誕 生 日 の 主 役 は 。




5月5日は土方十四郎の誕生日だが、そんなことは意識したことがない。
彼の所属する真選組の隊士たちも、そして本人すらも。
元々、彼には誕生日を祝う習慣がないのだ。
毎日仕事で忙しく、戦いの世界で生きる彼には誕生日など何でもないただの一日に過ぎない。

それでも土方の誕生日は祝日で語呂も良いため、真選組の中でも認知度は高い方だった。
記憶力に優れた監察、山崎退は毎年5月5日の朝になると「副長お誕生日おめでとうございます」と愛想で声をかける。
局長であり親友の近藤勲はそれでようやく今日が土方の誕生日だと思い出して「トシお前いくつになったんだっけ」と声をかけ、懐かしい武州時代の昔話が始まる。
昔馴染みの数人で血気盛んに暴れまわった過去の武勇伝を披露し笑い合う。
しかし土方の事を好まない沖田総悟が彼の昔話を冷やかして和やかな空気を乱し、うやむやに話が終わってしまう。
毎年恒例の行事と化した会話で、それ以上のことはない。
土方も仕事に忙殺されて、すぐに誕生日のことなど忘れてしまうのだった。



しかし、今年の5月5日は、毎年のそれとは少しだけ違った。



午後になると土方と沖田が組んで、市中の見回りをする。ほぼ毎日のことだ。
祝日のため普段よりも賑やかな江戸の繁華街に目を光らせていると、反対側から見慣れた白髪頭が歩いてくる。
柔らかに巻く白い髪は明るい日の光を反射して銀色に輝き、騒がしく雑多な人ごみの中でもその存在が特に目立つ。
黒い服に白い着物を重ね着した独特の衣装に身を包む若い男は、土方の姿を見つけるとふらりと寄って来た。

「よお、久しぶりィ」

愛想笑いの一つもなく、無表情のまま面倒臭そうに声をかけるその男は、土方の想い人でもある。
名前を坂田銀時と言い、かぶき町で万事屋という怪しげな何でも屋を開いている。
金さえ貰えば何でも請け負うと看板を掲げ、実際に雑用のような小さな仕事から一歩間違えば犯罪になりかねない危険な仕事もする。
仕事の無い日も多いが、時には命掛けの無茶をすることもある。それにしては全く儲かっておらず、いつも貧乏生活を余儀なくされている。

「珍しいな、お前から声かけてくるなんて」

見回りで神経を尖らせていた土方だが久しぶりに恋人の顔を見ると心が和み、その場で足を止めて新しい煙草を咥える。
そしてゆっくりと目前の銀時を眺める。
銀時は銀髪が異彩を放つものの、他はごく普通の男性でありその身体は華奢な部分などひとつもない。毎日の鍛錬で鍛え上げられた筋肉をもつ土方と同じ体格をしている。
しかも性格はお世辞にも良いとは言えず、特に口が悪くあまのじゃくで、土方の言うことなど何ひとつ聞いたことがない。
土方の性癖は至ってノーマルで、しとやかな女性が好きだったし、実際に人気もある。女性に困ったことなどない。
そのような彼が銀時という逞しく神経の太い男と付き合っているという事実が、土方自身ですら今だに信じ難いのだった。

「なーに見てんだよ。お前が話し掛けてほしそーな顔で睨んでやがるから、仕方なくかけてやったんだよ」

銀時は棒読みで平坦に、責めるような早口で言い放つ。
土方を睨むその顔は怒っているようでもありそれを楽しんでいるようでもあり、容易くは感情の読み取れないものだった。
しかしそれが普段の銀時の表情だ。誰であれ、銀時の本心を探るのは非常に難しい。

「相変わらず、素直じゃねえなあ・・・」

銀時が自ら声をかけたのを土方のせいにして、わざとらしい言い訳をしながらも自分の元へ来た理由を想像すると、土方の自尊心がくすぐられる。
土方がにやりと笑うと、銀時は面白くなさそうに目を細め、口を尖らせる。

銀時の表情や仕種を可愛らしいと土方は思った。
一般的に銀時のような成人男性を可愛らしいと思うことは、おかしいだろう。
土方にとっての恋愛対象は銀時のような男ではなかったはずだ。
しかし実際に彼は目の前にいる銀時のことを抱きしめたいと思うほど愛しく思っている。
常に土方はその異常な感情の矛盾に戸惑いながら、しかし自分が銀時を求めるのは本能的な衝動であり仕方がない事だと知っていた。
土方が銀時に惹かれるのは理性や感情などでなく、制御不能な本能だ。

恋に落ちた土方は、それなりに経験も積んだいい大人だというのに、まるで子供の初恋のようなもどかしい片想いをした。
以前に刀を交えて以来、銀時の存在を強烈に意識するようになった。
自信のある一太刀をかわされた上に刀を折られた。本来なら斬られていたはずの自分だったが、銀時はそうせずに勇んでいた自分を諭した。
近藤を騙すような卑怯な手口で戦ったという噂を真に受けていた土方だったが、銀時の実力を知り、またその魂が自分と似ていることに愕然とした。
彼の世界を足元からひっくり返されたような衝撃があり、さらに自分と似て非なる存在に共感と羨望の念すら生まれ、その事態に動揺を隠せなかった。
始めて本当の敗北を感じたが、負けず嫌いの土方らしくなく、この負けには深く納得をした。
潔く負けを受け入れ、また銀時に追いつき勝ってみせると、自分を叩き上げる糧に変えることが出来たのだった。

それ以来銀時を意識し、日常のふとした時に彼のことばかり思い出す始末だ。
街中で偶然顔を合わせる銀時は昼夜関係なく遊び歩いており、たまに仕事をしていると思えば、猫探しや娯楽施設で客の呼び込みといった遣り甲斐のなさそうな雑用に明け暮れていた。
役に立つのかも怪しい子供を二人雇い、毎日をふざけて生きているように見えた。
一体何がしたい男なのか理解できない。
土方にとってみれば何ひとついいところもない、ろくでもない男だ。

戦いの時に彼の真実が垣間見えるのかと思い、刀での勝負を挑んでも全く相手にされない。
気になるのに掴めない、そんな銀時のことを意識しているうちに、必要以上に銀時のことばかり考えている自分に気付いた。
挙句の果てに想像した彼の姿に劣情を覚えてしまった事もあり、そのような自分に計り知れないショックを受けた。
本来ならば絶対にありえないことだ。
それは何故だと自分を問い詰め、悩み、その時初めて自分が銀時に恋心を抱いたのだと知った。
行き場の無い想いを持て余し気弱になった自分に嫌気が差した土方は、勝負を挑んだ時と同じように真っ向から告白をした。
勝負と同じように軽くかわされ相手にされないだろう。
土方の予想とは裏腹に、意外にも銀時は土方の想いを受け入れてくれた。
どうしてもって言うんなら付き合ってやってもいいけど、やる気なく言う当時の銀時は、今と同じように面白くなさそうに目を細め、口を尖らせていた。
無愛想なその表情を愛しく思うと同時に、やはり土方には、銀時の真意を読み取ることは難しかった。


恋人の顔を見ながら呑む煙草は、いつもより美味い。
土方はそう思いながらふかぶかと煙を肺一杯に吸い込み、その味を満喫していた。
一方銀時はその間、土方の隣の沖田と楽し気に雑談をしている。
沖田と話す時の銀時は軽く笑顔見せたりするのに、自分と向き合うといつも不機嫌そうな顔をしている。
土方は沖田にも銀時にも、面白くない気持ちを抱いていた。

苛ついた土方が繰り返し吸い込む煙草が既に根本近くまで減っているのを見ながら、沖田が銀時に言った。

「今日は、土方さんの誕生日なんですよ」

「あ、そーなの?」

銀時が振り返り土方を見る。土方はそう言われたところで特に返事もせず、黙って二人を見返す。
小さくなった煙草を捨て、次の新しい一本を咥えマヨ型ライターで火を点けた。

「ダメだろー土方君、そういう事はちゃんと銀さんに教えてくれないと」

銀時が無言の土方に言う。
その声も表情もやはり棒読みの無表情で、真意は読み取れない。
責めているように聞こえるが、からかっているようにも感じられた。

「俺の誕生日なんてどうでもいいだろ。それとも何か奢ってくれるってのか」

どうせ金もないくせに、土方が馬鹿にした目でにやりと笑って銀時を見る。
あまのじゃくな銀時は当然「誰がテメーなんかに!」と言い返すであろうと予想し、その反応を楽しみにしていた。
プレゼントらしきものなどなくとも、銀時が自分の誕生日に興味を持ってくれた事だけで土方は気分が良かった。
自嘲気味ににやにやと笑う土方へ、銀時は軽く驚きながら笑うように口元を緩め、朗らかに返事をした。

「何言ってんだ。土方君の誕生日だろ?とーぜん俺が、今夜メシでも奢」

と言われて土方は驚いて目を見開いた。
半開きになった口元から咥えていた煙草がポトリと落ちる。
まさか金も愛情もない銀時が、自分にメシを奢ってくれるなんて事が!?
一瞬でその先まで想像し期待した土方の心臓が突然激しく動き、早鐘を打ち始めた。

「・・・られてやってもいいぜ!」

しかし、銀時の言葉は土方の期待どおりにはならなかった。
奢られてやってもいい、と銀時は満面の笑みで自信満々に胸を張ってみせる。
土方は「やっぱり」と脱力した。
こんなオチは当然分かっていたはずなのに無意識に期待して裏切られ、がっくりと凹んでしまった愚かな自分への憤りがふつふつと湧き上がる。
その怒りを銀時へのツッコミにぶつけた。

「どォォーーーして俺が!!自分の誕生日に!!他人にメシ奢らなきゃなんねーんだコラァァ!!」

「うわ、なに土方君、そんなに気合入れてツッコまなくてもいーって!」

目一杯に怒鳴りつけた土方のツッコミに、軽くボケたつもりの銀時は不満を漏らした。
あまりの大声に耳を塞いで、土方を睨む。
沖田もあきれた顔で土方を見ていた。そして「引っかかってがやる」と馬鹿にした視線で、沖田と銀時が目配せをして笑う。
沸点が低くキレやすい土方は怒りで顔を真っ赤にして「てめェら・・・」と唸り、わなわなと拳を震わせた。
それを見て二人はにやにやと笑って喜んだ。

「あんまり怒るとハゲるぞー。じゃーまたな」

銀時は慰めるように土方の肩をポンと軽く叩き、沖田に軽く手を振って二人の前を通り過ぎた。
人をからかっているとしか思えない態度に、土方はむかむかとして後姿をきつく睨んだが、銀時は振り返りもしなかった。
ふらふらと歩く真っ白な頭は、再び雑多な人ごみの中へと消えて行った。

「チッ・・・本当に行っちまいやがった!オメデトウの一言もねーのかよ!」

「ああ、そりゃあ、土方さんの誕生日なんて別にめでたくないって事でしょうねェ」

沖田に容赦ない追い討ちをかけられ、反論する気力も失せた土方は再びがっくりと肩を落とした。


今の今まで、誰かに誕生日を祝ってほしいなどと思った事はなかったのだ。おめでとうなんて言葉を欲したこともない。
しかし何故か今は、祝ってほしいと思うのだ。
他の誰でもなく、銀時に。
彼にただ一言、おめでとうと言ってもらえたらどれほど嬉しいだろう。
そして祝ってもらえなかった今が、これほどに寂しい気持ちになるとは、知らなかった。

世の中にはめでたい日が一杯あるだろう。記念日などは作り始めたら人の数だけあって際限がない。
しかし自分の誕生日は一日だけ。
自分の生まれてきた事を、好きな人に喜んでもらいたい。
そうでなければあいつにとっての俺は、一体何なのだろう。

土方は誕生日を祝うことの意味を初めて考えたのだった。
例えば自分が銀時の誕生日についてどう思うか考えてみる。すると、彼が生まれてきた事への喜びで胸が一杯になっている自分に気付く。
それほどまでに土方は銀時を、かけがえのない存在だと思っていた。
このような感情は今までの自分には無かったものだ。
だからこそ銀時が自分の誕生日を祝ってくれなかったことが、余計に面白くないのだった。


誕生日を祝うのは誰のだめだろう。
自分のためではないのかもしれない。
自分以外の誰かが祝いたいと思ってこそ、初めて意味のある日となるのではないだろうか。


せっかく銀時に会えたのに茶化されただけでいい事がなく、土方はその後も極端に機嫌が悪かった。
繁華街で態度の悪いチンピラを掴まえては言いがかりをつけて喧嘩を売る。
警察官のやることとは思えない、荒々しい正義の制裁だ。
突然の喧嘩騒ぎに、あっという間に人垣が出来て土方たちを取り囲む。
あからさまな職権乱用をする土方のストレス発散を、一緒にいる沖田は面白そうに離れた場所から眺めるだけだ。
当然売った喧嘩には負けるわけはなく、必要以上にしつこく殴って勝利を収めたが、それでも一向に気分は晴れない。
土方は苛々としながら、通常よりも長くなった見回りを終えてやっと屯所に戻る。
空は夕暮れで真っ赤に燃えていた。


屯所の門をくぐる時に一歩後ろを歩いていた沖田が、まるで独り事のように呟いた。

「万事屋の旦那、さっき晩メシ奢られてやってもいいって言ってやしたけど、あれって・・・デートのお誘いだったんじゃないですかねェ」

その声が土方の耳に飛び込むように聞こえ、反射的に振り返った。
沖田を凝視する土方の目は完全に瞳孔が開いていて、驚きのあまり口も半開きになる。

「デ・・・デートだと?」

「土方さんの奢りでっていうのは旦那らしい照れ隠しで、本当は今夜一緒に土方さんの誕生日を祝っ・・・」

「そぉーごォォ!テメッそれを何で早く言わねーんだ!わざと黙ってやがったな!」

沖田の言葉が終わる前に、土方が勢い余って沖田の襟元に掴みかかる。

「言いがかりはよしてくださいよ土方さん。アンタが鈍過ぎるんでしょうが」

締め上げられた沖田はまったく堪えておらず、吹き出して笑いそうになるのを堪え、涙目で口元をひきつらせている。
鈍いと言われた土方はカッと目を見開いて、そのままぴたりと固まった。
その瞬間の彼の脳内では銀時と交わした街での会話が思い出されているであろうことは、胸ぐらを掴まれたままの沖田にも容易に想像がつく。
出会ったところから去っていくところまで順番に思い出し、土方の中で「その通りだ」と結論が出たらしい。
両手で掴んでいた沖田の胸ぐらを突き飛ばすように離し、「こうしちゃいられねェ!!」と勢いよく身を翻した。
潜ったばかりの屯所の門を再び潜り、夕日で赤く染まった通りへ出る。

「ひーじかーたさーん!仕事サボってどこ行くんでーい」

沖田が屯所中に響くような大声で土方の後ろ姿に向かって叫ぶ。

「うるせェェ!有給休暇だ!!」

土方は沖田に怒鳴り返して、早足で屯所を後にした。




まずはかぶき町へ走った土方は、一番に万事屋を尋ねる。
しかしそこには誰も居なかった。
仕方なく銀時のよく行くパチンコ屋や飲み屋、コンビニなどを巡って銀時の姿を探したが、見当たらなかった。
日はすっかり落ちてあたりが暗くなった頃、土方は捜索を諦めてかけて、最後にもう一度万事屋へ向かった。
外から見上げる万事屋の窓には明かりが灯っており、誰かがいることは確認できた。
中にいるのが銀時本人でなくとも、どこに行ったのか手がかりくらいは分かるだろうと思い、万事屋の呼び鈴を鳴らす。

「はぁい、なんすかー。新聞ならウチ日経取ってるんでー」

面倒くさそうに玄関へ出てきたのは、探していた当の銀時だった。

「よお・・・いたのか、ちょっとお前に・・・その」

「・・・珍しいな。まあ、上がれば?」

視線を逸らしぎこちない挨拶をする土方を、銀時は少し笑って迎え入れた。



土方は万事屋の応接間へ通され、部屋の中央にある応接セットのソファへ座る。
銀時もその後をついて来て、部屋の奥にある主用のデスクではなく、土方の向かいのソファに腰掛けた。

「えーと、何しに来たの?」

「ガキどもは居るのか?」

銀時がためらいがちに土方に声をかけるのとほぼ同時に土方も新八と神楽がここに居るのかを聞いた。
二人が恋人同士であるという関係は、新八と神楽には秘密にしているのだ。
銀時は新八と神楽の教育上良くないという意識と、そして多大な照れもあり、土方との関係を隠していた。
もし新八か神楽が今ここにいたら、土方は家に上げてすらもらえなかっただろう。

「今日はウチ、誰もいねえよ」

銀時はクスクスと笑ってそう答えた。
この家に上がりこんだ土方が子供たちの存在を気にしているということは、この先に彼のしたい事はひとつしかない。
あまりにも単純であからさまな彼の言動が、銀時の笑いを誘ったのだ。
その事に気付いた土方は照れて舌打ちをしたが、すぐに開き直って目前の銀時を見つめた。

「今日は俺の誕生日だ・・・だから」

「ああ、誕生日、そうだったな。だから、何だよ」

「・・・お前にメシを奢ってやるよ」

「あ、そりゃどーも」

真剣にそう言って口説く土方に、銀時はきょとんとする。
当然何か奢れとでも言われるかと思っており、金がないとか言い訳も準備してあった銀時は拍子抜けした。


しかし銀時には土方の意図は十分に分かっていた。
誕生日だから一緒に過ごしたいということだろう。
それを思うと銀時は胸の中がくすぐったいような気分になり、少しだけ照れた。


何でも好きなものを食べさせてやる、という土方の申し出を銀時は素直に受け入れた。
今日は土方の誕生日。
昼間に街中で会った時に「夕食を奢られてもいい」と言ったのはただの冗談だが、今夜を一緒に過ごしてもいいという意味も、確かに無くはない。
だからこのような展開も銀時は予想していた。

予想はしていたが、土方が来ることを「期待していた」というより、「用心していた」といった方が正しい。
子供たちのいる時に乗り込んでこられる事が銀時にとって何よりも煩わしい。
そのため、わざと全員に家を空けさせたのだ。
用心の甲斐があり自分しかいない時に土方が尋ねてきたため、予想が的中した銀時の機嫌は絶好調だった。

銀時にしては珍しくにこにこと微笑みながら、何を食べようか選択肢を上げていた。

「江戸前の寿司がいいかな、鉄板焼きも食いたいしなあ、サーロインステーキをレアに焼いてさぁ」

美味しそうなものを指折り数えて真剣に悩む銀時の姿を、土方はまたも可愛らしいと思った。
多分銀時は土方の誕生日だという事など忘れているだろう。
それでも土方は彼を独り占めできる機会だと思うと、次第に昂揚してくる気持ちが抑えきれなくなっていった。

「とりあえずお前、こっちへ来いよ」

土方が自分の隣を指して呼ぶ。銀時は顔を上げて空いたソファの席を見ると表情を曇らせた。

「いいけど、メシが先だからな」

「先って何だよ!何より先だってんだ?俺はここに座れと言っただけだ」

「ナニかしたいって顔に書いてあるから、そこ行くのヤなんだよな。テメーとは半径1mをキープしていたい」

ぶつぶつと言いながら、それでも機嫌の良い銀時は珍しく素直に土方の要望を聞き入れ、彼の隣に腰掛ける。
嫌だと言ったはずの銀時は、土方に身体を預けるように寄り添った。
久々に触れた恋人の身体の重みと肌のぬくもり、そして彼の香りに土方の理性の糸が緩み、まるで気を許されたような安心感を持った。

「そういう信用の無い扱いを受けると、むしろその期待に応えてやりたくなるってもんだよなァ」

銀時の身体を支えながらその肩を抱き寄せて顔を近づける。
キスをしようとして土方は銀時へ体重をかける。肩を抱いた腕をより強く引き寄せたので二人の身体が密着する。

「てめ・・・ッ!」

唇と唇が重なろうとした瞬間、銀時が右腕を引き、拳を握って殴りかかる。
狙いは土方の顔だった。
容赦なく素早い動きだったが、動体視力に優れた土方は咄嗟に銀時の身体を離し、繰り出されたパンチを左手で受け止めた。

「あぶねえなあ。よりによってパンチかよ、パンチ。平手打ちなら可愛いのによ」

「うるせえ!一瞬で発情するような獣に殴り方の注文されたくねェよ!」

銀時の右手を掴まえた土方はその手をそのまま強く握り、自らの口元へ引き寄せ、銀時の白い指に何度も啄ばむようなキスをする。
硬直した指、手の甲、掌、手首とくすぐるように軽く唇を触れていく。
すぐに自由な左手で殴りにくるかと用心しながらイタズラを繰り返していたが、予想に反して銀時は固まったまま動かなかった。
銀時は眉間に深いしわをよせて土方を睨みつけていたが、その頬から耳までも赤くして戸惑っている。
今まで彼の手にキスをしたことなど無かったからだ。

「どうした?殴らないのか」

にやりと笑って目を細め、土方は銀時を挑発する。

「男の手にキスするなんて・・・気持ち悪ィなお前!」

「確かに他の奴なら冗談じゃねえが、俺はお前の手なら舐めてもいいと思うぜ」

銀時の抗議に土方は平然と答え、舌を出して銀時の人差し指をぺろりと舐める。

「・・・ッ!」

銀時が反射的に人差し指を引いて舌から逃れたが、土方はその横の中指も軽く舐め、第一関節のあたりまでを口に含んだ。
指は硬直したまま動かず、土方はそのまま中指の第二関節まで口に入れる。口の中では舌が指先を弄び肌を舐め味わうように動いた。
銀時は目を見開いたまま土方と自分の指を見つめて固まり、抵抗らしい抵抗もせずにいた。

中指を解放して人差し指を口に含む。同じように舌の全てを使って指を先から根本まで丁寧にしゃぶる。
舌で包むように動くと、緊張していた指先から力が抜け、土方の口腔内を確認するように指先がそっと舌や唇に触れる。
土方が愛撫するような仕種で指をしゃぶると、つられて銀時もゆっくりと自らの人差し指を温かく濡れた口腔から出し入れする。

受身でされるがままだった銀時の指は何時の間にか土方の舌先を突付くように刺激し、誘うように動いていた。
いやらしい水音が静かな部屋に絶え間なく響き、銀時は身体の熱を感じてつい瞼を伏せる。
瞳を閉じた所為で銀時の全ての感覚が、舐められる指先と別の行為を連想させるような音にだけ集中して、余計に呼吸が乱れる。

濡れた音と指を動かす感触が、今まで抑えてきた二人の劣情を呼び起こす。

「ふ・・・っ」

銀時の口から小さく甘い吐息が漏れるのを土方は聞き逃さなかった。

「おいおい、何だ。指舐められて感じてやがるのか・・・」

「そういうテメーこそ、口ん中犯されて気持ち良さそーじゃねーか」

互いに挑発し合い、昂ぶった熱を押し付け肌を合わせる。
すっかり力の抜けてしまった銀時の身体に覆い被さった土方は、さきほど拒否されたキスを再び試みた。

銀時の柔らかな濡れた唇は土方のそれを受け止め、何度も繰り返されるキスをもどかしそうに自ら土方の唇を奪いにいく。
ついに深く重ねた唇を薄く開き、中へと誘う。
土方の熱い舌が銀時の舌と絡まり、幾度となく角度を変えて求め合った。
銀時は自らの上に乗る土方の背に腕を回して抱き寄せ、土方もまた同じように銀時を強く抱きしめた。

火のついた欲望は自分の意志では止めることが出来なかった。触れられる場所の全てが快感へと繋がる。

そのまま二人は言葉を発することを忘れ、夢中になって身体を重ねた。







「あーあ、だから言ったのに!メシが先だってよォ・・・」

何時間もかけて土方に激しく愛された銀時の身体には、もはや起き上がる体力も残っていなかった。
万事屋の応接間から始まり、今は銀時が寝室として使っている和室の布団の上にいる。
銀時の身体はたくさんのキスマークと様々な体液にまみれ、疲労しきった銀時はぐったりと横たわって天井を見ていた。

土方はその傍らで悠々と煙草に火を点している。
通常であれば万事屋で煙草を吸うなと銀時が土方を制するのだが、今の銀時にはその一言を告げる力もないらしい。
放心したようにただぼんやりと、土方の口元からゆらゆらと昇る煙を目で追っていた。

「食前のいい運動になったんじゃねーの?」

気だるげな銀時の様子を、満足そうに横目で見る。
激しく燃え上がった情事の後の銀時は、目が潤み頬も赤らんで、枯れた声までも艶かしい色気に溢れていた。

「確かに腹が減った・・・けどよ、俺、身体中が痛くて動けないんですけどォー・・・」

それでも身体を起こそうとして、もぞもぞと手足を動かす銀時であったが、やはり苦痛だったのか結局横たわったまま諦めてしまった。
あお向けだった身体を半回転させて、ゴロリと横に向けるのが精一杯のようだ。

「残念だったな、今夜は寿司か、ステーキだったか、美味いもん食べるはずだったのになァ」

にやにやと愉快そうに笑う土方を銀時が黙って睨みつけ、「誰のせいだ」と口を尖らせてすねてみせた。
煙草を揉み消して土方が銀時の側に寄り、柔らかな白いくせ毛を指で撫でる。
その身体にはたくさんの赤いキスマークがつけられていたが、それでも物足りない土方は銀時の首筋に顔を埋め、再び赤い印を刻み込んだ。

「なあ俺、今日誕生日なんだ」

「ああ、そうだったな、だから何」

力なく横たわる銀時の身体、しっとりとまるで掌に吸い付くような触り心地の良い肌を優しく撫でながら、土方は呟いた。
銀時はさして興味も無さそうに、半分閉じた瞳で投げやりに返事をする。

「オメデトウくらい言えねーのか」

「何でお前にオメデトウなんて言わなきゃいけないんだよ」

「誕生日くらい祝えよ」

「祝ってるだろ、・・・こんなに、ほら」

気だるげな銀時は片手で土方の黒い髪を撫で、彼の青く鋭い瞳をじっと見つめた。
誘われるように土方が銀時にキスをする。銀時もそれを積極的に受け入れた。愛しげに優しく何度も啄ばむ。

「そうだな、まあいい」

祝いの言葉がないのを寂しく思いながらも、銀時の優しいキスに妥協した土方は軽く微笑んでそれ以上を望まなかった。
やけにしおらしい土方の態度に銀時が気まずい思いをし、仕方なく口を開く。

「だーかーらー・・・!凹むなよバカ!オメデトウってのはお前に言う言葉じゃねえんだよ」

「じゃあ誰に言うんだよ」

「お前は勝手に生まれてきただけ、何もしてねーの。生んでくれた親がいるだろ?本来ならそっちに感謝するべきだろーが!」

「ほお・・・親ねェ・・・お前がそういう事言うとは意外だな。親に礼でも言えってのかよ」

「そうだよ、命がけでお前を生んでくれたんだぞ・・・まァでも安心しろ、俺がお前に代わってちゃーんと感謝しておいてやったから」

銀時は口元だけで軽く笑う。
その言葉を聞いた土方は怪訝そうに眉を潜め、目を細めて銀時を見る。

「何でお前が・・・」

「あーあー、さて、何でだろうなァ」

抑揚なくさらりと言葉を流した銀時は、その代わり真剣にじっと土方の瞳を見つめた。
その表情は普段のようにポーカーフェイスだったが、もっと何かを言いたそうに少しだけ口を開いた。
土方は彼の言葉を待ったが、しかし何も告げずにその唇は閉じられてしまった。
赤く美しい瞳に吸い込まれるように土方が見つめ返すと、銀時は視線を逸らしてゴロリと気だるげに寝返りをうち、背を向けた。

「俺ちょっと寝るわ・・・お前がムチャするから疲れちまった・・・」

突然に背を向けたのを照れ隠しと思った土方は、小さく笑う。
自分を生んでくれた親に感謝してしまうほど、この恋人は自分を想ってくれているという事だろうか。
当然銀時は土方の親など顔も名前も知らないはずだ。しかし心の中でその存在を思い描いてくれたのだろう。
普段の銀時からは想像もできないようないじらしい言葉に、土方は胸が熱くなる。

「俺も・・・お前の誕生日には、きっとお前の親に感謝すると思うぜ」

その日の事を思うと、素直な気持ちが意図せずぽろりと零れた。
土方の小さな呟きに銀時の背中が答える。

「残念でした。俺には親いねーから、無理」

淡々と言う背中からは銀時の感情が読み取れない。
しかしけして笑ってはいないであろうことが土方にも感じとれた。

「・・・いねえ、って言うなよ・・・会ったことなくてもよ、どっかに必ずいるんだよ、誰にでも」

白い背中を覆うように背後から抱きしめる。
銀時の冷えた身体を温めるように、強く強く腕に力をこめ引き寄せた。
寂しい思いはさせたくない、俺がいるから・・・と、溢れそうになる気持ちを込める。
そして彼の白く柔らかな髪に顔を埋め、首筋や耳元へ優しくキスを繰り返す。

「・・・ああ、もう、わかったよ、わかったから・・・」

銀時は振り返らずにそう答えた。
面倒くさそうな低い声だったが、語尾には優しい笑いが含まれていた。



あたたかな誕生日を迎えた、今日、5月5日。


結局、銀時には一度もおめでとうとは言われなかったが、しかし実は誰よりも喜んでいるのかもしれないと感じた。


それが何よりも嬉しく、胸の奥がこそばゆくなって、抑え切れない。


土方は抱きしめた銀時の白い髪をくしゃくしゃと乱暴に撫で、銀時も仕返しとばかりに両手で土方の髪を混ぜる。





日付の変わる少し前、土方は愛しい人から優しいキスのプレゼントを貰った。











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