♪ ピ ー ン ポ ー ン ・・・





その時、玄関のベルが鳴った。




銀八と土方は驚いて、同時に玄関のドアを振り返る。

また別の緊張感が漂う。

二人でじゃれあっている時とは別の、ホンモノの緊張感だ。



「こんな時間に・・・誰だ・・・」

「・・・宅配便か新聞の勧誘ってトコだろーな」


2人は、声を殺してヒソヒソと話し合う。




♪ピーンポーン・・・ピーンポーン



今度は2回ほど鳴らされた。




「今は・・・無視しようぜ・・・用がありゃまた来るだろ」


お互いに頷き合う。
未遂ではあるが、一応これでもまだ「途中」だ。


身体も火照り気分も高揚したままであるのは、お互いに同じ。
はやく邪魔者を追い返そうと、痴話ケンカしていたふたりが一致団結した。


居留守を使って静かにしながら、玄関を睨む。
まだ、ドアの向こうで人の立ち去る足音は聞こえない。


土方がゆっくりと移動し、銀八の横にぴったりと付く。

どさくさに紛れて、邪魔者が帰ったらすぐに抱きしめようという魂胆だ。



一方銀八は、訪問者に警戒して玄関に全神経を集中させていた。
とにかく、警戒心か強い。

土方が隣に移動してきたことにも、気付いていない。


その様子を隣で眺める土方には、銀八が猫のように見えた。
身体がしなやかで柔らかく、我侭で秘密事の多いミステリアスな雰囲気は猫だろう。

しかも、甘やかされている家猫ではなく、ピリピリと気を張っている警戒心の強い野良猫だ。

自らの気配を殺し背中の毛を逆立て耳とひげを前に倒して、目を見開いて様子を伺っている猫がここにいる。

屋外でそんな野良猫に会うたびに、自らの神経を尖らせ消耗しているようで、可哀想に思ってしまう。
しかしその警戒心があるからこそ、傷つかずに生きていられる。


土方にとって今まさに隣にいる銀八が、そのような猫に見えていた。

こんな時に驚かそうものなら、1メートルくらい跳ねあがるかもしれない。


・・・やっぱセンセってカワイイな・・・


土方は猫になった銀八を想像して可笑しくなったが、唇を噛んで笑いを堪えた。

もちろん驚かしたら最後、めちゃくちゃに引っ掻かれて、もう二度と近寄らなくなるだろう。それでは困る。


「先生、もう・・・大丈夫すよ?」


土方は銀八を驚かさないように、静かに、ゆっくりと声をかけた。
そして、同じくそっと肩に手をまわす。

銀八がびくりとしたが、それで安心したのか、見開いていた目がやっと普段の半眼に戻る。

「大丈夫だから、落ち着いて下さい」

土方が銀八の身体を抱きしめる。

強張っていた銀八の身体から力が抜けて、深い溜息と共にくたくたと土方の腕の中に収まった。
抱きしめた土方の手のひらが、銀八の髪や背中をヨシヨシと撫でる。


「先生って、本当に心配性すね」


「るせえ・・・ガラスのハートなんだよ・・・」


いつもの軽口も弾まない。
土方に抱きしめられて心地良さそうに、身体をもたれている。
銀八にとっては、非常に珍しいことだ。

野良猫が、懐いた・・・土方はそう思って嬉しくなる。腕の中の銀八を大切に大切に扱った。


「窓閉めるから、続き・・・しようぜ」


土方が銀八の顔を覗き込む。銀八は何も言わなかったが、拒否もしていない。




-------- よし、いける!!





土方は心の中でガッツポーズをしたが、表には出さずに、再び優しく口付けた。




お互いが唇を重ねるのに夢中になっていた。





しんと静まり返った部屋。

だんだんと日が沈み、辺りが暗くなってきている。

電気を付けていなかったので部屋も夕日のオレンジから、紺色に染まる。




身体を重ねる時は暗い方が、銀八は安心してくれる。

ちょうどいいな・・・土方はこの雰囲気に満足していた。





その時、


ガチャガチャガチャッ・・・


玄関からドアノブを回す音が響いた。





「「!?」」




銀八が今度こそ飛び上がるような勢いで、身体を緊張させた。

土方も驚き、ふたりで固く抱き合ったまま、玄関のドアへと視線を走らせる。




ガチャンと鍵が開けられた。

勢い良く、バンとドアが開けられる。



暗くて姿が見えないが、男性らしいシルエットが1人、ゆっくりと玄関の中へと入ってきた。

狭い家なので、居間と玄関の距離は息遣いすら聞こえそうなほど・・・近い。



土方は全身を緊張させた。



誰なのか知らないが、泥棒や暴漢の類に違いない。



何故この部屋を、そしてどうやって鍵を・・・いやそんなことを考えるのは、後だ。


数秒後には、もうここへ来てしまうだろう。



俺が先生を守らねえと・・・!


銀八を抱く腕に力が入る。

そして、土方の腕の中にいる銀八も、体を強張らせている。

土方がサッと辺りを見渡すが、武器になりそうなモノはない。

こうなったら襲われる前に、こちらが先に殴りかかるべきか・・・?

喧嘩には自信がある土方は、先手必勝とばかりに戦う体勢を整える。

相手も素手ならば、負ける気はしない。



土方が拳を固く握る。

手や背中、額にじわりと汗が滲む。

緊張して、喉がカラカラに渇いていた。




玄関でゴソゴソと靴を脱いで上がってきた男が、短い廊下を抜けて居間へ入る。

居間の入り口まで来ると、窓から差し込む明かりで、顔がハッキリと見えた。




------- ぎ、銀八先生・・・ッ!?




そこで土方が見たその男の顔は、まさに今、腕に抱いている銀八と限りなく酷似している。




顔のパーツは同じだが、全体的に色が違う。

その男は銀八のような銀髪ではなく、鮮やかで明るい金髪だった。

肌の色も、銀八よりもっと白い。

その代わり着ているシャツは濃い紫色で輝くようなラメ入り、かなり派手だ。


着こなしの難しそうなシャツだが、肌の白さや髪の鮮やかさとのコントラストが美しく映える。


銀八とは別人である。
しかし、それでも顔があまりにもよく似ている。


土方は理解できずに、ただ呆然とその顔を見詰めていた。


「だ・・・誰だ?」


その土方の呟きと同時に、腕の中で隠れるように小さくなっていた銀八が、突然大声を出した。


「金時!?」


土方が驚いて、銀八を見る。


その声でやっとその男-----金時も、床の上で固まっている土方と銀八に気付く。


「あれ、いたの?留守かと思った。海外旅行の土産があるから置きに来た・・・ん、ん?」

にっこりと笑う金時だが、銀八の横にいる土方を見つけて、怪訝そうに眉をしかめ声を低くした。


「・・・オマエ誰」

ぶっきらぼうに聞いた金時は、きつい視線で土方を見下ろす。


「んだテメー?俺は・・・」

うろたえていた土方だが、喧嘩を売られると条件反射で買ってしまう。

元々、血の気が多く喧嘩などは大好きな性分であった。

金時のきつい視線に負けぬよう、土方も眉間に力を込めて強く睨み返した。


そして言葉の続きを言うべく口を開く、と同時に、銀八が間に割って入った。


「待て待て待て!ふたり紹介するから、喧嘩すんな!」


銀八は自分を抱く土方の身体を押し戻す。まだ抱かれたままだった。

金時がその様子を、目を細めて睨んでいた。

土方もわけが分からないまま、もう一度金時を睨み返していた。


銀八が慌てて立ち上がり、金時と土方のちょうど真ん中に移動する。
そして部屋の電気をつけた。

暗い紫色に染まった室内が突然白くなり、視界が開けた。
その明るくなった部屋で、金時の姿がよく見えた。

見れば見るほど銀八と顔が、いや全体も、よく似ている。

金時を座らせ、銀八がそれぞれ紹介を始めた。


「えーと、どっちからいくか?こっちは、坂田金時。俺の弟だ」


銀八がいつものダルそうな口調に戻って、弟-----金時を土方に紹介する。


「弟?!先生、兄弟いたんすか!」


土方が驚いて声を上げる。銀八が「まぁな」とボリボリ頭を掻く。
金時はその間も、ずっと土方を睨んでいた。


唇を真一文字にギュっと結び、まるで値踏みするような冷ややかな視線で、土方をじっと観察している。


「それで兄さん、コレ誰だよ」

「コレは俺の持ってるクラスの生徒で、土方ってんだ」

完全に「コレ」扱いをされた土方は、不満気な表情を見せる。
恋人だと紹介してもらえないのが気に入らないようだ。

どうやら金時もその点が気になっていたようで、何のためらいもなくハッキリと聞いた。

「なんか抱き合ってたみたいだけど・・・もしかして、付き合ってんの?」

「そうだッ!」

銀八が答える前に土方が堂々と返事をした。
その隣で銀八が、溜息をついて肩を落としている。

「げげ、マジでか!?俺はてっきり、兄さんが襲われちゃってるのかと・・・」

金時が土方と銀八の顔を交互に見る。
そして銀八の側にスススと寄り、その顔を覗き込む。

「生徒って、高校生だろ?こんなガキ、本気・・・なのか」

一応土方に気を遣っているのか、金時は小声で銀八に問いただす。
しかしこのような狭い部屋では、丸聞こえだ。当然、土方はいい気分ではない。

「本気っつーか、んー、まあ、色々・・・事情が・・・あんだよ・・・」

銀八が視線を泳がせながら、極めて曖昧に答える。


はっきりと「本気だ」と肯定しない銀八に、土方は苛々とした。

そして、はっきり「本気じゃない」と否定しない銀八に、金時も苛々とした。


土方と金時、二人の責めるような視線がじいい・・・っと銀八に突き刺さる。


「ま、まあいいだろ?なんだよ、なんか文句あんのか?」

うろたえながらも銀八は、開き直って苦笑いする。
この場を取り繕おうとしていた。

「よくねえよ!こんな瞳孔の開いたおっかねえガキに、大事な兄さんを奪われてたまるかっ!」


金時が銀八の身体に、正面から勢いよく抱きつく。


「金時・・・」


胸に飛び込んできた弟の身体を、銀八がギュっと抱きしめる。


「先生、何してんすか!俺と抱き合う時はあんなに緊張して嫌がるくせに、弟なら即ギュッって!」


「抱き合うだぁ!?テメー俺の兄さんに何しやがった!」


「あ、いや、まあ、ふたりとも・・・やめねーか、オイ」

抱き合ったままの銀八と金時に向かい、土方が苦情を言う。
土方が文句を言えば言うほど、金時は銀八の身体にしがみついて離さない。


銀八はふたりの間に挟まれて、おろおろと冷や汗をかいていた。


「お前なんか酒も飲めねえガキのくせに!」

「うるせえ!酒くらい飲めるぞ!」

「ちげーよ!未成年って言ってんだ、このバカ、バカ、バーカ!」

「バカって言う奴のがバカなんだって、知らねーのか、このバカ!」

こいつら精神年齢は同じ、小学生なのかもしれねえ・・・
銀八はそう思い、深い溜息をついた。
その間にも正面から金時が、背後からは土方が、銀八を挟んでギャアギャアと口喧嘩を続けている。

銀八は耳を塞いでしまいたい気分だった。




実は、金時はかぶき町ナンバーワンのホストだ。

営業トークも接客テクニックも、そして美貌も、何もかもを余裕で手にしている天才肌である。
ひとたび夜の街に出れば、途端に大人びて甘く優しく、そして男らしくなる。
様々な技で客を満足させて、金を儲けている。



しかし実兄の銀八の前では、こうして存分に甘える。

とにかく、金時は自分を可愛がってくれる兄が大好きだった。



もう兄になど依存しなくても、ひとりで生きていけるようになった。

精神的にも、経済的にも立派な大人だ。

それでも銀八に甘えたくて、時々頼りなさそうな演技をする。

銀八もそれを知りつつ、しかし弟には甘く、つい我侭を許してきた。




坂田家には親がいない。
子供の頃は施設育ちだった。いろいろな大人に助けられつつも、不自由な暮らしをしていた。
実際に金時を育てたのは、銀八のようなものだ。


それほど年齢は離れていないが、銀八は弟のために頑張ってきた。

将来のために勉強もしたし、堅い職業にもついた。精神的にも、経済的にも、懸命に世話をした。


弟の手本になるように、銀八はヤケを起こしたりグレたりせずひたすら真面目に生活した。
自分よりも弟にみじめな苦しい思いをさせないように、気を張って生きてきたのだ。




リスクは厳禁。

着実な人生を歩むこと。

これが坂田家長男の、銀八の使命だった。




----------- もちろん、何もかもが弟のため。




だからこそ、銀八は人一倍、心配性で警戒心が強かった。

危ないことも大嫌いだ。

安全で平穏で普通の生活を送りたい。それも弟のため。



そして弟もやっと手を離れた。あとは銀八の好きに生きられる。
今こそ思う存分、肩の力を抜いて自堕落に生活している最中なのだ。



それでも弟は、銀八の大切なかけがえのない宝物だ。

お互いに依存しすぎないようにと気を使い、今は別々に暮らしている。

銀八はだらしないように見えて、実はストイックな一面も持ち合わせていた。




一方、金時は甘え上手だ。

銀八が甘やかして育ててきたのだから、仕方がない。
ただし、普通の甘えん坊の子供とは、立場がまったく違う。

幼い頃から、親のない不安や兄の苦労も身にしみて分かっている。
芯の部分では、子供のころからしっかりしていた。


本当は誰にも甘えられない立場であることは、ちゃんと自覚していた。


だからこそ、自分を見捨てずにいてくれた兄を愛していた。
自分を犠牲にして、弟のために頑張ってきた銀八のことが。

愛を表現するために、金時は銀八に思い切り甘えるフリをしている。
頼りにしているように見せることで、愛と感謝を表現している・・・つもりだ。



そうしているうちに、金時は誰にでも、甘え上手になった。

相手に懐いて甘え、相手の心を開くコツを掴んでいた。



そして金時は、何よりもお金にはとても興味があった。
お金さえあれば自分も兄も、いい生活ができるのに・・・そう思ってきた。


世の中は金だ。
世の中の全てとまでは言わないが、金がなければ何も出来ないのだ。
夢や理想では、腹はふくれない。
生きることが大事だと、金時は思っていた。


自分を育ててくれた兄のためにも、不幸な人生を歩んではいけない。


金時の顔は、なかなかキレイに出来ている。
他人に甘えるのが上手い、けれど相手に振り回されるような迂闊さはない。
履歴書に書けるような経歴や、家族もない。出生についても不明瞭。
そして何より、生活のためにお金がほしい。

そうなると、選ぶ仕事は水商売になってしまう。

てっとり早く、出世ができそうだ。
心配性な銀八の反対を押し切って、ホスト業界に飛び込んでみた。

金時は他のホストたちと、根性が違う。苦労など何とも思わない。
下積み生活も嫌がらずに続けていたら、いつのまにか客が取れていた。

一人一人の客を大事にしていたら、あっという間に売上ナンバーワンとなった。
才能があったのかもしれない。
愛よりも地位よりもお金がほしい金時には、その立場にこだわりはない。
満足のいく収入があれば、順番なんてどうでもいい。
ただしナンバーワンと言われることで、上玉の客が寄ってくる。それだけは有難く利用していた。



今ようやく、銀八は自分の人生を生きている。

好きにさせてやりたい、そう金時は思う。



しかしその恋人がなんと高校生の、野郎だとは予想外だ。

長年、弟の世話を焼いて生きてきた銀八。
手のかからない年上の女が好きだと、以前の兄はそう言っていた。

それはもっともだ・・・と、金時は思う。
今まで弟の面倒ばかり見てきたのだから、女くらいは自立した美人が理想だろう。

だから金時は、自分のコネをフル活用していい女を紹介してきた。
年上で、美人で、しかも金持ちで、もちろん性格のいい女を選りすぐった。
まさに理想どおり・・・しかし、銀八には合わないようで、まったく続かなかった。

金時はそれを残念に思っていた。

はやく銀八に幸せになってもらいたいと、金時はそう願っているのだ。



だからこそ、銀八に恋人が出来ることは、金時にとって喜ばしいことである。



それなのに、よりによってこんな・・・--------こんッな男が、恋人だと?


右も左も分からなそうな、未熟な高校生を相手にしてしまうなんて、何故だ。
いつの間にか、誰かの面倒をみたい性分となってしまったのだろうか。
それならば甘えて手のかかるガキだった自分の影響だろう・・・金時は兄に申し訳なく思った。


申し訳なく思うと同時に、土方のことが憎らしかった。

どうやってか知らないが、銀八をたぶらかした事は許せない。


しかしそれ以上に、こんな子供に銀八を幸せに出来るのか、疑わしい。
学生である以上、経済力はない。
教え子とのスキャンダルも、非常に危険だ。
バレたら最後、銀八は仕事までも失いかねない。

人間的にも、どうなのか。
精神年齢も低そうだ。性格も分からない・・・瞳孔が開いていて怖い・・・などと金時は思った。



子供ゆえ、我侭ばかり言って銀八を困らせていないか。

銀八の負担になっていないか。

挙句、性欲の盛んな年齢だ。乱暴をして銀八の身体を傷つけたりしないか。



---------- 考えれば考えるほど金時にとっての「土方」は、どこをとっても不満だらけだ。



こんな男に銀八はやれない。
銀八の負担が重過ぎる。こんなただれた恋愛は、大切な兄にとって必要ない。



金時は土方を徹底的に敵視していた。



何とか銀八に考えを改めてもらおうと、金時とっておきの「泣き落とし作戦」に出る。



「お兄ちゃん、どうしてこんなヤツを・・・ダメだよやめてよ」


金時がうるうると涙を目に浮かべて、銀八の顔を覗き込む。

銀八は「うっ」と明らかに狼狽していた。

この泣き落とし作戦は、ここぞという時に実行してきた。成功率は100%だ。
弟を泣かせたくないと思い込んでいる銀八にとっては、どうしても抗えないのだ。


勿論、金時の「作戦」であることは銀八にも分かっている。


しかし実際に泣くかどうかは問題ではない。


金時に「泣きたいような思いをさせている」それ自体が、銀八にとって既にアウトなのだから。


「ほら・・・泣くなって、ったくもう・・・」

銀八が金時の目尻に貯まった涙を、指で優しく拭う。
愛しそうに、その泣き顔を覗きこむ。

それからポンポンと優しく頭を撫でて、再び強く抱きしめる。

これが子供ならともかく、いい大人が抱き合う姿は、見ていて微笑ましいとは言えない。
異常な雰囲気が漂う。
幼い頃からギュっと抱いてあやしてきた、それが身についているのだ。
他にあやす方法を知らないし、スキンシップは効果覿面だ。


本当に銀八は弟に甘かった。


その背後にいた土方は、そんな様子を見せつけられて苛々としていた。


今・・・「お兄ちゃん」って言ったぞこいつ!
さっきまで「兄さん」だったのに!甘えた演技しやがって!
デカイ図体して、べたべたしてんじゃねえよ!
キモチわりィィィィィィ!!!!!
しかも嘘泣きじゃねーか、コノヤロー!!


土方が金時をきつく睨みつける。

現に今、銀八の見えない角度で金時が土方に向かい、思いっきり舌を出しているからだ。

こめかみに血管を浮かべてわなわなと拳を握る土方の姿を、金時は鼻で笑った。


「こんなヤツに兄さんは、あげられない・・・」

金時が銀八にピタリと身体を密着させる。
顔を銀八の肩のあたりに付けたまま、土方を突き放すような冷たい眼で睨む。

「俺と先生はちゃんと、合意の上で付き合ってるんすけど?」

土方も負けじと、金時を睨む。

その金時の顔も、自分の愛している銀八と同じなのだから、土方にとっては複雑な気分だ。
まるで銀八に睨まれているかのような気持ちになってしまう。
違うと分かりつつも、辛くて仕方がない。


いたたまれない気持ちを発散させるように、土方はさらに強気に出て金時の喧嘩を買う。


「お前が兄さんをたぶらかしたんだ。そうでもなきゃお前みたいなリスキーな奴、相手にしないよ」

金時が冷ややかに、きっぱりと返答する。
土方の反論などまったく受け付けない、頑なに拒んでいるのを全身で表していた。


間に挟まれた銀八は、困ったまま黙り込んでしまった。

弟か恋人か・・・まるで浮気がバレて三角関係の修羅場のような心理状態だ。


「たぶらかしてねえ。第一リスキーって・・・どういう事だよ」

土方が口を尖らせて不満気に言う。
お互い好きで交際しているのに、そこまで反対される意味が分からないのだ。

いくらブラコンと言っても、本人同士の問題のはずだ。

土方には金時の言いがかりが、納得いかない。

「危ない橋を渡ってるんだよ、お前のせいで。お前と付き合う事で兄さんに何かプラスになることがあるか?
そもそも男子生徒と付き合ってるなんてバレたらどうなるか・・・せっかく苦労して教員になれたのに!!」

金時の強い口調に、土方が何も言えなくなる。

確かに交際がバレた時には、立場上銀八の方が危ういだろう。


男子生徒に手を出した、もしくは出されたなどという話が広まったら、矢面に立つのは銀八だ。
そのテの話は面白がられて、噂されるうちに尾びれ背びれがつくだろう。


--------- 最終的にどんなおおごとになるか、分かったものではない。


バレてしまったら、もう自分たちではどうにもできないのだ。

だからこそ銀八は、秘密にしておく事にこだわっている。


自分にはその時、銀八を救ってやれるか分からない・・・土方は悔しそうに目を細めた。




「お前のせいで兄さんの人生が台無しなんだよ。・・・なあ、頼むから、身を引いて・・・別れてくんない?
それが兄さんのためだ。兄さんを愛してるなら・・・分かってくれるだろ」



金時はうろたえた土方に畳み掛けるように、静かに優しく、けれど強くそう言った。



土方をいじめる気などない。こんな奴をいじめたところで面白くもない。



ただただ、金時にとってかけがえのない兄、銀八のためを想ってのことだった。




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