木枯らしの吹いていた寒い冬を越して
暖かい桜の季節がやってきた。

受験勉強を頑張った甲斐があり、
俺たちは無事に、同じ私立高校へ進学することができた。


二人で見に行った合格発表の日は、朝から緊張した。
まるで俺と銀時の未来を決めるかのような気がしていたからだ。
・・・勿論そんな事は俺の考えすぎなのだが、実際そのくらいに意気込んで臨んだ。
ふたりの受験番号を発見した時には、最高に嬉しくて、達成感で身体が震えたほどだ。
その時の銀時の嬉しそうな笑顔も、俺の記憶にハッキリと焼きついている。
出来ることならば、記憶から切り取って写真のように飾っておきたいと思うくらいに幸せな瞬間だった。

春休みの間は暇だったので、何かと銀時と一緒にいた。
ゲームセンターに行ったり映画を見たり買い物をしたり、毎日がまるでデートだ。
・・・まァ、デートだと思っていたのは、俺だけだろうけど。
朝から晩まで銀時を独り占めできるなんて、まるでガキの頃のようだ。
幼稚園や小学校の頃の俺は幸せモノだったんだな、と改めて思ったりした。

中学を卒業してから高校へ入学するまでの僅かな期間、満ち足りた日々だったと思う。
その日々の記憶の全てに、銀時がいる。
俺たち共通の思い出が、またひとつ増えた。かけがえのないものだ。


こうして会えば会うほど、銀時への想いは進むばかりだ。
成長するにつれ、良くも悪くも自分の気持ちが明確になっていく。
同時に自分の立場や銀時の気持ち、世間とのズレなど・・・知りたくない事が嫌でも分かってしまう。
感情だけで進んでいいわけがない。
止まれ。
止まらなければ・・・
そんなこと頭で分かっていても、焦る心と熱くなる身体はどうしようもない。


遠くから銀時を見守るだけの存在に、
心の支えになるような親友に、
そうなりたいと願っているのに。


あいつのことを裏切るような事だけはしたくない。
悲しむ顔は見たくない。
俺が望むのは、あいつの幸せだったはずだ。

理性と感情と欲望がごちゃまぜになって俺の中に渦巻く。
結論を出した気でいても、次の瞬間にはまた揺らいでいる。

「幼馴染の親友」・・・その正解は目の前にあるのに、まだ迷い悩んでいる。



暖かく穏やかな春の日。
毎日のように銀時に会えるのは何より楽しい。
何もしなくていい時間があるのも嬉しい。
身軽な環境になったぶん、今まで後回しにしておいた悩みが俺を襲う。

理性を試されているようだ。

高校生になって気分が変われば、この悩みを忘れてしまえるだろうか。
俺はまた、銀時や自分の気持ちから、逃げ出そうとしている。
・・・逃げ切れたらどんなにいいだろう。


どうしても自分を誤魔化せない。

好きだと認識した時と同じように、諦めることも時間をかけて自分を納得させる必要があった。

始まりよりも終わりの方が、難しい。






甘くて楽しい、そして少し苦しい春休み期間も過ぎると、ついに高校の入学式だ。
俺と銀時は、待ち合わせをして一緒に駅へ向かった。


電車と地下鉄を乗り継いでの通学になる。
片道30分くらいだろうか、巨大なターミナル駅での乗り換えに初めは戸惑い時間がかかった。


学校の最寄駅に近づくにつれ、いたるところで同じ制服をきた生徒たちを目にする。
みんな同じ駅でぞろぞろと降り、同じ道を通って校舎の中へと入っていく。

男も女も、1年から3年まで、真面目そうな奴もいればチャラチャラしてる奴も、本当に様々な生徒がいる。
それぞれ理由があって同じ学校を選んだのだろう。不思議なものだ。
個性があるのは良いことだが、同じ学校の生徒には違いない。校則は大切だ。
あまりにもふざけた野郎には制裁くわえてやんねえとな。
だらしなく長いピアスを垂らしたチャラ男を見つけて、俺は目をつけた。
元、風紀委員の血が滾る。
もちろん、高校でも風紀委員に入るつもりだ。



入学式の前に、クラス分けの発表がある。

校庭の端に張り出された表をみて、自分のクラスを確認する。1学年A組からF組までの6クラスある。
ここでも、やはり銀時と同じクラスになれたら・・・と願ったが
----------残念ながら俺がA組、銀時はE組とかなり離れてしまった。

受験という荒波を乗り越えて同じ学校に入れただけでも、良かったとしよう。
また忘れ物だとか口実を作って、銀時の教室にも顔を出せばいい。
そう自分を励まして、隣の銀時を見る。


新しい制服はブレザータイプだ。

3年間学ラン姿を見てきただけに、妙に新鮮で華やかに見える。
新入生が掲示板の前に群がるなか、銀時も首をのばしてクラス分けの表を覗き込んでいた。

「・・・トシと俺、別々になっちゃったな」

「そうだな。ま、しょーがねーよ」

それだけ言って、俺たちは自分のクラスの列に並んだ。


これから体育館で入学式だ。
さすがにA組とE組だと列も離れており、銀時の姿は他の生徒たちに隠れて全く見えない。
同じ場所にいながら見えないほどに離れてしまったのは、初めてかもしれない。

何故かざわざわと心に不安がよぎる。
あいつは本当にそこにいるのか?
ずっと見失ったままになってしまわないか。


この入学式の日から、俺と銀時は全く違う高校生活を送った。

今日、俺たちの道は二つに分かれていたのだ。



その事に全く気づかず、同じ高校に進学できたというだけで、俺はすっかり安心していた。

ちゃんと銀時を捕まえておかなければ、誰かに奪われてしまう。

そんな事まで、考えが及ばなかった。

まだ甘かったんだ、俺は。



俺は中学の時に気に入っていた風紀委員と、そして剣道部を選択した。
中学の時と同様に、朝も放課後もこのふたつの活動で埋まってしまうだろう。
しかし、忙しい方が余計な悩み事を考えなくていい。

委員会も部活動も必須活動ではないので、
銀時はどちらもやらず、外でアルバイトに勤しんでいた。

「俺ももう働けるし、高校なんか私立入れてもらっちまったしさ。あんまババァの負担になると悪ィじゃん」

銀時はそう言っていた。

「バイトは結構だが、高校生らしいバイトしろよ?」

「高校生らしいって・・・なに?」

「ファーストフードとかコンビニとかスーパーの裏方とかが定番だろ」

「ふーん・・・まあ俺の場合、もうコネで決まってるんだ、バイト先」

嫌な予感がする。
銀時のコネといったら、あまり健全ではないような・・・

「どこだ?」

「かぶき町の・・・おっと、これ以上は言えませんー」

「お前ソレ絶対夜のバイトだろ。夜はやめとけよ、危ないし、また体調崩すだろ」

俺が精一杯心配してやってるというのに、銀時の耳にはまったく入っていないようだった。

このまま銀時の好き勝手にやらせて、また中学生の時のように倒れでもしたら俺はまた激しく後悔することになるんだろう。
それから事あるごとに、銀時に夜のかぶき町への出入りを止めるように説教したが、全く効果はなかった。
もしかしたら、あの街はあいつにとって居心地が良いのかもしれない。

銀時のアルバイトは、結局3年間続いた。
しかし、かぶき町で何をしていたのかは、知らないままだ。







俺は案の定、相変わらず委員会や部活で忙しい日々だった。
朝練のために銀時とは同じ時間には登校できないし、帰りなどはなおさらだ。

全く銀時に会うチャンスがないので、用事をつくって銀時のクラスまで行こうとした。
・・・のだがしかし、銀時の所属するE組と隣のF組は教室はかなり遠い場所にある。

かなりというか、完全に別棟なのだ。

俺たちのいる校舎は本館、つまり古い校舎だ。
本館校舎と呼ばれている。
それから改築工事で建て増しされたのが、銀時たちのいる新館校舎。

本館校舎の端から無理やり渡り廊下で新館校舎へ繋げているような作りだ。
新館校舎に行くまでは本館を端まで行き中庭を抜け、渡り廊下の先にある階段を登らなくてはいけない。

全力で走っても片道5分以上かかる。
授業の合間に往復することはまず不可能だ。
教科書を忘れたので貸してくれ、などとやっていたら完全に授業に遅刻してしまう。

話をしたいのなら、携帯に電話をした方がいいほどの距離だ。

新館校舎は「一応、教室を増やしました」という申し訳程度の3階建ての小ぢんまりとした校舎で、教室自体多くない。
したがって、全学年それぞれの、E組とF組だけがポツンと離されている。

この効率の悪い校舎の作り方と、教室の配置の仕方には納得がいかない。
学校の担当者が、最初に何か間違ったんじゃないかと、俺は今でも疑っている。
勿論ロッカーや昇降口も専用にあり、そちらの出口の方が便利で最寄駅とも近い。
従って新館校舎の生徒が本館に来ることは、あまりなかった。

そのせいで、学校で銀時と会うチャンスは、殆どなくなってしまった。

これでは、せっかく同じ高校にいるのに余計に遠い存在になっているようだ。
もしかしたら、別々の高校に行っている方が「最近どうだ?」と話しかけやすいかもしれない。
なまじ同じ学校にいるだけに、よほど大事な用事でもないと連絡する必要もない。

会いたくても会えない。
余計にあいつの事が気になるじゃねえか。
いっそ強制的に想いを断ち切れれば・・・いいのだが・・・。




剣道部に入部してみて分かったのだが、同じ学年の隣のクラスに俺の友人の近藤さんがいた。

中学は違うが、剣道の大会で顔を合わせているうちに親しくなった。
剣道の強さもあるが、大物観と人の良さが気に入っている。豪快で優しくて、男気がある。
そのうち、俺はいつもこの人とツルむようになった。

風紀委員でも一緒になり、俺としては心強い相方ができた。
俺は近藤さんのような懐の深い人を尊敬している。
おかげで、銀時への依存度も軽くなったようだ。


一方、銀時にも新しい友人が出来ていた。

ただし、殆どが新館校舎の連中なので俺には素性がよく分からない。
新館校舎になどあまり行く事が無いので、見回りの時くらいは銀時の姿を探すようにした。

あいつとツルんでいる連中のことも、名前くらいは把握できるようになった。


長髪のうっとおしい桂とかいう奴は、学級委員をしている一応優等生。
いつも無愛想で、怒ったような顔をしている。
顔は涼しげなのに行動がウザい奴、という話を耳にした。
喋るともっとウザイ・・・らしい。
実際のところ、喋ったことはないので分からない。
真面目そうで、意志も固いようだし、結構面白い奴じゃないかと思う。


やけに声のでかい豪快な奴が、坂本とか言ったっけ。
喋り方や立ち振る舞いが、どことなく田舎くさいのは何故だろうか。
噂によると、あれでも金持ちのボンボンらしい。人は見た目によらないもんだな。
銀時はこいつの事を時々ボコっているが、こいつは笑っている。不思議だ。
頭カラッポだという話も聞く・・・。


それから、妙に気になるのが高杉とかいう奴だ。
俺も目つきが悪いが、高杉も相当、目つきが悪い。
見回りにいくと不敵な笑みを浮かべて、俺たち風紀委員を迎える気持ちの悪い奴だ。
派閥のようなものをつくっているとも聞いたが、今のところは問題行動もないので放って置いてある。
何を考えているのか分からず気に入らないというのが、俺の正直なところだ。

銀時はこいつらと、特に高杉とは仲が良いらしく2人でいるところをたまに見かける。
俺には睨みつけるような、それでいて口元だけは笑んだ表情しか見せない高杉。
しかし銀時の前では普通に笑いやがる。
銀時も、楽しげにしている。


女といるところを見るのも苛立つが、男といるのはもっと腹が立つ。

恋人の座などは女に敵うわけもないので諦めもつくが・・・って実際まだ諦めきれていないが・・・
しかし、男として親友の座だけは誰にも譲れない。


銀時の側にいて、アイツのことを最もよく知っているのは俺なんだ。
その自負は、ガキの頃から変わらない。

銀時と親しげに、楽しそうに談笑する友達たちに思わず嫉妬してしまう。
胸の奥でなにかがチリチリと焦げ付く。


銀時にとって、俺というのは一体どんな存在なのだろう。



俺は銀時を見守ってやるのだとハラをくくったくせに、今だに諦めきれずにいる。

手に入れようとしてないくせに。
手には入らないものだと分かっているくせに。



はやく、この恋を諦めたい。

諦めたいのに・・・



以前、銀時が言っていたように、実は俺もモテているようだ。

高校入学以来、時々女子から呼び出されて、ひっそりと告白されたりした。
強制的に銀時を諦められるかも知れないと期待して、俺も女と付き合ってみることにした。
特定の相手が出来れば、世界観が変わるだろうと思ったからだ。

銀時の事を諦めるためには、まず俺が積極的に変わらないといけない。
とりあえず好みの顔をした女子の告白を受け入れ、付き合い始めた。

生真面目な俺だから、付き合う女には優しいはずだ。
付き合う以上は大事にしている・・・つもりでいるのに・・・結局は何ヶ月もしないうちに別れることになる。
俺が女に飽きる事もあるが、大抵女の方が俺のことを「冷たい」と言いやがるのだ。


女の言う「冷たい」の意味が分からない。


歴代の交際相手との俺の態度を、思い返してみる・・・。

部活や委員会で忙しい生活の中、ちゃんと会ってやっていた。
会うことが大事だと思っているので、最優先にしていた。何が不満なのだろう。

一緒に下校したいと言われれば、部活が終わるまで待たせてやったし。
・・・もしこれが銀時なら、部活を早めに切り上げるところだが。

休日にデートしたいと言われれば、午後から会って買い物や映画に付き合った。
・・・もしこれが銀時なら、朝からだって一日空けるけどな。

メールの返事だって、ちゃんと全部返した。疲れた時は遅くなったけれど。
・・・もし銀時からのメールなら、何があっても即レスだが。

電話だって、手が空いていてば出てやるし。
・・・銀時からの電話なら、夜中だって出るけどな。

好きかと聞かれれば、何度でも好きだと言ってやった。
・・・もし銀時になら、聞かれなくても言ってしまうかもしれないが。

ご休憩2時間、終わるとすぐ服を着るのを怒られたこともある。
・・・もし相手が銀時なら服なんて・・・いやそれは俺、考え過ぎだろ、ご休憩はナイナイナイ!

俺のマヨラー度合いに、相手が引く事もよくあった。
・・・しかし銀時なら味覚の事でも、お互いにそれをけなして楽しんでいたのに。

何故か思い返すたび、もし銀時相手なら・・・などと不毛な想像してしまうが。
銀時のことは別にしても、それなりにちゃんと付き合えていたと思う。
けっこう真摯な態度じゃないか?
それでも「冷たい」っていうのは何故だ。
他のカップルはどういう付き合い方をしているんだ?
みんな、こんなモンじゃないのか。

俺なりに、優しくしてやっているのに。
相手にはこれでも足りないんだろうか。
俺に何を求めていたのだろう。

どうしてそんなに冷たいの、私の事もう好きじゃないの?
その上、わんわん泣かれてしまうと、正直もう面倒臭いだけだ。

そうなると「じゃあな」とあっさりと別れてしまう。
未練も何もあったもんじゃない。
少々のいい思いが出来たら、それこそもう用もない。



・・・アレ?

付き合う女を、とりあえず顔で選んで、遊んで、早々に終わる?

誰かに似ていないか?



それじゃあ・・・

・・・まるで銀時じゃないか。

俺と銀時がこんなところで似ていたなんて・・・意外だ。



銀時の恋愛理論は、生真面目な俺には理解できないはずだった。
しかし結局、同じようなことをしている。


俺もあいつと同じように、「好き」だから付き合い始めるわけじゃない。
「とりあえず」「誰でもいい」「付き合ってる間は好き」「なんとなく終わる」


あいつの言っていた言葉が脳裏に蘇ってくる。
今なら、当時は全く理解できなかったその感覚が、少しだけ分かる。


あいつの場合は寂しさを埋めたい一心。
俺の場合は、銀時を諦めたい一心。
所詮身近なところで、手軽に救いを求めただけだった。
そんなもん、ろくな結果にならないのは当然か。


俺なりに精一杯「好き」になろうとしているのだが、相手はそれを待ちきれない。
きっと俺が別のヤツに心を奪われているのが、バレてしまうんだろうな。

何度かそういう交際を繰り返し、俺は、まっとうな恋愛を諦めた。
無駄に相手を傷つけてしまうし、自分も疲れる。


例えば・・・銀時を想うだけで、切なくて眠れない夜を過ごしたり、
他の誰かと親しげにしただけで胸が痛くなるような嫉妬をしたり、
あいつの柔らかい笑顔を見るだけで幸福感に包まれたり・・・

これが俺の、本当の「好き」という状態なのだろう。
困ったことに銀時以外には、こんな気持ちになれない・・・ようだ・・・今のところ・・・・・・




はっきり言って重症だ。



本当にそろそろ、銀時への想いをどうにか処理しなくてはいけない時期がきている。
もう銀時のことはキレイサッパリ諦めて、いい友人としていられたらそれがベストだ。

銀時にとっても、俺にとってもそれが最もいい友情の形だ。


それなのに、おかしいほどに銀時を欲しがる自分もいて、こいつが頑固で何度でも沸きあがってくる。
昔は想像すらしなかった生々しい欲望が、何時の間にか俺の中に根付いている。

・・・銀時の身体を両腕できつく抱きしめ、滑らかな肌に触れふわふわといい香りのする髪の毛に顔を埋め、
柔らかそうな唇を強く吸い上げ、舌を味わいながらゆっくりと衣服を脱がせて・・・・・・

・・・いや、ありえないな・・・絶対にありえない。
こんな欲望、あってはいけない。
銀時をこんな汚い目で見たくない。
止めろ。止めるんだ。


想像するだけで、目の前がくらくらと揺れるほどに興奮してしまう。
止まれ、いけないと制止する自分の中で、それでも求める気持ちが先走り、抑えきれない。





一瞬、心の奥底で

「銀時を他の誰かに奪われてしまうくらいなら、いっそ俺が」

-----------そんな都合の良い、甘い考えがよぎる。




どんなときでも相手を選ぶのは銀時だ。
それすら忘れて、強引に迫ってしまいそうだ。

触れたい。抱きしめたい。欲しい。欲しい。
許されるわけがない。現実になるわけがない。
絶対にダメだ。
止まれ。
考えるな。
止めてくれ。

幼い頃から大事に守ってきた銀時を、自分の手で汚してしまいそうで、恐怖すら覚えた。




もう、抑えられないかもしれない。

自分自身が許せない。

こんな自分が大嫌いだ。止まれないのなら、消えてしまえ。

救いなどない。溺れる一方。ただ、もがきあがくばかりだ。



それでも・・・



もう一度、あいつが俺を呼ぶ声を・・・・・・聞きたいんだ・・・・・・。










俺の悩みと苛立ちは、とにかく部活動にぶつけることで解消させてきた。

無我夢中で身体を動かす。
大声を出して竹刀を振るう。前以外は見ない。

根本的な解決になっていないのは重々承知の上だ。
しかし何もかも忘れて剣道に没頭していると心身共に軽くなり、とりあえず今を凌ぐことができた。
そうだ、今さえ凌げればいい。

こんな不毛な感情を、自分の中に溜め込んでおくのがいけないんだ。
悩むのは自分の精神が弱いせいだ。
とにかく忘れろ。
無かったことにしろ。
絶対に銀時だけは、守り抜け。

とにかく、忙しいほうがいい。何も考えずにすむ。
俺はひたすら部活動に、勉強に、委員会に、そして女子との交際に、とにかく全力でめまぐるしく活動した。
朝から晩まで、休み無く予定が詰まっている。自分でも訳が分からなくなる時すらある。
周囲の人たちから見た俺は、さぞ学生生活を満喫しているように写っただろう。
皮肉なことに本当に欲しいものは、近くて遠いところにあったのだが。
無理やりに忙しくはしていたが、それはそれで遣り甲斐があるのは事実だった。
忙しさに追われて、そして救われている。

一方銀時は、相変わらずだ。
勉強はせず、友達や彼女と遊び歩き、アルバイトに熱心だった。
学校には一応、顔を出している程度だろう。
俺のように朝から晩まで学校にいるような生徒とは、対極にいる。
朝は遅刻ギリギリに登校し、帰りはHRを待たずに消えてしまう。欠席も多い。
あいつなりにとても忙しそうだが、どこで何をしているのか謎だらけ。
見る人が見れば、それはそれで学生時代を満喫しているように写るだろう。


高校一年生、とにかく必死で無我夢中だった時期。

常に微熱があるかのように身体が熱く視界はかすみ、頭痛がしていた。



昔は何もかも同じ世界で生きてきた俺たち。

今だって同じ「高校生」という世界に生きているはずだ。

しかし、いつの間にかもう、生活自体が全く違うものになってしまっていた。



俺は学校生活を大切にしているし、銀時は自分のやりたい事を、つまり私生活を優先している。

これが価値観の違いなのだろう。



こうやって少しづつ、少しづつ、俺と銀時の生き方が違ってきている。


いつまで同じ場所にいられるのだろう。


今はまだ、かろうじて学校という枠でくくられている。

この先、卒業したらもう会うことすら、なくなってしまうんじゃないか。

忘れてしまうんじゃないのか。







このままでいいのか・・・?







自分に問い掛けてみても、納得のいく答えなど思い浮かびもしない。






-------------頭が痛い。






気がつくと、あっという間に一年が過ぎていた。






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