***高校生日記***
「ケータイの目覚しじゃ起きられねーんだよなァ、俺」
高校3年生、学校帰りの坂田銀時は、家電量販店の目覚まし時計売り場にいた。
壁一面にずらりと並ぶ様々な目覚まし時計を手に取り、たまに鳴らしながら物色する。
その顔は真剣そのものだ。
「春から一人暮らしだからさー」
目覚まし時計を選びながら、ひとりごとのように呟く。
隣では銀時の買い物に付き合わされた同級生の土方十四郎が、興味なさそうに商品の棚を眺めていた。
銀時はお登勢という母親代わりの女性と暮らしている。
今はお登勢が乱暴に叩き起こしてくれているが、高校を卒業し一人暮らしを始めたら自力で起きなければならない。
自分の寝起きの悪さを知っている銀時は、目覚まし時計がいくつあったとしても不安だ。
控えめな電子音、メロディの鳴るもの、小鳥の囀り、キャラクターの呼びかけなど、様々な音の目覚まし時計を試す。
どの音も心地よく耳に馴染んでしまい、とても起きられそうにない。
「う〜ん、イマイチだなあ・・・もっと衝撃的な音がするヤツねーかな」
唸りながら片っ端から時計を叩き続けた銀時が、最後に手にした大きな鐘のついたシンプルで大型の目覚まし時計。
ただ鐘を打ち鳴らすだけの昔ながらの目覚まし時計には、洒落た装飾など一切ない。
形態だけでどれほどの騒音なのか容易に想像がついてしまうほど、鳴らすのが恐ろしい。
きっと火災報知器のような凄まじいベル音を耳元で聞かされることになるだろう。
銀時にとっても出来ればこの音だけは避けたかった。
しかしもう、これ以外に銀時にとっての選択肢は残っていないのだ。
不気味な迫力が頼もしくもある大きな時計を、銀時は意を決して一度だけ試そうとした。
---- その瞬間、
「それは止めとけ。相当うるせえぞ」
今まで黙って様子を眺めていた土方が、突然銀時を制止した。
「・・・あ?なんだよ」
緊張し身構えていた銀時が、怪訝な顔で土方を睨む。
「うるさいからこそ、威力があるんじゃねーか」
「いやダメだ。朝っぱらから鼓膜が破れそうな音なんか勘弁だぜ。心臓止まったらどーしてくれるんだ。こっちの方がいい」
土方は目の前の陳列棚から黒く平たい電子時計をひとつ選び、銀時に手渡す。
銀時がそれを試しに鳴らすと、ピリリピリリと小さな音がした。
「バッカじゃねーの!!俺がこんな音で起きられるかよ!」
銀時はその時計を投げつけるように土方へつき返す。
「俺ならこれで起きられる。よし、買おうぜ」
しかし銀時の非難など聞かずに、土方はその時計を持ちさっさとレジへと向かう。
「待て待て待て!いらねーってそんなもん!勝手に決めんな!つーかお前の意見なんか聞いてねェェ!」
銀時が土方の背中に向かって叫ぶと、土方はその場に立ち止まり、横目でチラリと銀時を見た。
「お前のことは、俺が起こしてやるから安心しろよ。毎朝、な」
「・・・え、なんで?」
「一緒に暮らせばいいだろう?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる土方。
一方銀時は、ポカンと口を半開きにしたまま、声も出ない。
意味が理解できず、呆然と立ち尽くしてしまう。
土方はそのまま何事も無かったように、レジへ向かった。
(一緒に暮らす・・・?)
お互いにそんな話はしたことがなかったし、想像すらした事がない。
突然の提案に、銀時は戸惑っていた。
驚いてはいたが、不思議と悪い気はしなかった。
銀時は頑なに抱きかかえていた大型の目覚まし時計を、そっと陳列棚に戻した。
他に選択肢は無いと思い、すっかり購入するつもりでいた大型の目覚まし時計。
ところが一瞬にして不要になった。それは何故?
銀時の思考はまだ混乱したまま、迷っている。
一緒に暮らすなんて突然言われても、どうしたら良いのか分からない。
しかし棚に戻したその時計を再び手にする気には、もうなれない。その必要を感じないのだ。
---- それが答えなのだと、銀時自身もまだ気づいていない。
終わり。
20090908
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