・・・どのくらいの時間、空の旅をしていたのだろう。




果てしなく続く青い空と真っ白な雲を小さな窓から眺めていたら、不安で一杯だった銀時の気持ちが穏やかになった。
腹をくくった、とも言える。

(もうここまで来ちまったら、なるようになれ、だ。
 どうせなら楽しんだもの勝ちだもんな、せいぜい遊んで帰ろっと)


そして銀時はまもなく、ぐっすりと深く眠ってしまっていた。






次に気付いた時には飛行機が着陸した時だった。
隣のお妙に起こされて、眠い目をこすりながら銀時はおぼつかない足取りで飛行機を降りた。


空港らしき建物の廊下を一行がゾロゾロと歩く。
お妙は離陸前に「江戸に行く」と言っていたが実際に今降り立った空港は非常に近代的な建物だった。
寝起きでボンヤリとしていた銀時も、歩きながら意識がはっきりとしていく。
尚更、ここはどこなのかが気になった。

近くにいたお妙に聞いてみようと振り返ると、顔色の優れないお妙に九兵衛が心配して寄り添っていた。

「おい、大丈夫か?」

銀時が声をかけるとお妙がにっこりと微笑む。

「少し酔っちゃったみたいだけど、もう大丈夫。九ちゃんが心配性なのよ」

「僕にとっては妙ちゃんの身体が一番心配だ」

「まあ・・・」

九兵衛の熱烈な視線にお妙が頬を染める。

(え?なに、ラブラブな感じなの、ここは・・・いや、まさかね)

銀時はばかばかしくなって、フェードアウトするように静かにその場を離れた。





後方に神楽を見つけたので、ここはどこなのか聞いてみるべく近寄った。
神楽といえばいつも元気で明るくて楽しそう、というのが銀時のイメージだった。
しかし今の神楽はぶすっと頬を膨らませて怒っている。

「おい神楽、どうした?何ムクれてんだ」

「銀ちゃん、アイツ気に入らないヨ!いちいちつっかかってくるアル!」

神楽がアイツ、と言って沖田を指差す。

「おめーが飛行機ん中ではしゃいで煩くて眠れなかったせいで、こっちは苛々してんでぃ」

「はしゃいでないネ!お前が私の酢コンブ横取りしたりするから怒ってるアル!」

また意味のない喧嘩が始まってしまった。
銀時は相手をするのも面倒になって、二人と距離を置き、辺りを見回した。



最後にひとり残っていたのが、出発前にメンチを切られて第一印象が最悪な男だった。
賑やかな一行から一歩離れて、静かに後をついて歩いている。
片手をズボンのポケットに入れ、もう片手には荷物の入ったリュックを肩にかけている。
姿勢良く背筋を伸ばし、長い足をまっすぐに出して歩く様子に銀時は一瞬、目を奪われた。

「なんだよ、カッコつけやがって」

一瞬でも彼に見惚れた自分に腹を立て、銀時は彼を茶化すように軽い態度で声をかけた。


「よ、お前なんて名前?」

「・・・人に名前を聞く時は、自分から名乗るモンだろう」

銀時の問いに冷たく返事をする。
目も合わせず歩く速度もまったく変わらずただ前だけを目指している。
銀時の存在など無視しているようだった。

「んだよ、感じ悪い奴だなお前。友達いねーだろ。
 ま、いーか、俺は坂田銀時・・・で、お前は?」

「・・・土方、十四郎だ」

「多串くん?ヨロシクね」

「や、違うだろ!土方だ!何聞いてんだテメーは」

銀時がからかうと、意外にも土方は真面目にツッコんでくる。
その反応が面白くて、銀時は土方のことが気にいってしまった。
どうせこんな奴とは仲良くなるつもりもないのだから、存分にからかってみようと思った。

「なあ多串君、ここ何処なんだ?なんか江戸とか聞いたけど、嘘だよね?」

「だーかーらー、誰が多串だ!つーか誰なんだ多串って!!
 まあ・・・ここは確かに大江戸だって話だぜ?」

「え・・・お前まで何言ってんの」

「いや、だから、マジで江戸らしいぞ」

土方が真顔で答えるが、銀時には信じられずに冷めた瞳で見つめ返した。

一行の後について荷物を受け取り、空港の中を抜けて外へ出ると、そこにはピンク色のワゴン車が停まっていた。
このワゴンに乗って旅をするのだと、説明は受けている。
もう全員が乗りこんでおり、最後になったのは銀時と土方だけであった。

身長のある2人が屈みながら狭いワゴンに乗り込む。

「オイ多串君、何で俺の隣に座るわけ!?男同士で気持ちワリーだろ!」

「うるせえ!ここしか空いてなかったんだよ!黙っとけや、つーか土方だ!」

2人で口喧嘩をしていると、お妙がにっこりと微笑んで
「ま、すっかり仲良くなって」と意味ありげに頷いた。

「や・・・全然仲良くねーだろコレ」

銀時と土方は同時にそう呟いた。





走り出したワゴンの中から外の景色を眺めていた銀時は、あることに気付いた。

確かにこの景色は住み慣れた日本の風景だ。
しかし、やけに近代的な鉄筋の高いタワーやビルもあれば、街中の民家は瓦屋根の木造平屋建てだったりもする。
新しいのか古いのかまったく分からない町並みであった。

町を歩く人々は圧倒的に和装が多い。その風景は完全に江戸そのものだった。

髷を結う男性もいれば、茶髪の若い女性もいる。
道路には自分たちの乗るようなワゴン車、タクシーやトラック、パトカー等もビュンビュン走っている。
時々、犬の頭を持った偉そうな人型の生き物も歩いていたりする。

それを見た銀時は気ぐるみのキャラクターだと思った。

新旧異国の文明が入り混じった不思議な世界だ。

「日光の江戸村・・・みたいな、テーマパークか?」

車の窓に張り付いて外を眺めていた銀時が、ボソリと呟いた。

「ニャンまげがいたら飛びつくのか、お前は」

ワゴン車の通路側に座った土方が、銀時の背後から覆い被さるように顔を出し、耳元で囁いた。
突然の密着に銀時の全身に鳥肌が立つ。

「う、うわッ!!気持ちわるッ!!あんま近づくなよ!!」

「うるせーな、俺だって窓の外が見てーんだよ。お前邪魔なんだよ、どきやがれ」

ただでさえも狭い座席に大の男が2人詰めて座り、さらには一緒に窓の外を見ている様子はさぞ気持ちが悪いだろう、
銀時はそう思うとうすら寒くなった。
みんなはどうしているのか、銀時は土方の身体の向こう、ワゴン車の中を見やる。

座席にはお妙と九兵衛、神楽と沖田のペアで座っており、全員が同じように物珍しげに窓の外を眺めている。
お妙と九兵衛は穏やかな笑顔ではしゃぎ、女子同士の華やかで可愛らしい雰囲気があった。
一方神楽と沖田も、仲が悪そうに見えてこんな時は子供らしく珍しい風景に夢中になっていた。

誰も自分たちのことなど見ていない、そう安心した銀時は再び窓の外を眺める。
今は自分がどう見られているかよりも、ここがどんな場所なのかが何よりも気になった。
広い空には大きな船型の飛行機らしきものがぷかぷかと飛ぶ。

「・・・空に船浮いてる、すげぇ」

銀時が声になるかならないかも分からないほどの小声で呟く。

「・・・そうだな」

その呟きに返事があったので銀時はギクリと驚いた。
反射的に振り返ると、土方の顔がすぐ側の頬が触れそうなほど近くにあり、思わず緊張して身体が強張る。

「だから、テメ・・・近いって!」

「狭いんだから仕方ねーだろ。お前が窓を占領しすぎで全然見えねーよ。
 もうお前しか見えねーんだよ。いや、口説き文句じゃなく」

開き直ったように土方が窓の外を覗き込むべく身体を寄せてくる。
銀時は背後にのしかかる重みにぞっと鳥肌が立ち、避けるべく窓から身体を離して反対方向を向く。

すると今度は窓に近づきたい土方と窓から離れたい銀時が向かい合う姿勢になり、それはそれで気持ちが悪かった。

「・・・席、変わるか?」

銀時は辟易とした表情でそう提案した。








ホテル池田屋。

辺りは夕暮れになった頃に、そう書かれた看板を掲げる立派な宿に一行は辿り付いた。
今日のところはここで休んで、明日から本格的なロケに入るのだという。
男女ともに一部屋づつ割り当てられて解散になった。


「あー、疲れたーっ!」

畳の部屋に入ってゴロンと手足を投げ出すと、途端に旅の疲れが出てくる。

「旦那、茶でも飲みますかィ」

沖田がテーブルにある茶器を用意し始める。

「旦那って何・・・ま、いいや、頼むわ・・・」

畳に突っ伏したまま、返事も終わらないうちに銀時はうとうと眠りの世界に落ちていった。
そのあとのことは、ぐっすりと眠ってしまった銀時には何もわからない。



ハッと目覚めたら部屋は真っ暗だった。
畳の上にいたはずが、今はちゃんと布団の上にいる。
しかし、服は宿についた時のままだ。

銀時が寝込んでしまって起きないので、かろうじて布団の上まで運んでくれたようだった。

あたりは真っ暗で、殆ど何も見えない。
布団を並べて眠る土方と沖田らしき人物が、目が暗闇に慣れるにつれ見えてくる。

「あ・・・俺、あのまま寝ちゃったんだ・・・つか、今何時?夜中?」

真っ暗闇の中、手探りで時計やら自分の荷物やらを探しまわった。
ゴソゴソと動いていると、隣にいた土方が目を覚まして銀時に声をかけた。

「うるせェな、やっと起きたか」

「あ、多串君、ねえ今何時?俺どうしたの?」

「おーぐしじゃねえ、土方だ・・・もう夜中だろ・・・夕飯だ風呂だって言ってもピクリともしねーで、今ごろ起きやがって」

気だるげに上半身を起こして、ボソボソと呟く。

「あー・・・メシ・・・晩メシ終わっちゃったのかよ!」

「当たり前だ!何時間前の話だと思ってんだ!一応言っとくが、ちゃんと起こしたからな、俺たちは」

「ハラ減ったぁぁぁぁ・・・」

銀時がおなかを抱えてションボリとうなだれる。
その様子を気分悪そうに土方が眺め、チッと舌打ちをする。

「あと何時間かで朝になる。それまで寝て我慢しろ」

「・・・もう眠くねぇよ」

まだ眠っている沖田に気を使い、小声で話す。

「ま、こんだけ寝りゃあ眠くねーだろうな、じゃあ風呂でも入ったらどうだ」

「そっか、夜中でも入れるんだ」

「夜中っつーか、もう朝風呂の時間帯なんじゃねーの」

ようやく暗闇に慣れ、備え付けの浴衣とタオルを探し当てた銀時は静かに部屋を出た。

「・・・あ、そういえば・・・」

ところが、大浴場の場所がわからない。
それどころかエレベーターのある場所も覚えていない。
だだっ広い宿の中、右に歩き出すか左に歩き出すか、銀時は部屋の前で立ち止まっていた。
すると背後のドアが開いて、浴衣姿にタオルを持った土方が出てきてこう言った。

「俺も行くから、ついでに案内してやる」

「あれ、多串君って優しいんだね」

「うるせェ、テメーのせいで目が覚めちまったんだよ。
 それにすきっ腹で長風呂してブッ倒れられたら困るだろ。・・・てゆーか、土方だ」





温泉の大浴場には、まだ誰も来ておらず、二人の貸切状態だった。
広い風呂に手足を伸ばしてゆっくりと浸かると銀時はすっかり気分が良くなり、呑気に鼻歌を口ずさむ。
銀時と土方は浴槽の端と端に離れて入った。

あまり仲良くしたいとも思わないが、一緒に来ている以上無視も出来ない。
銀時は軽い雑談を持ちかけた。

「なあお前さぁ、何でこの旅に参加したの?」

二人きりの浴槽に、銀時の声が大きく響く。

「・・・テメーには関係ねえ」

「おいおい、それじゃ話が終わっちゃうだろうが。ま、どうせアレだろ、彼女作りに来たんだろ?」

銀時が茶化すものの、土方は湯船に浸かって前を向いたまま返事をしなかった。
土方の無愛想にもすっかり慣れてきた銀時は、返事がないのもお構いなしに一人で喋り続ける。

「でもさー、お前こんな企画に参加しなきゃなんねーほど切羽詰ってるの?
 けっこうモテたりしねーのかなお前・・・ま、そんなに瞳孔開いてたら女の子は逃げちゃうか」

「・・・」

相変わらず、土方からの返事はなかった。

「お前、狙ってる子いるの?」

あの女子のメンバーで狙うも何もない、そう思いつつも銀時はからかうつもりで聞いてみた。

「・・・いるぜ」

土方がボソリと一言、返事をする。
銀時は目を丸くした。

「え、えええ!?あ、あの女子の中でェェェ!?」

「悪いか」

土方は相変わらず前だけを見て、面白く無さそうにボソボソと答える。

まさかこの土方がすでに女子に狙いをつけているとは予想もしなかっただけに、銀時は驚愕した。
女子どころか、男友達すら作れなさそうなほどに愛想の無い土方だ。

(ということは・・・こいつよっぽど女が好きなムッツリスケベ?)

銀時は思わず苦笑いをした。
しかしせっかく土方が話してくれたのだからと気を使って、そのことは言わずに抑えた。

「や、悪くねーけど・・・あんなヘンテコな女ばっかりなのに?」

「・・・いるじゃねーか、1人、いい女が」

土方にそう言われて、銀時は女子メンバーをひとりひとり思い出してみる。

「えーと、神楽・・・九兵衛・・・お妙・・・なあ、どれだ?」

「お前には関係ねえっつってんだろ」

「いやいや、関係大アリだろ!俺だって彼女作りに来たんだし」

「それもそうか、ならばはっきり言っておくぞ。・・・お妙には手を出すな」

今までじっと前だけを見詰めていた土方が、銀時の方を向いた。
完全に瞳孔が開き獲物を狙う鷹のような鋭い視線で睨まれる。
初めて、空港で目があったときと同じ瞳だった。

少しもふざけてなどいない、本気の目だ。
銀時は完全にその迫力に気圧されて、茶化す気にもなれなかった。

「・・・分かったな」

土方は念を押すようにそう言い、1人で風呂から上がっていった。



「へぇ・・・お妙ねェ・・・?」

確かに、あの変わり者の女子3名の中では一番女性らしいのはお妙だろう。
しかし土方がそこまで執心しているようには見えなかった。


銀時にとっては、土方の言葉があまりにも意外で、ただ呆然としていた。



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