*****

「せーんせっ!」
ガラッ、と遠慮のえの字もなく数学準備室の扉を開けたのは、3Zの坂田だった。
この部屋の主である、土方の担任する生徒の一人である。
実に厄介な。

「……坂田、いつも言ってるだろ、まずノックしろ。あと、失礼しますくらい言え」
机に向かったまま、溜め息混じりに訪問者に声を掛ける。
悲しいかな、扉の開け方と声だけで、誰か分かるようになってしまっていた。
毎日のようにこの居室に押しかけられていれば、パターンを覚えてしまうのも道理だろう。
(妙なのに懐かれたもんだな)
ちらりと訪問者を一瞥する。
まず目を奪われるのは、その華々しい銀髪だ。
4月6日、担任するクラスである3Zの教壇で初めて生徒達の前に立ったときは唖然としたものだ。
名前も見た目の通り坂田銀時ときた。安直だ。親は何を考えて付けたんだか、と家族構成を調べたら施設育ちと言う。
もしかしたら、生まれてすぐに捨てられたのかも知れない。

土方はこの銀魂高校に着任早々、3Zのクラス担任を任された。
否、持ち手のないクラスを押し付けられた、といった方が適切なのだとは、担任して3日で思い知った。
誰も持ちたがらないクラスを、何も知らない転任してくる教員に持たせるというのは往々にしてあるケースだが、自分に降りかかってくるとは思わなかった。
なんつー癖者、もとい個性派揃いの面々なんだ、と呆れ果てるほどに、3Zは担任しがいのあるクラスである。
前任校には居なかったタイプの生徒達に転任早々出会い、4月は家に帰るやいなやバタンキューという生活を送っていた。
俺の教員としての力量もさぞ上がっただろう、と土方は思う。
そう思わなきゃやってられん!

「センセ、今日女子に調理実習で作ったカップケーキ、いっぱいもらってただろ?」
にこにこと話し掛けてくる。人懐っこい笑みはどこか幼く、好感は持てる。

正直、あまり良い噂を聞かない生徒だ、ということも、顔を合わせたその日のうちに調べたらすぐに分かった。
サボリがちで他校と喧嘩したりすることも多い高杉や、エリザベスなる奇妙な生物を連れている変人・桂とつるんでいる姿を良く見かけるし、最初はその見事な銀髪も染めているのだと思っていたので、早いうちにと4月にここに呼んで頭髪指導もした。
思いがけないことに、本人が「地毛なのに誰も信じてくれないし、この髪の所為で絡まれることも多くて……こんな髪なんて嫌いだ」と吐露したため、土方の銀時を見る目が変わった。
「せっかくそんなに綺麗な銀髪なのに、嫌いなんて言ったら勿体ねェぞ」
そう言って、ふわふわの髪をくしゃりと撫でた。

それ以来である。
妙に懐かれてしまい、すっかりこの数学準備室に入り浸られているのだ。
冗談なのか本気なのか―――本気だとしたら困るっていうかお願いだ冗談であってくれ!と思う―――土方のことが好きだと言ってはばからない。
同じ可愛い生徒とは言え、女生徒ならともかく男に好かれて何が嬉しいと言うのか。
いささかげんなりと言った体で、大量のカップケーキを差し出す。
コイツがここに来る理由は糖分だろう。そうだそうに違いないそうであってくれ。
銀時が無類の甘党であることも、職員会議等の会議や部活の指導のない放課後に入り浸られ続けるうちに、分かったことのうちの一つだった。


土方は非常にモテる。
教え方も厳しく点数の付け方も辛い。宿題だって、部活をやっている生徒に配慮し少量にはしているが、そもそも高校では宿題を出す教師の方が稀だろう。
にもかかわらず、女生徒からの支持は絶大である。ルックスが良いと言うのは実に得だ。さぞかし世の男性諸君の恨みを買って生きてきたことだろう。
本人は仕事の鬼であるので、モテる割には色恋沙汰はそこそこと言った風なのだが。
齢25で、まさか男(しかも教え子)に惚れられるとは、さしもの土方も予想だにしていなかった。
「……相変わらずモテんだね、センセ」
大量のカップケーキ。一体何人にもらったんだか。
ぶすっと、拗ねたような顔で受け取る。
「俺、このガッコに何人……つか何十人ライバル居るんだろ、」
はぁ……と溜め息を零す。伏し目の憂いを含んだ表情に思わずどきりとした。
男の癖に、妙に色気のある奴だ、と土方は内心舌を巻いた。
黙っていればなかなかに綺麗な顔立ちだ。強調しよう、あくまで黙っていれば、だ!
男に言い寄られ毎日押しかけられても、普通は嫌悪感しか湧かないだろう。
坂田にほだされてしまうのは正直顔もあるんだろうなぁ…と思った直後、土方はぶんぶんと首を振った。
(いーや慣れだ慣れ!断じてそうだ!)
それに、銀時は妙に3Z内で影響力がある。男にも女にも人気があるというか慕われているというか…妙に人を惹きつける力があるのだ。
学級経営をする上で、コイツさえ抑えておけば大丈夫というキーパーソンとも言える生徒というのはいるもので、3Zでは、銀時がその一人なのだ。
そう言う打算もあるのだろうと思い、土方は自嘲に顔を歪めた。
それダメだろ……
汚い大人の都合で、純粋な生徒を利用してるかと思うと、土方の心はずんと重くなった。
もっとも、銀時も土方をからかって遊んでいるような節があるので、面白くはないが、おもちゃ代わりというか、珍しさで近づいているのだろう、とも思う。
そう、坂田は「教師を落とす」という酔狂なゲームを楽しんでいるにすぎないのだ、と。

「ま、イイや。どーせ甘いもの苦手な土方センセはカップケーキなんて食わねーし。糖分に罪はねーよな!やっぱカップケーキも美味しく味わってくれる人間に食べられた方が幸せだよねコレ。俺が責任もって証拠隠滅してやろう」
「アホなこと言ってないでさっさと食え。そして帰れ。俺はてめーらと違って暇じゃねーんだよ」
図々しくも、もう一脚の壁に立てかけてあったパイプ椅子を勝手に出してきて座っている銀時を尻目に、机に向き直る。教員には意外と事務仕事が多いのだ。
生徒の学力向上のために、教材研究に力を注ぎたい。それが本来の時間の使い方だろう、と思う。
が、提出しなければならない事務書類もあったりして……はっきり言って煩瑣だ。
とっととくだらないものを片づけて、明日の授業の準備をして、小テストの答案を作らねば。
そう思った矢先に。
「俺カップケーキ大好物なんだけどさ、てか糖分ならだいたい何でも好きだけど!カップケーキってちょっともそもそして喉につっかかるんだよねー。センセ、俺コーヒー飲みたいなー?」
がくー、と頭を垂れる。
(図々しい奴!)
まあそのくらい面の皮が厚いからこそ、どんなに土方が煙たがろうと毎日懲りもせずにここに通ってくるのだろう。
「飲みてェなら自分で淹れろ。そこの棚の中に入ってんだろ、」
「マジで!じゃ、ここでコーヒー飲んで食べて帰っていいんだ!」
すげない言葉を掛けられた割には、銀時は声を弾ませて棚に近づき、インスタントコーヒーの瓶を手に取った。
「センセーにも淹れてあげるな!」
インスタントの粉を入れ、ポットの湯を注ぐ音。部屋にコーヒーの香りが満ち、土方の気分はほっと安らいだ。
はい、と手渡されて「ああ、サンキュ、」と受け取れば。
「……おい、何でミルク入れてんだよ。つーかそもそも何でコーヒーを湯呑に淹れてんだよ」
「だってマグカップ見当たらなかったし。なんかセンセー疲れてそうだったから甘い方がいっかなって」
「……やっぱり砂糖入りか……てかお前の手に持ってんのは何だ!」
「えー、土方センセのマグカップ?」
「お前なァァ!!何でもらう分際で自分の方マグカップにしてんだァァ!!たまにコーヒー淹れるなんて殊勝なことしたと思ったら俺の方に湯呑でミルクコーヒーとか!!」
「だってセンセのマグカップ使いたかったしー。間接キス狙って」
「……」
もう何も言う気が起きなくて、代わりにぐい、と湯呑を呷った。
「……うわ甘っ!!何だコレ!!もはやコーヒーじゃねェェ!!」
「やっぱ疲れた時には甘いもんっしょ?」
オエ、と舌を出して眉根を寄せる土方の様子もなんのその、銀時は悪びれるどころかむしろ得意そうに言う。
「俺は今のやりとりの所為で余計疲れたんだが……」
はぁ、と何度目になるか数えてもいない溜め息を零し、湯呑を銀時の前に置いた。
「くれんの?」
「ああ」
「センセー、どっから飲んだ?」
「教えるかァァ!!」
「ちぇー、別にいいもん、回して飲めば当たるだろ」
「……頼むからそういうことは本人の前で言うな」
言って、ぐっと背伸びをし、デスクワークで疲れた体をほぐす。
「あららー。ホントに疲れてんね、センセ。俺肩揉んであげよっか?」
誰が疲れさせてんだ、誰が!と土方は内心思ったが、申し出自体はありがたいので首肯する。
「ちょっと待って、今カップケーキ食っちまうからさ、」
(やっぱり優先順位はカップケーキの方が上なんかい!)
むぐむぐと、行儀悪く頬張る。
そもそもそんな甘ったるい代物を、激甘コーヒーと一緒に良く食えるもんだ、と半ば呆れた目線を向ける。
銀時は、甘いものを実に美味しそうに食べる。
人がものを美味しそうに食べている情景というのはなかなかに微笑ましいものだということも、銀時がここを訪れるようになってから知ったことだった。
(カップケーキは逃げねェつーのにそんなに必死に食わんでも……何か小動物っぽいなコイツ)
自然と頬が綻んでしまうのを、土方は自分では気づいていなかった。

「あ〜美味かった!センセ、ありがとな。お礼は体で払うんで」
「な……アホなこと言うんじゃねェよ!」
「俺はただ肩揉みのこと言っただけですけど〜?何想像したの、センセ?」
「〜〜〜っ!ほんっとタチ悪りィなお前……オラ、とっととしろ」
相手が肩を揉みやすいように、スーツのジャケットを脱ぎ、背を向ける。
やはりコイツはこっちの反応を面白がってからかっているだけにすぎないのだ。
腹の奥で燻ぶるようなイライラした気持ちを、土方はいささか持て余した。
「はいはい。お客さん〜凝ってますねェ」
「何かいかがわしいんですけど……」
「何〜?いかがわしいことして欲しいの?」
「……お前と会話してるとホント疲れるわ」
「お褒めにあずかり光栄です!」
「褒めてねェよ!!……ったく……ん、お前結構上手いな」
「へへ、ガキの頃良く先生にもしてたからさ」
背中の後ろで、嬉しそうに笑う気配。
「この辺も意外と凝るんだよねー」
肩から少しずつ揉む箇所をずらし、二の腕に行きつく。
「お、そこいい」
「何か今のセリフやらしー」
「お前なぁ……もう黙ってやれ」
「ちぇー、ノリ悪ィの」
そこからしばらく、銀時は黙々と肩を揉んでいた。

ふいに、ぴたりと手が止まる。
後ろから、するりと腕を回され、椅子ごしに抱きすくめられてる状態になった。
「センセ、」
まずくないか?コレは……
頭の中で警報音が鳴り響く。
「……すき、」

どくん、と心臓が跳ねた。

「……な、に言ってんだ、」
狼狽してしどろもどろになってしまう。
(耳元で吹き込まれた声音がやけに切なげだったから、だから調子が狂ってるだけだ、)

「だから、好き、って」
ちゅ、と音を立てて、首筋にやわらかい感触が触れる。
思わず首筋を押さえてばっと立ち上がると、ガシャン、とけたたましい音を響かせて、キャスター付きの椅子が倒れた。
「……な、大人をからかうなよ……」
「照れちゃって。先生カワイー」
「照れてんじゃねェェ!!嫌がってんだよ!!」
「……じゃあさ、」
先程の土方をからかうような態度から一変して、少し切なげな、やわらかい表情をする。
泣くのをこらえているんだろうか、と何故か思った。
「……先生、コーヒーはブラックでしか飲まないのに、何で砂糖とミルクが置いてあんの?」
はっとした。何故だ?
大きくなる警報音。
心臓が痛いほどに胸を叩いている。まずい。
「俺のためだって、自惚れてもいい……?」
きゅ、と指先を握られる。
「……百歩譲ってお前のためだったとしても、お前と付き合うとかはねェぞ、」
内心焦りに焦りながら。喉を引き絞って答えを返す。目を見れなくてふいと逸らした。
だってそうだろう、教師と生徒、しかも男同士、なんて。
「でも、俺のこと少しは好きでいてくれてんだろ?無意識に、砂糖とミルク買っちゃうくらいには」
「バカ言うな……ありえねェ、」
目を見開く。混乱した表情。まるで自分に言い聞かせているかのように見えて。
「やさしいね、先生は」
くるくると、あまりに違う表情ばかりを代わる代わる浮かべられて、どれが銀時の本質なのか土方には全く掴めなくなっていた。
くす、と淫靡に笑う目の前の子どもは誰だ。
「つけ込んじゃおうかな、」
両頬を白い手で挟まれ、目の前で瞳が閉じられる。
スローモーションのようにゆっくりと唇が近づいてくる。なのに、金縛りにでもあったように体が動かない。
背中が汗で濡れ、Yシャツが湿る不快感なんて感じている間に、触れる。
羽のように軽くやわらかい、幼子みたいな口接けだった。
ようやく、魅入られたのだ、と悟る。
「好きにしていいよ、」
婀娜っぽい笑み。
「そ……ういうことを言うな」
思わず、唇に指を当てる。心ここにあらずといった体で。
「先生だって、続き…したくねェ?」
「お前は!教師を落とすっていう酔狂で傍迷惑なゲームに興じてるだけだ!」
「ホント、土方センセってカワイイよなァ。ストイックっつーの?」
「……だから、大人をからかうな」
「えー、俺子どもだからわかんなーい。ね、センセ、大人にしてよ……?」
「……意味、わかって言ってんのか」
「そりゃもう!こないださー、いざっていうとき先生をちゃんと満足させられるように練習したしー」
「…………は?」
何か今、不穏な単語が入ってたように思ったんだが。
「れ、練習、ってどういうことだ……?」
「えっと、ちゃんと練習しとかねーと先生も俺も辛いだけだし、捨てられるかもしんねェぞって言われてさ、」
ああ、頭痛がしてきた。
神様、コイツしばいてもいいですよね?
「オイコラ、誰にンなこと言われた?!」
「え?高杉」
やっぱりアイツかァァ!!!
「……アイツとヤった、のか……?」
「あーうん。でも練習台だから!」
「するってーと、テメーは処女じゃねーと」
「あー……、ゴメンそうなるよね。先生ソコこだわる人だった?」
今思い至った、とばかりにぽん、と手のひらを拳で叩く。実に軽〜い調子で。
目の前が真っ赤に染まる。
アレ?何コレ?何で俺はこんな怒ってんだ?何かごっさムカツクんですけど!!


「…………上等だコラ」
ぎらり、射殺さんばかりの剣呑な視線で睨みつける。
「え、ちょ、センセ?」
「……ちょっと鍵閉めてくるわ、」
ゆらり、身を閃かせると、つかつかと準備室の扉まで歩み寄り、かしゃん、と鍵を降ろした。
「アレ?センセ?何で鍵閉めたんですか……?」
先程までと違う不穏な空気を纏わせる土方が近づいて来て、銀時は無意識に後ずさる。
「決まってんだろ、生意気な生徒に大人なめてかかったら痛い目見るって教えてやんだよ」
戻ってきてがし、と銀時の肩を掴む。完全に目が据わっている。
「え、や、センセ、ちょっ待って……」
「好きにしていいっつったのはテメーだろーがよ、」
「や、えと、そうだけどあの、」
「るせぇ、黙ってろ」
噛みつくように唇を奪われ、吸いつかれる。
「ふ、ァ、……んん!」
突然の激しいキスにぎゅ、と目を閉じると、くわんくわんと眩暈を起こしそうになる。
歯列をなぞられ、上顎を撫で上げられて、銀時はびくびくと体を痙攣させた。
ごん、と壁に頭をぶつける。そのまま両手を絡めて顔の横に突かれ、ぎりぎりと壁に押し付けられた。
銀時は、土方のあまりの豹変ぶりについていけず、空恐ろしく感じて体を竦ませた。
下唇をかぷりと甘噛みされて、首筋がざざ、と総毛立つ。
逃げを打とうと縮こまった舌を掬われ、飲み込みきれなくなった唾液が口角から伝い落ちる。
それをべろりと乱暴に掬い取ると、土方の舌がなおも容赦なく口腔を侵す。
舌と舌を絡め合わせると、熱くて熱くておかしくなりそうだった。
腰が砕けてしまい、銀時はそのまま壁づたいにくず折れてしまう。
「ぁ……、センセ……っ」
はぁはぁと、整わない息をつきながら、立ったままの土方を茫然と見上げる。
紅潮した頬。上がり切った息で苦しげに呼吸を繰り返す。
眦いっぱいに湛えられていた涙がとうとう一筋、ぽろ、と零れ落ちた。
立っていた土方がしゃがみ込んで目線を合わせてきたので、銀時は怯えを滲ませ肩をびくり、と跳ねさせた。
「あのなぁ……」
溜め息混じりに怒気を含んだ声を投げかけられ、銀時は無性に泣きたい気持ちになった。
(センセ、怒ってる……)
「お前どう考えたって高杉に騙されてんだろーが!」
「ご、ごめんなさい……っ」
「謝るくらいなら最初っからすんじゃねェ!男は狼なんだよ!口車に乗ってホイホイ体差し出してんじゃねーよ!」
「……じゃあ、センセもオオカミ?」
「……そうだ、」
がぶ、と首筋に噛み付く。ちりりとかすかな痛み。
「……食っちまうぞ」
「んっ、」
つつ、と首筋を舐め上げ、耳朶にかぷりと歯を立てる。なるほど獣じみている。
心臓がばくばくと煩く騒いで、壊れてしまうんじゃないかと銀時は思う。
耳朶に舌を入れられ、ぞくぞくと快感が駆け上った。ぴちゃぴちゃとわざと音を立てながら、舌を尖らせて奥へと侵入させる。
初めて耳を侵される感覚に堪え切れなくなってぎゅ、と目を閉じ、首を竦めて体を捩る。
「や、そこ、ダメ、センセ……っ!」
「……お前はホント、オトコを煽る天才だな、」
ごくり、と喉を鳴らす。獲物を捕えんとする猛禽類のごとき眼だ。
「ぁ……、」
ひゅっと息をのむ。怖い。知らない人間が目の前にいるようで。
蛇に射竦まれた蛙のように、その場に縫いとめられる。
「ごめんなさい、せんせ、」
今更になって全身が震えている。堰を切ったように涙が溢れる。

「ホントに食っちまうぞ……?」
涙を拭い、くしゃ、と髪を撫でる。
西日を受けて、銀髪が光に透け朱金にも見える。
余りの美しさに、一房取って口接けた。



さっ、と土方が立ち上がった。今までの出来事が嘘のように。
銀時に背を向け、ながいながい溜め息を吐く。
「……生意気な生徒もだいぶ懲りただろうから、この辺で許してやるよ」
つかつかと机に歩み寄ると、先程倒してしまった椅子を起こし、煙草に火を点ける。
「そろそろ下校時刻だ、気ィ付けて帰れよ」
「え……?何で、センセ……」
「仕置きは済んだ。俺もまだまだ仕事残ってるしな」
ふぅ、と煙を吐き出す。煙の残滓が溶けていくのを見守るように、空間をぼうと見つめる。
「ごめん……っ!先生のこと、怒らせたなら謝るから!こっち向いてよ先生!」
銀時が背中に呼び掛ける。悲痛な声。
「……俺、先生だったら平気だよ、食っちまっていいよ」
「アホ。んなビビって震えてる奴に手ェ出せるか」
くつり、と喉を鳴らす。向き直ると、もう一度ぐしゃぐしゃと銀髪を掻き混ぜた。
「先生に頭撫でてもらうの好きだけど、今はやだ。何で止めんの……?」
「……あーもーお前はっ!こっちだってガマンしてんだよ察しろよ!」
煙草の反対側、ぎゅっと握りしめられた拳は、僅かにわなないていた。
「何でガマンすんの?俺のせい……?」
「……それもある、けど、俺が教師で、お前が生徒だからだ」
ギリ、と煙草に歯を立てる。
「もうここに来るな」
「何で」
「……次は自分を抑える自信がねェ、」
「……それって、先生も俺のこと好きになってくれたってことでいいんだよな……?」
「う、ま、まぁ……そう、だよな、そうなるよな……何でだ?何でこんなことになったんだ?可笑しい、可笑しいだろどう考えても!
第一生まれてこの方、そこそこ女に不自由しない生活してきたのに、何でよりにもよって男で、しかも教え子なんかに落とされてんだ俺ェェ!!」
途中からだんだん我に返った土方が絶叫した。
「……センセ、何気に失礼だよねェそのセリフ?」
ぎりぎりぎり、と銀時が思いっきり耳を抓り上げる。
「いだだだだだ!!痛ってェな!何すんだテメーはァァ!!」
「来てもい・い・よ・ね?」
にっこり、と人好きのする満面の笑みを浮かべて銀時が言う。問いではない、脅迫、である。
もちろん、馬鹿力で耳を抓ったまま。
「いい、来てもいいから離せやァァ!!」
「じゃあ好きって言って?」
蕩けるように甘い声音と上目遣い。とても可愛らしい。耳を抓ったままでなければ。
「おーまーえーはァァ!ああもう好きだよバカヤロー!……何コイツ、何でこんな凶暴なんだよ!」
「じゃあ誓いのチューね?」
ぱっ、と手を耳から離す。
至極満足げな表情で、ふっと瞳を閉じる。
ああコイツって睫毛も銀色なんだな、と改めてまじまじと顔を見て、土方は妙な感慨を覚えた。
(釈然としないものを感じるが、落とされちまったもんは仕方ねェか)
成り行きとはいえ、腹をくくるところはなかなかに男らしい。
観念して、苦笑とともに、そっと肩に両手を置き。
やわらかな唇にキスを一つ。







「……甘っ!」
「苦っ!」

お互い、口を押さえてばっと離れる。
土方は慌てて2本目の煙草に火を点けスパスパと吸い、銀時は土方が残していた激甘湯呑コーヒーを一気飲みした。
じとり、と睨み合う。
「お前の口ン中カップケーキと砂糖の味で充満してんだけど!」
「さっきあれだけディープなのかましといて何言ってんの?こっちこそ苦いわ!禁煙しろ!」
「俺が禁煙するならテメーも糖分摂取止めろやァァ!!」


なかなかに前途多難らしい。
だが古人は偉大だ。「割れ鍋に綴蓋」とは良く言ったものである。
銀時にとっては残り少ない高校生活、波乱万丈……もとい、充実した数か月になりそうだ。




fin.









碧月紗莉夕様から頂戴した逆3Z小説です!
逆3Zの土銀が見たいと大騒ぎしていたら、書き下ろして下さいましたァァ!
ありがとうございます!幸せです!

リクの内容はこんな。
・逆3Z(土方先生×3Z坂田君)
・坂田君が先生大好き押せ押せなかんじ
・なるべくツンな土方先生
か、完璧・・・!これぞまさに理想の3Zです!
坂田くんは可愛いし土方先生はカッコよくて萌え悶えました!

碧月紗莉夕様、ありがとうございました!!




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