ある夏の日。


灼熱の太陽が照りつける。

セミが最期の力を振り絞るように煩いほどに懸命に鳴いている。

アスファルトからの照り返しが気温をさらに高め、上からも下からも熱い。

景色が熱気で揺らめく。



--------- 8月。

学生は、夏休みだ。





銀魂高校3年Z組の土方十四郎は、担任の国語教師、坂田銀八の自宅へ向っていた。

手にはその担任教師の好きな甘味を持っている。
今日は、涼しげな水羊羹を選んだ。



・・・手土産がないと、家に上げてもらえないのだ。




何故、生徒の土方が担任に会いに、わざわざ自宅まで訪れるのかというと、




ふたりは付き合っているから・・・である。





一回りも年齢の離れた、しかも同性相手に、お互い不覚にも恋におちてしまったのだ。

交際相手としてはこれ以上ないほどに不釣合いで、不都合で、しかもリスクのある人種のうちのひとり。




こんな恋愛をするなんて、俺の人生の予定表にはどこにも書いていないのに。



最悪だ。一体どうして。



それは生徒である土方にも教師である銀八にも、同じことが言える。




--------- お互い様、好きなんだからしょうがない。




「何故だ」「もう限界だ」「自分を誤魔化せない」「どうにもできない」「観念するしかねえ」などなど、


互いにあらゆる弱音を吐き戸惑い困窮しながらも、やむを得ず、オドオドとお付き合いが始まった。





それが今から、約3ヶ月前の出来事であった。





このことは誰にも秘密だ。

教師と教え子が、しかも男同士で付き合っているなんて、バレたらとんでもない事になる。



せっかくの逢引にもピリピリとした空気がつきまとう。
だからこそふたりで会う時の異常なまでのスリルと緊張感はとてつもない。
それはジェットコースターよりもオバケ屋敷よりも、心臓に悪い。


その分やっと触れ合えた時の気分が盛り上がり方も、尋常ではない・・・と土方は思っている。
触れたら最後、もう絶対に離したくない。
その時だけは、周囲のことや自分の立場を、意識するなんて不可能だ。


生真面目で神経質な土方だが、銀八のこととなると大胆に考えられる。
怖いものなどない、という土方の勢いに銀八は完全に押されてしまっている。
土方は若さゆえか愛ゆえか、無茶を承知で我武者羅に銀八を口説き落とした。
どんなに困難でも銀八に会いたいし、触れ合いたい。

もちろんリスクも覚悟の上だ。




一方、銀八にとっては、土方との関係が苦痛で苦痛で仕方ない。
あけすけに見えて実は非常に自分の立場や周囲の目が気になる性格をしている。

銀八は自分で自分をだらしのない人間だと演出している。
何故なら、本人がそう思われていたいからだ。

周囲に『だらしのない奴』だと思われていた方が、気を遣わなくてすむ。彼にとっては好都合だ。
例え誰かに嫌われていたとしても媚びるつもりはない。
しかし迷惑をかけたり重荷に思われているようなら、静かにそこから離れようと思っていた。

他人とのほどよい距離感を、銀八は大事にしている。

さらには恋愛など相手のある事には尚更、敏感になる。
問題でも起こして騒がれようなものなら、自分も相手も、そして周囲までも巻き込みかねない。
どこでどんな大事になってしまうか分からない、しかも今回の相手は男子生徒。

変化のない平凡な日常を好む銀八にとって、人生で最悪の事態である。

なんとしても回避しようとしていた。しかし結局、逃げられなかった。
逃げたくなかったのかもしれない。
曖昧にしているうちに流され捕らえられてしまったのだ。
30年近く生きてきて、これほどまでに激しく自分を見失い、相手に振り回された恋愛は初めてだ。

そしてもう、これが最後の恋愛になるだろう。

銀八こそ清水の舞台から飛び降りるような覚悟で、土方を受け入れた。
それでも周囲に秘密がバレるのが嫌で、会うたびに胃痛を起こしている始末。
毎日のように、胃薬を飲む。それは今では必需携帯品となってしまった。
付き合い始めてから、食欲もあまりない。

「コソコソするの面倒だし胃が痛くなるし、マジでお前と会うの嫌だ」と土方に文句ばかり言う。
銀八はこの交際に辟易し、本気で嫌がっていた。

それでも別れようとは言わなかった。

もし別れるなんてことになったら、それこそ胃が・・・胃よりも胸が、痛くなるなるだろう。
それを想像した銀八は、また胃痛を起こす。
自分の腹をさすりながら、銀八は溜息をつくのが癖になった。

銀八にとっては、リスクばかりで何もいいことがない。



お互いに神経をすり減らし、うんざりしながらも、愛しい毎日を送っている。





長い夏休み、外では会えないので、土方はわざわざ銀八の自宅にまで押しかけている。

銀八の家に辿り着くまで、ずっと銀八のことばかり思い出していた。
愛しい相手の事を想う時間もまた、楽しいものだ。
土方の気分が高揚する。
はやく会いたくて、歩みを速めた。


銀八の住む街。
土方の通う、かぶき町の高校からさほど遠くない場所にある。
交通量の多い幹線道路の内側で、ごく普通の住宅街が広がる。

駅の近くには企業のビルや大きなマンション、広い商店街があり建物がごちゃごちゃと密集している。
そこが街の中心だとすると、銀八の家は栄えた場所からはだいぶ遠い。

駅から遠ざかるにつれ、立地条件が決め手のマンションが見当たらなくなり、代わりに一軒屋の民家が並び始める。
古い家とまだ新しい家が混ざって、街はまだこれからも開発などで変化がありそうだ。
周囲には緑の生い茂る古い公園なども多い。子供のいる家庭が暮らしやすい場所なのだろう。

綺麗に整備された道路には随所にバス停が目立つ。いかにも住宅街といった雰囲気だ。
それなりに人口も多く、活気のある街であった。


駅から20分ほど、早足で歩いた。

土方はやっと、銀八の住むアパートに辿りつく。

通勤通学で毎日20分以上も駅まで歩く事を思うと、この辺りの住人は大変だ。
学生ならば、バスを使うしかないだろう。
銀八はスクーターを使い、幹線道路へ出てしまう道順で通勤している。
電車通勤よりは楽だし、早い。これが一番いい方法かもしれない。


銀八のアパートは真っ白な外壁の2階建て。部屋は6つしかない。

作りはまだ新しく古さや汚さは感じさせない。シンプルで整った外観をしている。
しかしかなり質素で、主に一人暮らしの学生などが使うような狭いアパートだ。


1階の屋外に銀八のスクーターが置いてある。

本人はちゃんと家にいるようだ。土方はホッと安心した。

汗だくになりながら、2階の奥にある銀八の部屋のインターホンを押す。



狭い家なのに、随分と時間をかけて、やっと扉が開いた。



「よぉ、どうしたぁ」


テンションが低くとてもダルそうな、土方の恋人------坂田銀八がゆっくりとドアを開けて姿を見せた。


「こんちは。入れて下さい先生」


銀八が開けた扉はわずか30センチ。

そこから片目だけで、じっと覗かれている。

土方はその疑り深い銀八の目の前に、水羊羹の入った袋をガザガザと揺らして見せた。


「うーし、おら入れ」


銀八がニヤリと笑い玄関の扉を全開にして、土方を迎え入れた。

ここで手土産がないと、土方は近所のコンビニまで戻らなくてはならない。
以前てぶらで訪れてしまった時は、コンビニでアイスやら菓子やら雑誌やらを買いに行かされた事がある。
その費用は勿論、土方が払った。学生の身には痛い出費だ。


「お邪魔します」


一応挨拶をして、暗い玄関で靴を脱ぐ。
冷房は入っていないが、それでも室内なので直射日光は避けられる。

外よりは、涼しい。

銀八の家はタバコの匂いが染みついている。
いつも嗅ぐ銀八の香りだ。土方はこの香りを感じてやっと落ち着いた。

勝手に冷蔵庫を開けて、麦茶をがぶ飲みする。
そんな土方の背後で銀八は水羊羹の外箱を開けていた。

「ちょっと冷やした方が美味いよな」

中身を確認し、独り事を言いながら、水羊羹を冷蔵庫に仕舞う。
軽く鼻歌など口ずさんで、嬉しそうだ。

いつもは横柄な銀八が、自分の持ってきた土産を喜んでいる様子を見ると土方まで嬉しくなった。
ご機嫌な恋人を横目で盗み見ながら、唇の端を少しだけ上げて笑う。

愛しい銀八の鼻歌なら毎日でも聞きたい、そう思っていた。


学校での銀八は襟元を大きくあけたYシャツにゆるく結んだネクタイ、咥え煙草、薄っぺらい眼鏡、
・・・そして国語教師なのに何故か白衣を着用している。

ここでは私服の銀八だ。
だらしない格好、という共通点はあるものの、淡い寒色をちりばめた水玉柄のTシャツに短パンのみ。
なんだか子供のようで、意外に可愛らしい格好だ。

自堕落でいい年齢した大の男に、このような明るい色が似合うとは思えない。
それでも銀八はどんな色でも、それなりに着こなしてしまう。
派手なピンクや明るいエメラルドグリーンのYシャツなども、平気で着ている。


何色にでも染まるのか、または何色にも染まらないのか、不思議な魅力を持っている。

秘密の多い銀八にはミステリアスな魅力がある。

何を考えているのか、分かるようで分からない。

そこに土方は惹かれたのだが、いざ付き合い出してみると、それがとても不安になる。

わざわざ自宅まで押しかけてしまうのも、不安の表れだ。



だからこそ、土方は銀八の私生活を知ることに優越感をもった。

この可愛らしい私服もそのうちのひとつ。

もっと欲を言えば、銀八の生い立ちから何から全てを知りたかった。

聞いても面倒くさがって教えてくれない。


面倒なのか、教えたくないのか、とにかく銀八は徹底した秘密主義を貫いている。
以前、こっそりアルバムを探したこともあったが、写真の類などひとつもない。



銀八の実家はどこなのだろう。


親はどんな人だろう。兄弟はいないのだろうか。


どんな学校を出てきたのだろう。


過去に付き合っていた人はいるのだろうか。


土方は銀八の私服を見ながら、他にどんな服を持っているのだろう・・・様々なことを想像した。



「先生は・・・何してたんすか」

殺風景で、きわめてモノの少ない部屋をぐるっと見渡す。

狭いアパートなので、一箇所から全体が見えてしまう。
廊下の真中に風呂とトイレがあり、一番大きな居間にはテレビや小さなテーブル。
椅子はない。フローリングの床に、直接座る。

奥にベッドルームがあるが、ベッドだけで部屋がいっぱいになるほど、狭い。
どうやってベッドを運び込んだのかが不思議なくらいに、ぴったりと収まっていた。
本来なら布団をひいた方が、あの部屋を有効に使えそうだ。


ちゃんと月給を貰って働いているのだから、貧乏学生が暮らすような狭い部屋でなくとも借りられるだろうに。

土方はいつも不思議に思っていた。

それを指摘すると、「1人暮らしだし、寝る場所がありゃ充分」と素っ気無い答えが返ってきた。



理由は土方には分からないが、どうやら銀八は質素な暮らしを好むようだ。



この家の大半を占める居間にある、小さなテーブル。
その上に数冊の本とレポート用紙が散乱している。

銀八はそれを指差す。

「・・・次の会合に出すレポート。もう暑くてやってらんねえ」

眉間にシワを寄せて、苛々した投げやりな口調で言う。
レポートなど見たくもないといった様子で、その視線は明後日の方向のままだ。

「先生にも宿題があるんすね」

土方はそんな銀八を面白く眺めた。
暑いのを口実にして、単にやりたくないだけに見えたのだ。
一瞬、教師である銀八が同じ学生のように感じられた。

そして銀八の学生時代を想像して親近感をもった土方は、また嬉しくなった。

「あーあ、誰かやってくんねーかなー」

「先生、俺には無理すよ?」

銀八の発言を、自分への頼みと捕らえた土方が冷静に拒否する。
自分の宿題、そして受験勉強だけで精一杯からだ。

それを受けてムっとした銀八が眉間にシワを寄せて、きつく睨む。


「たりめーだ!ババロアみたいにとろけそーな脳みその奴になんか出来るか」


「じゃあ先生もババロアだ」


「んだと!俺をテメーみてーなババロアブレーンと一緒にすんじゃねーよ」


「違いますよ、先生のババロアは、このあたり・・・」


土方が銀八の腕をグっと引き寄せて、自分の正面を向かせる。


もう身体の大きさはほぼ同じだ。
銀八より土方の方がより運動をしているために筋肉質かもしれない。



右手で腕を、そして左手で銀八の顎を掴んだ土方は、



そのまま銀八の顔を上に向かせ、その唇に---------口付けた。



驚いた銀八は身体を強張らせたが、抵抗はしなかった。

銀八の長い睫が薄い眼鏡越しに震え、何度かまばたきをした。




そして、静かに目を閉じる。




部屋の中がしんと静まり返る。

窓の外からセミの音が鳴り響き、それだけが遠く聞こえている。


土方には、部屋の中の熱気が増したように感じた。

じわじわと、身体の芯が熱くなる。


押し付けた唇の角度をゆっくりと変え、優しく啄ばむ。その合間に舌で銀八の柔らかな唇を舐める。


腕を掴んでいた手を背中から腰へと撫でるように移動させ、強く抱き寄せた。

意識的に身体と身体を密着させると、その熱が伝わりあう。


銀八の唇を割って舌を絡め、もっと深く交わろうとした。

・・・が、銀八の両腕に身体ごと優しく押し返されてしまい、名残惜しく唇を離す。



「・・・に、してんだテメーは、いきなり・・・」



銀八が軽く苦情を漏らしたが、柄にもなく頬を赤くして照れている。


「やっぱ、ババロアより美味いや」


土方がニヤリと笑って濡れた唇を手の甲で拭うと、「バーカ」と銀八がその頭を小突いた。





恋人同士とはいえ、教師と生徒。しかもお互い男性である。


絶対に、秘密の関係だ。



学校内や登下校で一緒にいたとしても、触れ合うような事は厳禁。
会話もほどほどに、視線が合うことすら避けている。


誰にも見つからない密室でなければ、キスなんか出来るわけがない。
・・・というより、銀八が頑なに拒んでさせてもらえないのだ。


そんな都合の良い場所というのも、そうそう簡単にあるものではなかった。



つまり、毎日が禁欲生活のようなものだ。



勿論、キスもしたしもっと先まで進んだこともある。

ただし、それはちゃんと準備した上でのこと。
日時も場所も環境も、ちゃんと誰にも見つからないように慎重に配慮してから行うものだ。


いたずらに勢いで触れたりはしない。


だからこうして、突然不意に触れられるような状況はなかった・・・それがたとえ自宅でも。
キスをするなら窓やカーテン、玄関の鍵まで閉めてからでないと、銀八が許さない。


銀八が異常なまでに照れてしまったのは、「突然」に慣れていないからだ。


常に自信満々でふてぶてしく何があっても驚かない銀八が、自分の腕の中で頬を染めて目を逸らした。


その様子が土方にはとても愛しく感じられた。

土方の胸がキュゥンと熱くなる。


「先生、すげーカワイ・・・・・・ぐ、ふゥッ・・・!」


「ひーじかーたくーん・・・これ以上調子のんじゃねえぞー・・・?」


低く冷たい声で凄む銀八の拳が、再び迫ろうとした土方のみぞおちに深くねじ込まれていた。

土方の耳の奥に、メリッ・・・という不吉な音が、自らのハラの方から聞こえた。




これが銀八流の照れ隠しだ・・・額に脂汗を浮かべながら、土方はポジティブに解釈してニタリと笑う。




そのあと二人は何をするでもなく、のんびりと居間で過ごした。



土方が腹が空いたと言うと、銀八が面倒臭そうにしながらもキッチンに立つ。
嫌々ではあるが、銀八は土方の面倒をよく見てやっている。

銀八が「湯気暑ィー麺熱いィー」とブツブツ文句を言いながら作ったそうめんを、土方は1人で殆どを食べてしまった。
相変わらず銀八は、食欲がない。

そしてデザートに土方が土産に持ってきた水羊羹の箱を開ける。
そうめんはあまり食べなかった銀八だが、甘味だけは土方の分まで横取りして食べた。

銀八が夢中になって羊羹を口に運ぶ姿が、土方には可愛らしく見えてしまう。

・・・また、甘くて美味しいものを買ってこよう。

土方は銀八を餌付けているつもりだったが、いつのまにか逆に奉仕するように躾られていた。

もちろん、土方はそんなことに気付かない。


それも、お互い様なのだ。


その後は、それぞれ自由に過ごした。
銀八はレポートを再開し、土方はテレビを見たり、雑誌を読んだりした。

タウン情報誌に紹介されている花火大会、これに一緒に行きたいと土方が銀八を誘う。
銀八は人の多い場所を嫌がった。
土方がしつこく花火大会の話題を持ち出して、銀八に「せーな1人で行け」と冷たくあしらわれる。
それでも諦めない土方は、あれこれと条件や代替案を出す。
打ち上げ花火じゃなくても線香花火でもいいから一緒にやりたい、などと必死に説得した。

結局、花火も夜の河原でふたりきりなら、という案が通った。


・・・しかし、そう提案した土方本人は、こう思う。

『人が大勢いる花火大会に2人でいるところを目撃される』リスクと、

『人のいない夜の河原で2人でいるところを目撃されるリスク』はたしてどちらがマシなのか、と・・・。


何にしろせっかく銀八が了承してくれたのだ。銀八の気が変わったら面白くない。

余計な事は言うまいと、土方は固く口を閉ざした。




暑いけれど穏やかな午後である。


少しづつ日が暮れ、辺りも暗くなる。


太陽が沈んだおかげで、暑さが引いてきて過ごしやすくなった。
空いた窓から入る風も涼しい。




そろそろいいかな・・・

土方は銀八の様子をうかがう。



銀八はレポート作成に取り掛かっている。
しかし思うようにいかないらしい。

咥えたタバコを何度も灰皿に揉み消しては次を咥え、と繰り返していた。
銀色の天然パーマの髪を、ぐしゃぐしゃと乱暴に掻きむしる。

明らかに、行き詰まっている。
そろそろレポートを投げ出す頃だろう。

『飽きた・・・もうなんか別のことしてえ』と顔に書いてあるのが土方には見えていた。



よし、今なら、応じてくれる・・・・・・



雑誌を読む振りをしながら、視線だけで銀八を観察していた土方がついに動いた。




身を乗り出し、素早く銀八の手首を掴む。




また突然、身体に触れられた銀八は驚いて飛び上がりそうだった。

反射的に手を引いた銀八だったが、土方に強く手首を抑えられていた。


「お、おいっ!?」


目を剥いて土方を見上げた瞬間、もうその身体は押し倒されていた。


銀八が自分の身に何が起こったのか理解する前に、もうテーブルから離れてしまっている。

気が付けば、フローリングの床の上にごろりと横にさせられていた。

銀八の上には向かい合う姿勢で土方が覆い被さる。


「ちょっ・・・何すんだテメッ・・・」


両腕で押し返そうと手に力を入れたが動かない。
何時の間にか、両手首とも土方の手でしっかりと抑えられていた。

それでも諦めずに、銀八は腕を動かそうと力を入れる。
ぐぐぐ・・・と、ゆっくり土方の手を押し返したが、一瞬後にはもう負けて床に腕を押し付けられる。


土方の方が力が強い上に、身体の位置も上で重力が味方している。

全体重をかけられている。

これでは、絶対に動けない。


銀八は慌てて足も動かして抵抗してみたが、思うように動かせず土方に封じられてしまった。


この状況、ヤバい・・・・・・!!


銀八の背中に危機感が走る。

密着している身体と身体の間に熱がこもり、ふたりの肌が汗ばむ。


しかし銀八の顔色は真っ青、額からは冷や汗。



「やめろって!嫌だっつーの!」


「先生、好きです・・・・・・だから・・・ッ」



銀八の必死の抵抗をものともせず、土方は強引に耳たぶや首筋へキスを繰り返す。


唇で優しく触れ、舌で丁寧に撫でる。銀八の汗ばんだ肌をゆっくりと時々強く、味わう。

耳から始まり、額、瞼、頬、首筋、鎖骨・・・時間をかけて何度もキスをする。



次第に銀八の緊張が解け、強張っていた身体が柔らかくしなってくる。


土方が肌を強く吸い上げると、銀八の唇から「ん・・・」と甘い溜息が漏れ始めた。


やっと大人しくなり瞳を閉じたので、もう抵抗はされないと踏んだ土方が、強く抑えていた手首を離す。

そのまま銀八の柔らかな髪や頬を撫でてから、熱い身体を抱きしめる。


解放された銀八の腕が、その身体の上に覆い被さる彼の肩を抱き寄せた。



気分の高揚に流されるように土方が銀八の唇を奪う。



最初は柔らかく重ね、何度も啄ばみながら角度を変える。

次第に激しさを増し、しゃぶるように唇ごと口に含む。土方の舌が乱暴にせわしなく銀八の口腔を犯した。


土方は自らの身体の奥底から突き上げてくる欲望に、早くも余裕を失っている。
息を継ぐタイミングを逃した銀八が苦しげに、キスの合間合間に浅い呼吸を繰り返す。


その呼吸すらも途中で止められ、何もかもを奪われ切な気な甘い声を漏らした銀八は、必死に解放を訴えていた。


「だめ、だ・・・!玄関に、カギ・・・!」

銀八が浅く荒々しい呼吸の合間に、やっとそう呟く。


激しい口付けに余裕を失っているのは、土方だけではなかった。

銀八の身体が、興奮で小さく震えている。
身体の奥が疼くような性欲に流されないよう、耐えることに精一杯だった。


「大丈夫・・・先生、俺が来た時に・・・鍵は閉め・・・た、から」

土方が銀八の首筋に顔をうずめたまま、息を切らせて返事をする。
その手は乱暴に銀八のTシャツを捲り上げようとしていた。


「あ、待て、あと窓ッ!窓も閉めろ!」


銀八が土方の下で身体を強張らせる。
イタズラする土方の手を止めようと抵抗するが、身体に力が入らずに抑えこまれてしまう。


土方は手のひらを銀八の肌に這わせて、わき腹から胸の辺りまでを丁寧に撫でる。
その肌はしっとりと手になじみ、吸い付くような触り心地であった。


再び、銀八の身体が反応し、ぴくりぴくりと震える。


「窓は・・・外から見えないから・・・いいですよ」


「こら、バカ、全然良くねーよ!見えなくても、音とか、声とか・・・!」



「先生が、大声を上げなければいい・・・すよ」



土方が上の空で答える。銀八の身体に触れる事に夢中になっていた。



その返答が銀八の羞恥心を最大限に引き出してしまったことになど、全く気付いていない。




それではまるで、いつも銀八が大声を上げていると指摘したようなものだ・・・とは。





「・・・ッざけんなアアアァァァ!!」





怒りと羞恥で顔を真っ赤にした銀八が、渾身の力を込めて覆い被さる土方の腹に膝蹴りを食らわす。

体勢が悪いのでクリーンヒットとまではいかなかったが、わき腹にめり込んだ。



怯んだ土方が銀八の上から勢いよく転がり落とされる。



「いいい・・・ってエエエ!!」



土方は自分のわき腹を押さえ、涙目で銀八を睨む。


「・・・にするんすか、先生ッ!!」


「うるせー!テメーが悪ィんだぞ!声とか・・・俺はそんな・・・そんなに・・・ッ!」


最初は威勢良く文句を叫んだ銀八だが、最後は文句すらも恥ずかしくて言葉が出ない。

口が達者で言い争いで負けた事などない銀八が、ぐっと声を詰まらせる。

そこで、やっと土方が自分の失言に気付いた。


「あ、そーゆーことか・・・?」


「そーゆーことって何だ!ああ!?軽く言いやがって!」

侮辱された気になり銀八の目には、怒りと羞恥で涙が浮かんだ。

土方はそんな銀八の姿を「しまった・・・」と苦い顔をして見ていた。


しかし普段からテンションの低い銀八が激しく取り乱す様子が、次第に愛しく感じられてくる。

不真面目で冷ややかでテンションが低くて取り乱さない、それが土方の知る坂田銀八だ。
照れることも、怒ることも、目に涙を浮かべることも、有りえない。




彼をそこまで乱れさせるものは何なのか、------ それが恋だろう。




自分以外には見せない姿だ。

そう思うと独占欲を刺激され、土方の胸がキュゥゥゥンと再び熱くなる。



「先生ッ!愛してますッ!」



抱きしめるべく両手を広げて、銀八に向う。


一方銀八は真剣な眼差しで、グっと拳を握り、ファイティングポーズをとる。本気だ。


両手を広げた土方と拳を構えた銀八が、間合いを取り、ジリジリとお互いの隙を狙いあう。





-------- 土方が抱きしめるか・・・銀八が殴るか・・・





ピンと張り詰めた空気が、坂田家の狭いリビングを支配していた。






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