土方パパと銀四郎
武装警察真選組、副長、土方 十四郎
万事屋銀ちゃん、社長、坂田 銀時
両名共に、江戸に暮らす20代の独身男性である。
この二人は、
ひょんな事から顔見知りになり、
性分が似すぎていて逆に気が合わず、
むしろ嫌い合っており、
あいつの事なんか知るか、っつーかいっそ死ねばいい、
くらいにしか思っていなかったのに、
ひょんな事から恋仲になり、
夜な夜な気持ちのいい事ばかりしていたら、
うっかり子供が出来てしまい、
授かった命を無碍にするのは忍びなく、
お互いに不本意ながらも、
銀時は一生ちびちびたかる魂胆で、
土方は責任を取るべきだと腹をくくり、
夫婦となる覚悟を決めた次第であった。
周囲の人々に結婚・妊娠の報告をしたところ、
つい先日まで嫌い合っていたふたりの間に何があったのか、
そもそもどうして男同士で子供が出来たのかと不審がられたが、
一切の問答を「生命の神秘だ」の一言で押し通し一同を黙らせた。
生命の神秘のままに大人しく暮らし、無事にトツキトウカを過ぎたころ
新しい生命がこの世に誕生した。
玉のような男の子だった。
両親の名前に因んで「銀四郎」と命名された。
赤ん坊とは不思議なもので、昨日までは存在すらなかったというのに
今日から突然、そこに存在し始める。
当たり前のことであるが、これほど不思議で神秘的なことは他にない。
今までなかった歴史が、今日から突然に始まるのだ。
そして赤ん坊がそこにいるだけで周囲はそれ中心の生活となってしまう。
環境の何もかもが、赤ん坊仕様に激変する。
大人の事情や意見などは一切聞き入れられない。
物言わぬ赤ん坊が絶対王君だ。
何をするでもなくだた居るだけだが、その存在感は何ものも敵わない。
土方と銀時の生活もまた同様に、赤ん坊中心と変化せざるを得なかった。
今までの彼らの人生からは考えなれない変化だった。
特に土方の人生には、剣と戦いと真選組しかなかった。
銀時と恋仲になった時ですら、そんなものは人生のオマケくらいの位置付けでしかなく、
恋愛のために生活の何かを変える気などなかった。
いかに本気の恋愛であっても、剣よりも真選組よりも優先するものなど有り得ない。
それは今まで自分の意志を最優先し、自由をモットーに生きてきた銀時にも同じことが言える。
望んで出来た子供ではなかったが、生まれてしまえばこの世にこれほど愛しいものはない。
土方も銀時も、生まれたての新生児に触れたことはなかった。
生まれてすぐには真っ赤でくしゃくしゃな肌をしていて、
二人とも「これは猿だ」と思った。
人間の起源は猿であるという学説は確かに正しかったのだ、そう納得してしまうほどに、猿に似ていた。
けれどしばらくすると真っ赤な肌が真っ白にきめ細かく整い、水も弾くような弾力を付け始める。
その肌に触れてみれば、今までにはない不思議な感触がした。
なめらかでするすると、どこまでも滑るようでありながら、
押してみれば柔らかく、どこまでも沈むようだった。
この世にこれほどまでに柔らかく、そして滑らかな物体があったのかと思うほどの感触。
首も据わらずくたくたと柔らか過ぎる身体は、ごつごつとした男の腕にそぐわない。
特に父親である土方は、この赤ん坊をどうやって抱いたらいいのか見当もつかない。
「お前の子供なんだから抱いてやれよ」
そう銀時に言われて、密かに緊張し背中に汗をかきながら手を伸ばした。
どこから持ち上げるのか分からないので、とりあえず赤ん坊の両腕を引っつかんで持ち上げた。
その瞬間「アホかァァ!」という怒号と銀時の拳が土方の顔面に直撃し、
同時に土方の手から赤ん坊が取り上げられてしまった。
それ以来、土方は赤ん坊を抱き損ねている。
寂しいような気もしたが、自分が乱暴に扱って壊してしまうくらいなら
触れないほうがいいと思い、自ら距離を置いた。
繊細さなどとは無縁の生活を送ってきた土方にとっては、
赤ん坊とは、まったくの未知の存在だ。
実のところ、触りたくないとも思っていた。
面倒を見ることは銀時がやるだろう、
自分は二人を養育すればいい。
土方はそれが自分の役目だと割り切っており、こうして仕事を分担することで
彼なりに責任を果たしていると感じることができ、安心していた。
万事屋は赤ん坊のせいでお祭り騒ぎだった。
お登勢が「こんなモンはババァに任せときな」と銀時から赤ん坊を奪い取り、
神楽が「銀楽」と勝手に名づけて一日中側に張り付いていた。
お妙やさっちゃんも事あるごとに新生児用の玩具を仕入れては与えては、ひたすらに可愛がる。
銀時は自分の子供に固執することもなく、銀四郎の世話を他人任せにしていた。
ジャンプを読み、お菓子を食べながらゴロゴロして暮らしている。
そのせいで父親であるはずの土方さえ、全く銀四郎に近づけずにいた。
銀時が世話をしないのに、土方が手を出せるはずもない。
まるで他人の子供のように、遠巻きに眺めるだけだ。
お登勢は土方に「ちゃんと可愛がってやりな!」と叱るが、そのくせ赤ん坊を手放さない。
土方も銀時も、環境の変化だけで疲れきっていたので、それも丁度良かった。
二人とも内心、このまま誰か育ててくれないか、とすら思っていた。
そんな生活も2ヶ月、3ヶ月と時間が過ぎてくると、赤ん坊の世話を焼きたがっていた女性陣も、
次第に自分の生活へと戻っていく。
いつまでも他人の赤ん坊の世話に夢中になってはいられない。
「銀時、いつまでも他人に甘えてんじゃないよ。自分のガキは自分で面倒みな!」
そのような理不尽な、しかし正論をお登勢に叩きつけられて、銀時は渋々、子育てを始めた。
銀時の周囲の女性陣のように、他人の赤ん坊は、時々可愛がってやるのがいい。
その時は目に入れても痛くないほどに、目一杯に愛してやれる。
赤ん坊の世話を朝から晩まで面倒をみるなんてことは、並大抵の苦労ではない。
やはり実の親でないと、継続してはやれないだろう。
そのことを肌で感じた銀時は、育児への覚悟を決めた。
もう、自分以外は誰も世話が出来ないと分かったのだ。
人任せにしていることも、もう潮時だ。
そして一時的に帰ってきていたこの万事屋を、赤ん坊の世話に専念する為に再び出て行った。
万事屋はオフィスとして使い、また、神楽の住居となっている。
今後の万事屋はそのように使うことになった。
銀時は今、土方と二人で家を賃貸して暮らしていた。
住み慣れた万事屋を出ることは、銀時にとって不本意だった。
また、土方にしても真選組屯所に住み込むのが一番いいに決まっていた。
しかしお互いその環境では仕事に差し支える為、仕方なく家を借りた。
子供さえ出来なければ、結婚する気も同居する気もなかった。
何もかもが、子供の為だ。
自分の意思を最優先して生きてきた大人2名の人生をも軽く変えてしまう力が、子供にはあった。
銀時は生まれた銀四郎をつれて、その新居へ一緒に帰った。
こうして土方と、銀時と、銀四郎の家族3人の生活が、いよいよ始まるのだった。
銀時は仕事も休んで銀四郎の面倒を見ていた。
自分の産休中は新八と神楽が万事屋を営業しているらしい。
困った事があったら何でも相談しろよ、そう二人に言ってあるのに電話の一本もなく、銀時は面白くなかった。
勿論それは、仕事の事など忘れて銀時が心置きなく子育てできるようにとの、二人の配慮だった。
その配慮のおかげで、銀時はやむを得ず銀四郎にかかりきりになり、子育ては順調であった。
土方は仕事人間なので、基本的に殆ど家には居ない。
早朝に出て深夜に帰ってくる。帰ってこられない日も多々ある。
しかし、銀四郎が生まれてからは毎日帰ってくるようになった。
帰宅時間は毎日深夜に近いが、それでも屯所に泊まることはない。
銀四郎の顔見たさに、律儀に毎日家に帰る。
土方にとってそんな事は、考えられないほどの心境の変化だった。
土方が深夜に帰宅する頃には、当然銀四郎は眠っている。
銀時も眠っているが、物音で目を覚まして、不機嫌そうに出迎える。
面倒臭そうにしながらも、一応用意してある夜食をテーブルに並べる。
その間に土方は銀四郎の元へ行き、その安らかな寝顔をじっと見つめた。
まん丸の顔にちょこんと付いている小さな小さな鼻と口が、すうすうと寝息をたてる。
厚ぼったい瞼に埋もれている瞳も、やはり小さい。
これほどまでに小さなパーツがちゃんと機能していることが不思議だった。
自分のものとくらべると、信じ難いほどの小ささだ。
これは人間ではなく、精巧につくられたミニチュア版の人形なのではないかと思うほどだ。
「・・・生命の神秘だな」
土方がそんな事を呟きながら、一向に変化のない寝顔をいつまでも飽きずに見つめていると、
背後から銀時のため息が聞こえた。
「寝顔ばっか見て、オメー暇だな。
つか、触りたいんなら手ェ洗って来いよ?
タマ菌テイクアウトしてんだろ、どうせ」
「してねーよ。いや、ガキには触らねえ。
俺が抱いて怪我でもしたら可哀想だろう」
「抱いてやんねー方が可哀想だと、俺は思うけど」
「そういうものか?」
「さあ、俺には親いねーから分かんねーけど、子供は親に抱いてもらいたいもんじゃね?」
「・・・こんなに小さくても、か?」
「こんなに小さいから、だろ」
そう銀時に言われて、土方は手を洗い服を着替えて、緊張の面持ちで銀四郎に対峙した。
また腕を引いて持ち上げないように銀時に抱き方を教えてもらい、おそるおそる腕の中に納めた。
ぐっすりと眠っている銀四郎は、揺り動かされても起きなかった。
土方の腕の中で、やはり先ほどと変わらず、すうすうと小さな寝息をたてている。
初めて赤ん坊というものを抱いた。
しかもそれは自分の子供だ。
何を考えているのかどうやって生きているのか、全く分からない未知の生き物だ。
未知のものは恐い。
仕組みや構造が分からないのだから、間違って壊してしまうかもしれない。
腕に抱いた瞬間に泣き出しでもしたら、土方は子育てに挫折していただろう。
受け入れられなかったとショックを受けることは間違いなかった。
けれど、銀四郎はおそるおそる抱え上げた土方の腕の中でも、
気持ち良さそうに、すやすやと眠っている。
小さな小さな赤ん坊は、自分を受け入れてくれたのだ。
そう感じた土方は、安心し、そして漠然とした自信のようなものを持った。
これでいいんだな。間違っていないんだな。
やっと、親としての第一歩を踏み出したような気がした。
腕に銀四郎を抱いたまま、全く変化のない安らかな寝顔をいつまでも見つめ続けた。
赤ん坊は柔らかく、重く、そして温かい。
自分が腕を緩め落としたら、赤ん坊は死んでしまう。
この命は自分の腕にかかっているのだ。
それほどまでに儚い命を愛しく思った。
絶対に護りとおしてやらなくては。
こうして、赤ん坊は親に保護者としての意識を目覚めさせる。
赤ん坊もまた、親を親として育てているのだ。
「・・・よく眠っているな」
自分の腕の中で眠る銀四郎を、何よりも愛しく思う。
土方はだた眠るだけの赤ん坊に感動すら覚えた。
いつまでも銀四郎を抱いたまま、ぴくりとも動かずに
その寝顔を見つめる土方の姿を見ながら、
銀時は「親になるってのも悪くねェな」と柄にもなく感慨深く思うのだった。
家族3人の間に、やっと小さな連帯感がうまれた。
こうした小さな連帯感が積み重なって、最終的に家族というものが形成されていく。
「家族」とは最初からあるわけではない。
「家族」とは作っていくものだ。
しかし、作ったものは壊れることもある。
互いに守ろうという意識がなくては簡単に壊れてしまう脆いものだ。
土方も銀時も、物言わぬ銀四郎のおかげで、やっと家族の作り方を知った。
土方はこうと決めたらストイックに信念を貫く男である。
今の彼は、父親として銀四郎を育て上げることに義務感と遣り甲斐を感じていた。
土方はすっかり教育熱心に・・・俗に言う親バカというものになった。
銀四郎の顔や身体を丹念に見つめては、
「眉が俺によく似ている」
「睫毛がそっくりだ」
「このツメの形は俺だ」
などなど、他人の目からは同意しかねるような小さな類似点を探しては喜ぶ。
本当に似ているのかどうかは問題ではなかった。
それに対して銀時も負けじと
「目の形は俺似だ」
「鼻が俺にそっくりだ」
「耳たぶが俺と同じでちょっと福耳なんだよな」
などとささやかな自慢をする。
自慢になることなのかどうかさえ怪しいが、親バカ両親にとっては重要なことである。
次第に自慢がエスカレートし、より多く自分と似ているところを探しだそうと、
二人で銀四郎の身体を裏表とひっくり返して隅々までチェックする。
こんな馬鹿馬鹿しい事を、時間があればやっている。
それはそれで、実は楽しい家族団欒のひとときなのであった。
ひとつだけ、お互いに残念に思うことがあった。
銀四郎の髪の毛だ。
土方は、銀時のような銀髪が美しいと思っていた。
銀四郎も銀髪になってほしいと密かに願ったが、結局は自分と同じ真っ黒の髪の毛であった。
自分と似たことはこの上なく嬉しいが、銀髪に関しては残念に思っていた。
銀時は自分の天然パーマが嫌いだった。
「遺伝子を捻じ曲げてでもサラッサラヘアのガキを作る!俺の子供に天パの重荷は背負わせねェ!」
銀時は常日頃からそのように宣言していた。
土方のサラッサラヘアの遺伝子にそれを期待していたが、しかし銀四郎は自分と同じクルクルの天パだった。
「土方テメーの遺伝子はなんッて弱々しいんだ!
天パの遺伝子に負けてんじゃねえよ!」
「うるせえ!この劣性遺伝野郎!
テメーこそ銀髪を遺伝できねーなんて、ヘタレな遺伝子だな!」
こんな喧嘩も日常茶飯事だ。
赤ん坊によりよい未来を、そう願って故のこと。
小さなことで言い争いをしていても、
銀四郎が何かしら「だぁ」などと声を上げれば、一瞬にして2人の意識がそちらへ移る。
「お、今なんつった?」
「アレだろ、腹減ったんだろ」
「ちげーよ、さっきミルク飲ませただろーが」
「あっ、笑った?」
「笑った・・・な」
楽しげな微笑みが伝染り、土方と銀時も、思わず口の端が上がる。
気持ちまでも温かくなるのを感じた。
銀四郎の表情ひとつで大の大人が一喜一憂、右往左往する毎日。
本人たちは必死だが、端から見れば幸せな家族になりつつあるのかもしれない。