翌日、銀時は学校を休んだ。



土方の体罰が恐くて・・・という理由もなくはないのだが、実際は風邪をひいたためだ。

慣れないタバコで喉を痛めていた上に、帰り道は土方から逃亡してかなりの距離を全力疾走した。
その時に喉がカラカラに乾いた結果、焼けるような痛みを引きおこした。
恐怖と疲労でかいた汗が冷え、帰り道はガチガチと歯が鳴るほどに寒い思いをしていた。

人間は「寒いと思う時間」が長ければ長いほど、必ず風邪を引くという。
風邪予防の第一歩は「寒い」と思わない状態を維持することだ。

銀時は身も心も冷え切っていた。



案の定、その結果冷えと喉風邪からついに発熱してしまったのだ。





『風邪ひいた。今日休む。先生に言っといて。あとノートよろ。銀』


銀時は学校を休む事を、親友で学級委員長の桂に携帯メールで連絡した。

本来なら学校にいる担任の土方に電話をするべきであったが、銀時は今、声が出ない。
それと、昨日の喫煙の件がある。
体罰の為に「テメー這ってでも来いやコラァァ!」と言われる確率120%、
銀時はそう予想しておびえていた。
直接話すととんでもない事になりそうだと用心して、桂に伝言を頼んでいた。


「なんだ、銀時のやつめ。愛しの土方先生に自分で言えばいいだろうが」

桂は銀時からのメールを一瞥した。
銀時の事など心配もしていない様子だ。



チャイムが鳴り、朝のホームルームが始まる。
いつもどおりチャイムと同時に教室に入ってきた土方は、号令の後に出欠をとる。

ぐるりと教室内を見渡すと、あるひとつの席が空いている事に気付く。
桂の前、そこは銀時の席だ。

途端に、土方の胸がざわつく。

ただの遅刻、もしくは欠席にすぎない。
しかも坂田銀時という生徒は時間にルーズでマイペースだ。
いないからと言って、うろたえるような事ではない。

頭ではそう分かっているが、しかし土方の心は暗く沈む。
不安と焦りと、何よりも銀時を心配する気持ちが溢れてくる。

特に昨日、銀時が自暴自棄になって喫煙しているところを目撃してしまった。

あの時の銀時は、土方を想って涙まで流していたのだ。

そして今日は姿が見えない。

何かあったのか。

大丈夫なのか。

土方は銀時のことを想い、心配で胸が苦しくなる。



「・・・坂田はどうした?」

動揺を抑えて、静かに土方は言う。
それを受けて生徒たちが無言のまま、空いた机に視線を向ける。


誰も土方の問いには答えない。


その時、桂がようやく銀時からのメールの事を思い出した。

(なんだ銀時の奴、本当に先生に連絡していないのか?
 全く面倒かけさせる・・・)

溜息をつきながら、桂が面倒臭そうに挙手して発言する。

「先生、坂田君から欠席の連絡を受けています」

「・・・あ、あぁ、欠席か・・・・・・理由は?」

土方が出席簿の坂田銀時の欄に「欠」と書きこむ。
そしてチラリと視線だけを上げ、眉をひそめて桂を睨むように見た。
動揺を隠すことに必死なのだ。

(今の俺はいつもどおり冷静に見えるだろうか?
 坂田になど関心なんかないフリが出来ているか・・・)

土方は内心穏やかでない。
それを誤魔化そうと意識すると、言動が必要以上に突き放すような冷たさになってしまう。


『坂田になど関心はない』
土方の無言の主張は、桂にしっかりと伝わっていた。
厳しい視線、そっけない言葉、いつも銀時に向けられているような態度をされた桂は、気分を害した。

こうまで冷たく言われると、親友の桂としても面白くない。
桂にイタズラ心が芽生えてくる。

「坂田君は土方先生に振られたのが辛くて毎晩毎晩泣き明かしていました。
 きっとそのせいで・・・ついに寝込んでしまったんだと思います」

桂が真面目な顔でサラリと嘘をついた。
すると教室内がどっと笑いにつつまれる。
銀時がそんな事で泣き明かすなど、誰もが嘘だと分かっていたからだ。

銀時が土方にアタックしているというのは有名な話だ。
ただしそれすらも誰もが冗談だと信じている。

少し前まで、土方本人ですら銀時の猛烈なアタックは嘘だと思っていた。
自分をからかっているのだと、怒りさえしていたほどだ。


しかし、土方が銀時に「お前なんか相手にしてない」と言った後から、銀時の様子がおかしくなった。

やけにしおらしく元気がなかった。

あきらかに、悩んでいた。


(心労で食事もとれず泣いたり自暴自棄になって・・・ついに寝込んじまったのか・・・)

教室内の誰もが嘘だと分かっている発言を、土方だけは真に受けている。

(坂田が、アイツが寝込んだ・・・)

あまりにも可哀想だと胸が痛くなっていた。

しかも、それは全て自分のせいだと思っている。


(俺のせい・・・だとしたら、俺はどうすれば・・・?)


土方はショックのあまり茫然自失となった。


結局その日は一日中、何も手がつかないほどに動揺していた。
一体それが何故なのか、土方には分からずにいた。






『先生に振られたせいで寝込んだと言っておいた。桂』


『振られてねーし。銀』






その頃、銀時は家にいて、微熱でだるい身体に鞭打ってテレビゲームで遊んでいた。
せっかく学校を休んだのだから、ただ寝ているなんて勿体無い。
意地になって遊んでいる。


土方先生は俺の事心配してるかな、お見舞いに来てくれたらいいなあ。
・・・普段の彼ならばそう思っていただろう。


けれど今日はそんな事など微塵も考えなかった。
今はまだ会いたくなかった。


何故なら、喫煙の「お仕置き」が恐ろしいからだ。
いくら誤魔化したところで、土方がこの件を水に流してくれるわけはない。

次に会った時には覚悟をしておくべきだ。
・・・・・・けれど、まだ命は惜しい。

なんとか土方が気分を落ちつけてくれるのを期待して待つばかりだ。
多少は情状酌量の余地があるかもしれない。


銀時は、土方の体罰を心底恐がっている。
それほどまでに、土方の厳しさは容赦がない。


思わず土方が竹刀で自分を滅多打ちにする映像を思い浮かべ、銀時の体に鳥肌が立つ。


気を抜いた瞬間に爆発音がして、テレビゲームの画面は「GAMEOVER」と示していた。





一方土方は、本当に銀時を見舞おうかと思っていたほど、心配していた。

(綺麗な花やアイツの好きな甘いケーキでも持って・・・
 今のアイツはそれを喜んでくれるだろうか)

結局、それはやりすぎだと思い留まった。
たかが風邪の一生徒のために、花とケーキを持って自宅へ見舞うのは常識として少しおかしい。

しかし寝込むほどに苦しんでいるのなら、何とかしてやりたかった。

せめて電話の一本でも入れようかと何度も受話器を取ったが、もし眠っている銀時を起こしたら可哀想だとか、
電話口で泣き出したらどうしようなどと思い悩み、それも止めた。

結局連絡を取らないまま、週末で休みになってしまった。



銀時が休んだ金曜日。

そして休日の土曜日と日曜日。

その3日間、土方は銀時の事ばかり考えていた。



考えたくなくとも、脳裏に浮かんで消えてくれない。

(何だってこんな気持ちになるんだ・・・)

土方は自分に何度もそう問い掛けた。



追われていると逃げたくなるが、逃げられると追いたくなる。

そんなよくある「恋のかけひき」にまんまとひっかかってしまったのだろうか。



(俺も単純だな・・・でもそんなかけひきじゃねえだろう、これは)



銀時にそんなかけひきできるとは、土方には到底思えなかった。

土方が振って、銀時が素直に身を引いただけの事だ。

かけひきなんかではない。

その銀時がすっかり弱ってしまったのは、仕方がない事だ。

土方にはどうする事もできない。


(坂田が弱っているから、その罪悪感なのだろうか・・・)


罪悪感。
そうだ、そうかもしれない。


土方はそう思い、銀時への気持ちを振り返った。


最初は銀時のアタックをただの冗談だと思っていた。

しかし、土方の軽く言った一言で銀時は寝込むほどにショックを受けている。

それだけ、土方を真剣に好きだったのだ。

鬱陶しいまでのアタックは本気だった、ということだ。

土方はそう理解した。



だからこそ、軽くあしらってしまった事に罪悪感を持っている。





本気だと分かっていればこちらも真剣に考え、丁寧に対応できただろう。

むやみに傷つけないように、優しく断れたはずなのに。



もしくは、気持ちを受け入れてやれたかもしれない。


(・・・受け入れ・・・て?)



土方センセー!と元気に抱きついてくる、いつもの銀時の姿を思い浮かべる。
そして想像の中の自分は、その身体を優しく抱きしめてやる。


そんなことは今まで考えたこともない。
在り得ないことだった。


つい具体的に想像してしまったその光景は、意外にも嫌なものではなかった。
むしろ、胸が温かくなるような幸福感を伴う。



あの身体を抱きしめたら、一体どんな感触がするのだろう。
そしてその時の銀時は、どれほどまでに嬉しそうな笑顔を見せてくれるだろう。




土方の胸が苦しくなるほどに、切ない気持ちになる。

銀時に会えないのが寂しい気がした。

鬱陶しいほどに言い寄ってこないのが、寂しいとさえ思う。

寂しい、だから、会いたい。

今まで銀時に会いたいなどと思った事は一度もない。

しかし今は、ハッキリと「会いたい」と思っている。それが不思議でならなかった。




(坂田を、手放したくない・・・ってのか、俺は?)



嫌な予感がしていた。
気付いてはいけない気持ちになりかけている。


この先は、禁断の道だ。



けれど。



理性が本能を止めようとするが、土方の中では気持ちが勝手に先走っていく。



いけない。



それは分かっている。



けれど。



やっぱり・・・



(・・・好きになっちまったんじゃ・・・ねえのか?)





そう気付くと、途端に背中を冷たい汗が流れる。
これは気の迷いか、自分は寝ぼけているのか。



思いっきり柱に頭を打ち付けたい。
そうしたら目が覚めるだろう。血迷っているだけだ。



危機的な思考に身体が芯から冷え切って震えている。
はやく正気に戻らないと、大変なことになる。



目を覚ませ十四郎、そう心の中で何度も繰り返す。



(取り返しのつかない事になったらどうする?
 絶対に後悔するぞ・・・いいのか!?
 いや、すでに後悔しかけているじゃねえか・・・やめとけって!)



どんなに否定しても、顔だけは真っ赤になっていて、熱い。
銀時のことを思い出すだけで、速くなる鼓動は誤魔化せない。



ダメだダメだと言いながらも、止められないことは分かっていた。




(俺は・・・もう、ダメだ・・・)




土方は一人で勝手に深みへとハマっていく。

それは重力に引き落とされるように強力な力で、彼ひとりでは絶対に抗えず、またごく自然なことでもあった。



深くため息をついて土方は運命に身を任せようと・・・観念した。






休みが明けて月曜日の朝を迎えた。

休み中は悩むあまりまったく寝付けなかった土方が、目の下に大きなクマをつくって出勤していた。


一方、風邪も全快した銀時は元気一杯で登校している。


二人は、朝の正門前でバッタリと出会った。


「よ、よう、坂田」

「土方先生・・・お、おはようございます・・・」

久々に銀時の姿を見て、土方は再び心が大きく揺れてしまった。

動揺していたが、それを悟られぬよう、無理やり眉間にシワを寄せて厳しい視線を向けた。
目の下のクマのせいで普段よりも一層恐ろしげな形相に見える。
ギロリ、とそんな音が聞こえるような視線で睨みつける。

その顔を見て銀時は背中が凍りつくような思いをした。
ゾクゾクと全身に鳥肌が立った。

(ヤベ・・・土方先生、まだ喫煙の事、怒ってるーーー!
 スッッッゲーーー恐い顔してる・・・・・・マジ殺されるコレェェェ!!)

何か言いたげに口を開いた土方を無視して、銀時がそそくさとその場から逃げ出す。
捕まりたくない一心で最初は小走り、最後には全力疾走して校舎目指して、校庭を駆け抜けた。




銀時が自分の顔を見るや否や、突然背を向けて走って逃げたことに、土方はショックを受けた。


避けられている、そう感じて全身の力が抜けた。
この打ちのめされたような感覚によって、本当に銀時を好きになってしまったと実感してしまう。

こうなってしまった以上、腹をくくるしかない。
遠ざかる銀時の後姿を、目を細め悔し気に眺めた。




それからというもの、銀時は常に全力で土方から逃げていた。

ホームルームも授業中も、土方の視線を避け、話し掛けられそうになったらその場から消える。
何しろ、土方は相変わらず険しい表情で銀時を睨むからだ。

いくら好きな先生とは言え、鬼の折檻は受けたくない。
全身アザだらけ、打ち身・打撲は当たり前。下手をすると骨折だ。

よく保護者から苦情がこないものだと思ってしまう。
銀時はほとぼりが冷めるまで、大人しく身を潜める気でいる。

とにかくひたすらに自分の気配を消して、時には桂たちを楯に身を隠して、土方の視界から避け続けた。



土方にしてみれば、逃げられれば逃げられるほどに、心が焦り出す。

はやく掴まえたいのに、腕に抱きとめたいのに、蝶のようにひらひらと舞って姿を消してしまう。
じれったさの余り、思わず機嫌を損ね苛々としてしまう。

その苛々とする空気を銀時は敏感に嗅ぎ取り、余計に近づきたがらないのだ。

(坂田はもう、俺の事などもう好きじゃないのか・・・?)

この恋を諦めてしまったのだろうか。
それどころか、すっかり嫌ってしまったのではないか。

それも無理はない・・・そう思うと、土方は不安になった。


そしてふと、ある事に気付いた。

(そういえばアイツに「俺としよう」と誘われる事は多々あったが「好き」だと言われた事はない・・・?)



まさか元々俺のことを「好き」じゃなかったのか?

もしかして、本当にヤリたかっただけとか・・・まさか俺の身体目当て!?
そんなに男慣れした淫乱な野郎だったのか?

あんな無邪気そうな坂田が、とてもそうは見えないが、しかし・・・!?


(・・・なわけねえか・・・でも・・・あぁもうワケわかんねェ・・・何なんだアイツは!!)



一体どういうつもりで銀時が言い寄ってきていたのか。



本当に好きだったのか。

単にやりたかったのか。

やはり、からかっていただけなのか・・・




よく考えてみればなかなかに綺麗な顔をしているし、あの色気だ。

その気になれば相手をしたがる者も多いだろう。
それが例え男であっても・・・。


(実際はどのくらいの経験があるんだ?
 どこの誰と・・・・・・何回くらい・・・・・・どんな事を・・・・・・?)


そんなことを想像すると、土方の胸中にぐつぐつと煮えたぎるような熱い嫉妬心が湧き上がる。

考えたくない事まで脳裏に浮かび、苦悩してしまう。


(教師相手に突然「俺としよう」と誘ってくるような奴だぞ?
 かなりの遊び人で経験豊富なのかもしれねェ・・・
 もう普通の相手じゃ満足できなくて、物珍しい教師を狙っただけの事、って可能性も・・・いや、あの坂田に限ってそんな・・・しかし・・・)


あまりにも元気が無くなったので、てっきり本気なのかと思っていたのだが実際は分からない。
・・・本気なのか、身体目当てなのか。

考えれば考えるほどに、銀時の真意が掴めなくなっている。




土方の思考は完全に暗礁に乗り上げた。

ただ悩む一方で、何の結論も出ない。

様々な事を想像するが、何もかもが堂々巡りに過ぎない。




ただひとつ、ハッキリしている事がある。


それは、土方が銀時を好きになってしまったという事だ。



一方的に恋に落ちた。

堕ちてしまった。

土方はそれが負けたように感じて、たまらなく悔しく思った。



(この俺が、あんなヤツに片想いなんて・・・考えられねェ・・・!)




しかしこれだけは間違いない真実なのだから、仕方がない。


こうなったら何が何でも逃げまくる銀時を、この手に掴まえるしかないだろう。


多少強引でも仕方がない。とりあえず話をしよう。




悩んでいた土方は、ついに覚悟を決めた。




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