ある日の放課後、風紀委員の腕章を左腕に付けて、校舎内の見回りをしていた。
もう3年生なので、見回り当番には加わっていない。自主的な行動だ。

俺は久しぶりに、新館校舎へ行った。

6月も半ば。
ついに梅雨入りした空は今にも雨が降り出しそうで、まだ3時前なのに周囲は真っ暗だ。
黒い色をした重そうな雨雲が広がる。太陽の光はすっかり遮られてしまう。


鬱蒼とした空、気分も重く憂鬱になりそうだ。


銀時に会いたかったので、急いでいた。
特に用はない。顔が見たかった。
見回りを口実に、様子を見られればいいと思っていた。
時間が遅くなればなるほど、アイツは下校してしまう可能性が高い。



相変わらず、何か口実がないと会うきっかけがない。




本館校舎を早足で抜け、渡り廊下の中庭を抜けて新館校舎に入る。
木造で古い臭いのする本館校舎と違い、コンクリート製の新館校舎はまだ新しい雰囲気だ。
そこは下校したり清掃したりする生徒で、廊下が賑わっていた。


銀時のクラスへ行き、教室の外から姿を探すが、見当たらなかった。


誰か顔見知りの奴は・・・とあたりを見回すと、桂がいたので声をかけた。

「おい、桂。坂田はどこだ?」

「土方とやら、人にものを尋ねるのに挨拶のひとつもないとは無礼な」

「無礼って何だその言い様は・・・古臭エな。一体テメーはいくつだ」

「その上、俺の年齢を問うと言うのか?バカな奴め、同い年に決まっているだろう」

「・・・そりゃそうだ、もういいぜ」

桂との会話は面倒なのでさっさと切り上げ、自力で探すことにした。
全身の力が抜けそうだ。ったく相変わらずウザいな。
あれで友達いるのか、桂は・・・
・・・あ、銀時たちが友達なんだよな・・・普段どんな会話してんだ、大丈夫なのか桂は。

桂のことを勝手に心配しながら、俺は銀時を探してあたりを見回した。
生徒達で混雑する廊下に、ひとりで立ち尽くす。

教室にいないとなると、どこかで掃除当番か・・・もう帰宅したか・・・

新館校舎内をうろうろしてみたが、やはり姿が見えなかった。
まあ特に重要な用事があるわけでもないので、引き上げることにする。
久しぶりに銀時の様子を見たかっただけだ。
わざわざ探すほどでもない。


廊下の真中で踵を返して、また中庭へ続く渡り廊下へ向おうとしたとき、ふと以前聞いた総悟の声が蘇ってくる。

・・・階段の踊り場で、高杉が銀時を抱きしめていたと。
剣道部の練習中、総悟からその言葉を聞いた時の、動揺した感情が思い出される。


「・・・・・・まさか、な」


いないからって、そんなことはないだろう。
バカな事を考えているな、俺も。
自分の単純な思考を否定しつつも足が勝手に動いて、階段へと向っていた。



この新館校舎には階段が2箇所ある。
片方は中庭と本館校舎に出るもの、もう片方は登下校時によく使われる、昇降口のある扉へ繋がる階段だ。

中庭に出る方の階段は先ほど使ったが、人の気配はなかった。
したがって俺はもう一方の階段へと足早に向う。

銀時がいると決まったわけでもないのに、つい急いでしまう。
知らず知らず、ついに最後には走っていた。

何故か嫌な予感がする。

薄暗く不快な天候のせいかもしれない。

気持ちが悪い。良くない事が起こりそうだ。



-------------- 俺の勘はよく当たる。




目的の階段を2段抜かしで駆け上がる。
どうやら、人の気配はないようだ。

遠く1階の昇降口の方から、下校する生徒たちの賑やかな笑い声が聞こえてくるくらいだ。
雨の降りそうな空を見て、用のない生徒たちは早々に下校していく。
部活動などがある生徒は本館校舎や体育館へと消えていくので、もうここには生徒は残っていないだろう。



階段を上に昇れば昇るほど、校舎内は静まり返っていく。



もう自分の足音と、急いだために浅く早くなった呼吸音しか聞こえない。
一番上まで駆け上がってみたが、結局そこには誰もいなかった。



俺は安心したような、残念なような気持ちになり、身体から力が抜けた。



「はあ・・・なんだ・・・いねえのか・・・」

完全に俺の思い過ごしだ。
今まで感じていた追いたてられるような不安が解消され、代わりに1人で焦り空回りしていたことがバカバカしくなる。



・・・・・・俺は、何をやっているんだか・・・。



額に流れ落ちてきた汗を手で拭う。体温の上がっていた身体が段々と落ち着いてくる。
深呼吸し、息を整えてその場を立ち去ろうとした。

階段を下りるべく、振り返る。


すると、最上階の階段のもっと上、屋上へ繋がる階段の踊り場から話し声が聞こえた。
小さな声だったが、確かに聞き覚えのある男の声だ。


・・・銀・・・時・・・・・・?


ぎくりと、身体がこわばる。

ひいたはずの汗が、ふたたび額に浮かぶ。

もう一度声を拾おうと、全身が耳になったかのように神経を集中させる。

緊張感から心臓が煩いほどに大きな音を立て、顔が熱くなる。

あれは間違いなく、銀時の声だ。何を言っているのかは分からない。




こんなところで、誰と、何を・・・・・・


・・・まさか・・・


・・・高杉と一緒、か・・・?



はやる気持ちを抑え、聞き耳を立てながら、ゆっくりと階段をあがる。
物音を立てぬように静かに足を出すと、その足の裏までも汗ばんでいるのを感じた。
意識すると手のひらにも、背中にも汗が流れている。
間違いなく、緊張からくるものだ。


一段、一段と近づくにつれ、その声がよく聞こえた。
途切れ途切れの小さな声だが、廊下の静けさの中にわずかに響く。
男の声はふたつ、確かに、会話をしている。

間違いなくそれは、銀時と高杉の声だ。
そう確信すると共に、この状況を理解できず目が回るほどに混乱した。


一体どうして、こんなところで高杉と何を話している・・・?


俺の身体がさらに、こわばる。ついに足が階段の途中で止まり動かなくなった。


聞きたかったその声、会いたかった銀時。
今はすぐそこ、階段の上、踊り場の反対側にいる。会いたいのならすぐにでも叶うだろう。
しかし今、ここでは、会いたくなかった。・・・ここに居てほしくなかった。



会いたいのに会いたくない。



この先に進んだら、銀時と高杉がいる。
そこで何を目にすることになるんだろう、そして何を知ることになるんだろうか。

分けも分からず胸騒ぎがして治まらず、胃の辺りで何かがぞわぞわと蠢いているような不快さを感じた。
吐き気がして気持ちが悪い。一瞬、足元がふらついた。


・・・考えたくない、嫌な予感がする・・・。


そう思えば思うほど身体がそして足が固まってしまい、自分の意思でも動かない。
石にでもなってしまったかのように重く、それに抵抗して足を動かそうとすると異常なほどに疲れた。

身体を動かす事よりも、今はふたりの会話を確認する方が大切だ。
俺は息を殺して、その場に立ち尽くした。

かすかに聞こえている声に集中すると、会話の内容までおおまかに聞き取ることができた。



「でも高杉・・・やっぱダメだ・・・」


銀時の、かすれた小さな声だ。
消えてしまいそうな細い声、こんな声は俺でも聞いたことがない。
話しの前後は分からないが、銀時がつらそうに弱音を吐いているというのは感じ取れる。

・・・銀時・・・一体、お前に何があった?

途端に心がざわつき始めた。ただならぬ銀時の声を聞き、俺の緊張感がさらに高まる。
何があったのか、これから何か起こるのか、見当も付かない。
ただ、とにかく、俺は混乱していた。
銀時の異常事態を察知した俺の身体は、昂ぶり、全身の毛が逆立つような感覚がした。
実際に俺の手足は鳥肌を立てていた。


「銀時テメェ、考えが甘いんだ」

高杉が冷たく言う。けれども、突き放すような厳しさはない。
むしろ引き寄せようとしているかのような声色だった。
責めているような言葉ではあるが、その声は銀時を包み癒すような優しさがあった。

高杉の事はそれほどよく知りはしないが、普通、こんな風に囁くような喋り方をするものだろうか。
銀時にだけ、特別なんじゃないか・・・。

俺の胸騒ぎがさらに激しくなり、もう治まらない。
高杉は、一体どういうつもりだろうか。

「ああ、けど・・・もう・・・限界だよ、俺・・・」

銀時が苦しげに訴える。まるで「助けて」とでも言いたそうだ。
かすかにその声が震えているのは、まさか泣いているようにも聞こえる。
実際に泣いているのかは分からないが、そのくらいに辛い思いをしているのが伝わる。

一体、何の話しをしているのだろう。
ふたりは、どういう仲なんだ。何をしているんだ・・・?


「自分で決めたことだろう・・・?」

ふたたび静かに、銀時をいたわるように囁く高杉の声。
その言葉は銀時の逃げ道を塞ぎ逃がさない。
まるで銀時の逃げる場所は自分の元しかないのだと教え込んでいるようだ。
時に厳しく、時に優しくしながら銀時を誘導している。

切羽詰ったような銀時の悲痛な声、それを優しく受け止める高杉の囁き。
何の話しか分からないが、銀時が高杉にたしなめられているように聞こえた。



ただならぬ二人の関係、この濃密な空気。

もしかしたら、このふたりは・・・・・・

一瞬、考えたくない事態が脳裏に浮かぶ。



ぼそぼそと小さな話し声は、それ以上は聞こえてこなかった。
どうやら、銀時が黙ってしまったようだ。この沈黙の間に何が起こっているんだろうか・・・。
ざわざわと胃の辺りの違和感が蘇る。



あの銀時の悲しそうな訴えに胸が痛んだ。あんな声、本当に聞いたことがない。

何を悩んでいるのか知らないが、その悩みを受け止めてやるのは、この俺じゃないのか。

ガキの頃からずっと側にいたはずなのに、相談すらしてもらえないのか。

そうだ、あいつは今まで弱音なんか吐いたことがない。寂しそうな時だって、わざと明るくしていただろう。

俺の前では、ずっと強がっていた。俺の前では・・・今だって・・・。

それを、高杉の前でなら弱音を吐けるのか?素直になれるのか?



・・・どうして、高杉なんだ。


俺ではなく、高杉を選んだのか?俺じゃ、いけないのか。



高杉の静かで何もかも分かりきったように銀時を諭す声。
それはまるで俺がここにいるのを知りながら、わざと挑発しているかのように聞こえた。
所詮俺の思い過ごしに過ぎないだろう。けれど、気にいらない。


馬鹿にされたもんだな、俺も。
高杉、いい気になりやがって・・・!


カっと頭に血が昇る。
冷静な判断が下せず、衝動が身体中から湧き上がる。
自分でも抑えのきかない負の衝動、その憎しみは高杉に向かった。


銀時を返せ、手を出すな。

あれは俺の、俺だけのものだ・・・!!


以前もどこかで「あれは俺のものだ」と口走ったような気がする。

それは通常ならば、はっきりとした思考にすらないはずの----------俺の本音。
自分では制御できない怒りと共に俺の中を支配する感情だ。


この腹の底から突き上げてくるような激しい嫉妬は、初めてではない。


嫉妬なんてしたくてするものではない。

そして、抑えられるものでもない。

自分の意思とは無関係のところで、湧き上がるものだ。


制御不可能ってのは、こういう感情のことだろう。



もう・・・どうしようもねえ・・・・・・!



頭に血が昇り冷静ではいられなくなる。
心臓の鼓動だけが、俺の耳の中に響く。他の音は一切聞こえなくなる。


目の回るような嫉妬に支配された俺の思考は、ついに理性を手放してしまった。





瞬間、俺は衝動に身を任せて、目の前の階段を駆け上がっていた。




階段を上がりその踊り場を回ると、今まで視界に入らなかった薄暗い踊り場が見えた。





そこから見える屋上の出入り口前、壁際に学生服の生徒が、ふたり。




---------- 間違いなく、銀時と高杉だ。



銀時は壁に背中をもたれて立っており、その正面に高杉が向かい合い同じく立っている。
ただし、2人の位置が異様に近い。ただ会話をするような近さではない。


俺は総悟の目撃証言は間違っていなかったのを知る。




まさに今、高杉が銀時を抱き寄せていた。




壁を背にもたれる銀時の前に迫り、静かに身体を寄せる。
高杉の両腕が銀時の背中をそっと支え、ふたつの影が完全にひとつになる。
銀時のふわふわとした白いくせ毛に、高杉が顔を埋めていた。
一方、銀時は高杉の肩に顔を埋め、その腕を奴の背中に添わせる。

高杉の腕に力が入り、より強く銀時を抱き寄せた。
静かに、優しく、大切に抱きしめている。


予想はしていたはずなのに、衝撃は大きいものだった。


それを目にした俺は、階段を駆け上がっていた足がぴたりと止まる。
抱き合う二人の姿を正面から見据え、上がりかけの階段の途中から呆然と見ていた。
視界に映るこの状況が、見えているのに見えず、まったく理解できずにいる。
思わず息を飲む。

高杉に抱きしめられた銀時は、抵抗するわけでもなくうなだれていた。

寄せられた肩に顔をうずめているので表情は見えないが、それでも銀時が弱っているのが分かる。

壁を背に、そして身体を高杉に支えられながらも、全身の力が抜けたように床へずるずると崩れ落ちてしまいそうだ。
高杉が腕の位置を変えながら、銀時の身体を支えなおす。

支える腕の力を抜けば、二人ともそのまま床へ倒れ込んでしまうだろう。

ずっと銀時を見てきたが、これほどまでに他人に弱味を見せた姿は知らない。



ガキの頃から、寂しくてても辛くても強がっていた銀時。
へらへらと笑って、落ち込んだ顔も見せない。

俺に心配する隙を与えないほど、他人などアテにしてなどいなかったくせに。


いつだって、俺ばかりが勝手に心を砕いてきた。

弱っているのなら、素直に甘えてほしかった。

今の銀時は、ひとりで立っていることもままならない。

こんな崩れそうな姿など、誰にも見せなかったのに。


・・・そうだ、俺にだって、見せないのに・・・ずっと側で見守ってきたはずの、この俺にだって。

それをたかが高校のクラスメートに、心を許してしまうのか?

高杉を選んでしまうのか・・・俺じゃないのか。だったら俺は何のためにお前の側にいたんだ。




「・・・に、してんだ」




気づいたら、声を出していた。

身体も思考も何もかも止まり、口だけが勝手に喋る。
ここで姿を現していいのか、そんな打算的な事は一切計算できない。
俺の中にあるのは怒りと嫉妬と、深い絶望。理性では太刀打ちできない。


どうしても、言わずにはいられない。


俺の声に二人とも同時にこちらに気づく。


銀時は奴の腕の中から俺の姿をとらえ、いつも細い瞳を大きく見開いた。

「トシ・・・?!」

泣いてはいなかったようだが、元々紅い瞳がいつもよりずっと、色が濃く見える。
その表情は珍しく、心底驚いているようだった。
それもそうだろう、こんなところに俺が居合わせるなんて思いもしないはずだ。

高杉は銀時を大切そうに抱きしめたまま、視線だけで俺を見下ろす。
口元だけがにやりと笑っていた。
それを目にした瞬間、またカッとなり怒りが脳天を貫く。この野郎の全てが気に障り、我慢がきかない。


「なにしてんだ、って言ってんだ!!」


今度は大声を張り上げる。鋭い怒声は自信があった。
部活や委員会で下級生をシメる時には役立ったが、それが今は誰もいない校舎内に必要以上に大きく響き渡った。
俺の叫ぶような怒号の余韻が残る。

空気が凍りつく、というのはこういう事だろう。
しんと静まり返り、この場にいる3人ともが誰も何も言えないでいた。
俺だけは軽く呼吸を乱している。


銀時が慌てて、高杉を突き放すように両腕を突っ張る。

それを受けて高杉も落ち着いた様子で、ゆっくりと銀時から身体を離してやる。


「・・・トシ、どうしたんだ?」


銀時がいつものように笑いながら言う、はずだった。
しかしさすがの銀時も動揺しているらしく、作り笑顔も半端に終わって、ぎこちない。
口元を歪めただけで、その瞳はまだうろたえ揺れていた。

「どうしたはこっちのセリフだ、銀時。こんなとこでコイツと何してやがる」

高杉を指差すと、奴はフンと小さく笑う。
銀時とは違い、全く動じていない高杉にはいちいち腹が立つ。
愉快そうな余裕の表情で、冷たく俺を見下ろしていやがる。

「いや、ちょっと話をしてただけ・・・」

「話か・・・それにしちゃ、随分と親密そうだな」

今なお弱々しい銀時の様子が俺の嫉妬心に火をつける。俺の嫉妬は、高杉から今度は銀時にまで範囲を広げた。
俺が嫌味で返すと、銀時はムっとした顔で強く言い返してきた。

「トシには関係ないだろ!」

「関係ねーことねーだろうが!!」

開き直った銀時の言い方に再び怒りが込み上げ、その言葉が終わらないうちに声を被せて叫ぶ。
強気に出た銀時だが、俺の態度に口をつぐむ。
次の言葉は、何もでてこない。
俺も言うべき事が見つからない。とにかく何もかも、全てに腹が立っている。

激しい怒りで目の前が揺れた。

高杉と銀時は黙ったまま屋上前の出入り口から、階段途中の俺を見下ろす。
銀時は戸惑ったような困り顔で、高杉は俺をバカにするような皮肉な笑いを浮かべている。

俺は下から奴らをきつく睨んだ。力を込めすぎて、こめかみに血管が浮かんでいる事だろう。
いよいよ本格的に瞳孔が開いてきたのが、自分でも分かるほどだ。


俺たちの間に、キンと音がするような冷たく張り詰めた空気が流れる。
そのせいだろうか、耳鳴りがして頭が痛い。
しかしそんな事を意識する余裕など無かった。


銀時と高杉が、どこで何をしたって俺には何も言う権利はない。
あいつは俺のものではない。

抑えきれない幼稚な嫉妬心が俺の中に充満する。
それは沈みそうになるくらいの底知れない深い悲しみと、噴火しそうな怒りの両方を合わせ持っている。
この感情をどう扱っていいのか分からず、持て余していた。

その矛先は高杉、そして銀時にまでも向かった。
完全な逆恨みだ。
大切に想ってきた相手を責めてしまうことは、自己嫌悪と直結している。
銀時に向けた憎しみは、自分にも返ってきてズタズタに引き裂かれそうなほどに痛く苦しい。




止めろ、もう考えるな。俺は銀時を憎みたくない。

アイツは何ひとつ悪い事などしていないだろう。

そんな事は分かっている、それでも、憎い。




俺よりも高杉を選んだアイツが、憎くて仕方がねえよ・・・。


この現状を受け入れられねえんだ。

大切に愛してきたはずなのに。




一番いけないのは、誰だ。



・・・・・・俺なのか・・・?




しばらく沈黙した後、銀時が耐えきれなくなったかのように、俺の方へと一歩踏み出す。
何かを言おうとしているが、言葉になっていない。
戸惑っているようだ。俺は銀時の次の言葉を待っていた。


その銀時の肩を高杉の手が支えるように触れ、後ろから銀時の顔に自分の顔を寄せる。
そして銀時の耳元に唇を付けるようにして、何かをそっと囁く。

小さな声は、俺には聞こえない。

その囁きに銀時も表情なく頷くことで答える。



何の話をしているんだと、苛々しながらその様子を見ていた。

まるで二人の空気じゃねえか。
銀時を抱きしめることも、耳元に唇を寄せることも、当たり前のようにしている高杉。
それを銀時も当たり前のように受け入れる。

銀時は、高杉をどこまでも、自分の中に受け入れている。
きっと俺の知らない深みまでも。


俺の心の中は、相変わらず嫉妬が渦巻く。
手のひらに握る拳に、自然と力がこもる。



そして銀時は階段上で立ち止まり、そのかわりに高杉がゆっくりと降りてくる。
一段一段と高杉が俺の方へと近づく。緊張感が高まる。


高杉は・・・どうする気なんだ・・・?


俺の前まで降りてきた高杉が、にやにやと笑いながら話しかけてくる。

「わざわざ銀時を探して来たんだろう、ご苦労さんだな」

「テメェ、ふざけんな・・・!」

俺が拳を握ると高杉はまた余裕を見せて笑った。
わざわざ銀時を探して・・・何故知っていやがる?
こいつの顔には全てが見通しているような余裕があり、それが気に入らない。

「暴力は良くないぜ?まあお前が俺を殴りたい気持ちも分かるが・・・やるからには俺も負けるつもりはないんでね」

高杉はにやにやと笑う。俺にひるむ様子など微塵もなく、むしろ挑発的だ。
腕っ節には自信があるこの俺とやりあう気でいるってのか。
細い身体のくせに強がっていやがるのか・・・そうも思えたが、目の前の高杉は本当に自信がありそうだ。

まったく退く気配がない。


ふざけやがって!やってやろうじゃねえか!


瞬間、俺が本気で殴りかかろうと身体に力を入れた。
拳を強く握りなおす。
足を踏み出して身体を前傾にし、殴るために腕を引く。
高杉もやっと笑うのを止め、冷たい瞳で俺を見た・・・受けるのか避けるのか、それとも打ってくる気なのか。
俺は自分が動きながらも、高杉の動作にも注意を払った。

どうやら高杉にも喧嘩の準備が出来ているらしい。



それならば、遠慮なく本気でいかせてもらう・・・!




その時、銀時の制止する声が階段中に大きく響く。


「止めろォォッ!!」

銀時が珍しく、声を張り上げ叫んでいた。
叫び声など初めて聞いたので誰の声が判断が付かなかった。

その声に驚き、ぎくりとして、一瞬にして我に返る。
完全に頭に血が昇っていた俺と、そして高杉の意識が銀時の方へと向く。
同時に、踏み出した足と、引いた腕の動きもピタリと止まってしまった。

次に銀時は階段の上から「高杉!」と鋭い声を出す。
それを受けて、高杉も「・・・ああ」と短く返事をする。


二人の意志の通じ方が自然で、俺は眉をひそめた。
銀時は、この俺でなく高杉を制した。ここでもまた、銀時との距離を感じずにはいられない。
まるで蚊帳の外にされたような辛さが胸を射す。


こんな時ですら、銀時は高杉を選ぶんだな。


悔し紛れに高杉をきつく睨むと、俺の気持ちを知ってか知らずか、ニヤリと笑う。
やはり、何もかもを見透かしたような落ち着き払った目をしていた。


「俺は消えてやるよ、銀時と話がしたいんだろう」

恩着せがましい言い方で、俺の心を掻き乱しやがる。
何が言いたいんだか知らないが、とにかく腹が立つ。

「ああ、テメーは消えろ。でもその前に、一発殴らせろ」




階段ですれ違う時に、お互い睨み合う。




ゆっくりと視線がズレる。

高杉は何も言わずに階段を降り、本当にこの場から居なくなった。




この行動は先ほど銀時と打ち合わせていたんだろう。

銀時は高杉の行方を気にする様子でもなく、ただ黙っていた。


俺は高杉の行方を目で追ってはいたが、気持ちは階段上にいる銀時に向いていた。

銀時の沈黙は何を意味しているんだろうか。

ゆっくりと、階段の上を見上げる。



周囲に再び冷え切った空気が、張り詰めている。



銀時が動くようでもないので、俺の方から階段を上って近づく。

階段の上で立ち尽くし、ただずっと俺を見ている。

俺も銀時を見ていた。視線は合っているのに、お互いが見えているのか分からない。


あいつも俺も、ただ呆然としている。


今この状況にお互いが混乱し、困惑し、そして焦燥しているせいだろう。

これまで銀時とは様々な場面を過ごしてきたが、お互いに緊迫し合う事などなかった。

俺もあいつも、お互いの異常な緊張を感じ取っているようだ。




まず何から、どう伝えるべきか・・・いや、俺の話をする前に銀時の言い訳を聞きたい。


・・・高杉とはどういう関係なのだろう・・・

知りたいが、知りたくない。けれどあいつの口から教えてほしい。

あんな風に触れさせ、身体を預けていたって事は、やはり付き合っているのだろうか。
・・・銀時は、アイツの事を好きなのか?

『好き』・・・?

ミツバが、女が好きなんじゃなかったのか・・・今の俺が責められる立場ではないが・・・

自嘲して口元が緩む、が、目はすわったまま銀時を睨んでいた。


女に奪られるのなら、俺も納得がいくし諦めもつく。
それは当たり前のことだからだ。
時々嫉妬をしながらも、俺はその当たり前の現実に慣れようとしていた。

あいつの恋愛を、最後まで応援してやれそうな気がしていた。


とっくに、覚悟をしていた筈なのに・・・。


男に奪われるっていうのは、やりきれない。


親友の座ですら、他の奴になどくれてやりたくない。

それが何だ、さっきの高杉との抱擁は・・・1人で立つことすらままならぬ程に弱った姿を見せて、完全に頼っていた。

その役目が、どうして高杉なんだ。

それほどまでに、特別な存在なのだろうか。




悩みをぶつけたいのなら俺でいいだろう。俺の何がいけないんだ。

こんなに、長い間、銀時だけを、大切に想ってきたのに。




銀時にとっての俺は、何なのだろうか。




同じ過去を、同じ思い出を、同じ今を生きながら、俺と同じ気持ちではいてくれないのか。



これほどまでに辛く、切ない衝撃を受けるとは予想していなかった。
あいつの腕の中にいる銀時を見た瞬間、俺の足元が崩れていくような感覚に襲われた。

他の誰かの腕の中にいる銀時の姿など、一生見たくなかったのに。

身体の重心が揺れ、足元にぽっかりと空いた穴の中に吸い込まれそうだった。
気を抜いていたら、そのまま重力に負けて床に沈み込んでいたかもしれない。


今までの人生であんなにも、足元が不安定に揺れた事はない。


視界がぐるぐると回り、一瞬、上か下かも判断がつかなくなる。



・・・それが衝撃というものだ・・・。



静かに受け止められるような小さなものではない。

しかし何とかして受け止めなければ、俺の心と身体は打ちのめされるだろう。

俺はこのショックを、膝がガクガクと震えるような思いをしながら、やっと受け止めていた。



報われない想いを抱えて、逆恨みまでした。責めたくないのに、どうしてもあいつを責めてしまう。

好きな相手を憎む事は、自分に返ってくる。かつてないほどに、自己嫌悪している。


俺の単純で幼稚な、そして何よりも激しい嫉妬心は、際限がない。燃え上がり全てを焼き尽くす。

焼いて燃やして、灰になって、最後には何も無くなってしまえばいい。



今は、何もかもが辛い。

全てを、消して、初めからやり直したい。




今まで散々悩んできたけれど、決着をつける時がきたんだな。

俺は、直感でそう判断した。



好きだった。大切にしていた。愛していた。

かけがえのない人だ。

だから、これ以上、俺のせいで振り回したくない。

銀時はいつだって自由でいていいはずだ。俺のものなんかでは、ない。



男ならちゃんと告白してちゃんとフラれてこい、そういう近藤さんの言葉を思い出した。



そうだな。

最後に、ちゃんと言おう。

伝えて、終わりにしよう。


そうするべきだ。


俺たちの14年目はないかもしれないけれど。




このまま銀時のことを想い続けても

その気持ちを伝えても、たとえ伝えなくとも

俺は銀時の恋愛を応援してやることができず

銀時を傷つけてしまう




どちらにしろ傷つけてしまうんだ





屋上のドアの向こうで、ザァザァと雨の降る音が聞こえる。


先ほどまでは、重く垂れ込めていた真っ黒な雨雲。


ついに、雨が降り出したようだ。


その雨は激しく、強く、地面を叩き、この世界を覆い隠している。


今この世界には、俺と銀時しかいない。




二人の姿を、存在を、雨が隠す。





---------- 今日はもう、この激しい雨が、止むことはないだろう。







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