気がした。



買い物でも子供のお菓子でも、オマケってのは特別に嬉しいもんだよな。



こういうセックスのオマケも、特別に嬉しいもんらしい?







それはもう甘くて美味いオマケだった。しばらく甘いもん食わなくても、いいや。








あいつの向こうに見える白い天井が大きく揺れた。









********






あいつは翌日、江戸から消えた、多分。

相変わらず連絡とってないし、あの集団にも関わりたくないから、よく知らない。

仕事が片付いたら、帰ってくるんだろう。





よく知らないから、俺の日常はいつもどおりだ。






近くにいるのか、遠くにいるのか分からねえあいつの事を、何気なく思い出す。



あいつがどこに居たって、今すぐに会えなくたって、気持ちが変わるもんでもなくて。



相変わらず、ただただ、純粋に好きだと思っている。




それだけだ。




あいつが仕事を終えて帰ってきたら、きっと電話の一本くらいよこすだろう。


その日を待っている。何も変わらない日々。




帰ってきたあいつは大きな仕事で手柄を立てて、自信をつけているかもしれない。

威張っていたら、どうやってなじってやろう。
失敗して落ち込んでいたら、笑ってやって、いじめてやろう。

そんな想像をして、勝手に面白がって過ごす。




万が一、あいつが帰って来れなくなったら、そん時は俺も導かれて、遠いトコロへ行くんだろう。

その先にはあいつがいるはずだ。そこで会える。




だから、何の心配もしていない。俺もあいつも、寂しくもない。




離れていても、近くに感じている。




ちゃんと帰って来やがったら、試しに毎日会ってみようか?


本当に毎日顔合わせてみたら、俺達、どうなるだろう。


毎日喧嘩して、毎日仲直りするのだろうか。


そんなの疲れるな・・・やっぱり、あいつと会うのは時々でいい。


たまに会うのが、いいんだ。その方が燃えるだろ。




離れていても、近くに感じているから、寂しくない。


寂しくないどころか、ふと思い出してばかりで、うっとおしいなんて思う始末。



まるで遠距離恋愛のようだ。

こんな恋愛も、悪くない。






強い日差しの中、あいつもきっと見上げているであろう青い空を愛しく思い、目を細めて天を仰ぐ。











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