***続・小学生日記***
(一つ前のNO.18の続きですが、これだけでも読めます)




銀時が大切に育てていた植物を、あいつは自分の不手際で枯らせてしまった。
その日は一日中落ち込んで、黙りこくっていた。
いつも無駄に元気な銀時が一言も口をきかずに俯いている姿は、人一倍哀れに見える。

「こんな事になったのはトシのせいだ!」

態度の悪い銀時のことなので、そう言ってやつあたりしてくるかと身構えていた。
いや、むしろ俺にやつあたりしてほしかった。
その方が喧嘩しながら、落ち込んだ気分を紛らわせてやれる。
しかし、やつあたりはされなかった。俺のことなど眼中にないほど落ち込んでいる。
もうこれ以上あいつの落ち込む姿なんか見ていられない。

(世話の焼ける奴だ)

それでも放っておけない。そんな自分に、俺は深く溜息をついた。



翌日、俺は僅かな小遣いで買った板チョコをプレゼントした。
銀時が元気になりそうなもの、といえば、大好きなチョコレートだろう。

「銀時、これ・・・」

言葉の途中で銀時は俺の手から板チョコを奪い、バリバリと包装を剥して、あっという間に口に入れていた。
勢いよく半分くらいを食べ、ふと気づいたように顔を上げた。

「で、これがどうしたの?トシ」

「どうしたもこうしたも、まだお前にやるとも言ってねーだろーが!」

「そうだっけ。わりーわりー!食っちゃダメだった?」

「ダメじゃねーけどさ・・・」

だからと言って勝手に食うなよ、という言葉は言わずに飲み込む。
銀時がいつもどおりに喋っているのが嬉しかった。

「銀時、元気出たか?」

「なんのこと?」

板チョコをもしゃもしゃと食べながら、銀時はきょとんと首をかしげる。

「何のことって!お前ッ昨日は落ち込んでただろ!もう忘れたのかよ!」

「あー、そーだっけ。あれはもういいんだ」

口のまわりについたチョコを舐めながら、銀時が笑う。

「ったく、立ち直りが早いな。心配して損したぜ。チョコ代、返せよな!」

「なになに、俺のこと心配してたの?へえー、そうなんだあーお前がねえー」

にやにや笑いながら銀時が俺を小突く。

「うるせえ!もういい!」

いつもどおりに戻った銀時が俺をからかうので、腹が立った。
せっかく心配してやったのに、全く可愛げのない奴だ。



「トシ、あの植物の”その後”を教えてやるよ」


銀時は小さく笑って俺に近づき、そっと顔を寄せて小声で耳打ちした。
大切な秘密でも聞かせてくれるかのような仕草に、思わず緊張する。


銀時の掌が俺の耳を囲い、銀時の声が吐息と共に、俺の耳にそっと吹き込まれてくる。
こうした内緒話など珍しくもない筈なのに、今日はやけに身体が熱くなるのは何故だろう。
銀時の触れている俺の耳は、きっと赤くなっている。


「昨日の夜、夢を見たんだ。あの草が成長して、もっと大きくなって、それで赤いイチゴが実ったよ」

「へえ・・・って、それ夢の話だろ?」

「うん。それでそのイチゴを、俺とトシで一緒に食べたんだ。すっげー旨かったー」

「お前の夢に俺も登場したのかよ」

「うん。いつもトシと一緒なんだ、俺」

「いつも・・・?」

「夢の話、だけどな?」

吐息だけで喋る銀時の声はチョコレートの香りが甘く、耳元がくすぐったい。
そこまで言うと、銀時は俺の元から離れる。そして意味有り気に瞳を細めて微笑む。


昨日は見られなかった銀時の笑顔。
今日の笑顔は、一昨日のそれとは少し違って見えた。
まるであの植物にだけ見せていた、綻ぶような優しい笑顔に似ている。

その夢は、銀時にとってどんな意味があったのだろう。

何かもう一言、大切な言葉を伝えたそうにしつつ、それを隠している。


今年の夏はあの植物よりも、実は銀時の方が成長していたのかもしれない。
大人びた銀時の表情が俺には何故か少し、眩しかった。






終わり。




20090902




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