=== 中学生日記 ===
「風邪をひいた・・・?」
土方は銀時がノートに書いた文字を読み上げた。
銀時は黙って頷くと、自分のノートに続きを書いた。
”声が出ない”
それを読んで目を丸くした土方が顔を上げると、銀時は喉を抑え、声を出そうとした。
しかし銀時の口から声は出ず、全く音にならない息を吐いただけであった。
その様子を見て土方は納得した。
風邪で喉を痛めてしまったのだろう。
咳や発熱といった症状はないのだが、昨晩から声が出ないらしい。
仕方がないので声が出るまでの間、銀時はジェスチャーと筆談で過ごす事にした。
休み時間はいつも、土方をはじめ友達と輪になって雑談をする。
面白かったテレビの話、先生の物真似、マンガの貸し借り、今度の中間試験の話 etc...
銀時も楽しい話題に混ざりたくて筆談で参加した。
最初のころは、声の出ない珍しさもあって皆で楽しめた。
しかし次第に話し掛ける銀時も、それを理解しようとする周囲もお互いに煩わしくなる。
話といっても所詮は雑談、大した内容ではない。
ボケやツッコミを筆談で伝えたところで、面白くもない。
銀時は会話に割り込む事に疲れ、そのうち相槌をうつのすら面倒に感じていた。
そして休み時間は机に伏せて寝てしまったり、マンガを読んだりして過ごすようになった。
銀時が一人で寂しそうに見えた土方は、休み時間になると銀時の席を訪れた。
土方が来ると銀時は喜んで、一生懸命に筆談をした。
集団での筆談はタイミングが難しかったが1対1なら容易だ。
以前の銀時ならば、土方の返事などロクに聞かず、自分勝手に喋った。
しかし今の銀時は、ノートに書いた文章を土方に見せ、読後の反応を伺ってから次の文章を書く。
宿題をやらなかった、ゲームでボスを倒した、そんな話をノートに書いては土方に見せる。
必死とも言えるような態度で土方の様子に注目する銀時は、いじらしく見えた。
銀時の文章を読んで土方が笑うと、銀時もやっと笑う。土方の反応が、嬉しかったのだ。
そしてもう一つ、世にも珍しい事もある。
銀時の得意なへらず口が一切ない事だ。
喋れないのだから仕方がない。
じっと黙って、紅い瞳を大きく開き土方を見つめる。
そのたびに、土方の鼓動が早くなった。
喋らない銀時は、まるで愛らしい人形のようだと土方は思った。
たまにはこういう銀時も悪くない。
自分に懐いた銀時を独り占めすることが出来て、土方は満足していた。
しかし銀時は、やはり喋りたかった。
ジェスチャーも筆談も簡単な意志は伝わるが、それでは物足りない。
もっとダイレクトに、様々な感情を表現したい。
お喋りな銀時がずっと黙り続けるのは、精神的に苦しかった。
気分の沈んだ銀時はいろいろ悩み、ある方法を思いついた。
これなら、声が出なくても直接、お喋りが出来る。
銀時は土方を手招きで呼んだ。
そして土方の隣に座り、顔を近づける。
「な、何すんだ!?」
突然のアップに慌てた土方が顔を真っ赤にした。
銀時は眉をしかめて(大人しくしてろ)と視線で訴える。
そして土方の耳元に自らの唇を寄せ、両手で囲ってこう囁いた。
「…内緒話なら、出来る」
銀時の声は出なかったが、その吐息は言葉として聞き取れた。
「ああ、なるほど・・・」
土方は頷いた。確かに耳打ちならば、息だけで言葉が分かる。
やっと自分の言葉で話が出来た銀時は、土方と目が合うと嬉しそうに微笑んだ。
銀時の温かい身体が寄りかかり、湿った吐息が耳に吹き込まれてくすぐったい。
さらにこうして至近距離でにっこり微笑まれたら、胸が痛くなるほど愛しく思う。
それから、銀時は土方に耳打ちしながらお喋りを続けた。
土方は、銀時の風邪が治らなければいいと、本気で願った。
おわり。
20080912
次の「学生日記」へ
ノベルトップへ戻る