*** 小学生日記 ***




小学校6年生の銀時は、貰ったお年玉の使い道に悩んでいた。

親も親戚も無い銀時は、それでもお年玉欲しさに、毎年お正月に顔見知りの大人を渡り歩く。
天使のような営業スマイルで「あけましておめでとうございます」と堅苦しいほど丁寧にお辞儀をすると、気を良くした大人たちが懐から財布を取り出すのを知ったのは5歳のころだった。
そうして銀時はお年玉でかなりの金額を稼いでご満悦だ。
その内のいくらかは「あんたの養育費だよ」と養母のお登勢に取り上げられてしまうのは毎年のこと。
しかしそのお金は銀時名義で貯金してくれている事を、銀時は密かに知っていた。

稼いだお年玉のうち、お登勢に渡されたのは一万円だけだった。
一万円と言えば、小学生の銀時にとっては大金だ。

欲しいものは一杯ある。
その中でも特に、どうしても欲しいものが銀時にはあった。
どうやって手に入れたらいいのか、それどころか欲しがっていいのかすら分からない。
求め方も知らない銀時は、そのことで悩んでいた。


休み時間の賑やかな教室の中、銀時は自分の机に突っ伏して頭を抱えていた。

「おい、どうした。寝てんじゃねーぞ」

幼馴染で喧嘩友達の土方が銀時の頭を小突く。
見えていない筈の銀時がその手首を掴むと、驚いた土方が反射的に手を引こうとする。
しかし逆に銀時の方へと手首を引き寄せられ、身体ごと前方へ倒れそうになる。

「てめっ、何しやがる!」

土方が焦っている間に、銀時はゆっくりと顔をあげる。
その目は今にも泣きそうに潤んでいた。一体何があったのかと、土方の切れ長の目が見開かれた。

「なあトシ・・・俺・・・」

「あ、ああ?」

「欲しいゲームがふたつあってさ・・・両方買うと3千円足りねーんだ・・・どうしよう」

銀時が苦悩の表情をうかべ、握ったままの土方の手首を強く締める。
涙目の銀時に動揺した土方は、まるで裏切られたような思いで脱力した。

「金が足りねぇんならどっちかにしろよ」

「どっちがいい?」

「俺に決めさせるのか?」

ようやく土方の手を解放した銀時は、引き出しからカラフルなチラシを取り出す。
新聞の折込チラシで、特売中のゲームタイトルが並んでいる。

「これとこれ、どっちにする?」

「・・・だから、何で俺に聞くんだよ。関係ねーだろ」

土方が呆れると、銀時はきょとんと目を丸くした。

「だってお前も持ってないと、一緒に遊べないだろ」

銀時の指差すそれらのゲームは、通信による対戦を売りにしているものだった。
その対戦相手は土方だと、銀時は言っているのだ。
まさか自分が巻き込まれるとは予想していなかった土方は驚く。

「俺・・・は、そんなの別に・・・」

「やりたくない?」

反射的に土方がゲームという選択を拒否すると、銀時の瞳の色が暗く濁る。
土方がそれに気付き、焦る。

「いや・・・やりたくねーっていうか、そういうわけじゃなくて」

しどろもどろにになりながら、土方は必死に言い訳を考える。
言い訳などする必要はないのだが、銀時に悲しい顔をさせた事がショックだった。
そんな顔をさせたいわけではない。


「・・・・・・ッ、だから・・・その・・・俺は・・・」


土方が何か言おうとするので、銀時は小首をかしげ、じっと彼を見つめる。
その視線に負けた土方は、頭の中が真っ白になった。


「・・・わ、分かった、これ買おう」


そう言って指をさしたのは、銀時が最初に示したゲーム。

「これでいいの?」

銀時は怪訝そうな表情をしたが、土方が頷くと嬉しそうに口の端を吊り上げた。




本当は、さほどゲームになんか興味は無いんだ。

でも対戦するって口実でお前を独り占めできるなら、大事なお年玉を投資するのも無駄使いじゃないだろ?




心の中で密かにそう呟いたのは、どちらだったのか。



彼の欲しいものは、もうすぐ手に入るのかもしれない。



終わり。



20090119




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