教室に入るなり、臭い!と、思った。
 眉間にシワを寄せ、教室を見渡そうとしたのだが、そうするまでもなく、その正体はすぐに分かるのである。
 なんせ、教壇の上で銀杏を七輪で焼いているのだから…。
「お〜い、一体お前達何の悪戯だ?…ん?いや、この場合、嫌がらせか?」
 おれの銀にかけて、焼いているとか、そうゆう意味なわけ?もしかして、学級崩壊?俺って、生徒からいぢめられてる?
 …けどまぁ、どっちでもいいっや。
 問題は、七輪を使って銀杏を焼いているということだ。
 仮にも俺は、聖職者。生徒の過ちは過ちとして、しっかりと叱る義務がある。
「教室で火なんか使うよ。もし火事になったらどうする?誰が責任取るんだぁ〜?」
 まぁ、ぶっちゃけ最後には、防火管理を勤めている教頭とか校長になるんだろうが、火を付けた人間もむろん重大な責任を負うことになるのは明白だ。
 どっちがどうなろうが、俺の知ったこっちゃないが、俺の受け持つ教室から火が出たなんて言ったら、俺まで責任取らされちゃうじゃねぇか…!
「じゃぁ、銀八先生、秋刀魚ならオッケーですか?」
 そんなバカなことを抜かしてくる生徒は一人しかいねぇ。沖田総悟だ。あいかわらず、バカ言ってきやがる。
 そんなこと言ったら、また叱られるってのに…。
「銀ちゃん…と、違った。銀八先生、姉御が銀八先生の為に、銀杏焼く前に、卵焼きを作ったアルネ!これ、愛情たっぷりだから食すアル!」
 そう言って、お妙の舎弟である神楽が差し出してきたのは、炭だった。どう見ても、それは炭だった。
「…神楽ちゃん、それは有害物質なので、俺の胃袋じゃ安全に処分することができないから、役所に行って相談してくんだな」
 ぴしゃりと冷たく言い放ってやる。ちょっとでも、スキを見せたら、あの有害物質は俺の胃袋に入れられてくることになるから!
 神楽が泣こうと、クラス中の生徒達が全員非難してもだ!
 こんなのを食したら、命がいくらあっても足りなぇじゃんかよ!
 しかし、ここで切れる訳にはいかない理由があった。神楽の背後には、お妙という、地球…いや、宇宙最強生物が付いているわけだから!ここは穏便に済ますことが先決なのだ!
「銀八先生!朝はやっぱり納豆ですわ!こうやってくんずほぐれず、私も先生と一緒に…」
 …さっちゃんは、最後まで言葉を言うことはできなかった。
「あ〜…。今回はR18とか入ってないから、これ以上の発言は危険なので、黙れ」
 さっちゃんの眼鏡を奪い、そして銀八先生の容赦ないツッコミが入るのであった。眼鏡を失ったさっちゃんの眼球に映る世界は、別世界であった。全く明後日の方向を向き、全然関係の無いクラスメイトの手を取り、感激するのであった。
「ぎんさん…!わ、私の心配をしてくれるなんて!さ、さっちゃん…幸せ…♪」
 どこまでも、バカなさっちゃんであった。
 そんなバカなやりとりをしていて、朝のホームルームにでさえなっていない時であった。
「先生、エリザベスがそろそろ授業を始めたいって言ってるのですが、まだですか?」
 教壇の一番目の前の席の座っている、桂が、ぼそりと一言。その声で、銀八先生は、目の前に桂が居ることに気付くのであった。
「おぉ、ヅラお前、居たのか…。授業な、もう少しまっておけ、ぼちぼちホームルーム終わるチャイム鳴るから…。…って、その前にエリザベスはこの学園の生徒じゃないから、帰しなさい…」
「ズラじゃない、桂だ。第一、エリザベスは俺の大切な相棒!相棒と言えば、一心同体!そのエリザベスがここに居て、一体何が悪い?むしろ、居ない方がおかしいだろう!」
 意味不明である。
 朝のホームルームの為に、教室に入ってからまだ5分ほどしか経ってないのに、この疲労感…。
 何だ?いつもと何も変わらねぇホームルームなのに…。
 けど、いつもと何が違うんだ?
「あ、そうだ。銀八先生!土方君が今日遅くなって、かつ早退するって言ってました」
 そう最後にトドメをさしてくれたのは、ボケだらけのクラスの中で、とても重要な人物、新八であった。
「つまり、サボリってことっスね」
 分かりやすく説明してくれたのは、クラスきってのドSである沖田であった。
 さて、一体どうしたものか。あの真面目一徹な土方がサボリ…。
 俺がちょっとホームルームに来るのが遅くなったり、二日酔いして来ちゃったりしたら、しつこいくらいに文句を言うヤツがサボリだぁ〜?
 俺が遅れると、抜刀してくる勢いなくせに!
 怒りがふつふつと込み上げてくるようであった。
 銀八は、そんな感情を引きずったままに朝のホームルームは終了させ、そして授業へと入っていくのであった。



「はーい、今日は103ぺージから始めるぞ。おい、ゴリラ読みやがれ」
 古典の教科書を開き、問答無用に指名をする銀八であった。
「たつころ、くもはやしいんのぼていこうに…すし?でてはべりしかば、れいにんより…」
 銀八先生に指名されたとおりのページを開き、真面目に読もうとするゴリラであったが…。しょせん、ゴリラ。日本語になっていない。第一、ゴリラに古文を読めって事自体が、無理な話なのだ。
「じゃぁ、ゴリラ使いのお妙、同じ所読め」
 勝手な言い分である。お妙だった、このゴリラにストーカーされて迷惑しているっていうのに…。
 しかしそこは大人な女性の貫禄だろうか?特に突っ込むこともせずに、笑顔で素直に立ち上がり、指定されたページを読むのであった。
 …実際は、その笑顔が一番怖いのだが…。今の銀八には、まったく気付いている様子は無い。
「さいつ頃、雲林院の菩提講にまゐりてはべりしかば、例の人よりはこよなう年老い、うたてげなる翁二人おうなと行きあひて、同じ所にゐぬめり…」
 すらすらと読み上げるお妙。性格と料理には過大な問題を持っているお妙であるが、実は真面目な一面もあり、勉強などもできたりするのである。
 あまりにもすらすらと読み上げてしまうので、実はこの授業がここまで進んでいないということに気付いていない銀八であった。
 まぁ、クラスの大半の生徒が、そこまで進んでいないということに気付いていないのであるから、問題ないのかもしれないが…。
「はーい、お妙、お前さすがだな」
 一言褒めて、そして1ページをさらっと読んだお妙を座らせるのであった。
 そこからも、銀八の授業といえば、最低なものであった。
 本人も無自覚。
 全く関係ない数学とかの宿題を出してみたり…。
 いきなり、愛について語ってみたり…。
 かと思うと、いつものように『糖』について語ってみたり…。
 言っていること、やっていること支離滅裂である。
「先生〜、そのページまで進んでないので、俺わかりませーん」なんて素直に言ってしまえば、「んぁ?わからねぇじゃなく、知らないって言うんだよ!日本語は正しく言いやがれ」なんて、日本語を一番正しく言ってない人物が言ってしまうのであった。
「ねぇ、銀ちゃん、何で今日はこんなに機嫌悪いアルか?」
 いつもとは、なんとなく違う雰囲気の銀八にとまどう生徒まで出てくる始末である。
「あぁ、あれだよ、先生は今日はマリッジブリーってやつ?もしくは、生理痛だな」
 適当なことを言うのは、やはり総悟である。その言葉を真面目に聞いてしまうのが、神楽だ。
「じゃぁ、銀ちゃんは月のモノのせいで、こんなにイライラしてるアルか?けど、それおかしいアル。銀ちゃん男なのに、月のモノあるのか?」
「お前だって、宇宙人で、地球人じゃねぇくせに月のモノあるじゃねぇか。だったら、男だってあったっていいじゃんかよ」
「そっかー。私もあるから、銀ちゃんもあってもおかしくないアルね!私、納得した!」
 総悟と神楽は机を寄せて、こそこそと堂々と話している。
「こらこら、神楽ちゃん、沖田君の言うことを全部信じちゃ駄目だっていつも言っているでしょ」
 二人の会話に入ってきたのは、神楽の姉御でもあるお妙である。
「姉御!けど、今日の銀ちゃん何かいつもと様子がおかしいアルよ」
 先ほどまで古典から数学に変更して授業をしていた銀八であるが、今度いきなり歴史を出せと言い始めている。
 授業時間は50分。そんな短い時間で、三教科もできるわけもなく、ちょうどそこでチャイムが鳴るのであった。
「はーい、とりあえず一限目はこれで終了。今日はこの後の先生達が、この教室に来たくないとかいつものごとく言ってるから、俺が代行で授業やるぞ〜!みんな、次は勝手に体育に変更したから、着替えて科学室に来いよ」
 そう、意味不明の暗号を残して、一端教室を出ていくのであった…。
 そんな感じで、人とは思えない行動を取りながらも、なんとか一日を無事に済ませる銀八である。むろん、それは3年Z組であるからこそ何とかなったということなのだが…。
 これがもし、他のまともなクラスだったりしたら、大変な事態になっていたであろう。



 そして、翌日。朝のホームルームの時間である。
 銀八は教室のドアを開けると、ありえないくらいの煙が全身に襲ってきた。
 もくもくと立ちこめる煙。昨日同様、部屋を見渡す必要もなく、やはり教壇に視線を送ると七輪の上で、秋刀魚が焼かれているのであった。
 …昨日の今日で、ベタすぎだろう。
 ため息をつきながら、おもいっきり煙をかぶりながら教室に入っていくことにするのであった。
 出席簿を教壇の上に置き、七輪で焼かれている秋刀魚は無視して、出席簿を開く。
 この出席簿だが…。自慢じゃないが、クラス替え後の一番最初のホームルーム以外で開いたことは無かった。
 半年開くことのなかった出席簿を、開いている!
 それだけで、ありえない行動であった。
 いままで銀八が出席を取ったことがあっただろうか?
 やる気があるようで、その反面、銀八の顔は下をうつむいたままである。
 煙をどうにかする気も無く、出席簿を開いたが、読む気も無く…。
 ただ、じっと下を向いて考え事をしているようである。
 教室内で七輪。窓は全部閉まっている。教室の後のドアも閉まっている。教室の前のドアは、今俺がしっかりと閉めてきた…。
 そして、教室内では秋刀魚を焼いていて、ありえねぇくらいの煙で、実はちょっと生徒達は酸素不足ぎみ…。
 このまま俺が無視をして、七輪を使っていけば…。全員で、一酸化炭素中毒で死亡…。
 それって、ベタじゃね?
 …いや、ベタではなく、むしろ新しい集団自殺ってやつ?
 俺は、今日はこの状況をどう突っ込んでいいわけ?
 昨日の今日で…。
 ツッコミ入れても、さらなるツッコミとかフォローとかちゃんと入ってくれるわけ?
 そういえば、昨日サボった土方…。あいつ、今日はちゃんと来てるんだろうな?無鉄砲なようで、あいつって実は意外に常識人なんだよな…。
 あまりにもベタすぎる状況に、銀八は混乱していた。
 昨日、いつものペースと違ったことがいけないのかもしれなかった。
 そんな時だった。
「おい、総悟。お前いい加減にしろよな。先生が来たんだから、消しやがれ!そうゆう約束だろ?」
 出席簿を開いたまま、フリーズした銀八へと助け船を出したのは、昨日さぼって休んだはずの土方だった。
 銀八は、なんだか無性に嬉しくて、無意識に笑顔で顔を上げると、土方が自分の前の座席にいる主犯である沖田の肩を叩き、声をかけている所であった。
「へいへい。仕方ねぇから、消してきますよ。それでいいでしょ、土方さん?」
 思いの他、素直に七輪を片づける為に立ち上がる沖田である。
 七輪の上から秋刀魚を外し、網などを片づけ始める間、土方が銀八へと声をかけてきた。
「先生、ばーちゃんが死んだ時って、忌引きになるんスよね?昨日の休みって、忌引きになりますか?俺、皆勤賞狙ってるんから、どうにかして欲しいんですけど…」
 そうなのだ。
 昨日の土方の欠席はサボリではなく、家の事情だったのだ。
 それを聞いて、なんだかほっとしてしまう銀八であった。
「そっか…。ばーちゃんが死んだか…。そっか、それは俺から校長に確認してやるよ!」
 そんな銀八の表情を七輪を片づけながら、真横で見ていた沖田が見逃すはずがなかったのだった。
「土方さ〜ん、昨日、銀八先生は土方さんが居なくて俺たちに八つ当たりして、すげー寂しそうにしてたんで、その責任取ってくれませんか?宿題とかも、意味不明なやつが沢山出たんスよね〜」
 突然言われてしまった銀八は焦るが先よりも、条件反射で顔どころか耳まで真っ赤になってしまって、棒立ちになってしまうのであった。
「え…?」
 土方は思いもしなかったことを沖田から言われ、教壇に真っ赤になってしまった銀八を見ると、視線が合ってしまい、真っ赤が伝染してしまうのであった。
「せ、先生…。俺がいなくて、寂しかった…んすか?」
 普段冷たくされているだけに、なんとも嬉しい驚きであった。
 この瞬間、銀八の本心が見えた気がしたのだ。
 照れて、合わせた視線をすぐに外し、そしてうつむいてしまうあたりが、最高に可愛らしい!
「…へ?べ、別に、寂しそうとかしてないし…っ」
 真っ赤なまま小声になっていく所が、またなんとも可愛らしくて、ここが教室だろうがなんだろうが、ぎゅっとしてしまいたくなる土方であった。










木村育美さんより小説を頂きました!

土方君いがいなくて調子狂っておかしな言動してる銀八先生が、 萌 え で す !
木村さんはどんだけ私のツボを心得ているんでしょうか・・・!
いつも本当にありがとうございます!


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