翌朝、新年を迎えた。


いつもどおりの冬の朝だ。

しかし今日から新しい1年が始まるというだけで、通常とは違う厳粛さを感じる。
家族に軽く新年の挨拶をして、俺は家を飛び出した。まだ薄暗い。

銀時との待ち合わせをした、近所の神社の鳥居下まで急ぐ。


外は凍えるほどに寒い。

息も白く、身体の震えが治まらない。
まるで刺すような空気の冷たさが、寝起きの身体を刺激する。
目が覚め、意識も鮮明になる。

正月の朝は、とても静かだ。
いつのもように通勤する人も、ジョギングする人も、犬の散歩をする人も見かけない。
たまにすれ違う人は、やはりみな神社の方から戻ってくる人だ。

家を離れて神社へ近づくと、それまで水を打ったように静まり返っていた空気が、賑やかになってくる。
子供を連れた家族や、老夫婦など、家族単位での客が多い。
わいわいと楽し気な会話が聞こえてくる。さすがに新年から喧嘩をしている人もない。
それぞれ思い思いにお賽銭を入れ一年の祈願をしに集まる。


俺は人の流れを避けながら、鳥居の下に立って銀時を待った。

参道には初詣客が多く、この賑わいのおかげで少しだけ寒さも緩和されているような気がした。


この近所にある小さな神社には、俺と銀時の思い出が詰まっている。

幼い頃、俺の両親に連れられて、銀時も一緒に初詣に来たことがある。
当時は初詣が何なのか知りもしなかったが、遊び気分ではしゃぎ、参道や境内を走っては親に怒られた。

渡された小銭をワケもわからず賽銭箱に投げ入れ、銀時と二人でガラガラと鈴を鳴らし、やりすぎてやはり怒られた。
生まれて初めて、おみくじを引いた。
漢字が読めないのであまり面白くなかったが、あの小さい紙を木に結ぶのは楽しかった。

最後に交通安全のお守りや破魔矢を買った。
破魔矢はウチに一本と、銀時もお登勢さんへのお土産代わりに、一本買って貰っていた。
それを二人でどちらが遠くまで飛ぶか競って、砂利の上にブン投げた。
結果が出るまえに、母親の雷が落ち破魔矢を没収された。
散々叱られたが、何故か俺の記憶には楽しい思い出としてしっかり焼きついている。
子供の俺はとてもはしゃいでいた。

それは間違いなく、銀時が一緒にいたからだろう。

実際、銀時のいない年の初詣など、ほとんど記憶にないのだから。





久々に見る神社、そのあちらこちらに銀時との思い出が落ちていた。

今まで忘れていた記憶が、この風景をきっかけに記憶の中に蘇る。

そのひとつひとつを、拾い上げては大切に胸に仕舞う。

どんな小さな思い出だって、忘れたくない。

俺と銀時がお互いに持っている記憶。



かけがえのない記憶。



一生の宝物だ。






この神社で一番の思い出は、やはり夏祭りが多い。

こんなに小さな神社ではあるが、夏には出店が並んで、祭りが開催される。
小学生の頃は、毎年欠かさずに祭りで遊んだ。

輪投げ、カタヌキ、金魚救い、射的など・・・
とにかく勝負ざんまいだ。

1回勝負だというのに、あいつが負けると勝つまでしつこく勝負を挑まれる。
かわりに、俺が負けて再挑戦を挑んでもあいつはなかなか受けない。
しまいには「あんず飴一本奢ってくれたら」などと我侭を言い出す。
それでも勝負したい俺は、何故かあいつにあんず飴を与えてしまった。
今、それを思い出すと可笑しくなる。あの頃から銀時の方が、うわてだったな。

毎年毎年、同じような遊びに熱中していた。
その時その時の勝負に夢中だったので、最終的な勝敗は分からない。
ただ、とにかく、あいつと何かを競うのが楽しかったのだ。


勝っても負けても、あんなに楽しいことは他にないだろうな。


俺はこうしてまたひとつ、大切な思い出を拾い上げていた。
もう忘れないように、その光景を脳内で繰り返し再生する。


「トシ、お待たせ」

懐かしい声が聞こえる。
昨日の夜に聞いたばかりなのに、とても懐かしい。
振り返ると銀時がコートのポケットに両手を突っ込んだまま、俺の方へ向ってくる。

ああ、やっぱり懐かしいな。会いたかった。
この目の前の銀時も、昔のようにあんず飴が好きなのだろうか。

記憶が入り乱れる。
いつも同じ世界を見ていた、あの頃に帰れたらいいのに・・・胸の奥に宿るもどかしさを感じながら。


「あけましてオメデト」

寒そうに肩をすくめ、大きくまいたマフラーで口元まで覆った銀時が、目だけ微笑んで挨拶をする。
口元だけ笑うところは見るが、目で笑うことはあまりない。
物珍しく思いながら、同じく「おめでとう」と挨拶を返す。

新年の一番初め。
『誰よりも先にお前に会えて嬉しい』。
そう言いたかったが、きっと引かれると思い黙って参道を歩いた。
斜め後ろから銀時がてくてくと付いてくる。

「新年の一番最初に、トシに会えて嬉しーよ」

銀時が、本当に嬉しいのか分からない棒読みで、さらりとそう言った。
一瞬、俺の心の中がバレたのかと思い、驚いて振り返る。
徹夜明けの銀時は重そうな瞼で半眼になっていた。俺が凝視しているのに気付き、ププッと吹き出して笑う。

「んだよオメー、すげー顔」

「あ、いや、えー・・・」

俺も嬉しい、そう言いいたい。言ってしまえ。
心の中で、もう1人の俺の声がする。

しかし、素直になれない俺の本体は違うことを言う。

「そういうわりには、全然嬉しくなさそーだぞ、お前」

「あ、バレた?」

銀時が柔らかく微笑む。
こんな笑顔は久しぶりだ。時々見せてくれる、銀時の本当の笑顔。
いつも俺が引き出してやりたいと願っていたあの顔だ。
口調はぶっきらぼうなのに、笑顔だけが穏やかで優しい。


なんだろう、機嫌がいいな。


嬉しそうな笑顔を見られるのなら、どんな我侭だって聞いてやるのに。
今日ここに来て・・・本当に良かった。

斜め後ろにいた銀時に歩調を合わせて、隣を歩く。
今はどんな表情をしているんだろう。

もっと、あの笑顔がみたい。


そう思っているうちに、短い参道を歩き終え賽銭箱の前に辿り着く。

二人同時に賽銭箱へ小銭を入れて、手を合わせる。


手を合わせて目を瞑ると、自然と願い事を心の中で唱えてしまう。

さて、何を祈ろうか・・・健康、学業、恋愛・・・?

候補はいろいろあってひとつには定まらない・・・

そのはずが、脳裏には候補に選んでいないはずの願いがよぎる。





ずっと、こいつと、一緒にいられますように・・・





考えるより先に、心の中でそう唱えていた。




何でこんな事を・・・これが俺の本当の願いだってことか?

あらためて実感してしまう。もう諦めたはずなのに、まだこんな願いを持ってやがる。
そうだ、諦めたんだ。欲しいなんて思ってねえ。


あ、だから!!
友達として・・・で、いいんでお願いしますッ!!


開きかけた目を、慌ててもう一度ギュッと閉じ、そう追伸する。

神様にも誤解のないように言っておかねーとな!
まあ、神様には俺の本心など・・・お見通しなんだろうが。

・・・自分への言い訳に過ぎない。
俺はまだ、自分にも嘘をついているのだろうか。



友達としてで構わないので、ずっと一緒にいたい。

好きになることで、二人の関係を壊してしまうくらいなら、欲しいなどと求めない。覚悟はしている。

だから・・・側にいるくらいは、いいだろう?



いつまで、一緒にいられるのだろう・・・




突然に、ひとりで空回りしている自分が恥かしくなり、そっと目を開ける。
隣を見ると、そこに銀時の姿はなく、隣には見知らぬオバサン。

逆の方向を見ると銀時が俺の隣にいて、にやにやと笑って待っていた。

「随分と長かったじゃん。何をお願いしたんだよ」

「せーな、人に言うと叶わなくなるんだ」

「じゃあ尚更だ、教えろよ」

「お前も教えろよ」

「やだね。叶わなくなるじゃん」

「テメいい加減にしやがれ」

お互いに肩で小突き合いながら、段差を降りる。
狛犬の隣を通り過ぎる時に、銀時が突然「あっ」と声をあげた。

「そーいやトシ、この狛犬に登った事あるよなっ」

「へえ、覚えてねーなあ」

「俺がこっち、トシがあっちに乗ったんだよ。そしたら売店のオバサンに見つかってー・・・」


今はお守りやおみくじ、絵馬などを販売して賑わっている売店を指さしながら、銀時が遠い記憶を語る。

忘れていた脆く壊れそうな思い出を、膨大な記憶の中から探る。
細い糸を辿るように、優しく静かに、大切に思い出しているようだ。


俺は銀時の話を聞きながら、当時の記憶を辿る。
しかし全く思い出せない。

それでも俺は必死に、狛犬や売店の風景を頼りにして記憶を昔へ戻そうとしていた。

「俺は逃げて隠れたけど、トシはオバサンに捕まっちゃって、スゲー叱られたんだよな」

銀時が狛犬を見ながら、クスクスと笑う。
その時の慌てふためく自分たちを思い出しているんだろう。さぞかし、スリルがあったはずだ。

「ふうん・・・やっぱ思い出せねー」

「俺はよく覚えてるよ。だってその後、『銀時が1人で逃げやがった』・・・ってトシがムクれちゃってさー。
ぜーんぜん口きいてくれねーの!!それが俺、ショックでさあ・・・凹んだなあ・・・」

さっきまで楽しい思い出に浸って笑っていた銀時だが、だんだんと寂しそうに声のトーンが沈んでいく。
当時の、子供心に辛くどうしようもない気持ちが蘇ってきた様子だ。

俺は子供の頃の自分に責任を感じて、つい「そりゃ悪かった」と謝ってしまった。
それを受けて銀時が「どうせ覚えてねーくせに」と笑う。

「もし今、タイムスリップできたら、あの時の俺に言ってやりてえなー。
1人で逃げるなんてズルイぞって・・・トシと一緒にいろ・・・って。そしたら後で辛い思いしなくて済んだのにな」

銀時が遠い目で狛犬を見つめていた。

その目には、当時の自分の姿が見えているんだろう。
薄く、寂しそうに微笑んでいる。

「まあトシがモタクサしねーで、俺と逃げちゃえば良かったんだけど?」

俺は黙ったまま銀時の隣に立ち、一緒に狛犬を見ていた。

残念ながら、結局俺には当時の自分たちは見えなかった。





あの頃に戻れたら・・・俺もいつも、そう思う。
当時の俺に言ってやりたい事がたくさんある。

もっともっと銀時の側にいてやれと、そう言いたい・・・





重くなってしまった空気を改めるように、突然、銀時が明るく声を張り上げた。

「いよっし、景気付けにおみくじ引こうぜ!!」

幼い頃と全く変わらない小さな売店。
普段はガランとしていて客などないが、正月だけは大盛況だ。
店の中にいる若い巫女も、学生の臨時アルバイトのようだ。

「あの時の恐いオバサンいるかな?」

「いやいねーだろ、もうババァだろうし」

なんとか人を掻き分けて、おみくじ売り場へ割って入る。
箱に入った白い棒を引き、該当する番号のおみくじを受けとる。

占いの類には興味がないが、それでもくじを引くとなると結果が気になる。
正月のくじには大吉を多くしてあると聞くし、結果は分かったようなもんだろ・・・。

俺が自分のおみくじを開けようとしたその瞬間、隣で銀時の悲鳴が聞こえた。

「うわああああああッ!!」

「ど、どうした銀時!!」

「マジでか!!凶だってよ!!んだよこれェェエ!!」

凶、と一言大きく書かれたおみくじを俺に突きつけてくる。

たかがくじで、天地がひっくり返ったような大騒ぎだ。その様子が可笑しくて思わず吹き出す。
珍しく、笑いが止まらない。
いつまでも口の中で、クックック・・・と笑っていると、銀時がじろりと俺を睨む。

「トシは何だったんだよ!」

これで俺に大吉でも出ようもんなら、どんだけ悔しがるか・・・そう思うと愉快でならない。

銀時が俺の手元を見守る中、ガサガサと小さな紙を開ける。




その小さな紙切れには、大きく一文字---------- 「凶」 とあった。




「ちょ、オイ、マジでか!」

「うおおぉやった!でかした!ざまみろトシ!最悪だ!」

「うるせーテメーも凶だろーが!」

「正月のおみくじに凶って少ないらしーぜ?俺たちすげーなァ!最悪コンビだぜ!」

釈然とせずに唇を尖らせる俺とは対照的に、銀時は腹を抱えて笑っている。


面白くない事態なのに、あまりにも楽しげな銀時。
その様子をみているうちに、俺も気分が和らいだ。
こんなに声をあげて笑う銀時を見たのは、どれくらいぶりだろう。

「ほんッと、くだらねえな・・・」

はしゃぐ気持ちが伝染ってきて、俺まで笑いたくなった。
つい、唇の端が上がってしまう。

辺りの木々の端には、おみくじの紙切れがごっそりと結ばれている。
幼い頃に自分たちも、これらと同じように枝におみくじを結んだ記憶が蘇る。

懐かしい気持ちになり、ふたたび手の中のおみくじを結ぼうと、空いている枝を捜して歩いた。
そんな俺の後ろを、まだクスクスと笑う銀時が付いてくる。

しかしおみくじを手にしたまま、結ぼうとはしない。

「おい銀時、結ばねえのか?この辺の枝、空いてるぞ」

「うん、俺はいい。コレ持ってるわ」

「凶だぞ、凶。こんなもん持ってても仕方ねーだろ」

「まぁね、でもこの凶、すげー低い確率で大当たりしたようなもんじゃん?しかもお前とお揃いなんてマジすげくね?」

にこにこと笑う銀時。
手にした「凶」の紙切れを唇に当てる。
まるでキスでもするかのような仕草に、俺の視線がその手元に釘付けになってしまう。

「このおみくじ見るとさ、今のお前の仏頂面を思い出して、つい笑っちゃうだろ?」

そう言いながら自分の目の前、空中に手で円を描く。
多分銀時の視界には、その見えない円の中に「俺の仏頂面」があるのだろう。
それを見てクスクスと、また嬉しそうに笑う。

「凹んだ時に元気の出るお守り」

銀時は「凶」のおみくじを、大切そうに財布の小銭入れの中に仕舞った。

そう言われると、この「凶」にも価値があるような気がしてくる。

確かに、いつかこのおみくじを見たら、今日の出来事--------同時に銀時の嬉しそうな笑顔を思い出すことだろう。
その時はきっと、温かな気持ちになる。
元気の出るお守り・・・か。それもいいかもしれない。

俺も銀時の真似をして、そのおみくじを財布に入れた。
いいお土産が出来た。家に帰ったら、早速この「凶」の文字を見たくなってしまうかもしれない。



今日の銀時は機嫌がいい。

終始、嬉しそうに微笑む。柔らかな笑顔、俺の好きな笑顔。


いいことでもあったのだろうか。

・・・もしかしたら、あのことが・・・

脳裏に銀時の好きな女、ミツバのことがよぎる。

上手くいったのかもしれねえな。


もうこの事でショックは受けないだろうと、自信があった。
あの夏の日から、散々、悩んできた。
銀時のことは、自分を抜きにして応援してやれる。応援してやらなくては。

そう覚悟して、その名を口にしてみた。


「銀時、お前、沖田の姉さん・・・ミツバの事が好きなんだよな」

「え?」

銀時が驚いた顔をした。
違ったのだろうかと俺が怪訝そうにしていると、銀時の顔に笑みが戻る。

「まーね、でも脈ねーんだ」

「脈がないことはないだろ」

「ねーよ、だってミツバはお前が好きなんだぜ?」

「知るか、俺は紹介してもらってねーからな」

「あ、悪ィ・・・その件はちょっと、さ」

「構わねえよ。お前がマジで好きなら、俺は・・・応援してやるから」

俺はついに言った。ちゃんと、応援してやると言えた。

こうして銀時への想いをひとつづつ断ち切って、最後にはきっぱりと諦めるんだ。

今のは、その第一歩というところだろう。
俺は、ホッと安心した。

「お前に応援されてもさ、恋敵だしー・・・ま、気持ちだけはアリガト」

銀時がいつものように、にやりと笑う。

「今日のお前楽しそうだから、上手くいってるのかと思ったぜ?」


短い参道をのろのろと歩きながら、二人で並んで歩く。

ここにも、たくさんの懐かしい思い出が落ちている。
そして今日、また新しい思い出が出来た。
二人きりの初詣、おみくじで「凶をひいたり、恋の話をしたりした。

いつか未来にこの日を思い出したら、今この瞬間も「いい思い出」になるのだろうか?


「上手くいくわけねーよ。俺、初めて本気で人を好きになった・・・けど、片想いってマジ辛ェもんだな。
嫌われたくねえと思うから無理強いも出来ねえし、指咥えて見てるだけだ」

「ちょっと前まで誰でもいいとかほざいていた奴が、よく言うぜ」

「恋ってゆーのは、人を臆病にさせるもんなんだって」

銀時がふざけた明るい口調で言う。どこかの誰かの受け売りだろう。
けれど、今までとは違うという真剣さを感じた。
本気なんだな、そう理解した。そして、ちゃんとショックを受けずに話しを聞けたので自信がついた。


ちゃんと、最後まで銀時のことを応援してやれるかもしれない。


まだ朝靄のかかる7時に待ち合わせたが、いつの間にか周囲には太陽が明るく輝いている。

時計を見ると、9時近くなっていた。2時間もこんなところにいたのか。
たかが初詣なのに、意外とゆっくりしていたようだ。そういえば、寒さで手足の指先がかじかんでいる。
銀時との話が尽きず、時間などあっという間だ。寒いことにすら、気づかなかった。

参道を抜けて鳥居の下まで戻ってきた。
初詣客の数が、来た時よりも増えている。
神社の周辺もたくさんの家族連れで賑わってきている。

徹夜明けの銀時が、眩しそうに目を細めて空を仰いでいた。

「じゃあ、もう帰るか」

俺が銀時にそう声をかけると、あいつも頷く。

「そうだな、帰ったら寝よっと。初夢、なんだろーな」

「凶のおみくじの夢とか・・・な」

「トシの仏頂面だったら笑いながら起きるかも、あ、そーいえばアレ初笑い!?」

銀時がまた吹き出す。あの「凶」を見た時の俺の顔は、そんなに面白かったのだろうか。
昔から銀時は時々、俺の変なところで笑う。そのツボがさっぱり分からねえ。

以前も、俺があいつの寝不足を心配した時にも笑いやがった。そしていつまでもクスクスと止まらなかった。
ちょっと前に、女装した時にも「止めろ」と説教したらずっと笑っていた。
そして今度は、「凶」みくじを引いた俺の顔。

銀時の笑いのツボはどこなんだろうか。変わっているよな。

いつもそう思うが、どうせ分からない。

それでも、銀時の笑顔に何もかもが丸く収まってしまうのだ。




銀時さえ笑っていてくれるなら、それでいい。



俺の好きな笑顔だ。


どうか、絶やさないでいてくれ。


こんなにいい一年の始まりを迎えられた。今年もまだ、銀時と一緒にいられたらいい。




その笑顔を、まだ・・・見つめていたい。











年明けの試験を終えてあっという間に2年目も終わり、俺たちはいよいよ高校3年生に進級した。



高校に入って3回目、最後の春を迎えた。


何かと忙しい時期だ。



部活動に打ち込む日々ももうすぐ終わってしまう。
夏季にある大きな大会を最後に、引退するつもりだ。

俺と近藤さんは夏の大会出場を目指して、まず予選突破のために毎日練習していた。
経験と実績から考えると、予選は問題なく通れるはずだ。

目標があるってのはいいことだ。

何も考えずに、ただひたすら竹刀を振り続けた。



今、俺にできるのはそれくらいだ。






ある春の日、剣道部の練習中に、総悟が話しかけてきた。

「土方さん、最近どうです?」

「・・・なにがだ」

「銀時さんのことです」

「・・・どういう事だ」

剣道の間くらいは、アイツのことなど忘れていたかった。
ゆっくりと、ひとつづつ段階を踏んで、諦めようとしているのに。

できるだけ総悟の言葉を聞かないようにする。
どうせロクな事は言わないのだ。
総悟は相変わらず、俺の事をおちょくってばかりいやがる。

「最近の銀時さんは、ちょっと様子がヘンなんですよねェ・・・悩み事でもあるのかなぁ」

「だからどうしたってんだ」

「いえ、別に、ただ元気がないようでしたから・・・あ、そういえば、高杉さんと親しくしているみたいですねィ」

「・・・高杉か・・・あいつは何を考えているのか・・・まあ関係ねえよ」

総悟の話を上の空で聞いていたが、高杉という名前を耳にすると途端に落ち着かなくなる。

銀時と高杉はやけに親密で、ふたりで寄り添うようにしている事が多いからだ。
一緒にバカをやるような友達ではないのは、一瞬で分かる。
ふたりの間を流れる空気はいつも、静かで、重い。
口数も多くない高杉と、一体何の話題で気が合っているのだろう。

一体、どういう関係なのかはあえて追求したことはない。


動揺したのを総悟に悟られぬよう、落ち着いた動作を心がけつつ手に持った竹刀で素振りを始めた。
狙いを定めて力を込め、キレの良い動作で竹刀を振り下ろす。

「俺ァこないだ階段の踊り場で高杉さんが銀時さんに迫ってるの、見かけましたぜィ」

「・・・迫って・・・?」

思わず、竹刀を振る腕が止まる。
それどころか、手から力が抜け竹刀を落してしまいそうだった。

「さぁ、どういう事なのかは分かりませんがねィ、抱きしめてましたぜ。邪魔しちゃいけないんで見て見ぬふりで通り過ぎましたから」

総悟が何気ないような口ぶりでさらりと言いながらも、チラチラと俺の顔色を伺う。

「あー、あれは迫ってるのとは違うのかなァ・・・銀時さんも嫌がってはなかったようですしね」

「総悟よぉ、テメーは本当に嫌な奴だな」

「あら、心外ですねィ。土方さんを応援しての情報なのに」

それじゃ、と言って総悟が練習している仲間たちの輪に戻っていく。
せっかく剣道に没頭していたのに、総悟のせいで気が散って仕方がない。

俺に嫌がらせするために、嘘をついているのかもしれない。
でも総悟がつく嘘だったら、もっと大きな嘘のような気がするし、時として嘘よりも真実の方が酷な場合もあるのだ。
しかも、総悟はそのことをよく知っている。
俺を貶めるためなら、悪知恵を働かせることだろう。

本当かどうかは、それこそ本人に聞いてみないと分からない。
俺がどんな憶測をしたって答えなどなく不毛なだけだ。

抱きしめていた・・・・・・?

今は、考えるのを止めるべき・・・。
・・・そうは思っても、総悟の目撃したという光景が目の前にチラついて、剣道になど集中できない。

動揺しすぎだろう。

他のことなら、いつだって冷静でいられるのに、銀時の事となると何故こんなに不安になるのだろう。

昔は、あいつの事は何もかも知らないと気が済まなかった。
しかしここまで成長してしまうとそれには無理がある。
それでも、あらためて、もっと知りたいと思っていた。

やはり、銀時の側が一番落ち着く。

いつまでもこの関係を大事にしていきたい。見守っていてやりたい。

切なくなるほど、俺は願っているのに。


桜の咲く校庭。

運動部の掛け声。

もしかして今も高杉と二人きりでいるのかもしれない、銀時のいる新館校舎を体育館から見つめた。
考えたくもない想像が、脳裏に浮かぶ。
苛々と気持ちが乱れてしまう。美しい桜の木々も視界には入らない。

その日の練習はそこで止め、後輩の指導に回った。
つい、いつもより厳しくなってしまう。後輩にとっちゃいい迷惑だろうな。

恨むんなら総悟を恨めよ・・・・・・!

そしてその総悟は、面の下できっとニヤニヤと笑っていたことだろう。

相変わらず、腹の立つヤツだ。










4月、新入生が入ったおかげで、校舎内が賑やかだ。


中学校のノリでふざけているガキもいやがる。
風紀委員としては事故や事件の起こらないように見回りを強化していた。
また、複雑な校舎なので迷子もいたりする。
そういう手の掛かる新入生の面倒をみてやっていた。

部活動でも人の入れ替わりがあり、慌しい毎日だ。


あっと言う間に桜の季節が過ぎ、5月の大型連休も終わると新入生も落ち着いてくる。
やっと俺の生活もひと段落して、自分のことに目を向ける余裕がでてきた。


その間に俺は、5月5日の誕生日を迎え18歳になった。

当たり前だが現在銀時は17歳、次の10月10日には同い年になる。

男同士で誕生日を祝うこともないので、プレゼントなどはあげた事も貰った事もない。

ガキの頃は、園や小学校で誕生日会を催してくれていた。
銀時は誕生日をあまり気にしておらず「10月生まれのおともだち」と呼ばれてもボケっとしていた。
その時は「ほら、前に出ろよ」と俺がアイツに教えてやったくらいだ。

お陰で、俺の方があいつの誕生日を覚えてしまっている。
10月というと、そのことが一番に思いついてしまう。

銀時は今だに、自分の誕生日など興味がないだろう。

祝われたことがない、というわけではないはずだ。

お登勢さんはあいつの誕生日を祝ってやらないほど、薄情ではない。


少なくとも銀時の記憶にいい思い出がのこるような出来事はなかったということだ。


それでも俺は忘れないし、毎年、心の中でアイツの誕生日を祝う。



そして毎年、出会ってから何年が過ぎたかを数えている。



今年で13年の付き合いになる。

13年というと長い気がするが、1年1年を積み重ねてきただけだ。

長くも短くもない、ただそれが自然な時間だ。




俺の中のどの瞬間にも銀時の存在があり、人生の殆どを一緒に過ごしてきた。


思い出には必ず銀時がいて、そしてこの思い出も、俺たち2人だけのものだ。





俺と同じ記憶を持っている。


同じ生き方をしてきた。


同じ世界を見てきた。






このままずっと一緒にいたい。

14年目も15年目も、何年後も、ずっとずっと積み重なっていくことを願っている。

どうなるかは、今の俺の行動次第だ。13年で終わりになんて、したくない。



進路についての話が出るたびに、俺はいつも同じことを考えてしまう。

この先の、将来のことだ。

そしてそれは、銀時とのことでも、ある。



この先の将来、俺はどんな人間になっているだろう。

同じく、銀時はどうなっているだろう。



その時、俺と銀時の人生は重なっているのだろうか。



ここで別れて、かけ離れてしまうのだろうか。
そのまま交差することはないのだろうか。

隣を歩むことは、できないのか。



銀時のいない人生など、俺の半身が欠けたようなものだ。



きっといつまでも探し求めてしまうだろう。



無くすわけにはいかない。





幸せでいてほしい。



誰にも渡したくない。



俺が幸せにしてやれたら。



決めるのはアイツだ。



もしも俺でない奴を選ぶとしたら



俺は本当に応援してやれるだろうか。



理想と欲望の矛盾だらけだ。







----------それでも、最後に残るものはアイツの幸せであるよう・・・。










校舎の窓から空を見上げると、鬱蒼として暗い雲に覆われていた。



やけに生暖かく、湿気を含んだ重たい風が吹く。



気温が高くじっとりと肌に汗がにじむ。空調のない校舎はとても居心地が悪い。





こんな日は---------- 良くない事が起こりそうだ。










季節はもうすぐ、憂鬱で真っ暗な梅雨に入る。










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