*****中学生日記*****
ある日の放課後。
「やばいやばい!」
教室で四つんばいになった銀時が、机の下へと潜り込んでいる。
「何してんだ、怪しい奴だな」
土方が怪訝な表情で、床に這いつくばった銀時を見下ろす。
「やばいんだよ土方ァァ!」
「ああ?何がだ」
「自転車の鍵を無くしちまって。学校のどっかで落としたみたい」
銀時は再び教室の床へと視線を彷徨わせる。
土方もつられて辺りをぐるりと見回したが、自転車の鍵らしきものは見当たらなかった。
「小さい鈴と、ジャスタウエイのキーホルダーが付いてる」
聞いてもいないのに、銀時が付け加えた。
「うるせえ!俺も探すなんて一言も言ってねーっての!」
「いやあ助かるわー。すげえ困ってたんだ。優しいねー土方くん」
土方の声を無視して、銀時がわざとらしくお礼を言う。
こういう流れになると土方の性格上、無視はできない。
「チッ・・ったく仕方ねーな。図々しいにも程があるぞ」
乱暴な言動とは裏腹に、土方は真面目で面倒見の良い性格をしている。
銀時にはそれを便利に利用されてしまうことが、少なからずある。
二人で教室や廊下を探し続けたが、鍵は見つからなかった。
すっかり日も暮れかけた頃、ついに銀時が音を上げた。
「あー、やっぱ無ェなあ。もうダメかあー」
「合鍵くらいあんだろ?明日はそれ持って来いよ」
銀時は溜息をついた。
「合鍵?そんなもんあったかな?」
唇を尖らせてあいまいな記憶を辿る銀時の不安げな表情を、土方は呆れた様子で見ていた。
この調子では合鍵なんてものこそ、真っ先に無くしてしまっているだろう。
「なー土方。お前も自転車だろ。帰り、後ろ乗せてってよ」
「はあ?何で俺が!歩いて帰れよ!」
「いーだろケチ!ウチ遠いから歩くのタリーんだよ。途中まででもいいからさ!だめ?」
心なしか甘えるような視線で見つめられ、土方の瞳孔が全開する。
瞬間、心臓が跳ねるような激しい動悸。
その衝撃はわけもわからず土方を動揺させた。
「ど、どこまで図々しいんだテメーは。じゃあ、あの、と、途中までだからなッ!?」
「やりー。どーもどーもォ」
土方の動揺など露知らず、銀時はへらりと笑った。
その後、待ち合わせた校舎外れの駐輪場に到着したのは、土方の方が早かった。
自らの自転車を用意しながら銀時を待つ。
何故か、僅かに緊張していた。
これからこの背中に、銀時の体温を感じるのだと思うと。
やけに落ち着かない、その理由は見当もつかない。
ふと足元を見ると、キラリと光るものが落ちていた。
小さな鈴と、ジャスタウエイのキーホルダー、そしてその先に鍵。
これこそ銀時の自転車の鍵だ。
「・・・これは・・・っ」
土方は緊張から僅かに震える指先で鍵を拾い上げ、反射的に自らのズボンのポケットへ滑り込ませた。
誰にも見られないように。
銀時に気づかれないうちに。
何故隠した?
そう自問するより早く銀時が現れ、土方の元へ駆け寄った。
「お待たせー。土方、じゃあヨロシクね」
土方の背に抱きつくようにして、勝手に自転車の後ろにまたがる。
「あ、ああ・・・」
「それじゃー出発ー!」
銀時に促され、呆然としたまま土方はペダルに足をかけた。
二人分の体重がかかり、ペダルの踏み出しはかなり重い。
しかしその重みに気づかないほど、土方は先程の自らの行動に戸惑っていた。
どうして咄嗟に鍵を隠してしまったんだろう。
今まで必死に探していたというのに。
なんで俺はこんな矛盾したことを。
これでは、まるで・・・
「まるでこれが見つかったらいけない理由でもあるみてーじゃねーか」
「えー?なんか言ったかー?」
土方の独り言は、疾走する自転車の風に容易くかき消されてしまい、銀時には届かない。
「いや何も。・・・なあ銀時。明日の朝も、迎えに行ってやってもいいけど?」
「え、マジで?すげー助かる!」
銀時の白い腕が、土方の身体をぎゅうっと抱きしめる。
感謝の意を表現したのだろう。
土方の背に掛かる銀時の体重。その温かさ。
銀時の体温を特別なものに感じた。
風を切り、前だけをきつく見据える土方の表情が、苦しげに翳る。
初めて味わう、焼け付くように焦がれる胸の痛み。
その痛みの正体に気付く。切ない痛み、これが恋だと。
チリン。
自転車を漕ぐ土方のスボンから、小さな鈴の音。
隠したはずの鈴の音は、秘めた恋の始まりの合図だろうか。
そっと土方の背を抱く銀時が、赤い瞳を細め ひそかに笑った。
おわり。
20090819
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