*** 小学生日記 ***




俺の名は土方十四郎。
新宿で警察官をやっています。


ってアレ・・・そのつもりだったのだが、何かおかしい。今日はいつもと景色が違う。
まず場所が違う。

ここは学校、多分小学校だ。
見覚えのあるこの学校は、俺が十数年前に卒業した銀魂小学校。
何故俺は小学校に来ているのだろう。
新一年生に交通安全指導にでも来た、わけじゃねえ。
小学校に不審者がいると通報を受けて、ってわけでもねえ。


記憶が無い。気付いたら、小学校にいる。


教室がやけに広い。
あたりを見回すと、黒板もデカいし机も広いし、ドアなんか仰け反るほど見上げないと、てっぺんが見えない。
この学校はこんなに広かったか。俺が卒業した後に改築でもしたんだろうか。
・・・と感心したが、そうではない。これは俺の視線が低いんだ。
低いとこから見てるから、何もかもが大きく見えちまう。
成長しているはずの俺がガキの頃に見た風景と何ら変わらないなんて、おかしいに決まっている。

おかしいと言えば、俺は今、背中に重いランドセルを背負っているのだが。

あらゆる事に違和感を感じつつ、全てが間違ってやがるから、どこからツッコんでいいのか分からねえ。

溜息をつきながらふと自分の掌を見てみる。小さな柔らかい手だ。
俺の手はもっと大きくて硬くて、逞しかったはずだ。
これはまるで、子供の手じゃねえか。身体も見てみると、やはり小さい。

薄々気付いてはいたが、これでやっと確信が持てた。
今の俺は小学生。
これは夢だ。俺は夢を見ている。


そう思うと警戒で緊張していた身体から力が抜ける。
やっと周囲の音が聞こえてくるようになった。
よく見ればそこらじゅうに自分と同じ目線の小学生のガキどもが一杯いて、楽しそうに駆けずり回っていた。

どうやら下校時間らしい。教室も廊下も元気なガキどもが騒いで賑やかだ。
子供の甲高い声は耳障りであまり好きじゃない。話す内容も辻褄の合わない事ばかりで苛々としてしまう。
ガキってのはそういうモンだと分かってはいるが、面倒臭いので極力関わりたくない。
しかしそう言う俺も、今は子供だった。それを思い出し苦笑する。
そして俺も周囲につられ、ランドセルを背負ったままフラリと廊下に出る。

夢とは言えこの後・・・俺はどうしたら?

せっかくの夢なのに、先のことを不安に思ってしまうあたりは面白くない大人のまま。
意識までは無鉄砲だったガキの頃に返れないもんだな。夢すら楽しめない自分を少々情けなく思う。

その時突然、背中に強い衝撃が走った。
誰かに強く押されたせいで胸が圧迫され、一瞬だが息が止まる。
身体が小さい分、衝撃にも弱い事を感覚で思い出す。
前にのめりながら2、3歩出たが、転ばぬよう何とか踏みとどまった。

「誰だッ、何しやがる!?」

「トシ!なあ、早く帰ろうぜ!」

怒りながら振り向くと、そこには坂田銀時がいた。
俺の幼馴染で、友達で、・・・実は初恋の相手でもある。
同い年の銀時も、勿論ここでは小学生。

俺の一番新しい記憶にある銀時は立派な大人だ。
しかし今は大人の銀時のミニチュア版のように、小さくて華奢な銀時が目の前で仁王立ちしている。
確かにこれは子供の頃の銀時だ。幼馴染なのだから、よく知っている。
記憶にある大人の銀時との違いに、思わず瞳孔が開いてしまうほど驚いた。

「お、お前・・・銀時か」

俺が目を見開き、口を金魚のようにぱくぱくとさせていると、子供の銀時は不思議そうに首を傾げる。

「なんだよ、そんなに痛かったか?」

銀時のその一言で背中の痛みを思い出す。
ふと足元を見ると、銀時のランドセルが転がっていた。
どうやら俺の背中のランドセルめがけて、銀時のそれが投げつけられたらしい。

ランドセルは投げるもんじゃねえだろ。ボールじゃないんだぞ。バカかお前は、バカだろ。

理解できない行為に呆れ返ったが、よく考えてみればこいつは小学生。
このバカさ加減からするとまだガキだ。低学年だろう。
そりゃランドセルくらい投げても不思議はない、そんな気さえしてくる。
小学生当時の俺なら当然、同じようにランドセルを投げ返しているだろう。
今もそうしてやろうかと思ったが、止めた。
何故なら俺はもう・・・大人だからな。

幼い銀時に勝ったような気持ちで「フン」と見下すと、銀時は面白くなさそうに頬を膨らませた。
今では頬を膨らますなんて仕草は頼んだってやってくれない。貴重なものを見たな。
素直で子供らしい銀時に違和感があり、つい笑ってしまう。

「おこったりわらったり、変なトシ」

文句を言いながらランドセルを拾って片方の腕に掻けると、突然にこりと笑って俺の腕を掴む。

「トシ、はやく行こうよ」

「行くってどこへ?」

「だーかーらァ、ひみつきち、だよ!約束しただろ!」

「ひ、秘密基地?」

そんなものあったっけ、と俺が必死に記憶を遡っている間に銀時は俺の腕をぐいぐいと引き、ついに校舎の外へ出る。
肌に外気の冷たい風を感じると同時に、目の前が開ける。
やけに明るい校庭に目を向けると、そこは一面の銀世界・・・とはいかないまでも、少々の雪が積って白く輝いていた。

「雪・・・降ったのか!」

「そーだよトシ、忘れたの? 朝だっていっぱい食べたじゃん!」

雪の白さがレフ板のように光を反射して、銀時の白い肌が一層透き通るようだ。
白く柔らかそうな丸い頬は、雪に興奮してピンク色に染まっている。

「食べたって・・・雪を、か?」

「そう。キレイな雪をひろって食べたら、ふわふわのかき氷みたい!」

雪を拾って食う。
なんだってそんなモンをわざわざ食う必要があるんだか。
腹壊して泣いたって知らねえぞ。
内心すっかり呆れていたが、ほくほくと嬉しそうな銀時を見ていたら「良かったな」と言ってやりたくなった。
子供が喜んでる顔ってのは、文句なしにいいもんだ。

俺はもう忘れちまったが、ガキにはガキの楽しみってもんがあるんだろう。
今日はこの銀時に遊び方を教えてもらおうじゃねえか。
無邪気に笑うこいつの顔を、もっと見ていたい。本音はただそれだけ。


この新宿かぶき町では、雪が降っても積ることは滅多にない。
わずか数センチ積ったところで、半日もすれば溶けてただの泥水に変わる。
下校途中の今ではもう、登校時に拾って食べたというほど雪が積っていた形跡など、殆ど残されていなかった。
足元はべちゃべちゃの泥水で汚れるばかり。
靴も靴下も台無しで、歩くのが嫌になっちまう。こんな時、車に乗りたくなるのは大人の発想だろうな。
子供には足元が汚れるなど、全く関係ないらしい。

銀時はわざわざ泥水に飛び込み、日陰に残った白い雪の塊に足を突っ込む。
雪を求めて道を蛇行し、植木の奥に残された雪を手でかき集めたりしながら遊び歩くので、全身泥だらけだ。
かき集めたわずかな雪は体温ですぐに溶けてしまう。
溶けて無くなる前に急いで握った小さな雪の玉は、俺をめがけて飛んでくる。

手袋もしないで雪まみれになった銀時の指先は、冷えて真っ赤になっていた。
熱を奪われ震える指先が痛々しく、握って温めてやりたくなる。
差し出した俺の手なんか無視して、当の本人は雪遊びに夢中だ。
こいつ、絶対風邪ひくだろうな。

そんな銀時は、俺が雪の玉を投げ返してくるのを今か今かと、目を輝かせて待っている。
大人になっちまえば雪なんか珍しくもない。雪合戦なんてしたくもねえ。
しかし銀時の期待を込めたキラッキラの視線に負け、俺も少ない雪をかき集めて投げつけてやった。

しょぼい雪合戦は想像以上に面白かった。
雪合戦そのものよりも、それに夢中になる銀時を見ているのが面白い。
大人の銀時だったら猫の如くコタツに丸くなっているであろう雪の中、小さい銀時の方は犬のようにかけ回っている。
面白れェ・・・つーか、本当に元気だな。子供は風の子とはよく言ったもんだ。

散々遊びながら街を歩くと、目的地の「秘密基地」とやらに到着した。
そこは街外れにある寂れたコインパーキング。子供の目から見るとかなり広い空き地だ。


「うっわ、やっぱりつもってる!」

銀時が喜びの声を上げた。
全部で6台駐車できるコインパーキングだが、現在は車が2台しか無い。
日陰に位置しているため、真っ白い雪が積ったままになっている。
銀時の目には寂れた広場に残った溶け損ないの雪が、まるで宝物のように見えているんだろう。

「思ったとおりだ!こんなに雪がイッパイある!ここ、おれたちのひみつきちだもんな」

誰の足跡もない真っ白な雪に自分の足跡をつけるのは、一番乗りの特権のようで少し気分がいい。
銀時も大喜びで雪の上をグルグルと歩いたり、ピョンピョンと跳ねたりする。

「全然、秘密でも基地でもねーじゃねェか・・・」

そんなに嬉しいんなら、この敷地の雪は全部お前のもんだ。
俺は邪魔しねえから気が済むまで転げ回ってろ。

俺は少し離れた場所で、いつまでも飽きずにはしゃぐ銀時を見守った。


新雪に思う存分足跡を付け満足した銀時は、次に手で雪を集めて握り始めた。
また雪合戦かと思いきや、今度は雪玉を転がして大きくしていく。
どうやら雪だるまでも作ろうって事らしい。

「トシもてつだえよ!大きいの作ろうぜ」

「あー分かった、しょーがねーなァ」

中腰の姿勢になり二人で一つの雪玉を転がして歩く。
いびつな球体は転がしながら右に倒れ左に倒れ、不必要な部分に雪をつけ更にいびつに歪む。
球体を作るのは、小さい手には難しい作業だ。

二人とも夢中になって雪玉を転がしていたが、気付けばすっかり日は落ちていた。
急激に気温が下がり、手足がかじかむような寒さと疲労でようやく雪玉から意識が離れる。

「おい銀時、なんか寒くねえか?もう止めようぜ」

「ん、そーだな」

銀時は自分の赤くなった指先に息をふきかけ、少しでも温めようとする。
少ない雪をかき集めるようにして育てた雪の玉は、なんとか膝の丈を越すほどの高さに成長していた。
球とも立方体ともとれない、いびつな形。
雪だるまなら胴体と頭と二つの球体が必要になるのだが、幼い銀時はもう球体作りに飽きていた。
頭にあたる二個目を作る気は無いらしい。

「じゃ、これさ、こわそうぜ!」

せっかく作った雪玉を、今度は壊すと言い出した。
確かに塊を見ると思いっきり破壊してみたくなる子供心も、分からなくはない。
苦労して作ったのに勿体無いと思うのは、俺が大人だからだろうか。
子供にとっちゃ、作るのも壊すのも同じ遊びの一環なのかもしれない。

「いいぜ、壊すんなら手伝ってやる」

俺が頷くと、銀時は嬉しそうに笑って両手を自らのへそのあたりで重ねる。
そしてゴゾゴソ、ジイイーと音をたて、なんとズボンを脱ごうとしている。
ボタンを外しチャックを開け、ズボンに手をかけたところで、反射的に俺が手を伸ばしてその先を止めた。

「ちょッ・・・待て、何してんだ銀時?!」

「オシッコかけて溶かすんだよ、お前はソッチからな。どっちがイッパイ溶かせるか競争しようぜ!」

「バ、バ、バカかテメーはァァァ!!!!!!」

無邪気な笑顔でとんでもない事を言い出す銀時に俺は気が遠くなった。
俺の怒声に驚いた銀時は、目を丸くしている。

「トシ、何で怒ってんの?」

「いいから、とりあえずチャックを上げろ!ソレを仕舞え!話はそれからだ!」

突然の露出未遂にうろたえる俺に対して銀時は不審がりながらも、素直にズボンを履き直した。


立ちションは行儀が悪い。
そんなことは二の次だ、少なくとも俺にとっては。
それより問題なのは、銀時の未成熟で可愛いアレを屋外で無防備に晒し出す事だ。
公衆の面前でそんな姿になるなんざ、鼻のいい変態どもがよってたかるに決まっている。
イタズラされたり、誘拐されでもしたらどうする。
幼い銀時が自ら危険を招き寄せていると思うと、俺の方が恐怖に背筋が凍る。断固阻止だ。ダメ、絶対!

「いいか銀時、よく聞け。こんなトコでそんなモンを出しちゃダメだ。・・・いつか食われるぞお前」

「ちん・・・えっ、コレ食うの?ぷぷっ、なにそれっ!誰が?かいじゅう?」

真剣な俺を無視して銀時は吹き出して笑う。
食われる意味が違うが、当然そんなことは子供には通じない。
焦るあまり言葉選びを間違ってしまった。しかし他にどう説明するか思いつかない。

「ああ、そうだ。怪獣だ。大事なソレを食われたら困るだろ」

「マジでか。これ無くなったら女になっちゃうからなー」

笑っていた銀時は、突然神妙な面持ちになる。
そこへ畳み掛けるように念を押した。

「な、イヤだろう?だから出すなよ!」

「分かった、かくしとく。こえーな、かいじゅう」

絵に描いたような子供騙しの嘘を信じた銀時は、何度も大きく頷いた。
良かった、銀時がバカで。
いや、バカだからこそ小学生になっても雪に小便をかけてみたいと思うんだろう。
こんな危なっかしい子供には俺がついていてやらねば。
そして大事に大事に、この俺が育ててやるしかねえ。任せとけ銀時。立派な大人にしてやるぜ。
俺は妙な使命感に燃えていた。


日の暮れた雪の中で立ちつくしていたせいで、すっかり身体が冷え込む。
全身が小刻みに震え、歯の根が合わない。


「・・・ん、寒い・・・」

そう言ったのは俺じゃない。
銀時の声だ。
しかし目の前の小さな銀時の、声変わり前の高い声とは違った。



これは大人の銀時の声。俺が毎日聞いている声だ。




そうだ、今、俺は夢の世界に居たんだった。


ゆっくりと目を閉じ、再び重い瞼を開くと、俺はベッドに横たわっていた。

ずっしりと身体がベッドに沈んで気だるい。
夢の記憶がやけに鮮明で、今の自分が子供なのか大人なのか分からずに一瞬だけ混乱する。


ぼんやりとした意識のまま。
可愛らしい子供の銀時を思い出す。



「寒い・・・」

再び銀時の声だ。あの鈴を鳴らすような可愛い声とは違う。
その声で次第に夢から醒め現実の世界を思い出すと同時に、腕の中に銀時がいる事に気づく。
ベッドの中で抱き合うように眠っていた。


大人になった俺たちは付き合っている。一緒に暮らし、毎晩こうして身体を温め合う。


銀時は布団を頭まですっぽりと被り、更に俺の腕に潜り込むようにして身体を丸めて眠っていた。
普段は寝相が悪いくせに、今の銀時はできうる限り小さくなろうとしている。
その姿から察するによほど寒いらしい。

冬とは言え、普段よりも部屋の空気が冷え込んでいるのを感じた。確かに、異常なほど寒い。
布団に包まっていても冷えるのだから、外はかなり寒いのだろう。もう日が昇っているというのに。
上半身だけ起こし、身を乗り出してベッドサイドの窓のカーテンの隙間から外を覗く。
カーテンの向こう側はやけに明るく輝いていた。


窓の外は雪が降っている。一面の銀世界。
まるでついさっき見た夢の中のように。

「ぎ、銀時!雪だ、雪が降ってるぞ!」

子供の頃の記憶・・・ではなく、今まで見ていた夢の記憶が正夢かのように蘇り、気分が高まる。
夢の中、俺よりも雪を喜んでいた銀時にいち早くこの朗報を知らせてやりたい。

「ほら銀時、雪だ」

布団に潜った柔らかい銀髪をクシャクシャと撫でると、銀時がもぞもぞと動く。

「んー?雪ぃ?」

「そうだ、良かったな」

「何が良かったって?雪なんて寒いし滑るし電車止まるし、いーことねェじゃん・・・ガキかお前は」

布団の奥からのっそりと現れた寝起きの銀時は、死んだ魚のような濁った目で、気だるく言った。

ついさっき見た子供の銀時は、目をキラキラに輝かせて喜んでいたのに、大人の銀時は可愛げがない。
そんなの分かっていたことだが、がっかりしてため息が出てしまう。

「まァな・・・雪なんていーことねェよな、そうだよな」

楽しい夢の余韻に浸っていたかったが、強引に現実に引き戻された。

輝いて美しく見えた窓の向こうの銀世界は宝物ではなく、今ではただの冷たい氷に過ぎない。
現実の世界ってのは、こんなモンだったか。
俺が大人になっちまったから、面白くねえのか。

サイドボードにある煙草を一本取り口に咥える。同時にライターを手に取る。
そういえば、夢の中では煙草を吸いたいと思わなかった。ヘビースモーカーのこの俺が。

子供の世界はそれなりに、忙しかったんだな。

ぼんやりと窓の外を眺めていると、布団に包まったままの銀時がぼそりと言った。


「久々に雪合戦とか、したいな」


「・・・ああ、俺もそう思ってたところだ」



もしかしたら、同じ夢でも見ていたのかもしれない。





終わり。




20090120




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