***小学生日記***
夏祭りの縁日で、俺と銀時は露店の見知らぬおじさんから、植物の種を貰った。
白くて小さくて薄っぺらい種が数個。何の種だか分からない。
「ボウヤたち、これをあげよう。美味しい果物が実るかもよ」
おじさんは俺たちにそう言ったけれど、とても育ちそうにない貧相な種だ。
そのおじさんも、種も、全てが胡散臭くて、俺には易々と信じることは出来なかった。
しかし一緒にいた銀時が「美味しい果物」という言葉に目を輝かせ、その種を受け取った。
銀時は小さな植木鉢に土と種を盛り込んで、オモチャの青いじょうろで丁寧に水をかけた。
残り少ない夏休みの間、銀時はその種を大事に育てた。
どうせ芽が出ることもないだろう、俺は最初から関心がなかった。
我侭で短気で面倒くさがりな銀時が、植物なんか育てられるわけもない。
しかし植木鉢を見守る時は、まるで赤ん坊でも可愛がっているように、頬を染めて優しく微笑んだ。
毎日小さな植木鉢を、宝物みたいに抱えている。
今まで知らなかった銀時の意外な一面に、俺は何故か胸の奥が疼く。
この気持ちの正体は、何なのだろう。
「なあトシ!これ見ろよ!」
銀時がこぼれるような笑顔で俺に見せた植木鉢には、まるで糸のような細い細い芽があった。
見落としてしまいそうなほど小さな双葉が付いて、土からちょろりと生えていた。
「へえ、芽が出たんだな」
「ちゃんと育ってるよ!だっておれ、毎日水あげてるもん!」
芽が出たからと言って俺には感動すら湧かなかったが、銀時は得意気に笑っていた。
銀時が嬉しそうに微笑むほどに、俺の胸の中には不満が募る。
(こんなもん、俺には関係ない)
俺は投げやりな気持ちで植木鉢を冷たく見下ろした。
銀時の愛情が傾けられている貧相な植物に、まるで嫉妬でもしているかのようだ。
そんなバカなことがあるわけないと、俺は軽く首を振って自分の思考を否定した。
いつかのように、また胸の奥が疼く。
糸のような細い双葉は、毎日少しづつ成長した。
多分、名もない雑草なのだろう。
実が成るどころか、花すら咲く気配もない。
このまま熱心に育てても、ただの草が伸びるだけだ。
俺がそう忠告しても、銀時は聞き入れなかった。
小さな植木鉢から生えた雑草に水をやり、愛しそうに眺めている。
俺にとっては全く面白くないが、銀時は毎日が楽しそうだった。
夏休みが終わって小学校の授業が始まると、銀時は学校にまで植木鉢を持ってきた。
自宅に置いておけばいいものを、離したくないらしい。俺は呆れてしまった。
クラスメイトにも植木鉢を自慢していたが、たかが雑草に、誰一人羨ましがりはしなかった。
それでも銀時はご満悦だ。
よく日が当たるようにと、日光を遮る物のない学校の屋上に植木鉢を置いた。
もっと立派に成長して、はやく茎が伸びて、綺麗な花が咲くようにと、銀時なりの愛情をこめて。
しかし銀時はうっかり植木鉢の存在を忘れて、一人で帰ってしまった。
授業を受けたり、友達と遊んだりするのに夢中で、屋上に置いた小さな植木鉢のことなど記憶から抜け落ちてしまったようだ。
一緒に帰宅するはずの植木鉢は、水も貰えずに屋上で一晩過ごした。
翌朝、銀時が泣きそうな表情で俺に言った。
「どうしようトシ!おれ、植木鉢を屋上に置きっぱなしにしちゃった」
「ああ、そういえば。朝礼の前にちょっと見に行こうぜ」
授業の始まる前に、急いで二人で屋上へかけあがった。
悪い予感がして、無意識のうちに焦ってしまう。
屋上に出るための黒くて重たい引き戸を、二人がかりで必死に開ける。
少し怖くて、開けたくないような気持ちがする。
屋上のど真ん中に、銀時の小さい植木鉢がポツンと佇んでいた。
二人で選んだ「日が良く当たる場所」は、朝からじりじりと焼け付くような強い日差しだ。
二人で植木鉢へ駆け寄り、おそるおそる中を覗きこむ。
たった1日ではあるが強すぎる夏の日差しに、僅かな土は乾燥してひび割れていた。
ちょろりと生えた糸のような茎も、土と同様に干からびている。
緑色だった双葉は茶色くなり、萎れて倒れている。触るとカサカサと乾いた音がした。
銀時が一生懸命に育てた植物は、もう生き返ることはない。
愛用の青いじょうろを両腕で抱え、銀時は小さな植木鉢の傍らにしゃがみ込んだ。
銀時のショックの大きさは俺にも想像がついた。
もしも銀時が泣いてしまったら、俺はどうしたらいい?
しかし銀時は泣かなかった。
何も言わずにぴくりとも動かず、ただ植木鉢を見つめている。
だから俺も何も言えずに、ただ一緒に干からびた土の残骸を見ているしかなかった。
銀時にしてやれることは何も無いんだ。そんな自分が何よりも空しい。
校内のスピーカーから、始業を告げるチャイムが騒々しく鳴り響く。
それでも銀時は、
青いじょうろを抱きしめたまま・・・動かない。
終わり。
20090901
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