「 き み の て 」
あまり遠い昔のことなど覚えていない。
子供の頃の記憶など霞がかかっているようで、あの頃の俺は何をしていたのか思い出したくても分からない。
ただ、何気ない日常でも不思議と鮮明に記憶が残っている場面がある。
初めてアイツと、
---------銀時と出会ったときのことだ。
俺、土方十四郎はごく一般的な中流家庭に生まれ、ごく普通の生活のなか家族の愛情を受け育てられていた。
さっき言ったようにあまりよく覚えてはいないが、3つだか4つだかの頃から近所の幼稚園に通っていた。
やはりそこに通う近所のガキどもと、毎日毎日幼稚園中を駆け回って遊んでいた。
いわゆるヤンチャボウズだったと思う。
そういえば、俺はこの頃から友達を仕切るのが好きだったし、先生や親の言う事はよく聞いた。
まあ、こんなガキはどこにだっているよな。
そんな俺の目の前に突然現れたのが、銀時だった。
今思うと、この時にこいつと出会っていなければ、俺の人生はまた全然違うものだったんだろうな。
そんな人生はさぞかし味気ないものだろう。
俺が幼稚園生のころ。
ある日の朝、いつもどおり母親と一緒に徒歩で近所の幼稚園へ行った。
幼稚園の入り口では担任の若い女の先生と、黒い和服で化粧の濃い見知らぬオバサンが立ち話をしていた。
そこへ俺の母親も、頭をぺこぺこ下げながら挨拶して輪に入った。
笑いながら何か話しをしている。
顔見知りらしいけど、何なんだろう。
当時、子供の俺には大人たちが何をしているのか分からなかった。
はやく教室に行って友達と遊びたいと、イライラしながら母親の後ろで待つ。
母親は何やら深刻そうな顔で頷きながら会話に夢中で、声をかけにくかった。
そのまま女の先生の顔を見上げたが母親と同様、俺の存在など忘れているようだ。
俺は待ち飽きてしまった。
仕方がないので、二人が注目している黒い和服のオバサンの顔を見上げた。
肌の色が濃く痩せていて、顔にはシワがあった。
何歳なのかは不明だが、母親や先生よりはずっと年上なのはガキの俺にも分かる。
朝っぱらから目の上には真っ青なアイシャドウ、唇には真っ赤な口紅、眉毛も濃くキッチリ描かれていてけばけばしい。
背筋がまっすぐに伸び、声に張りがあって威圧感がある。
あまり人見知りをするような俺ではないが、あまりにも異質で怖く思い、母親の後ろに隠れる。
3人の中でこのオバサンだけがよく笑っていた。
しゃがれた声で「まあ適当に、宜しく頼むよ」なんて言っている。
何の話してるんだ?
オバサンの黒い和服を物珍しく眺めながら、視線を顔から腰、足元へ流していく。
真っ黒なのかと思ったら、薄く花の模様がある。
・・・へえ、着物ってキレイだな・・・と感心していたら、
黒い和服の後ろに、子供がいた。
俺と同じくらいの背丈で、俺とおなじ園の制服を着ている。
オバサンの後ろに隠れるようにして、ずっとこちらを覗いていたらしい。
ちょうど目の高さが同じなので、ばっちりと目が合ってしまい、俺は驚いた。
俺は「わっ」と声をあげズズっと後ずさりする。
オバサンの後ろにいた奴もびくっと緊張して、さっと和服のかげに隠れる。
それで談笑していた大人たちが異変に気付いたらしく「ああ、そうだったわね」「じゃあそろそろ」と切り上げた。
母親と、先生と、見知らぬオバサンが一斉に俺の方を向く。
「トシ君に新しいおともだちよ」
「色々と大変な事情があるの。トシ君が面倒を見てあげてね」
「まァ仲良くしてやっておくれよ」
3人が俺に念を押すように声をかけてくるので、俺は意味も分からず緊張した。
大人たちが俺に何かを期待している、とか、新しいおともだちってコイツか、などと小さい頭でぐるぐると考えていた。
オバサンの後ろから、隠れていたさっきのヤツが顔を出す。
そして背中を押されて、俺の前まで2、3歩踏み出してきた。
初めて見た「新しいおともだち」は、俺が今まで見たことのない風貌をしていた。
何より色が白い、真っ白だった。
髪の毛も真っ白、肌も真っ白。
目だけがちょっと赤いくらいしか、色がない。
身長や体型は俺と殆ど同じだし、着ている制服も同じ。
しかし髪と肌の白さで同じ人間には見えなかった。
珍しく思うのと同時に、キレイだとも思った。
「なんで、白いんだ、へんだよ」
しかし、何と言ったらいいのか分からず、とりあえず最初に出た言葉がそれだった。
目の前のソイツは下を向いてしまい、俺は母親から困った表情で睨まれた。
子供ながらに凍りついた空気を感じて、言っちゃいけないことだったんだと気付いた。
自分の失態を恥じた。
真っ白な頭のソイツは、下を向いたまま、顔を上げなかった。
その後は、オバサンが笑いながら「じゃーしっかりやんなよ」とソイツに声をかけ、帰っていった。
母親には「トシ君が面倒みるのよ、一緒にいてあげてね」と念を押され、その場は解散となった。
俺とソイツと先生の3人で教室に向う中、先生が事情を説明してくれた。
「この子は銀時くん、坂田銀時くん・・・で、こっちはトシ君ね」
先生が俺たちを向かい合わせて紹介し、はいよろしく、と言いながら無理やり頭を下げさせる。
うざいな頭さわんなよ、と子供ながらにイラっとしたがソイツ・・・銀時はまったく無表情のまま、前だけを見ている。
そういえば、やっと顔を上げてくれた。
俺のせいでずっとうつむいていたので、子供ながらに罪悪感があった。
泣かせてしまったかとも思ったが、そういうわけではないようだ。
銀時の紅い瞳の色がきれいで、ずっと見ていたいと思った。
「銀時君はね、わけがあってお父さんお母さんがいないの。さっきいたお登勢さんに引き取られてきたの。
幼稚園でもお家でも知らないことが一杯だから、トシ君がしっかり見ていてあげてね。お家も近いのよ」
先生にそういわれると、俺は「はい」としか言えない。
子供には親がいない事情など理解できないが、俺が面倒みてやらないといけないという義務感や責任感が、湧き上がる。
俺がしっかりしなくちゃ、と気合が入った。
「えらいねトシ君、さすが頼りになるね」
先生に誉められ頼りにされて持ち上げられた子供の俺は、得意になりすっかり兄貴気分だ。
よし、じゃあ俺がコイツのことしっかり見ててやんなきゃな。
俺は早速、銀時の手をひいて教室に向った。
その手は柔らかく、そして温かかった。
それから毎日、園内では俺は銀時の面倒を見てばかりいた。
銀時もだんだんと環境に慣れてきたのか、無口だったのが喋るようになってきたし、表情も出てきた。
最初の頃は無愛想な銀時をどんな性格なのかと心配したが、実はいたって普通の子供だった。
髪や肌の色が白いことも、毎日見ているうちに、見慣れて何とも思わなくなるものだ。
初めて見た白い髪をキレイだと思ったのに、つい変だと言ってしまった事はその後もずっと俺の中でひっかかっていた。
傷つけてしまったかな・・・
時々あの時の事を思い出して、申し訳ない気持ちになる。
その分、他の誰かが銀時の髪を茶化すのは許さなかった。
何度も何度もそういう目に合っているのか、銀時は身体の事など気にしていない様子だった。
銀時が気にしていない、もしくは気にしないようにしているのなら、俺が過剰に怒ることもないか。
そう思って、ある時から野次やイジメも無視するようになった。
それ以来、俺が変だと失言してしまった過去の事もあまり気にならなくなった。
負い目がなくなって、俺は一層銀時に踏み込んでいった。
銀時も打ち解けてくれたようで、やっと友達になれた気がした。
「なあトシ、これどうすんの」
「ボールはくつ箱のとこにあるカゴにしまうんだ」
「なあトシ、これは?」
「ハサミはどうぐばこだろ」
「なあトシ、みんなやってるあの遊びなに?」
「仮面ライダーごっこ。電王知らねーの?」
「なあトシ、俺もこれやってみたい」
「工作?いいよ、せんせいに言ってどうぐもらってこようぜ」
とりあえず、分からないことは全部俺に聞け。
常々そう言い聞かせていたら、やっと打ち解けて、いろいろ聞かれるようになった。
頼られているようで嬉しい。
銀時は最初こそ人見知りしていたが、あっと言う間に友達がたくさん出来た。
次第に組のムードメーカーになるほどに元気良く遊び、モノマネなんかもして大人気だ。
元々明るい性格だったんだな。
俺にばかりくっついていた頃が懐かしくもあり、手を離れてしまったようで少し寂しい気持ちがした。
しかし銀時が元気よく遊べば遊ぶほど、俺は先生や母親から「トシ君のおかげで銀時君が楽しそう」と評価された。
それはそれで俺も自尊心がくすぐられる。
俺も銀時と遊ぶのは楽しかった。
そのうち銀時はすこし問題児扱いになった。
元気がいいのは良いことだが、イタズラやイジメが度を越すらしい。
俺にしたら大したことない程度だったが、モノマネされた、スカートをめくられた、飴を横取りされた、クレヨンをばら撒かれた・・・
などなどで泣き出した子供の親から苦情が、幼稚園へきた。
そんなものが積み重なると、次第にいじめっ子のイメージが強くなってしまう。
例えば追いかけっこのなかで勝手にコケたくせに「押された」「足をかけられた」などと言い出すガキもいた。
その度に銀時は先生に「どうしてそんなことするの」と怒られている。
しかし怒られても気にもせず「べつに」「知らねーよ」と舌を出す始末で、ますます問題児扱い。
俺は銀時が悪いとは思わない。
銀時は遊んでいるだけなのに、相手が勝手に泣いたんだ。
先生にまで怒られて、かわいそうだな。
あいつも少しは言い訳すればいいのに。勝手に転んだんです、とかさ。
他人事のように遠くから事の次第を眺めていた。
しかし、ついに俺が先生や母親からきつく言われた。
「トシ君が注意してくれないと」
「トシ君がしっかり見ててくれていないから」
え、俺のせい?
なんで俺が怒られるんだ、アイツのせいで!
予想外の火の粉に驚いたし、納得いかなくてガキの俺はむくれた。
この憤りをどうしていいのか分からなかったが、とりあえず注意しろと言われたので銀時を叱ってやることにした。
いつも一緒に歩いて帰る。銀時には迎えがこないので、俺が一緒に帰るようにしていた。
その時、銀時に言った。
「お前いいかげんにしろよ!てゆーか俺がおこられるんだよ!もー遊んでやんねえぞ!」
どうせ銀時のことだ、先生にするように「知らねーよ」と舌を出すんだろ。
俺は精一杯こわいかおをして銀時を睨んだ。
「マジでか」
ビックリしたように目を丸くしてふざけたが、俺が怒った顔をしていたら、意外な反応が返ってきた。
「ごめんな」
銀時は下を向いて、そのまま黙って帰ってしまった。
あまりにいつもの様子と違って、しょぼくれてしまったので焦った。
そんなにきつい事言ってないよな・・・どうして?
前にもアイツが下を向いてしまった時があった。
一度だけ。
初めて会った時、アイツを変だと言ってしまった時。
銀時はその時も、何も言わず下を向いてしまった。
あの時と似ている。
まさかまた、傷つけてしまったのだろうか。
言っちゃいけないことだったのだろうか。
あいつのあんな顔はもう見たくないのに。
俺のせい?
俺は子供ながらに悩んだ。
でもやっぱりどうしたらいいのか分からず、とりあえず、明日謝ろうと思った。
ケンカしたわけでもないし、俺が悪いとも思わないのだが、銀時が傷ついてしまったらかわいそうだ。
俺の役目は銀時を任されていたはず、守ってやらなきゃいけなかったはず。
謝れば許してくれる。
謝れば元通りになる。
子供の世界は、とりあえず謝れば、丸くいくものだ。
翌日から、銀時はすっかり大人しくなった。
明らかに俺の発言が影響している。
相変わらず友達と遊んではいたが、からかったり、イタズラしたりはしない。
泣き出すヤツもいなくなって、クラスは平和になったように見えた。
銀時もそれなりに元気だったから、謝り損ねたまま、日が流れていった。
そのうちに先生にも誉められた。
「銀時君のこと、ありがとう。トシ君の言う事はよく聞くんだね」
せっかく先生に誉められたのに、
おかしいな・・・嬉しくねーぞ・・・?
何か間違ってねーか?
・・・もしかして、俺が間違ってたんじゃないか。
銀時は悪くないのに、お前のせいでって言っちゃったから。
お前のせいで俺が怒られた、とか。
もう遊んでやんねーとか。
そこまで感覚で思いつき、やっぱり謝ろうと思った。
その日の帰り道に、また俺は改まって銀時に言った。
「こないだは、ごめんな。お前悪くねーよ」
銀時は小首をかしげる。
「なんのこと?」
「お前がさ、ともだち泣かすから俺が怒られたってはなし」
「ああ、うん、悪かったよ。もうしないから安心しろ」
「いや、お前悪いことしてねーのに、俺が・・・」
銀時があまりにも気にしていない様子なのに、多少たじろいた。
でもちゃんと言わないと・・・。
俺が言葉を選んでいると、いつのも調子でへらへらと笑った。
「いやいや、オメー、泣かすのは悪いことだよ?」
「まあそうかも知れねーけど、そうじゃなくて俺が・・・」
ふと銀時の顔を見てみるとその表情はとても悲しそうだった。
唇をへの字に結んで、泣きたいのを我慢しているようだった。
「銀時?」
俺が少し焦った声を出すと、くるりと背を向けて明るい声で言った。
「小学校に行ったら、友達100人できるのかな」
「友達100人?」
100人もほしいのか?
ああそうか、銀時には友達がひとりだっていないんだ。
友達だと思っていた奴にだって、泣かれてしまえば、まるで敵みたいに言われちまう。
誰も本当の銀時を知らない。知ろうともしない。
俺が味方でいてやらないと、ひとりぼっちになってしまうんだ。
俺だけが友達だったのに・・・突き離すようなことをしてしまったんだ。
子供心に、あいつが寂しがっているのを、感じ取った。
だから、銀時の側にいてやることが、俺の役目なんだ。