※微えろ注意報。苦手な方はお気をつけください。
草津の湯でも治りそうにない。
ちゃぷん、とささやかな水音を立てながら、波打つ水面をぼうっと見る。
かすかに水面に出ている膝頭に額をこつん、と預けながら。
湯気の中に、何度目になるか分からない、深い深い溜息が溶ける。
そもそも提案したのは誰だ。
ここを予約したのは?
この時間を指定したのは?
―――クソ、何でまだ来ないんだよ!
ばちゃん、と水面を叩く。水しぶきが派手に上がった。
ふやけそうだなぁ、と手のひらを見たら、立派にしわしわになっていた。
どうしてくれんだコルァ!
あああああイライラする!!
さっきの電話を思い出した。
11時前、遅れるから先に行ってろという連絡を受け。
一人、こうして先に宿に入っているわけなのだが。
現在10月9日、PM11:50。
部屋に入ってすぐ、くさくさする気分を洗い流そうと風呂に入ってから、30分はゆうに経過しているだろう。
そろそろ湯あたりをしそうな頭で、いつまで待てばいいんだよ、とぼんやり思う。
待つのは苦手なのに。
今気づいたけど、いつも待ってるのは俺じゃねーか。
あーあ、何でこんな思いしなきゃなんねーんだよ。
てか、何こんなにうだうだ考えちゃってんの?
いつから俺はこんなに女々しくなったんだ?!
つーか今更だけど、先に風呂に入って待っとくとかありえなくね?
どんだけ準備万端なの俺ェェ!!
うっわこんなの全然俺らしくねェよそもそもこの思考自体恥ずかしいっつの!!
今気づいた事実に愕然とする。
俺は、自分でももう引き返せないほどに、アイツに心を持ってかれてたんだ……
期待、しなきゃよかったのかな。
傍にいる時間を共有しすぎただろうか。
来てもらうことが当たり前になってたことも、与えてもらうことにも、慣れすぎてしまった。
何て欲深いのだろう、俺は。
こんな思いをするくらいなら、最初から出会わなければ良かった。
好きにならなければ良かった。
持っていかれそうになる心を、もっと必死に守っておけば良かったんだ……
ぶくぶくぶく……と、口元を湯の中に沈ませて、いたずらにあぶくを立てる。
何かこのまま沈んでしまいそうだ。
早く来いっつーのバカ。
俺がふやけちまうだろーが!
いいのかよ、知らねーぞ俺ァ!!
……ん?
ふと、何か聞こえたような気がして、耳を澄ませてみる。
コレって……電話か?!
ヤベ、いつから鳴ってたんだ?!
急いで湯から上がり、かろうじてバスタオルを巻きながら、部屋にあった電話を取る。
フロントからお繋ぎします、との短いやりとりのあとに、待っていた声は想像通り。
「悪りぃ……まだ抜けられそうにねぇんだ」
「……あっそ」
どこまで予想通りだよ。台詞まで読めるし。
「でもとりあえず電話でだけでも、一言言っておきたくてな……」
「……」
「もうすぐ日付変わんな、」
「…そーだな」
「本当、悪い……抜けられ次第そっち行くから、」
「……別に?無理すんなよ、仕事なんだろ?」
コイツの仕事がどれだけ大変か知ってる。
その日暮らしの自由人な俺(そこのお前!ニートとか言うんじゃねぇ!コレでも2人のガキと1匹の巨大犬養うためにそれなりに頑張ってるっつーの!)と違って、
コイツは日々江戸を守るために、文字通り命と誇りを賭けて仕事してる。
それがどれだけ激務なのかも、副長という立場がどれだけ重要で責を負う役回りなのかも、こんだけ長い付き合いであれば嫌でも分かる。
コイツの優先順位の不動の一位は真選組で、それがコイツの存在理由で、
悔しいけど、そんな真選組バカでストイックなトコが好きだったりするから(絶対言ってやんねーけど)
もう諦めてる、と自分では思ってた。
それなのに、鉛を飲み込んだみたいに、胸の奥に何かがずんと沈んでるんだ。
「ああ……なるべく早く行く。っと、12時になったな。誕生日……おめでとう、」
「……ん」
嬉しいのに嬉しくない。曖昧な生返事しか返せない自分が大嫌いだ。
「それだけ言いたかった。眠かったら先に寝てろよ」
カチン。
何ですかソレ、気遣ってるつもりですかソレ。
てかオメーは何時に来る予定なんだよコラ。
「……あ、そうだ、」
「…んだよ」
「フロントに、お前のケーキ預けてあんだ。何だったら、先にそれ食ってろ」
ブチン!
目の前が真っ赤になった。
「はァァァァ?!アホですかテメーはァァ!!
一人でケーキ食うとかどんだけ虚しいと思ってんのォォ!脳味噌マヨネーズかテメーはコノヤロー!!
そんなん一人で食っても美味くも何ともねーっつーの!!
テメーが居なきゃ意味ねーんだよ、とっとと来やがれこの甲斐性ナシのヘタレ侍がァァ!!!」
矢継ぎ早に怒鳴り散らして、ガチャン!!と思いっきり受話器を叩き付けた。
ああ、ホントに堪忍袋の緒が切れたときって音がするんだー。知らなかったなー。
っつーかマジムカツクんですけどォォ!!どの面下げてあんなことが言えんだよあんのアホはァァ!!
どんだけデリカシーねぇんだよアイツ……アレでモテるとかマジありえねーから!!
クッソ、嫌がらせにルームサービスでデザート三昧頼んでやろうかな……
メニューのこっからここまで全部、とかマジでやっちゃうよ銀さん?
あとはどんな嫌がらせしてやろうか。何かヤツを陥れられそうなネタなかったかな……
見てろよテメー、今度沖田君と二人でイジメ倒してやるからな!!
……ってか俺ってやっぱ、糖分さえ与えとけば喜ぶって思われてんのかな。
思われてんだろーな、まぁ実際喜ぶしな。糖分は最高だしな。
でも、アレはナイだろ。いくら俺でも傷つくっつーの!!察しろよバカ。
そんなん嬉しくも何ともねーんだよ……!
ばふ、と座布団に顔を埋める。
喉が痞(つか)えてからからになってひりひりして。
胸の奥が重くて苦しくて、何だか息を吸っても吸っても酸素が足りないような感じだ。
何かぐるぐる考えんの疲れた……
そのまま横になって、ぼうっと壁なんか見てた。
……ちょっと待てよ俺。
ヤベ、ちょっと冷静になってきた。
…………よく考えたら俺ものすごいコト言っちゃった?
何か…ブチキレた勢いでもっそいこっぱずかしいこと言っちまったよーな気ィすんだけど!
気のせいだよな、気のせいだと言ってくれェェ!!!
あああ、どーしよ顔熱いんですけど。今俺の顔真っ赤かもしんねェどーしよ……
しかもかなり大音声で叫んじまったし。周りの部屋に丸聞こえなんじゃねーのどーしよ……
「うわぁぁああ!!」
思わず意味のない声で喚きながら、ごろごろごろ、とバスタオルを頭からかぶって畳の上を転がる。
こーゆーのがが身悶えるってヤツなんだな。
ってのんきに思ってる場合じゃねェェ!!
……コレってアレだよな、言ってみりゃ「仕事と私とどっちが大事なの?」的台詞だよな。
そんなアホな事この俺が考えちゃったわけ?しかも相手に言っちゃったわけ?
恥ずかしくて死にてぇ…つーか穴掘って入りてぇわマジで。
ってか今日だって、本当の誕生日じゃねーし。
先生が俺を拾ってくれた日って事で、便宜上誕生日にしてるだけだし。
俺の本当の誕生日は誰も知らねーっつーのに、その便宜上の誕生日に何分遅れようが別に関係なくね?
それを早く来いだの遅いだの、アホだろ俺は。どんだけ自己中心的なんだよ。
ああ、本当にバカなのは俺の方だ。
しかもそんな仮の誕生日でも、忙しいのに律儀に祝おうとしてくれてるアイツに対して、
どんだけわがままなんだよ。
欲張りで汚い自分がほとほと嫌になる。
つーかアイツだって絶対ウザって思ったよ。もー俺ら別れた方がよくね?
……別れる?
ずきん、と胸が軋むように痛んだ。
いつの間に、こんなにアイツの存在が大きくなってたんだろう。
こんなに弱くなって女々しくなっちまって……俺をこんなにしやがってどうしてくれる。
「…責任取れよ、土方コノヤロー……」
「銀時!!」
は ?
首だけぎぎぎ、と戸口の方を向いてみたら。
超必死な顔の土方が、汗かきながら立ってて、目を丸くしていた。
きっと全力疾走でここまで来て、息せき切ってすぱーんと襖を開けたんだろうね。
つーか……びっくりするだろーがオイ!!
土方ははぁ、と大きく溜息をついてがりがりと髪を掻き、ケーキの箱片手にずんずんとこっちに来て。
「なんつー格好してんだ、テメーはよ……」
ケーキ箱をローテーブルの上に置くと、隊服を脱いで俺の肩に掛け、バスタオルでわしゃわしゃと髪を拭いた。
あー…、そーいやバスタオル一枚で電話に出てそのままだった……
「遅れて悪かった。おめでとう、銀時」
上着ごと、ぎゅ、と抱き締められる。
あったけぇ……
じんわりと血が通う、痺れるような感覚。
抱き締められて初めて、湯冷めして体が冷え切ってたことに気づいた。
「って、え?おま、早くね?仕事は?」
ぱちくりと、顔を上げて尋ねる。
部屋のデジタル時計は00:28を示している。
いくらなんでも早すぎねーか?
「バカ、オメーが早く来いっつったんだろーがよ。あんな電話聞いたら来ないで居られるか、」
「……マジでか」
かああぁぁ、と顔が赤く染まるのが自分でも分かる。
見られたくなくて、胸元に顔を埋めてしまう。
「お偉方の接待だったし、悪い、抜けさせてくれって言ったら近藤さんも快く出させてくれてな」
「……いいのかよ」
「こっちが先約だ」
「おま、バカだろ」
「そうだな、我ながら銀時バカだ。お前にあんな可愛いこと言われちゃ、居ても立ってもいられなくなった、」
コイツはときどきこういうキザなことを平気で言ってのけるから困る。
真摯な瞳がじっと覗き込んできてくらりとした。
そのまま口接けられる。ぞくりと、悪寒にも似た疼くような感覚が背筋を走り抜ける。
熱い舌が捩じ込まれる。煙草の味がして、ああ土方だって思ったら堪らなく安心した。
「ふ、んん……っ」
力が抜ける。
溺れる。
いつの間にか目を閉じてて、もうどっちが上だか下だか分からないくらいぐわんぐわんと視界が傾いで。
のけぞって後ろに倒れていく体を、土方が支えてさっきより強く抱き締められる。
息苦しいほどに包まれる腕がひたすら心地いい。
それでいて、ふわふわとたゆたっているような浮遊感。
気づいたらぽすん、と横たえられてて。
どこまでもひたむきで真っ直ぐな視線が降って来た。
今更ながらにどくん!と鼓動が跳ね上がる。
息がつまる。また呼吸がうまくできなくなっちまった。
土方が、両肘をつき至近距離で見つめてくる。
髪を撫で、するりと頬まで無骨な手のひらが降りてくるのにも、びくりと反応してしまう。
いくらなんでも過敏すぎるだろコレ!何でこんなんなってんだよ!
「ふ……っ、」
親指で上唇をなぞられて、ぞくぞくと、首筋の後ろを快感がせり上がる。
目が―――離せない。
「…悪りィ、このまま…いい、か……?」
唇の傍で発せられた低く掠れた声は確かに欲情の色を帯びていて、まるで麻薬のように耳から沁み込んで全身を熱くする。
ああ、どうしてだろう、金縛りにあったみたいに抗えない。
声も喉に引っかかってうまく出てこず、ただこくん、と頷かされてしまうだけ。
あ、目がちょっと優しくなった。
それだけで、こんなに胸の真ん中があったかくなるのはどうしてなんだろう。
土方がそっと髪を梳き、前髪を掻き上げて額に口接けを落とす。くすぐったい。
睫毛長いなコイツ……
てか、やっぱこの顔好きだ。
改めて思う。うん、我ながら面食いだな。
その憎たらしいほど綺麗な顔が、ゆっくりと近づいてくる―――
…って、ちょい待ち!
「へっくしゅん!」
あ。
「……プ、くっくっく……!」
目を見合わせて、どちらともなく笑い出す。
「電話の後からずっとこの格好だったんだろ?湯冷めすんのも道理だ」
乗り上げてた体を退かして起き上がった土方が、俺の手を引っ張って起こして。
まだ笑いながら、下敷きになってた隊服を横に投げ、しわしわになったバスタオルを俺の肩に掛ける。
「…一緒に入るか?」
風呂にかい。
「もーさんざん浸かったんですけど……」
ゆうに3、40分は。
「俺は入ってねぇ」
「……そーですね」
コレふやけるどころか、湯あたりコースかな。
まぁいっか、とすでに思ってしまってるところがもうかなり末期だ。
「あーあ、温泉の元とかねーかな。……草津とか、」
「草津?なんだお前、温泉行きてぇのか?……じゃ、休み取れたら連れてってやるよ」
「マジで?!土方君愛してる!!」
「……休み取れたらな」
「取れよ」
そんなこと言い合いつつ、風呂場に二人で向かう。
うーん、さっき入ったばっかなんだけど。
温泉旅行計画を立てながら、予行演習するのも悪くないかもな。
fin.
*あとがき*
銀さんお誕生日おめでとう、遅れてごめん!ってアレ、これバースデー?
何で銀さんがこんなに乙女化してるんでしょうか…銀さんはもっと男前でカッコイイ人のはずなのに!
銀さん命の私でも、今回はさすがにちょっとウザッと思ってしまいました(笑)
てか終わってみれば、いつもの通りのただのバカップルでしたね。何だあのいちゃいちゃっぷりは!
そのまま風呂で1ラウンド、出てきてベッドでケーキプレイを交えてまた1,2ラウンドすればいいんじゃない。
こんなんでよければ、フリーですのでもらってやってください。