=== 高校生日記 ===






ピリリ・・・ピリリ・・・




机の上に置きっ放しになっている土方の携帯電話が鳴っている。

持ち主の土方は、授業の合間の休み時間を利用してトイレへと席を外していた。
薄く黒い携帯電話のランプが白く点滅し、初期設定のままの電子的な着信音が鳴り続ける。

主を呼び続ける小さな携帯を、坂田銀時はじっと見つめていた。


ピリリ・・・ピリリ・・・

ピリリ・・・ピリリ・・・


土方の携帯が鳴ったところで、銀時には関係ない。
着信履歴が残るのだから、放っておけばいい。しかし銀時はその着信が異常なまでに気になった。


(誰からの電話だろう)


相変わらず鳴り続ける土方の携帯を見つめる。
耳障りな着信音はいつまでたっても鳴り止まない。


(こんなにしつこく土方と繋がりたがっている相手は誰?)


銀時の胸がざわめく。

明らかに、その見知らぬ誰かに嫉妬していた。


土方は銀時の恋人だ。


特別に身近で深い関係を持っている。
だから銀時は、土方の全てを知りたかったし、実際に知っていると思っていた。

高校生である土方の性格や人間関係、趣味趣向の範囲はまだ狭く、ある程度に限られている。
学校を通じて一日の半分以上を共に過ごしている銀時は、土方の事なら何でも把握していた。


ピリリ・・・ピリリ・・・

ピリリ・・・ピリリ・・・



着信音を耳にしながら、銀時は電話の相手を予想していた。
しつこく掛けつづける相手の必死な気配すら感じる。
家族や友達ならばメールで用件を伝えればいいし、または折り返してもらうのを待つだろう。


つまりこれは、「普通の」着信ではないのだ。
銀時は、嫌な予感がした。


(この電話の相手はもしかして)


銀時は眉間にしわを寄せて携帯電話を睨む。


(土方に好意を寄せている相手なんじゃないか)

何事も自分の尺でしか物事を計れないのが人間だ。
自分が土方を好きなように他の人間も土方を好きなんじゃないか、などと疑ってしまう。
そして実際に土方はモテるのだ。


これだけ長く呼び続けるということは、すでに土方とは気のおけないような仲なのかもしれない。


(・・・浮気? それともまさか、土方は本気で・・・)


銀時は不安になる。
嫉妬は怒りと悲しみという、どす黒い色をした感情を伴って銀時の心を荒らした。


(くそっ、誰だよコイツ!)


頭に血が昇った銀時は、勢いで土方の携帯に手を伸ばした。


(もう、俺が出てやる!土方の妻だコノヤローって出てやる!)




「オイ、俺の携帯に勝手に触んじゃねえよ!」


携帯に触れたか触れないかのところで、土方の怒った低い声が聞こえて、銀時の手がピタリと止まる。
そして同時に、着信が切れた。

教室に戻った土方が銀時の指先から携帯電話を奪い取る。

「こんなところに置き忘れちまったか・・・銀時、いくらテメーでも勝手に携帯見んなよ」

「見てねーよ!お前こそ着信がうるせえんだよ!マナーモードか留守電にしとけバカ!」

土方が珍しく本気で怒っているので、銀時はうろたえた。

特別な関係である銀時は、土方に我侭を言っても許してくれた。
しかし携帯電話にだけは、絶対に触れられたくないらしい。

怒られた事にも、土方の浮気疑惑にも、銀時はショックを受けた。
土方の態度が不満だった銀時は、わざとおどけて掌を差し出す。


「ちょっと見せろよ」

「ぜええええったいに、ダメだ!」


あまのじゃくな銀時は頬を膨らませ、(ダメと言うなら絶対に見てやる)と密かに誓った。






土方は携帯を肌身離さず持っているので、簡単には奪えなかった。
意図的に隠そうとしているのかもしれない。

発着信の履歴には、銀時の知らない女の名前が並んでいるに違いない。
銀時の勝手な被害妄想が広がる。

自らの想像で自分の首を締め、銀時は苦しんだ。



「もう我慢できねえっ!隙ばっか伺ってても始まらないし、こーなったら真っ直ぐにぶつかってやるっ!」


こらえ性のない銀時は、文字通り土方に真っ直ぐにぶつかっていった。

人目のない廊下に連れ出し、真正面から体当たりでもするように勢いをつけて抱きついた。


「う、うわっ!?」


よろけながらも土方は銀時の身体を支えた。
突然に胸の中に飛び込んできた銀時の行動に驚きながらも、銀時が自分の首に腕を回すのを感じたため、土方も腕を銀時の背中に回して抱きしめた。


「土方ぁ・・・」


いつになく甘えた声で名前を呼び、銀時がうっとりとした瞳で見つめてくる。

「なんだよ急に。気持ちわりいな」

気持ち悪いと呆れたふりをしながら、土方は内心嬉しくて仕方がない。
銀時が長い睫をゆっくりとおろし、顎を上げる。

キスをねだる仕草が可愛らしく、土方の顔が熱くなり額から汗が噴き出した。

「ぎ、銀時・・・」

土方が銀時のピンク色をした柔らかそうな唇に迫る。
首にしっかりと回された銀時の腕が緩み、掌が土方の後頭部に置かれる。
黒くさらさらとした彼の髪を優しく撫で、愛しそうにそっと頬を撫で、胸を撫で、大きな背中をじっくりと撫でる。

掌と指先だけで土方の全身を愛撫するような銀時のみだらな手つきに、土方の理性がプツリと音を立てて切れた。

身体が火に包まれたかのように熱くて仕方がない。


「銀時、好きだぜ」


土方がそう囁いて、唇と唇が重なろうとした瞬間。

背中から尻へと銀時の手が土方の身体をまさぐり、尻のポケットに入っていた彼の携帯電話を見つけた。


ポケットから出ていたストラップを引き、スルリと携帯電話を引き出す。


「よっしゃぁ!!」

銀時のうっとり閉じていたはずの瞳が、ぱっちりと見開かれた。
そのまま迫っていた土方の身体を押し返し、腕の中から逃げ出す。

「な、な、何だってんだオイ!?」

携帯を奪われたことにも気付かない土方は、キス直前に銀時が逃げ出した事が理解できず、混乱していた。

「お前が無防備になる瞬間っつったら、こんな時だけだろ?」

にやにやと得意気に笑う銀時の手の中には、土方の携帯電話があった。

「あっ!!テメそれ、返しやがれェェェ!!」

すっかり身体が欲情していた土方は、携帯に手を伸ばすも動きが鈍く、銀時はそれを軽くかわした。
そして慣れた動作でメニューボタンを操作し、着信の履歴を呼び出す。


「えーっとォ、どれどれ? お前のヒミツは俺が全部暴いてやるからな!」


「や、やめろ!!マジで止めやがれコラァァァ!!!」



着信履歴

9/19 7:50 マイ☆エンジェル
9/19 1:35 マイ☆エンジェル
9/18 22:24 マイ☆エンジェル
9/18 18:56 マイ☆エンジェル
9/18 16:12 マイ☆エンジェル
9/18 7:35 マイ☆エンジェル
9/18 0:45 マイ☆エンジェル
9/17 21:15 マイ☆エンジェル
9/17 21:03 自宅
9/17 17:20 マイ☆エンジェル
9/17 13:17 バイト先
9/17 7:40 マイ☆エンジェル
9/17 1:55 マイ☆エンジェル
9/17 0:10 近藤さん
9/16 22:35 マイ☆エンジェル





「はああぁぁ? な、何、このマイ☆エンジェルって・・・すげー数なんだけど!?」

銀時は予想もしていなかった謎の単語に呆然とした。
一体土方の身に何があったのかと心配になるほどの違和感を覚える。

「あーあ、だから見るなって言ったのによォ・・・お前の携帯の発信履歴と照合してみれば分かるだろ」

土方が険しい表情をしつつ、すねるように口を尖らせて小声で言った。

「俺の携帯の発信履歴と・・・って、このマイ☆エンジェルってまさか」

「そうだ、お前だ」

土方がポッと頬を染め、ばつが悪そうに視線を斜め下に落とした。
これを隠したがっていたと言うことは、多少なりとも自分が恥ずかしい真似をしているという自覚はあるらしい。
土方らしくない照れた様子が余計に痛々しく見え、銀時は信じられない気持ちで一杯になった。

「おおお俺ええええええ?!な、何でマイエンジェルなんだよ!気持ちわりィィ!!!」

「うるせえ!俺にとっての天使なんだからマイエンジェルで正しいだろーがァァ!!」

「開き直んなバカヤロー!しかも間に☆って、お前どんだけ中2なんだよ!」

「俺の勝手だろうが!だから見せたくなかったんだ」

土方が密かに自分をそんな風に呼んでいたと思うと、銀時は全身の力が抜ける思いだった。
普段の凛々しい顔、そして低く響く声で「銀時」と甘く自分を呼ぶ、その時に実は心の中で「マイ☆エンジェル」と阿呆な表現をされていたなんて。
しかも本人はいたって真面目なのだ。
コイツ、なんて恥ずかしいんだろう・・・銀時は呆れてしまった。

「しかも、お前の着信って俺ばっかりじゃねーか・・・二重に恥ずかしいわコレ」

銀時はもう一度土方の携帯電話の着信履歴を見て寒気を覚え、こんな画面はもう二度と見たくないと忌々しく思った。


確かに銀時は土方に電話をかける。さらに土方からも銀時に電話をかけている。
だから実際に電話で会話するのは、この履歴よりは多いはずだ。
朝と夕方と夜と夜中、さらにその合間にはメールもするし、日中は学校で常に一緒にいるというのに。


「どんだけだよ・・・俺・・・」


その事実を初めて客観的に見て、銀時は自分が土方を大好きで仕方がないのだと指摘されたようで、顔から火が出るほど恥ずかしかった。


「じゃあこないだ、しつこく鳴ってたのは誰からだったんだ?」

疑惑のきっかけは、あの長い着信があったことだ。
穏やかではない気配の漂う、あの着信は誰からだったのだろうか。
銀時はふとそれを思い出し、尋ねた。

「あー、ありゃバイト先。休みの奴が出たからシフト入れないかっつー話。店長も慌ててたみたいでな」

土方はあっさりとそう答えた。
彼は、銀時の覚えた嫉妬や不安などみじんも知らない。

「そう、か・・・俺バカみたいだな。・・・ちょ、電話自重するわ。メールも」

土方のあっけない態度と、浮気疑惑だと完全に勘違いをしていた自分。
そして土方に依存していることにも気付き、銀時は全てに呆れて脱力していた。

一方土方は、突然銀時が電話をしないと言い出したので慌てた。


「はあ?何言ってんだ?このマイ☆エンジェルが気に入らなかったのか? だったらマイ☆ハニーでも」


「坂 田 銀 時 !!!!」


土方は冗談半分、本気も半分で譲歩したつもりだったが、銀時に叱られて苦笑いをした。
嫌がられるのは分かっていたことでもある。


だったら他にも、密かに呼んでいる名前の候補がある。


「あー、分かった、じゃあ、土方銀時にしとくわ」


「・・・ッ!!勝手にしろよ、バカ!」


(それなら、ちょっと嬉しいかも)と、思ってしまった恥ずかしい恋愛真っ只中の銀時なのであった。





=== おわり ===






20080920





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