久しぶりに部屋の窓を開けた。
窓の外は曇り空で、太陽の光も弱々しい。
しかし今まで暗い部屋にいたせいで少々の光でも眩しく、瞳に刺さるようだった。
僕は反射的に目を閉じてしまい、明るさに用心しながら再びゆっくりと瞼を開く。
篭った部屋の空気が外気と入れ替わっていく風の流れを、肌で感じる。
入ってくる空気は生暖かい。あまり爽快感は無かった。
建物の間に埋まるように佇む古いアパートの為、せっかく窓を開けても景色は見えない。
見えるものといえば隣のビルの壁くらいだ。日当たりが悪いのも納得がいく。
非常に住みにくい条件だからこそ、家賃が安くて学生向きなのだろう。
窓から下を覗くと、地面にはビルとアパートの隙間に自生する紫陽花が小さな花をつけている。
湿気を含んだ暖かい空気、今の季節は梅雨の前という頃だろうか。
土方くんは最近、あまり外出をしなくなった。
以前は朝から夜まで居ない事も多々あった。
学校やアルバイトなど様々な活動をしていて、忙しそうな毎日を送っていた。
しかし今は殆どの時間をこの狭い部屋で過ごし、ずっと僕を離さない。
それは僕にとって嬉しい事だけれど、やるべき事は大丈夫なのか、彼の生活が心配になってしまう。
何気なく窓の外の紫陽花を眺めながら、僕は土方くんに尋ねた。
「ねえ土方くん、たしか学生って言ってたよね・・・学校行かなくていいの?」
「ああ・・・大丈夫だ。必修科目だけは出てる」
僕の背後から土方くんの覇気のない返事があった。
ゆっくりと振り返る。窓からの薄い光が部屋中を照らし出している。
普段は暗い部屋の中が明るくなり、いつもより良く見渡せた。
「ふぅん、それならいいけど・・・土方くんは大学生?何年なの?」
「大学3年だ。単位もだいたい取っちまったから、この調子で卒業は出来るだろ」
「大学生かあー」
土方くんは床に座り、コンビニで買ってきたマガジンを読んでいる。
換気のために窓を空けた僕は土方くんの隣に、ぴたりと寄り添って座る。
『 大学生 』
その言葉がやけに気にかかる。不思議と懐かしい感覚がした。何故なのかは分からない。
大学生だという土方くんが羨ましかった。
はやく僕も記憶を取り戻し自立した生活をして、健全な毎日を送りたい。
何よりも土方くんに甘えっぱなしで迷惑になっている自分に、すっかり嫌気がさしていた。
「ん、どうした?」
僕が神妙な顔をしていると、優しく様子を伺ってくる。
ほんの僅かな心の揺れを、土方くんはすぐに気付いてくれる。
いつでも僕が不安がっている事を、土方くんは気にしてくれているのだ。
僕の気持ちは言葉にしなくても伝わっている。僕らの間にはあまり会話が無い、必要ないからだ。
視線だけでも意志が通じてしまう関係、それはこの上なく親密と言えるだろう。
その反面、もっと言葉を使ってじゃれあいたいと、そう思うようにもなった。
僕はもっと土方くんの事を知りたい。
この気持ちは、僕の独占欲の表れだ。
僕は土方くんに関するあらゆる物事に嫉妬し、羨望している。
土方くんは僕の胸の奥に重苦しいほどの独占欲がドロドロと渦巻いているのを、知っているのだろうか。
土方くんの凛々しい顔を見つめ、そして彼の肩に顔を埋め、そっと抱きしめる。
「・・・いつまでもこうして甘えてばかりじゃダメだよね、君の重荷になる。どこかで働きたいな・・・」
自戒の念を口にして、土方くんの顔をちらりと見上げる。
「焦るなよ。せめて怪我を治さないと、バイトも出来ねえぞ」
「うん、それはそうだけど・・・」
そう言われてしまうと、自分の無力さを痛感してしまう。
まだ腕は自由に動かない。更に身元も分からないのでは、雇ってくれるようなバイト先は無いだろう。
何かしなくてはいけないと焦る気持ちばかりが、僕の中に積っていく。
「そうだ、警察に行こうかな。僕の家族から捜索願いとか出てるかも・・・!」
僕は希望の持てる良いアイディアをひらめき、明るく顔を上げた。
退院する時に病院の人から警察で身元調査をしてもらえと言われたことを、ようやく思い出した。
あの時は明日からの生活の事で余裕がなく、他人のアドバイスなど聞いていなかったのだ。
「捜索願い、か・・・・・・分かった、俺が調べて来てやるよ」
土方くんが一瞬、何か考えるように遠い目をして開いた窓の向こうのビルを見つめた。
彼の横顔が翳ったように感じられたのは、僕の気のせいだろうか。
「いいよ、僕が自分で行くよ・・・だって本当の名前もわからないし、手がかりは僕の顔だけだから」
「大丈夫だ。お前はここにいろ。写真が出ていれば俺にだって分かるから、心配するな」
「・・・うん」
少し強い口調でそう言われると、僕は頷くしかない。
彼に頼りきってしまう事に恐縮するのだが、それが彼の望みなら仕方がない。
僕はまた全てを投げ出した。
戸惑っている僕の表情に気付き、気を静めるように優しくキスをしてくれた。
瞳を閉じ彼の唇の感触に夢中になると、もう他の事など何もかもどうでも良くなってしまう。
このままではいけない。
僕も何かしなくちゃ・・・。
行き場のない焦りと不安が、僕を襲う。
意志の弱い僕は逃げ出したくなって、土方くんにすがりついた。
(今は何も考えたくない。彼が居てくれれば、他に何もいらない)
きつくきつく抱きしめられ、幾度となく彼を求め、僕は奪われる。
ただその行為に不安のはけ口を求め、夢中になる。
外から入ってくる生ぬるい空気、二人の熱に上がる室温。
不快な湿気で蒸し暑く、肌に滲む汗と共に、僕の思考も重く鈍る。
一切の思考を手放し、今はただ達する事にばかり集中する。
うっとりと蕩けるような感覚。
ゆらゆらと、優しく揺れる世界。
愛しい土方くんの温かさ。
生ぬるい膜に包まれていくような、憂鬱。
何度も突かれて意識が飛びそうになる。
声が涸れるまで彼の名を、呼ぶ。
彼に満たされて真っ白く弾ける世界を空ろに見つめながら、もう記憶なんか要らないと、思った。
*** ***
僕の興味の対象は、もはや自分ではない。土方くんだけだ。
今の僕は、土方くんのことしか考えていない。
自分のことは思い出せない。
それに僕は・・・とっくに土方くんのものだから。
薄暗い部屋の中で、僕が知っているのは土方くんの味だけ。
もっともっと、土方くんのことを知りたい。
土方くんを、独占してしまいたい。
小さく開けてある窓の外、空は今にも雨を降らせそうな、重く黒い雲が垂れ込めている。
相変わらずこの部屋は湿気が高く、生温かい温度はかなり不快だ。
少し肌寒いのに、じっとりと汗ばみ肌がべたつく。温度と湿度のバランスが悪いのだろう。
窓の外に自生していた紫陽花をふと思い出して、僕は尋ねた。
「ねえ土方くん、今・・・何月なの?」
「今・・・6月だ」
土方くんはカレンダーを思い浮かべるかのように、何もない宙を見上げて目を細めた。
「そうか、雨が多いのは梅雨だからなんだね。じゃあ・・・僕が事故にあったのは、いつ?」
「あれは新学期だったから、4月だな・・・」
外の世界と切り離されたようなこの狭い空間。
僕はいつから、そしていつまで、この空間にいるのだろう。
土方くんは、ずっと一緒に居てくれるのかな。彼の横顔をじっと見つめる。
「土方くんと出会ってまだ2ヶ月なんだね・・・もっと長く居る気がしたよ」
「ああ、そうだな」
土方くんは季節になど関心がないようだ。
ベッドの上に腰かけて、パラパラとマガジンをめくっている。
僕は甘えるようにその身体にもたれて座る。
「そうだ、土方くんの実家ってどこなの?」
「・・・実家は都下の田舎だ」
土方くんは視線をマガジンに落としたまま、答える。
僕は田舎で遊ぶ少年の土方くんを想像してみる。
それがあまりに可愛らしくて思わず含み笑いをすると、土方くんは怪訝そうな顔で僕を見た。
「じゃあ、好きな食べ物は?」
「マヨネーズだ。デザートにもマヨネーズかけるぜ、俺は」
「分かった、今度はマヨネーズを使った料理に挑戦してみるね」
「それは楽しみだな」
何気ない会話。
土方くんの身体に掌を這わせそっと触れながら、土方くんの話を聞く。
それが僕にとって何よりも有意義で、幸福な時間だった。
会話など必要ない僕たちだけど、土方くんの声を聞きたい。
もっと土方くんの事を知りたい。
彼の役に立ちたい。僕を彼の為に使ってほしい。
そして、彼を僕のものにしたい・・・・・・僕だけのものに。
そんな思いから、何かと土方くんへの質問が増える。
最初の頃は、土方くんも快く返事をしてくれていた。
何気ない会話は、とても楽しかった。
僕はもっともっと、こんな意味のない言葉のやり取りをしたいと思う。
しかし土方くんは僕に向かって「じゃあ、お前は?」と同じ質問を返せないことが多い。
僕には記憶が無いので、食べものや服の好み、幼い頃の思い出なんか聞いても無駄だからだ。
土方くんの質問に僕が上手く答えられず、気まずい雰囲気になった事もある。
その所為なのか、いつしか土方くんは質問したり、されたりする事を嫌うようになってしまった。
それでも僕は、もっと土方くんの事を知りたかった。
どんなにぞんざいな答えでも、二人で会話をする事自体が、僕には楽しくて仕方がない。
僕は諦めずに彼の機嫌の良さそうな時を狙って、雑談を持ちかけた。
「土方くんの大学はなんていう名前なの?」
「・・・銀魂大学」
「へえ・・・じゃ、何か部活やサークルとかは?」
「・・・運動部」
「何の運動してるの?」
そっけない土方くんに対し、僕が更に食いつくと、もう限界だった。
土方くんは口を尖らせて黙ってしまう。
「ね、土方くん、教えて」
「うるせえな、もういいだろう、知ったところで関係ねえし」
「分かった、もう聞かないよ。そうだ、僕も土方くんの学校が見たいな。連れて行ってよ」
土方くんがどんな場所で、どんな勉強をして、どんな友達がいるのか。
遠目でもいいから見てみたいと思った。
きっとこの部屋で僕と話す時とは、全然違う態度なんだろう。
声をあげて笑ったりする事もあるのだろうか。羨ましいな、僕もそんな土方くんの姿を見てみたい。
学校生活を送る彼の様子を思い浮かべて思わず微笑むと、土方くんがゆっくりと振り返る。
その表情は、普段の素朴でぶっきらぼうな仏頂面ではなく、時折見せてくれる優しく微笑む笑顔でもない。
僕の見たことのない、厳しい表情だった。
眉間にシワを寄せ、鋭い双眸がさらにきつくなる。
青色の眼球は、完全に瞳孔が開いていた。睨まれた僕は射竦められて、一瞬、息を飲む。
「・・・なんだと・・・銀時・・・お前、」
突然、彼は声を荒げて怒鳴る。
「大学に連れていけ、だと・・・絶対にダメだ!二度とそんな事は言うんじゃねェ!分かったか!」
唐突に怒鳴られて驚いた僕は、瞬きをする事も忘れて、ただ呆然とした。
こんなに恐い顔をした土方くんを、初めて見た。
今まで優しいばかりだった彼の瞳は、一変してキツく忌々しげに僕を睨んでいる。
何よりも大切な彼にきつく叱られて、僕はショックを受けた。
土方くんに嫌われてしまったかという衝撃に、僕の思考は混乱する。
どうして怒っているんだろう・・・僕には彼が怒っている理由が、理解出来ずにいた。
分けも分からず僕は焦り、胸の動悸が激しく早くなる。
鼓動は煩いほどに聞こえるのに、全身の血液はどこかへ引いてしまったかのように、ゾクリと身体が冷えた。
目の前が揺れる。浅くなった呼吸は、もう止まってしまいそうだ。
悲しくて涙が溢れ出しそうになり、ぐっと耐えて下唇を噛みしめる。
「ごめん、土方くん。我侭は言わないから、もう怒らないで・・・!」
土方くんはうなだれる僕を抱き寄せた。
そしていつものように、背中を優しく撫でてくれた。
反射的に彼の背中へ腕を回し、掻き抱くようにすがりついた。
「銀時、お前はここにいればいいんだ。外に出る必要はない」
「うん、そうする、分かった・・・」
耳元に唇をつけて、彼の低い静かな声が僕を嗜める。
彼の肩に顔を埋めた僕は、小さく震えながら何度も頷いた。
僕の唯一の友達であり恋人であり家族、僕の全て。
彼にだけは嫌われたくない。もし彼に捨てられてしまったら、僕はどうなるだろう。
それは僕にとって、まるでこの世が終わるかのような恐ろしい事態だ。
想像すら、したくなんかない。
僕がただひたすらに謝ると、彼はいつものように優しく微笑んでくれた。
土方くんの瞳から怒りの色が消えており、僕は安心する。
「・・・ホットミルクを作ってやろう。気持ちが落ち着くぞ」
土方くんが僕の髪をひと撫でしてから、キッチンへ向かう。
慣れた手つきでホットミルクを作り出すと、いつしか部屋中に甘いミルクの香りが立ち込める。
マグカップに注がれたホットミルクが、僕の掌に納められた。
・・・・・・今はこれを、飲みたくない。
もっと土方くんと話をして、僕の失態を許してほしいのに。
何がいけなかったのかを、教えてほしいのに。
彼の気持ちを、うやむやになんかしたくないのに。
多分これを飲んだら、僕の意識は無くなってしまうだろう。
毎日の経験上、僕はそれをよく知っている。
一瞬抵抗があったけれど、土方くんの優しい微笑みにつられて、僕はマグカップに口をつける。
いつもと同じように、今日のホットミルクも甘くて美味しい。
そして思ったとおり、みるみるうちに僕の神経が緩み、意識が途切れていく。
「・・・いい子だ、銀時」
僕を包む土方くんのぬくもり。それはとても心地良い。指先から蕩けてしまいそうだ。
彼に身体を預けて、僕はその場で眠りに落ちていった。
遠のく意識の中、重たい瞼に阻まれながら、僕の瞳から涙が一筋 零れた。
*** ***
それからの僕は何もせずに、ただひたすら眠り続けた。
たまに目が覚めても、ベッドから出る気はしない。
土方くんに叱られたショックは強烈だったらしく、僕はずっと落ち込んでいた。
もしかしたら鬱なのかもしれない。心も身体も重苦しく、何も考えたくない。
目が覚めると、ただ意味もなく辛かった。
そんな僕に、土方くんは今まで以上に優しく接してくれた。
土方くんに気を使われると、余計に僕の気持ちは揺らぐ。
一度だけきつく叱られたのは何だったんだろう。
ああ、もう、二度とこんな悲しい想いはしたくない。
気だるい身体をゆっくりと起こすと、側で僕を見守る土方くんが腕を伸ばし、僕の背中を支えてくれた。
僕はそのまま彼に体重を預け、身体にしがみつく。
何もせず全てを彼に任せると、嬉しそうに世話を焼いてくれる。
(土方くんは・・・おとなしい僕が好きなのかな・・・)
土方くんが優しく笑ってくれるなら、僕は人形のようになって、一切を彼に捧げてしまいたい。
無気力な瞳を空ろに彷徨わせ、何もない部屋を眺める。
一日中眠り続ける僕には、時間の感覚が無い。
眠っている僕に配慮してくれたのか、部屋には厚手のカーテンが閉められていた。
今までは無かった新しいカーテンだ。遮光タイプらしく、隙間なく閉めれば一切の光を通さない。
一体いつ取り付けたのか、僕は眠っていたから気付かなかった。
・・・・・・こんなもの、本当にこの部屋に必要なのだろうか?
ただでさえも薄暗かった部屋は、電気をつけないと真っ暗だ。
朝が夜かも分からない。光もなく、時計もない。眠ってばかりの僕の時間感覚は、当てにもならない。
いよいよ僕は戻るべき世間から切り離され、閉じ込められてしまったような気がした。
食欲のない僕のために、土方くんはホットミルクを飲ませてくれる。
それを飲むと僕は安心してすぐに眠ってしまう。身体が泥のようになって、ベッドに沈む。
眠りに落ちていく僕の髪を、土方くんが愛しげに撫でてくれる。
その優しい手の感触を忘れたくない。しかし眠ったら忘れてしまうだろう。
僕はほんの少しだけ、そのことを悲しく思った。
相変わらず眠っていたある時、ガタガタと人の動く気配を感じて、ふと目が覚める。
どうやら、土方くんが外出先から戻ってきたらしい。
ぼんやりと焦点の定まらない瞳で、暗い部屋の中、愛しい彼の姿を探す。
「ただいま、銀時。起きていたのか」
土方くんがベッドに座り、僕を抱きしめてくれた。
その身体はひんやりと冷たく、外は寒いのだろうと思った。
「・・・おかえり」
そうは言ったものの、出かけていた事すら知らなかった。
しかし土方くんが側にいてくれるだけでも嬉しくて、強く抱き返す。
「警察に行ってきた。残念だが、お前の身元は分からなかった。仕方ねえな」
土方くんは僕の耳元で、静かにそう囁いた。
僕はほっと安堵して、彼に笑顔を向ける。
「そう、良かった・・・それじゃあまだ僕は、ここにいられるんだね・・・」
「何を言ってんだ。それじゃあ本末転倒じゃねえか」
僕の戯言は一蹴されてしまったが、土方くんも密かに頷いてくれた。
土方くんもまだ僕と一緒に居たいと思ってくれているのだろう。
土方くんは本当に警察署に行ったのだろうか。
彼らしくない、やけにあっさりとした態度に、僅かな違和感を覚えた。
僕の事を心配してくれる土方くんが、身元不明のままの状態を「仕方ない」なんて一言で終わらせてしまうのだろうか。
しかし、そんな事はどうでもいい。
僕にとって大事なのは、土方くんが僕を求めてくれていて、僕はまだここに居られるのだという、ただそれだけ。
土方くんの腕の中で甘えながら、僕は幸福感に満たされて、瞳を閉じた。
しっかりと抱き合い、何度もキスをして、そのまま僕は土方くんに組み敷かれ愛された。
土方くんが僕の中で慟哭する瞬間に、幸福という名の絶頂を迎える。
全てを投げ出してもいいと思えるほど、それは熱くて甘い。あのホットミルクのような味がする。
今の僕は満ち足りていて、他には何も必要ない。
土方くんさえ居てくれれば、それだけでいい。
*** ***
「・・・どうした、銀時?」
何度も深く交わったあと、疲れて眠るはずの僕は、逆に目が冴えていた。
昼か夜かも分からない暗い部屋の中を、僕は空ろな瞳でぼんやりと見つめる。
すると土方くんが、背後から僕を優しく抱きしめてくれる。背中が温かい。
「眠れないなら、また作ってやるよ」
「作るって、何を」
「お前の好きなものを」
「・・・いつもの、ホットミルク?」
「そうだ」
土方くんはそう言うと同時にベッドから降りて、キッチンへと向かう。
「いらないよ、もう・・・それは飲みたくないんだ」
僕はそう呟いたけれど、土方くんは答えなかった。
聞こえていなかったのか、無視されてしまったのか。
真実は分からないけれど、僕には土方くんに差し出されたものを受け取るしかない。
せっかく久しぶりに目が覚めていたのに、僕はまた寝かされてしまうんだ。
(・・・もっと土方くんと話がしたかった。残念だな)
「ほら、飲め」
温かい湯気をふわふわと立ち上らせる白いホットミルク。
僕は黙って、マグカップを受け取った。
いつものように、甘くて美味しい。それを飲む僕を、土方くんが愛しそうに見つめてくれる。
熱くて甘い味に、ついさっき感じた絶頂感をふと思い出し、身体の奥が疼いた。
土方くんが目を細めて僕を見つめる、その視線に感じてしまった僕は、熱の篭った瞳で応える。
僕の奥まで射抜くような土方くんの鋭い視線が、全ての秘部を暴くように侵入してくる。
危うい視線を外すことが出来ない。犯し犯されるように激しく、静かに見つめ合った。
視線だけを絡ませて、昂ぶった僕は乱れた呼吸を繰り返し、そして呼吸を止める。
途端に湧き上がるような疼きが背中を突き抜けて、目の前で光が弾ける。
「あ、」
座ったまま下半身がフルフルと小さく震え、つま先に力が入り足がピンと伸びる。
「・・・んッ・・・!」
弾けた感覚は明らかに快感で、まるで吐精した時のそれと似ていた。
思わず目が潤む。
実際には僕の身体はそのような状態になっていない。
何処も触ってすらいない。
あの独特の快感を思い出して、僕の脳が無意識に再現したのだろう。
土方くんと視線を合わせるだけでいけるのかと思うと、僕は少し可笑しくなった。
僕の身体は彼によってすっかり快感を覚えこんでいる。
彼のことが愛しすぎて、・・・変になりそうだ。
やけに身体がだるいのは、感じ過ぎたから?
それとも、このホットミルクのせいだろうか。
身体が熱く火照り、重くてだるい。
土方くんの腕が僕を抱きしめる。ミルクを全部飲めと言っている、その声が遠くに聞こえた。
僕の意識もミルクのように白濁として、そしてゆっくりと、何も見えなくなった。