*** 高校生日記 ***




高校生の坂田銀時は、毎週末にアルバイトをしている。

その目的は社会を学ぶ為とか自分を磨く為とかそんな大層なものではなく、単に遊ぶための小遣い欲しさだ。
根気の無い銀時はひとつの仕事を長期間かけて覚えていくような事は苦手で、もっぱら日雇いの超短期アルバイト専門に落ち着いている。

毎週日曜日に、求人募集のある職場を転々とする。

そこで銀時はある意味運命的とも言える出会いをする事となるのだった。



今日の銀時のアルバイトは駅の近くの交通量調査だ。
指定された場所で待機しながら、人が通るたびに手元のカウンターをカチリと回す。
銀時は地下鉄の出口に配置され、通行人をひたすら数えた。
一見容易そうなバイトだが、地味で退屈という苦労もあった。
じっとしていられない銀時には苦労と言うより、それは苦痛だ。
今日一日だけだからと自分を励まし覚悟を決めて、銀時は黙々とカウンターを押し続けた。

通りの向こう側にある地下鉄出口にも、自分と同じアルバイトが立っているのが見える。
同い年くらいの黒髪の男子だ。
あいつも退屈してんのかな・・・などと勝手にイメージを膨らませる。
大通りを挟んでいるので声は届かないが、銀時は黒髪の彼に仲間意識を持っていた。
顔も名前も知らない彼に「この仕事、意外と大変だよなァ?」などと頭の中で色々と話し掛け、暇を潰した。
しかし実際に彼と話す機会も、またその気もないまま、その日のアルバイトは恙無く終了した。
雇い主から日給を受け取り懐が温かくなった銀時は、一日の出来事などすっかり忘れて気分も上々。
黒髪の男子とは、ただそれだけだった。



その翌週の日曜日は、ポスティングのアルバイト。
決められた配達区域の家の郵便受けに広告チラシを入れていく。
どっさりと持たされたチラシの重量が即ちノルマの重さを体感させる。
銀時は郵便受けを見つけては乱雑に突っ込んでいく。
とにかく量をこなさないといけないので、スピードが大事だ。チラシが折れるのも構わない。
世帯数が多く郵便受けが一箇所に集まっているマンションや団地は、チラシのノルマを楽にこなせるいいターゲットだった。

銀時がとあるマンションに狙いを定めて近づくと、そこには同じように鞄一杯のチラシを配る男がいた。
その後ろ姿はサラサラの黒髪が特徴的で、天然パーマにコンプレックスを持っている銀時は密かに嫉妬した。
銀時が背後に立つと同時に、配布を終えた黒髪の男が振り返る。
男は銀時が同種のアルバイト中と察したらしく、軽く目を伏せる程度の会釈をしてそこを離れた。
続いてチラシを放り込みながら、銀時は心に何かが引っかかるのを感じ、首を傾げる。
どこかで見たことがあるような、彼を知っているような気がしたからだ。



次の日曜日は街頭でティッシュ配りのアルバイト。
駅前の人通りの多い通路で、銀時を含め数人のアルバイトたちが、様々な販促物を配布していた。
銀時のはす向かいには、無料のクーポン雑誌を配布しているアルバイトの男がいる。
自分と同じくらいの背格好、黒いサラサラストレートヘアが特徴的だ。
またも、どこかで見たことのあるような雰囲気の男だった。
山のようなノルマのティッシュを配りながら、銀時は幾度も首を傾げる。
自分とは全く関係のない人間で、初対面のはずだ。彼の顔も名前も知らないのがその証拠。
しかしどこかで見たことがあるような気がしてならない。それも、つい最近に・・・。
銀時の頭の中は、はす向かいに立つ同年代の彼のことで、もはや一杯だ。

気になるあまり銀時がチラチラと黒髪の彼を盗み見ていると、不意に目が合ってしまい、ぎくりと身体が強張る。
慌てて目を逸らすが、彼の鋭い目つきだけは銀時に突き刺さるように感じられた。
盗み見していたのを無言で怒られたように思え、銀時は小さく肩をすくめる。
しかしそのおかげで、彼の顔はしっかりと覚えた。
彼の黒髪も目立つが、何よりも強く鋭い双眸こそ、一度見たら忘れられないほど印象的だった。
一日中近くに居ながら、会話をする事もない。
しかし妙な仲間意識が芽生えていた。
そういえば前にもこのような一方通行の間柄の男子が、どこかに居たっけ・・・銀時は不思議な既視感を覚えた。



更に次の日曜日。
今度はイベントの一環として出展する、屋台でのアルバイトをしていた。
銀時は自身が甘党であることを活かし、クレープの屋台を手伝う。
甘い香りに包まれ、幸せを感じる楽しい労働を満喫している。
クレープの屋台は性に合っている、将来はクレープ職人になろう・・・冗談ではあるがそう思ってしまうほど、銀時は活き活きと働いていた。

しかし銀時はふと嫌な予感がして、おもむろに顔を上げる。
クレープ屋台の向かいは、定番であるタコ焼きの屋台がある。人気のタコ焼きには、常に行列が出来ていた。
客の頭越しに見え隠れする屋台の奥が、銀時にはやけに気に掛かっていた。
タコ焼きの屋台を覗くように何度も視線を送ると、その中には案の定、いつもの黒いサラサラヘアーの男が見えた。
ああ、やっぱり居た・・・そう呟く銀時の胸には、また出会えて嬉しいような、行動を真似されて腹立たしいような、相反する感情が湧きあがる。

彼は職人の作ったタコ焼きを串で拾い、青海苔とマヨネーズをたっぷりとかけて売っている。
マヨネーズが少々・・・いや、かなり多いのは気のせいだろうか。
過剰なサービスに客が困惑している事が、銀時にまで伝わってくる。その様子が面白く、銀時は苦笑しながら彼の観察に夢中だ。

何度か記憶にちらちらと残る黒髪の男は、彼で間違いないだろう。
先週のアルバイトで目が合った時の、強烈なほど鋭い視線が銀時には忘れられないでいた。
アルバイトの度に胸に残る違和感、会ったことのあるような男の姿は全て彼だったのではないか。
偶然なのだろう、高校生の出来る日雇いのアルバイトなど限られている。
銀時は目の前の屋台でマヨネーズばかり盛る不思議な男が、ほんの少し気になっていた。
彼は一体、誰なんだろう。



さらに次の日曜日。
相変わらず律儀なまでに、銀時は小遣い稼ぎに夢中だ。
今日はとある会社の棚卸作業のアルバイトをしに、巨大な倉庫に来ている。
だだっ広い倉庫の一角に、山のように詰まれた商品の在庫を数えるのが、今回の仕事だ。

棚卸は通常、二人一組で行われる事が多い。
多数のアルバイトの中から無作為に選ばれたペアの内の一組が、銀時といつもの黒髪の男だった。
こんな偶然があるだろうか。銀時は彼と向かい合うと、驚愕のあまり無言のまま赤い瞳を見開いた。
お互いに相手の事は何も知らない。
しかし初対面というわけでもない、不思議な縁がある二人。
いざ向かい合うと、照れ笑いのために銀時の口元が釣り上がった。

「・・・よお、どうも。俺は坂田」

「ああ、俺は土方だ。ていうかお前、何でいっつも俺と同じバイトしてんだ?」

会話をすることどころか、声を聞くのさえ初めてだ。
しかし妙な親近感があり、まるでずっと前から友人であるかのように緊張もせずに会話が弾む。

「そりゃ俺が聞きたいっつうの。お前こそ、俺のこと覚えてたんだ?」

「当たり前だ。その目立つ容姿、一回見たら忘れられねえだろ」

「そうかなぁ・・・お前も結構、目立つと思うけど?」

銀時が自分の髪に触れながら苦笑いする。
二人はダンボールに埋もれるようにして商品を数えながら、仕事の合間に互いのことを話した。
相手に興味が無かったわけでは無い。きっかけがあれば、話してみたかったのだ。


いろいろと分かったことがある。
二人は同じ年の高校生だということ。通っている高校は別だったが、お互いに学校名はよく知っていた。
さらに互いの家がそれほど遠くないため希望する勤務地が近く、また仕事の内容も被ることが多いようだ。
わざわざ日雇いのアルバイトを望むのは、銀時は一刻も早い小遣いが欲しさに、土方は平日が多忙の為、休日の短期アルバイトが最適だったと言う。
高校生の出来る短期アルバイトには限りがある。
しかしその中で選ぶ仕事が悉く似通っている事に関しては、二人とも苦笑するしかなかった。

それぞれが相手の言い分に納得して何度も大きく頷いた。
今まで漠然と不思議に感じていた事柄の謎が解け、気分がいい。


一日ペアを組んで共同作業をしたおかげで、二人はすっかり打ち解けていた。
初対面だというのに何度か口喧嘩をしてしまったが、仲直りも自然に出来る関係が心地よい。
話しのしやすい相手だとお互いに思ったが、それだけの理由でこれ以上親交を深めようとまでは踏み出さなかった。
友達は一杯いる彼らにとっては、この相手を特別だとも思わなかったからだ。
何より、また次のアルバイト先でも顔を合わせるだろうと、確信にも近い想いがあった。
その日の仕事が終わると、連絡先も聞かずに軽く手を振り「じゃあ、またな」と挨拶して別れた。


特にそれがおかしい事だとも、後悔するような事にはなりはしないのだと、その時にはそう思っていた。



またその翌週の日曜日、銀時はスポーツイベントの人員誘導をするアルバイトに出かけた。
きっとまた土方もいることだろう、そう思って揃いのスタッフジャンパーを纏ったアルバイトの群の中をぐるりと見渡す。
意図的に探していたわけではないのだが、無意識に銀時は黒髪の男子を拾うように見ていた。
しかしこの会場には、土方の姿は見えなかった。
指示された通りに仕事をこなしながらも、銀時の意識は上の空だ。


土方がいないことで、どうして気分が沈んでしまうのか、銀時には分からなかった。
彼に会うことを期待していたのだろうか。
そんなわけはないと、小さく首を振り、自分の考えを否定した。

自分は単にアルバイトをしに来ただけだ。それは小遣いのためで、それ以外の目的は無い。
土方に会いに来たわけじゃない。
何もおかしいことなんかないのに、どうして溜息が出るのだろう。

心にぽっかりと穴があいたように、寂しくて物足りない。
倉庫のアルバイトの後で連絡先を聞かなかった事を、後悔してしまうのは何故なんだろう。


話したいことがあるわけでも、顔が見たいわけでもなくて。

ただ何かが足りなくて、胸の中が冷たい。



土方と会わなかったことを除けば、その日のアルバイトも無事に終了した。
時刻はもう星空が見える頃、岐路につきながら銀時は唇を尖らせまるで拗ねるような表情をしていた。

どうして今日は会えなかったんだよ、と。

お門違いな不満を抱えて苛々とする。

どうしてこんなにも、面白くないのだろうか。



また来週のアルバイトで会えるだろうか。会えないかもしれない。

来週会えなくても、またいつか・・・?

いつか、なんて焦れったくて、待っていられない。

再会するチャンスを偶然という一言に賭けるのは、根気の無い銀時の性には合わないのだ。



土方の連絡先は知らないが、彼の通う高校は知っている。
学年も同じはずだ。


「行っちゃおう・・・かなァ」


思わずそう呟いてしまった自分自身に驚き、銀時は苦笑した。



一体、何が自分をそこまで追い立てるのだろう。



何故こんなに。どうして彼を。



その答えは、土方が教えてくれるような予感がしていた。




終わり。





20090124




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