『銭湯って危険だよね? 土方編』
俺は、つくづく運の無い男だと思う。
新撰組の副長という地位を得ながら、何故部下から襲われる毎日なのだろうか…。
むろん、俺のことを慕ってくれている野郎どもが沢山いることも知っている。
しかし、何故だかあそこに居ると、命の危険を感じずにはいられないのだ。
今日だって、組内の共同風呂で任務後のゆっくりとしたひとときを過ごすはずだったにもかかわらず、沖田の野郎がバズーカーなんぞぶっとばしてきやがるから…。
隊全員で使う風呂が粉々じゃねぇか…。
誰が修理するってんだよ、誰が!
たまたま入っていたのが俺一人だったからいいものの、他の奴らが入っていて、巻き添えくったらどうするってんだ!
俺だから、避けることができたってのに…。
大体、あいつは副長の座を狙っているとか抜かしては、所かまわずに人の事を襲ってきやがって…。
俺はあいつの上司なんだぞ、上司!
もう少し上司を敬うとか、部下らしい行動がとれねぇもんかね〜…。
ぜってー、あいつは楽しんでるとしか思えねぇんだよな…。
新撰組副長である土方十四郎は、つい先ほど自らの身に起こった事件を思い出しながら、仕方なくやって来た大江戸温泉の脱衣所で隊服を脱ぎ始めていた時であった。
俺から少し送れて入ってきたのはよろず屋っていう、江戸内でうんくさい商売をしている坂田銀時という男だった。
「なっ…」
「げっ…」
一瞬、何かのデジャヴを感じた…。
おそらく、坂田の方もそう感じたのだろう。
何で?という表情とやっぱりという表情が混ざって入っているように思えるからだ。
しかし、ここへ最初に来たのは俺の方だ!
後から付いてくるように入ってきたのは、この男の方!
ここは、俺の方が優勢なハズだ!
あの忌まわしい過去を払拭させる時!
「てめぇ、何でここに来た?」
ここで、ちょっとでも受容の態度を見せてしまったらこの男のことだ、絶対にいい気になってちゃかしてくるに違いねぇ!
ここは、強気で出るべし!
「てめぇこそ、何で俺の行く先々にいちゃうわけ?」
ほら、このふてぶてしい態度!
どうしてこの天パー男はちゃかすような言い方しかできねんだろうか?
「それはこっちの台詞だ!」
ムカッとして、ここでやりあうなら、それも上等!それくらいの意気込みで行ってやったのに、帰ってきた言葉は意外なものだった。
「まぁ、いいや。俺の方が後から入ってきたしな。俺は、神楽が怪力で風呂を壊しちまって、仕方なく銭湯へ来たってわけよ。お前は?」
今までの、この銀髪天パー男とはまるで別人のような、あっさりと折れる態度に、毒気が抜かれてしまった。
思わず、俺も普通に返しちまったじゃんかよ…。
「沖田のやつが、俺が風呂に入っている無防備な状態の時にバズーカー砲をぶっとばして襲ってきやがったから、新撰組の共同風呂が壊れちまって、俺の方も銭湯に世話になりに来たってわけだ」
そう答えてみると、なんだかお互いの共通点を見つけて、ちょっと可笑しくなってえしまったわけだ。
「ははっ」
「ふっ」
お互いの目が合い、なんとなく笑みがこぼれてしまう。
「ま、今日はのんびり風呂に入って、たまには背中の流し合いっこでもして、男同士の友情ってやつを深めますかね?」
そんな風によろず屋の方から言われて、悪い気はしねぇ。
こいつらはいつも入らない所に首突っ込んでくるくせに、なんだかんだと助けられているのも事実だ。
ここは、裸の付き合いってやつをして、また知らない一面を知るってのも悪くねぇかもしれねぇな…。
「そうだな。たまには、それも悪くないかもしれないな」
そう言い、俺は脱ぎ始めていた隊服のボタンをまた外し始めることにする。
俺の隊服の方がボタンがあったりと色々と脱ぐのが大変なはずなのに、あの男は服の脱ぐのがちんたらしてるったらありゃぁしねぇ。
鼻歌歌いながら服を脱ぐだぁ?
それでもお前は江戸の男か!
よろず屋が脱ぎ終わるのなんか待ってらんねぇと思い、俺は早々に浴室の方へと入ることにするのだが…。
中に入ってみて、周りを見てみると、意外に客が多いらしい。
ぽつんぽつんとカランが空いてはいるが、二つ続けて空いている所は一カ所しか無かった。
「…さっき、あいつが背中の流し合いっことか言ってたしな…。…仕方ねぇなぁ〜…」
そんなのは社交辞令だろうし、無視してもかまわねぇんだろうが、実は本気で言っていたとしたら何となく申し訳ねぇし…。
とりあえず俺は桶と椅子を二つ持ち、二つ続けて空いている場所に向かうことにするのだった。
そして、あの調子だといつ中に入ってくるかも分からねぇから、まずは先に洗髪をしておくことにする。
…先に体洗っちまったら、背中の流し合いっこってやつが、ちゃんとできなくなっちまうからな。
シャンプーを手に取り、ガシガシと頭を洗っている時だった。
隣に誰かが座る気配がし、声をかけてきた。
「ありがとな。隣にお邪魔するぜ」
よろず屋の声だった。
やっと来やがったか…。
まぁいい、俺が頭洗い終わるころにあいつも体洗い始めりゃぁ、ちょうどいい位だろうし。
案の定、よろず屋はまずは石けんと垢すりタオルを手に取り、自分の体を洗い始めた。
俺の頭のシャンプーを流し、軽く頭をタオルで拭い顔を起こす。
そして隣のよろず屋の方に顔を向けると、まるで子どもみてぇにすげぇ一生懸命に体洗ってるじゃねぇか…。
ガキみてぇで、可愛いもんだ。
そして何気なく背中を見ると、その背中は意外にも傷だらけだった。
巨大な獣らしきひっかき傷らしき物、または巨大な噛み跡…。
…そういや、こいつん所は巨大な宇宙生物の犬がいたっけなぁ〜…。
あのでかさにじゃれつかれりゃ、これだけ傷になるわな…。
このまま垢すりタオルを使ってゴシゴシあらってやりたい所だが、傷に沁みるだろうと思い、俺は柔らかいタオルに石けんを付けて、泡立てるのだった。
鬼の副長と呼ばれる俺も、ヤキがまわったもんだ…。
「おい、背中流してやるぞ?」
そして約束を守るべく、俺は声をかけてやる。
「お、おう。さんきゅうな」
するとよろず屋はいきなり声をかけられたせいか、一瞬驚いたらしいが、俺の方を向くとすぐに背中を出してきた。
武士たるもの、敵には背中は見せない。
つまり、いまよろず屋が俺に背中を見せたということは、俺を敵ではないと認めた証。
なんだか、照れくさい感じだな…。
普段いがみあっているだけに、若干こそばゆい感じがしやがる。
「強く洗ってもらいたい所とかあったら、遠慮なく言えよ?」
なるべく傷ついている所は優しく、そうでない所はしっかりと洗うように心がけたつもりだ。
だが、洗い方には個人の好みがある。そこはしっかりと確認してやらねぇと可愛そうだろう。
だが、よろず屋は一向に返事をよこさねぇ。
更に、どんどん猫みてぇに背中を丸くさせやがって!
洗いにくいだろうがっ!
もしかして、コレは俺への嫌がらせか?コンチクショウ!
「おい、背中丸まって、洗いにくいぞ」
タオルを持っている反対の、左手でヤツの左肩をぐっと掴み、背中を洗いやすいようにまっすぐにしってやった時だった。
「た、たんま!湯当たりした!」
顔から耳から、首まで真っ赤にして、よろず屋は振り返り、タンマをかけてきたのだった…。
「本当だ。顔真っ赤だな」
なるほど、気分が悪くてあんな姿勢になってたのか…。
我慢しないで、もっと早く言ってくれりゃぁいいのに…。
…もしかして、自分から背中の流し合いっことか言った手前、ストップをかけにくかったとか?
可愛いところもあるじゃねぇか
首まで真っ赤にして、うずくまるよろず屋はなんだか恥じらいのある少女みたいで可愛い感じだ。
「とにかく、出た方がいいな」
「へ?」
よろず屋が顔を上げるよりも先に、俺の体が動いていた。
体を丸くしているヤツの脇と膝下に腕を入れ、抱っこして脱衣所の方へと足が向かっていたんだ。
「ひぃっ!」
まさか、男である自分がこんな風に抱っこされると思っていなかったんだろう。
よろず屋はすっとんきょんな声をあげて俺の腕の中で暴れるが、そんなのかまいやしねえ!
「暴れるな!とにかく、脱衣所に出るぞ!」
そして、脱衣所に出るなり、番頭に床へタオルを敷いてもらい、よろず屋をそこへとそっと横にするのだった。
「おい、大丈夫か?」
首まで赤かったのが、今では全身まで真っ赤なゆでだこ状態になってやがる。
以前サウナで競った時は、熱さに強そうだったから、この今の状況が意外だった。
今日だって、背中の流し合いっこの後は、高熱湯だったりサウナだったり、水風呂だったりとでコイツと競い合うんじゃねぇかと思っていて、実は若干楽しみにしていたりもしたのだが…。
まぁ、この分じゃそれは無理だな。
しかし、いざって時は木刀しか持ってねぇくせに、真剣を持っている俺たちより強ぇくせして、意外な場面を見てしまってつい、頬がゆるんでしまう。
しかし、プライドの高いよろず屋のことだ。
そんなのが知れたら、無理してもまた浴室へ戻ってきちまうだろう。
表情をひきしめ、ぐっと我慢するのだった。
「今、水を貰えるようにお願いしたから、とにかく水分摂れよ」
真っ赤になっているよろず屋の、銀色で柔らかそうな頭をくしゃっと撫でて、俺は再び浴室へ戻ることにするのだった…。
俺は浴室へと戻り、湯船に入るべく、その前に自分の体を洗うことにする。
…やべぇ…。
なんだ、あの柔らかさ…。
男の髪じゃねぇよ!
あんな柔らけぇの…。
大体、なんであんなに真っ赤になって、丸くなれるんだ?
武士たる者、強い意志でいなきゃいけねぇんだ…。
体を洗いながら、脱衣所の方へと視線を送ると、ガラス越しにバスタオルの上で水を飲んでるヤツの姿が見える。
なんとも、気持ち良さそうに飲んでるじゃねぇか…。
もっと近くで…
…!
違う違う!
アイツは男!よろず屋だ!
いつも、俺達の仕事をひっかきまわしてくれるヤツなんだ!
と、とにかく、体を洗って、風呂!風呂だ!
全身の泡を落とし、そしてまずは高熱風呂へと向かう。
ぐつぐつと煮えた後には、水風呂へと…。
とにかく、今頭のスミに浮かんだ、あってはならない想像を消し去る為に…。
END
木村さんより小説頂きました!
前回頂いた「銀時編」の対になる「土方編」です。
無意識に惹かれている感じがドツボです。
まさに運命・・・ていうか、もう土方さんの本能ですね!
木村さん、有難うございました!!
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