「ストレートに『しよう』って言ってもダメだった。
鎖骨チラ見せのお色気作戦もダメだった。
手作りマヨネーズも・・・気持ち悪くてダメだった・・・!
次はどうしたらいいんだろうなァ・・・土方先生をオトす作戦・・・??」
銀時は今までの作戦とその結果を思い返していた。
どの作戦も惨敗だ。引き分けすらない。
それでも土方先生を諦める気はないので、アレコレと次の作戦を考えている。
毎度のことになりつつある、銀時の「作戦会議」に付き合わされているいつもの3人、桂・高杉・坂本。
もう3人とも真剣に考えてやる気などなかった。
暇つぶしに、恋に悩む銀時をからかって遊ぶだけだ。
「何やっても全然なびかないんだよなァ・・・俺、そんなに魅力ない?」
銀時が3人を見渡す。
桂と高杉が顔を見合わせて苦笑いしていた。
「魅力とか、そういう以前にだな・・・」
「まァ、わしが先生なら、男で生徒のガキなど全ッッッく相手にする気も起きんのー」
坂本がサラリとそう言い放つと、銀時がガックリとうなだれ、そして逆上する。
「男で生徒でガキだからいけねえのかそーかそーだよな・・・・・・って、もうどーうしようもないじゃんソレェェェ!!!
全否定?俺の存在、全否定ですかコノヤロォォォーーーーー!!!」」
「そうだ、どうしようもない。もう諦めたらどうだ?」
桂が何故かノートにエリザベスの絵を描きながら、やはり事も無げに軽く言う。
「何ソレ何の絵?オバQ?何で今オバQ描いてんの、お前。しかもなんか上手いし」
「オバQではない!エリザベスだ!!」
桂が大声で怒り出したが全員が無視する。
全員が「またおかしな事を言っている」と流したが、桂はいつまでもエリザベスの魅力を語っていた。
彼にとっては大事な存在らしい。
桂はエリザベスについて主張し続け、銀時は土方先生への想いを語り、
高杉は他校の文通相手・河上君へ怪しげな文書をしたため、最近株取引にハマった坂本はそろばんをはじいている。
誰も互いの話など聞いていなかった。
結局、銀時の「作戦会議」はこのままぐだぐだと雑談に入ってしまい、何の結論もないままお開きとなった。
それも毎度のことである。
それから数日、銀時だけは真剣に作戦を考え続けていた。
自分の事であるから当然だ。
しかしどんなに考えても、土方を落とせそうなアイディアがまったく思いつかない。
その事で悩んでいる間は特にアプローチもせず、大人しくしていた。
打つ手なし、そんな気がしていたからだ。
顔を合わせても「俺としよう」などと言わなかったし、授業中に胸元を肌蹴させてる真似もしない。
もちろん、手作りマヨネーズ作戦は放棄していた。
次はどうしようかなー、などと呟きながら、毎日ボンヤリと過ごす。
銀時にとっては、土方の攻略がゲームのように、手ごたえと遣り甲斐のあるものと捉えている。
土方の口からハッキリと振られるまでは、自分からは諦める気などない。
どんなに時間がかかっても、このまま卒業してしまっても、他の人を好きになれるとは思えないからだ。
銀時にとって、土方は特別な存在だった。
一方土方は、しつこい程のアプローチが音沙汰もなくなってしまい、かえって後味が悪かった。
それは自分が銀時を振ってしまったせいで、銀時が酷く傷ついていると証明されたようなものだからだ。
まさかあんな一言で、銀時がくじけるとは思っていなかった。
土方にしてみれば予想外の結果だ。
銀時が大人しければ大人しいほどに、胸に罪悪感が募る。
(坂田、ここんとこ全然話し掛けてすらこねえし・・・元気ねェな・・・)
少し前までは食事も喉を通らないほどに、失恋の痛手をくっていた銀時。
それが、土方には可哀想に思えて仕方がなかった。
だからと言って付き合う気など、さらさらないのだが、せめて元気一杯の銀時に戻ってほしい。
それは自分のエゴかもしれない。
勝手な意見だ。
しかし罪悪感なのか何なのか、胸にひっかかっていているもののせいで気分が重い。
銀時のことが気がかりで仕方がないのだ。
放課後、黄金に輝く夕暮れの中、たった一人で下校する銀時を職員室の窓から土方が見つけた。
いつもツルんでいる連中がいない。
背中を丸めて足元を見ながら、ゆっくりと歩いていた。
ひとりぼっちの彼の影が、後ろに長く長くのびる。
何にも重なる事のない影が、一層もの寂しさを感じさせた。
元気のなさそうな後ろ姿に、ざわざわと不快な胸騒ぎがする。
そもそも、1人でポツンとしている姿自体が珍しいことだ。
普段ならばいつでも誰かしら友達と一緒にいて賑やかな銀時だ。
・・・何か、良くない事がおこるのではないだろうか。
再び激しく、鳥肌の立つような危機感、底知れぬ不安が土方の胸を襲う。
その瞬間、反射的に職員室を飛び出し、銀時のいた校庭へ飛び出した。
しかし、校庭にはすでに銀時の姿は無い。
周囲を見回しながら、土方は早足で校門の前に出る。
遠くに小さくなった銀時の後姿を見つけ、思わず後を追って駆け出していた。
銀時は下校ルートから大きく外れ、逆の方向に向って歩いていた。
(あいつ、どこへ行くんだ・・・!?)
すぐにでも銀時を引き止めることは出来たが、一体どこへ行くつもりなのかが気になり、そっと尾行を始めた。
一方銀時は、両手を制服のズポンのポケットに突っ込み、鼻歌を歌いながら機嫌良く歩いていた。
勿論、背後に土方がつけて来ているなどとは微塵も思っていない。
道の途中にある自販機でタバコを1箱購入する。
それは、土方と同じ銘柄ものだ。
何故タバコを買ったのかと言えば、銀時が自分で吸うためだ。
銀時には喫煙の習慣はない。
しかしこれは、土方につりあうようになりたくて立てた作戦行動のうちのひとつなのである。
それはとにかく土方の「真似」をしてみようという作戦である。
好きな人の事は真似してみたいというのが、恋する人間の心情だ。
銀時は、坂本に言われた「男で生徒でガキ」な自分を少しでも変えたいと思っていた。
男である事も生徒である事も変わらない。
しかし子供な部分くらいは、少しでも大人ぶってみれば変わる気がした。
土方の気持ちになってみれば、打開策も思いつくかもしれない。
とりあえず、手軽に真似やすい部分から取りかかる事にした。
土方のトレードマークとも言えるタバコを吸ってみるところから練習開始だ。
いつか土方の横に並ぶ事を許される日がきたら、二人で煙草を吸いたいと思う。
それが「お似合いな二人」だと銀時は想像していた。
未来の夢のために今から備えている、つもりなのである。
未成年の喫煙は犯罪だ。当然こっそり隠れてやっている。
家からも学校からも離れた、寂れて人のいない公園が練習場所だ。
今日も公園についた銀時は、古びたブランコに座り、タバコを咥えてライターで火をつけた。
ブランコに揺られてタバコの煙を燻らせながら、青い空を仰ぐ。
何となく、開放感があって気持ちが良かった。
土方と同じ銘柄のタバコなので、土方の香りがした。
銀時はそれだけでも口元が緩む。
思わず嬉しくなって笑ってしまう。
「この匂い嗅いでると、なんか土方先生が側にいるみたいだな・・・」
土方を想いながら、じんわりと胸が温かくなる。
当然ながら、まさか土方が本当に側にいるとは、思ってもいない銀時であった。
土方は公園の外から、タバコを吸う銀時の姿を見ていた。
その姿に、土方は激しい衝撃を受けていた。
担任の教師として、学校の生徒指導員として。
そして何より土方十四郎個人として。
銀時がタバコを吸う姿はショックだった。
高校三年生でタバコを吸うなどとは、もっての他だ。
厳しい処罰の対象となる。
その罰を与えるのは自分だ。
現行犯で、今こそ捕らえるべきなのだ。
しかし、あの明るくて元気な銀時が、タバコを吸うほどにまでグレてしまったのは、自分の所為であることは間違いない。
お前なんか相手にしていない、などと冷たく振ってしまったのだ。
そのことで体調を崩すほどに傷つき、ついに自暴自棄になってグレ始めた・・・としか考えられない。
可哀想だからと言って罰を免除するわけにはいかない。
けれど、その原因を作ってしまった自分も、銀時と一緒に罰を受けるべきなのではないか・・・。
(そうだ、俺が悪かったんだ・・・坂田がグレてしまったのは・・・)
土方は1人、苦悩していた。
現行犯で逮捕すべき場面だ。
しかし銀時に情が移っているため、すぐに行動できずにいた。
いつもの土方からは到底考えられない。土方は常に自分にも他人にも厳しい性格だ。
たかが一生徒の喫煙などで揺らぐような弱い心は持っていない、はずである。
強くこぶしを握った土方の手が、ふるふると震える。
(出来る事ならあいつを叱りたくねェ・・・しかし・・・!)
鬼と呼ばれる厳しい生徒指導で知られる土方だが、今回ばかりは穏便に済ませたい。
それが素直な彼の気持ちであった。
その頃、ブランコに座る銀時はいよいよ本格的にタバコを吸う練習を始めた。
今まではタバコを咥え、息を吹き込んでふかしているだけだった。
それだけでも充分、タバコを吸った気分になれる。
しかし肺一杯に吸い込んでこそのタバコだ。
土方がするように吸い込んだ煙を口から吐いてみたかった。
タバコを吸い込むのは、慣れない身には苦しいばかりで、美味しくなどない。
しかも、土方の好きな銘柄はタールの重いもので、初心者には向いていない。
「・・・よし、吸うぞっ!!」
スッと一瞬息を吸う、それだけで、煙が気管に入りむせ返ってしまう。
ゴホゴホと激しく咳き込んだ。苦しさで目に涙が浮かぶ。
「うー、苦しいし・・・マズい・・・先生は何でこんなもん吸うのかなァ・・・ゴホッ」
呼吸が落ち着いてから、再度挑戦し、またむせる。
そんなことを何度も繰り返していた。
顔を煙に覆われながら何度も咳き込んだ所為で、銀時の両眼から涙がポロリと零れる。
「ゲホッゲホッ・・・ああ苦しー・・・もういいや。今日は練習終わりにしよ・・・って、あれ?」
丁度その時、銀時のブランコの前に仁王立ちする人物がいた。
銀時は、ギクリとして顔を上げる。
そこにいたのは、土方だった。
土方はついに、自らの足が重くなるのを叱咤しながら現行犯で銀時を捕まえるため、ブランコの前までやってきたのだ。
(さあ、何と言って叱りつけてやろう・・・!)
土方なりに、様々な説教を心の中で用意して乗り込んできたのだ。
叱るからには、甘い顔をしないと覚悟を決めてきた。
未成年者の喫煙は犯罪なのだ。
いくら自分の所為でグレたとしても、ちゃんと更生させてやってこその愛だろう。
土方の強い正義感と義務感が、甘ったれた同情心を跳ね飛ばした。
(そうだ、それでこそ教師ってもんだぜ!)
しかし、顔を上げた銀時の顔は涙に濡れていた。
両眼からポロポロと涙を零し、苦しげに眉をひそめていた。
そんな銀時の、明らかに何かを苦悩し困窮している様子に、土方はショックをうけた。
(コイツ、泣いてる・・・!?
しかも、こんなに苦し気に・・・!
自暴自棄になってグレちまったのかと思えば・・・まだこんなにも苦しみもがいていたなんて・・・)
完全に戦意喪失といった具合に、土方のピンと張っていた気持ちが緩む。
(坂田・・・お前はそんなに、そんなに、この俺の事を真剣に・・・・・・そこまで・・・!)
銀時が失恋の痛手に自分を見失って苦しんでいる心情を察知し、土方の目頭が熱くなった。
泣きはしなかったが、この場で銀時を抱きしめてしまいたくなるほどに、
何故か、その存在を、愛しく感じていた。
動揺している自分を抑えるのが精一杯で、土方は叱ることも抱きしめることも出来なかった。
言葉を失って、目の前の銀時をじっと見詰めていた。
(・・・何だ・・・この気持ちは・・・)
土方は、明るい青空の下、初めて真正面から銀時の顔を見ていた。
(そんな顔、するんじゃねえよ・・・ッ!)
自分が知る以上にその肌は白くキメ細やかで、紅い瞳は澄んでいた。
丸い頬を伝う涙が光に輝いて、思わず触れたくなる。
柔らかそうな唇は、土方の視線の全てを吸い取ってしまう。
そしてその可愛らしい唇に挟まれている、いつも自分の愛用しているタバコ。
土方は、一瞬その1本のタバコにすら嫉妬を覚えた。
まだその先には火がついていて、短くなってきている。
(このままじゃ唇が火傷しちまう・・・)
無意識に手を伸ばし、優しく銀時の唇からタバコを奪う。
一瞬指先を触れてしまったその唇は、想像以上に柔らかく、温かかった。
唇に触れられた瞬間、銀時の身体がピクンと震えた。
土方は銀時の唇から引き抜いた火のついたタバコを、癖のように決まった指に間に挟んで持った。
その後は身体が勝手に動いて、銀時の咥えていたタバコをそのまま唇に挟む。
自然な動作で、タバコを吸い、そして煙を吐き出す。
いつもと同じ銘柄のはずが、何故かいつもより格別に美味しい気がした。
そして、目の前で呆然と自分を見上げている銀時のことも、
自分にとって大切で、かけがえのない存在に感じられた。
土方は、そっと目を細める。
胸の中が熱く愛しさで溢れる。
一方銀時は、目の前に突然現れた土方に恐怖を抱いていた。
(やべエエェェ・・・バレた、よりによって土方先生に喫煙バレちまったァァア!!!
先生の体罰で入院騒ぎになった不良とかいたけど、まさか俺もか?
てゆーか、先生喋らないんだけど・・・何で黙ってるの・・・怒ってる・・・間違いなく殺される俺ーーー・・・!!)
土方の無言を怒りだと感じた銀時は、その脳内で色々な言い訳を考えていた。
けれど、厳しい鬼の生徒指導で有名な土方が言い訳など聞くはずがない。
このまま学校の生徒指導室に連行されて、竹刀で滅多打ちの刑は間違いない。
打ち所が悪いと骨折なんて事は、ザラにある。
骨折・・・それ以上の事態も、考えられなくはない。
土方はどんな生徒も特別扱いしない。
自分のクラスの生徒だろうが、1年だろうが、女子だろうが、シメる時はシメるのだ。
しかも、普段から邪険にされている銀時だ。
ここぞとばかりに、いつもの鬱憤を晴らされてもおかしくない。
銀時はそういう自分の立場を、ちゃんと理解していた。
だからこそ、心底震え上がっていた。
膝がカタカタと震えるのがおさえられないほどだった。
(この場だけでも誤魔化せねェか・・・ていうか、いっそ逃亡しかねえェェ!!)
銀時は恐怖と緊張で固まった瞳を無理やりに動かし、視線で退路を探す。
土方は正面にいるので、自分の右側にあるブランコの柵の境目から逃げ出せるかもしれない。
(そこを抜けたら公園を走って逃げて、何とか駅まで・・・・・)
もし逃亡に失敗すれば、体罰が何倍にもなるリスクはある。
けれど銀時は、足の速さには自信があった。
(よし、イケるかも・・・・・・!)
銀時は走り出すタイミングを伺っていた。
土方は銀時の唇から取り上げたタバコを、じっくりと根本まで吸っていた。
銀時の咥えていたものを、目の前の銀時を見下ろしながら口にする。
そのことに、土方は気分が昂ぶっていた。
(何で俺はこんなに味わってんだ・・・おかしいだろ・・・)
自分の胸の奥に沸きあがる、理解できない熱い昂揚感。
気付きそうで気付けない自分の気持ちに、戸惑いを覚えていた。
視線は、相変わらず銀時の唇に吸い込まれたまま、自分の意志では一切動かす事が出来なかった。
縫い付けられてしまったかのように、ただ銀時だけを見つめてしまう。
今、土方の視界、土方の世界には、銀時しか存在しない。
銀時は今、どんなに苦しい思いをしているのだろう。
自分を振った相手が、目の前にいては気が気でない筈だ。
だからこそ、こんなにも苦悩の表情をしている。
喫煙を叱るために来たが、今では抱きしめる事で、何もかもを許してやりたいとさえ思っていた。
銀時を苦悩から救ってやりたい。
自分に出来ることなら何でもしてやりたい。
土方が他人に対してこんな気持ちを抱いたのは初めてのことであった。
(俺は坂田をどうしたいと言うんだ?)
土方が銀時を切なく見つめていた、その瞬間。
銀時が動いた。
土方の脇をするりと軽やかに抜け走り出した。
「お、おい、坂田ッ!?」
「先生・・・ごめんなさいーーーッ!!」
銀時は自慢の俊足で小さな公園内を駆け抜け、通りに出てそのまま姿を消してしまった。
突然の逃亡に呆気にとられていた土方だが、少し遅れて銀時の後を追った。
しかし、通りに出たあと、銀時の姿は見つからなかった。
(・・・そんなに思いつめていたのか・・・)
銀時が「ごめんなさい」と謝って自分の元から逃げ出した。
まるでヤケを起こしてしまった事に自己嫌悪しているかのようだ。
(アイツが自分を責める必要はねえのに・・・悪いのは、この俺だ)
土方はそんな銀時をこれまでにないほどに切なく想った。
必死に辛い現実から逃げ出そうともがいている、そんな必死な姿に見えたのだ。
失恋に悩み苦しんでいた時に、その相手が目の前に仁王立ちしていたら、さぞいたたまれない事だろう。
この場から逃げ出したくなる気持ちは、土方にもよく分かる。
(泣きながらタバコなんか吸いやがって・・・逃げ出したのは
きっと俺に泣き顔を見られたくなかったからだろうな・・・)
まさか銀時が「単純に体罰が恐いから逃亡した」などとは微塵も考えていない。
(・・・あの切ない泣き顔ごと抱きしめてやりたかったのに・・・!)
不意に胸に溢れてきたその気持ちに、土方はまた狼狽した。
(・・・・・・抱きしめてやりてェって、一体どういうこった・・・?)
理解できない自分の感情に振り回され疲れきった土方は、
ヨロヨロと歩き、帰宅するため荷物を取りに学校へ戻った。
今の土方には、何も分からなかった。
闇の中を手探りで進むような、漠然とした不安の中にいる。
とにかく、胸によぎるのはただひとつ。
その心の中は、銀時で一杯になっていた。
白い頬を濡らした涙、切ない謝罪の言葉、耐え切れず逃げ出した背中。
その彼の何もかもが ----------------- 愛しい、と。