まもなく朝日が昇り、明るく輝く朝を迎えた。
江戸の空は雲ひとつ無い晴天だ。
銀時は昨晩眠りこけて夕飯を逃したことを皆に笑われた。
その代わり朝食は人の3倍、おかわりした。
朝食を済ませたあとは全員でこの町のはずれにある丘に登った。
丘の上に立つと、江戸の町の全景がよく見える。
テレビ番組なのでロケーションは何より大事な部分だ。
ひときわ高くそびえるターミナルという建物が常に背景に映る位置で、撮影が始まった。
初めて顔合わせするという設定で、全員で輪になって自己紹介をしたり、ニックネームを考えたりしていく。
その後はみんなでバーベキューをしながら親睦をはかる、という流れだ。
スタッフによって予めバーベキューの準備は出来ていたが、あえてメンバーが協力して一から準備したように演出する。
ハプニングなども含めて、一連のことがちゃんと台本になっていた。
「・・・なんか、面倒くせーな」
スタッフの説明を聞くたびに、銀時は何度もそう口にした。
まず最初に、自己紹介の場面の撮影が始まる。
女子の自己紹介のあとには男性陣でヒューヒューとか、おお〜などと歓声をあげて盛り上げるよう指示されていた。
土方は相変わらず仏頂面ではあるが、真面目な性格なので一応拍手をしようと両手を構えていた。
銀時と沖田は完全にふざけていて、歓声と合いの手を入れようとしたり、派手なクラッカーを鳴らしたりしようと企んでいる。
「お妙ですぅ、今回は玉の輿を狙って参加しましたぁ、お金のない男には興味がありませんていうか死ねば?」
うふ、とかわいい笑顔で微笑むお妙。華やかなのはお妙の笑顔だけで、その発言にはブリザードを起こす力があった。
身も蓋もない自己紹介に固まる男性陣、そしてスタッフ一同。
歓声など上げるタイミング、というか隙が無い。
完全に場が凍りついていた。
しかし女性陣はまた別で、九兵衛だけは深く頷いていたし、神楽はバーベキューの方が気になって上の空だった。
さすがにこれでは番組としてNGだということになり、お妙の自己紹介を撮り直す。
しかし何度言わせても同じようなことしかいう事が出来ない。
お妙の自己紹介は、後でナレーションにツッコませることにして採用した。
「始めまして、柳生九兵衛だ。好みの女性は許婚の妙ちゃんだ。僕は男に触られると気持ち悪くて投げ飛ばすから注意してくれ」
次は九兵衛だったが、お妙と大差ない結果となった。
自己紹介の意味が不明で、全員ドン引きしたが、本人からはこれ以上の発言を得られなかった。
せっかく可愛いのに勿体無い・・・その場のスタッフ全員がそう思っていた。
仕方なく同行したプロデューサーが可愛らしい自己紹介のセリフを考えて九兵衛に言わせようとしたが、「頼むよ」と肩に手を置いた瞬間に投げ飛ばされてしまった。
こちらも後の編集とナレーションで誤魔化す算段となった。
最後は神楽だった。
最年少の神楽がこの旅のオーディションに受かったことには、ちゃんと理由がある。
まだ幼い美少女が、恋愛を通して大人になっていく成長過程を撮りたい・・・というプロデューサーの情熱により選ばれたのだ。
確かに黙っていれば可愛い神楽だが、実際は恋愛よりも飲食に必死だった。色気より食い気だ。
しかも何故か怪力で口も悪い。プロデューサーはがっかりしていた。
そもそも神楽は、この旅はタダで遊び放題食べ放題の旅だとしか考えていない。
自己紹介も「神楽アル、好きなものは酢コンブと肉。早くバーベキューしたいアル」としか言わなかった。
完全に場の雰囲気が盛り下がっており、男性陣の自己紹介はいたって普通で本当に名前を言うだけのものであった。
その前にやった女子3名の衝撃の前では、何を言ってもインパクトがたりない。
あとは編集作業で何とか取り繕うしかない。
「土方十四郎です。好きな食べものはマヨネーズだ」
土方がカメラの前でぼそぼそと名前を言うが、誰も聞いてなどいなかった。
「沖田でさぁ。ゲームばっかしてたら大学受験失敗したんで、ヤケクソで参加しやした。存分に土方さんをいじめて帰りたいです」
「何で俺だ!!」
沖田の面倒くさそうな自己紹介に、土方がツッコむ。
最後に銀時の自己紹介だ。
「どーもォ、坂田銀時でぇす。ストーカーから逃げてきました。普通の恋愛がしたいでーす」
カメラに向かって、なげやりに微笑む。
「何だお前、ストーカーいるのか」
銀時の自己紹介に土方がニヤリと笑った。
「うるせー、結構深刻なんだよ!」
「お前なんかの何かいいんだ?ま、変人には変人が集まるもんだな」
「んだとコラ!」
今まで物静かにしていた土方だが、銀時にだけはつっかかってくるようになった。
昨日からバスに乗っている間と、今朝方一緒に温泉に浸かった僅かな時間しか接していないのに、何故か敵意を感じる。
(もしかして、俺がお妙を好きになったら困るから?)
銀時は風呂で土方に「お妙には手を出すな」と警告されたことを思い出す。
「・・・気にいらねェな、あいつ。こうなったら俺もお妙を口説いてみようかな」
銀時は土方に嫌がらせしてやろうと思いついた。
恋愛対象としてどの女子も不足ではあったが、お妙なら範疇かもしれないからだ。
自己紹介が終わり、次は昼食にバーベキューをすることになっている。
男女ペアになって役割分担し、互いに協力して準備をすすめる。
ここでもそれぞれにカメラが寄って、小さな恋の始まりを拾おうとしていた。
しかしバーベキューの会場は戦場のような殺伐とした雰囲気で、恋のこの字も生まれはしなかった。
誰よりも早く火を起こして、とにかく肉ばかりを網に乗せて焼き始めたのが神楽。
「コラ神楽!肉だけ焼きやがって!お前は野菜でも食ってろ!野菜は美容にいいぞ!」
まだ切ってもいない玉ねぎやキャベツを、銀時が神楽に向かって投げる。
「イヤアルー!私もうお腹ペコペコネ!肉が食べたいアル!全部私の肉アル!!」
野菜も一応受け止めつつ、神楽が網の上の肉に箸を伸ばす。
「させるかァァ!」
その箸を、銀時の箸が食い止める。
バーベキューの網のまわりで銀時と神楽が肉の奪い合いをしていたが、いつのまにか取っ組み合いになって網から離れていった。
その隙に残りのメンバーで焼けた肉を全て平らげてしまった。
沖田は皿に肉ばかり山盛りにキープし、土方は持参したマヨネーズをかけながら食べた。
九兵衛はちゃんと野菜焼きも作って食べ、お妙はみんなのために卵焼きをフライパンで作っていた。
取っ組み合いをしていた銀時と神楽が焼けた肉の香りに気付き、慌てて網の前に戻ったときには何もなくなっていた。
「あああああ、お前ら、全部食いやがったなァァァ!!」
愕然とする銀時と神楽の前に、一切れの焼いた肉が投げられ、足元に落ちた。
「あ、バーベキュー落としちまった。ま、よければソレ食べてもいいですぜ。俺はもう肉で腹一杯ですからねィ」
沖田がわざとらしく、困った表情を浮かべた。
「テメ・・・!なんて嫌な奴なんだ・・・ドSかァァァ?!」
あまりの事に驚いた銀時の後ろで、神楽が網の上に酢コンブを置いて焼きはじめる。
「ふふふ、バーベキューなんてダサイネ。シティー派は焼き酢コンブアルヨ」
こんがりと焼いた酢コンブくっちゃくっちゃと食べながら、神楽が怪しく笑う。
そして沖田の前で喉に指を突っ込み、「おぼろろろろろろろろろ!!」と胃の中のものをぶちまけた。
「ちょっおまっ・・・うわっクセェェェ!!」
銀時が叫び声をあげて逃げ出す。
沖田が「やりやがったな」と冷めた瞳で神楽を見下ろし、神楽も「フン、どうアル」と挑戦的な笑みを口元に浮かべる。
もうこれはテレビで放送できる範囲を超えていた。
こんな映像をお茶の間に流したら番組は打ち切り、局への苦情も大変な事態になってしまう。
スタッフは大慌てだった。
一方、神楽たちの映像は使えないと踏んだカメラが、今度はお妙たちの方へ寄っていく。
お妙はみんなのために自信作の卵焼きを振舞っていた。
「はい、どうぞ」
にっこりと笑顔で渡された黒いものを、一度は誰もが「あ、どうも」と笑顔で受け取る。
しかし黒いものは卵焼きではなくダークマターにしか見えない。
食べるまでじっと監視されているので仕方なく口にしたのは土方と九兵衛、そして神楽の元から逃げてきた銀時。
3名とも口に入れた瞬間に、何故か口からプスプスと煙を出し「は、腹が・・・!」とのた打ち回った。
台本では、男女がキャアキャアと歓声をあげながら、仲良くバーベキューをする場面になるはずだった。
ここで男子の頼もしさ、女子の細やかさにお互いポッと惚れあうこともあるだろう。
せっかく切った野菜を落としてしまう的な小さなハプニングが起こるも、みんなで協力して代わりの野菜を用意し「みんなでやるバーベキュって楽しいね!俺たち最高のメンバーじゃね?」と一致団結する。
・・・そんな爽やかで温かい場面になるはずだったのだ。
それが実際は、肉を奪い合い、酢コンブを焼き、吐瀉物が散乱し、謎のダークマターで煙を吹いて下痢に苦しむメンバー。
地獄絵図のようだった。
これがまさか恋愛観察バラエティーだとは誰も思わないだろう。
「どーすんだ・・・コレ」
スタッフの誰かが、そう呟いた。
一旦宿に戻った一行は、まだ予定のロケの半分も終わっていないのに、休憩時間をとることになった。
お妙の黒い卵焼きの威力が酷く、土方と銀時、そして九兵衛が寝込んでしまったからだ。
それぞれの自由時間も、カメラがメンバーを追った。
元気なお妙と神楽、そして沖田は連れ立って江戸の町を見物に出かけて行くことにした。
女子の部屋には九兵衛が、男子の部屋には土方と銀時が寝込んでいた。
「ああ・・・腹いてぇ・・・」
身体を丸めて脂汗をかく銀時に、土方が溜息をついた。
「おい、大丈夫か?俺はけっこう調子よくなってきたが」
「お前はバーベキュー食ったから、そんなに卵焼き食わなかっただろ?俺あん時、腹が減ってたから、つい全部食っちまったんだ・・・」
「バカかお前、あんな黒いもの・・・まあ想像以上に強烈だったけどな」
土方が銀時のために、コップに水を入れて差し出す。
「水、飲んでおけ」
「いらね、水なんか飲んだらまた腹壊す」
布団に包まったまま、銀時はやつれてうつろな瞳で土方を見る。
「だからこそ水を飲んでおかないと、脱水症状になるぞ」
そう言われて、渋々とコップを受け取り、口に水を含む。
「・・・なんかお前、今朝も風呂付き合ってくれたし、結構面倒見いい?」
「なわけねーだろ、偶然だ」
横目で銀時を見て、土方はタバコに火をつけて燻らせた。
(へえ、煙草、吸うんだこいつ)
ちびちびと水を飲みながら、煙草を吸う土方の様子を眺める。
「もしかしてお前、実は腹壊してなかったりする?」
銀時が呟くと、土方が怪訝そうに振り返った。
「は?何を言ってんだ?」
「面倒見良い多串君だから、腹壊したフリして付き添ってくれてんのかなって・・・」
銀時が小首をかしげると、土方が眉をひそめた。
「自意識過剰だ。誰がテメーなんか」
「だよな。まあ俺なんかに付き添う余裕があったら、早くお妙を口説くべきだぜ?」
空になったコップを枕元に置き、銀時はもぞもぞと布団に潜る。
「・・・俺、今日は動く気しねーから、お前だけでも遊んで来いよ」
頭まですっぽりと布団を被った銀時の力ない声が聞こえる。
土方は聞こえたのか聞こえないのか、その声に返事はしなかった。
二人きりになった部屋に、いつまでも土方の煙草の香りが満ちていた。
メンバーには日記をつけるようにと1人1冊、日記帳を渡されていた。
何でもいいから思ったことは書いておけと言われていたので、夜中に銀時は一日のことを思い出して、ペンを取った。
○月×日 坂田銀時
困ったな、と思うといつも土方が側にいて、助けてくれる。
なんか気持ちわるい。