次の春、俺と銀時は同じ公立小学校へ入学した。
銀時の髪の色はやはり注目の的で、同級生上級生がこぞって指をさした。
「なに、あの頭」
「子供なのに白髪」
人とすれ違うたびにそんな声が聞こえたが、銀時は相変わらず気にしていないようだ。
うるせーな、銀時は悪くねーだろ、言うなよいちいち。
俺の方がそんな風に思ってイライラしてしまう。
光を通して輝いた白い髪は、くるくると巻いてふわふわと柔らかい。
銀時の真っ白な肌とよく似合っている。
髪や肌の白さに最初は誰もが驚くが次第に慣れてくる。
そのうち銀時の外見をとやかく言う奴はいなくなった。
周囲が落ち着いて、やっと俺たちの学校生活が始まった。
今思うと、小学校の頃が一番楽しかったかもしれない。
とにかく一日中、銀時と一緒にいられた。
学校で毎日顔を合わせ、放課後だって用事もないから一緒に遊んだ。
一緒にいれば楽しいことも、喧嘩することも、真剣に悩みを相談することもある。
銀時のことなら何でも知っておきたいし、実際、何でも知っていると思っていた。
そしていつのまにか、子供ながらに「銀時は俺のものだ」という独占欲がうまれてきていた。
それでもまだ子供すぎて、そういう気持ちが何なのか、どういう意味があるのか、どうしたらいいものなのか全く分からない。
ただただ、銀時を見つめて過ごした小学生時代だった。
そんな俺がはじめて嫉妬を経験したり、家族のことを考えたのが、この頃だ。
銀時はこまかいことを気にせず、いつもふざけてばかりいるお調子モノだ。
しかし決断力と行動力があるため、クラスメートから頼りにされることもある。
アイツも頼られるのは嫌いではないようで、相談事にはよくのってやっているようだった。
いじめっ子気質は相変わらずで時々クラスメートを泣かせた。
しかし女子を泣かすとおおごとになって後が怖いのが分かったらしく、
もし泣かせてしまったら、全力で謝っていた。
ガキの頃は、元気で面白い男の子ってのがモテるもんだ。
そのせいか銀時は女子からの人気も、そこそこを保っていた。
ある年のバレンタインデーには、女子からチョコをいくつも貰って嬉しそうにしていた。
モテているのが嬉しいのか、チョコが好きだから嬉しいのか、たぶん両方なのだろうが、
白い頬をほんのりピンク色に染めて、何度も貰ったチョコを数えたり眺めたりする。
そして俺に自慢してきたりするのがやけに気に障った。
アイツに負けるのはいつだって面白くない。
足の速さだってテストの成績だってゲームの強さだって、何ひとつ負けたくない。
そういう意味では、貰ったチョコの数だって負けるのは嫌だ。
だから自分は今怒っているんだ、当時の俺はそう考えた。
ただ、銀時の関心が俺ではないもので一杯になっていることに嫉妬していただけなのだが、そんなことは分かるわけもない。
とにかく胸のあたりがモヤモヤとして目の前の風景が暗く見えていた。
苛立つ気持ちは、アイツより多くのチョコを手に入れれば解消されるはず・・・
「銀時、お前いくつもらったって?」
「へっへー。なんと5こだぜ!トシは?」
「俺は・・・今は3つ」
「3つか、じゃあ俺の方が2こ勝ちだな!」
得意げに笑う銀時だったが、俺にはまだ奥の手がある。銀時を勝たせるわけにはいかない。
「残念だが引き分けだ。俺はあとふたつ、アテがあるからな」
「アテって誰だよ」
「母さんと姉さん、毎年くれるんだ。でっかいチョコレートケーキなんてこともあるんだぜ」
今度は俺が得意げにそう言うと、銀時が不思議そうに小首をかしげる。
「家族なのにくれるの?女が好きな男に告白するイベントだろ、バレンタインってさ」
「ちげーよ、家族でもいいんだぜ。つーかお前ギリチョコって知らねーの」
「家族いねーから関係ねーし。でさ、ギリチョコってなに?」
明らかにテンションの下がった銀時を見て、俺はチョコの数にこだわるあまり、つい家族自慢なんかしてしまったのを後悔した。
銀時には家族がいないのだから。
どういう事情で家族がいないのかは聞いたことがない。
聞いたところで、俺にはどうしようもないことだ。
いつか銀時が自ら話してくれる日まで、俺は知らなくていいと思っている。
意識的にこの話題を避ける必要もないのだが、だからと言って銀時にむかって家族の話をするのも酷だ。
銀時は寂しいなんて絶対に言わない。
しかし俺のせいで、きっと今、味わずともいいはずの寂しさを感じてしまったはずだ。
銀時が俺を責めない以上、俺が勝手に謝るのもおかしいので、とりあえず家族の話はそのまま流す。
義理チョコについて教えてやると、自分がクラスの女子から貰ったチョコレートを見つめ
「ちぇ、なんだ、じゃあコレもギリチョコってやつか。みんな俺のこと好きなのかと思ったのに」
つまらなそうに言い、無造作にランドセルに入れた。
一連の俺との会話で銀時の気持ちが沈んでしまったのが空気で伝わってくる。
明らかに俺の失言だったなあ、悪いことした・・・
・・・でも、謝るのも変だし・・・
俺は自分の手の中にあるチョコレート3つ全てを差し出だした。
「やるよ」
「は?なんで?」
「いいから貰っとけよ」
「いらねーよ」
銀時は怪訝そうに顔をしかめて断った。
それも当然かもしれないが、俺も引き下がれなくて銀時にチョコレートを押し付ける。
「いいのに・・・。あーこれギリチョコってやつ?」
銀時がにやにや笑う。
「ちげーよ、そーゆうんじゃなくて!」
「オイオイ、てことは本命チョコかよ!3つって事は3倍ラブラブ?シャアですかコノヤロー」
ふざけながらも、手の中に押し付けられた銀時は笑いながらチョコを受け取る。
「いや意味わかんねーし。いや、チョコとか甘いもんは俺・・・」
「まあ何でもいーや。チョコに罪はねーし、いらねーんなら貰っとく」
俺から受け取ったチョコレートを、銀時は先ほどのものと同じように無造作にボトボトとランドセルに落としいれる。
あんまり嬉しくなさそうだ。
俺の言い方が悪かったな。人がいらないっていうモン押し付けられてもいい気持ちはしないよな。
なんとか銀時の気持ちを和らげてやりたかったのに、上手く出来ない自分に苛立つ。
「いや、嬉しいよ?俺さ、人からモノ貰うことってあんまねーし」
銀時が困惑顔の俺に向ってそう言った。せっかくやったんだから喜べよ、という表情でもしていたのだろうか。
俺がひとりで勝手にやきもちを焼いて、銀時を傷つけるような事を言って、フォローしたつもりが上手くいかず、
しまいには銀時から慰められてしまった。
「ありがたく食えよ」
ついには虚勢まで張ってしまうこの性格。
・・・こんなことを言いたいわけじゃねえのに。
お前のこと好きなやつだって一杯いるんだって言ってやればよかった。
そうしたら、その時こそ嬉しそうな笑顔を見せてくれただろう。
ていうかそんな恥ずかしいことが言えたら、こんな気まずい事態になんぞならねーよな・・・
「おい、もう帰ろうぜ」
俺はそう言って銀時に背を向ける。
「うん、あのさー、もしかしたらババァがチョコくれっかもしんないから、今日はまっすぐ帰るよ」
「ババァって・・・ああ、お前んちの」
「くれなかったら、ダダこねてみよっと。意外と出てくるかもしれねー」
振り返ると嬉しそうな銀時の笑顔があった。
いつもあのオバサンの事をウザがっているくせに、チョコを貰った時のことなど想像してクスクス笑う。
幸せそうだ。
俺が見たかったのは、銀時のこういう顔なんだよな・・・改めてそう実感した。
それから、この笑顔を引っ張り出してやれない自分はふがいないものだ。
俺なんかより「ババァ」の方がよほど好きなんだ、それは当然のことかもしれない。
しかし俺は「ババァ」に嫉妬した。
銀時にチョコをあげたクラスの女子への嫉妬なんか比じゃない。
俺もこいつにとってのババァより大きな存在になれねーもんかな。
家族とか、俺がなってやれたらいいのに。
そう強く思ったが、方法らしい方法は思いつかない。
銀時が俺のウチの養子になればいいとか思ったりしたが現実的ではないし、結局のところどうしようもない。
アイツをひとりぼっちにはしたくねえよな。
そんなことを考えながら、俺たちはそれぞれの家に帰った。
放課後はアイツと一緒にいることが多い。
友達もたくさんいるので遊んでいるのだが、帰る時には家が近所なのでいつも俺と銀時のふたりきりだ。
帰り道、途中のコンビニやファーストフードで、銀時はその日の晩メシを買う。
時々、「ババァ」や「キャサリン」というのがメシを用意していってくれるらしい。
しかし保護者の「ババァ」は夜の店を経営してるので銀時は基本的に、夜はひとりだ。
毎日のようにコンビニで弁当やら菓子やら買って帰るのを俺はいつも見ていた。
あまりコンビニ弁当など食ったことがないが、美味そうには見えない。
「お前、毎日そんなもん食って飽きねーの?」
俺がそう聞くと、銀時は自然に答えた。
「ハラ減ってりゃ何でも美味いんだよ」
コンビニの弁当棚からハンバーグ弁当と、お菓子コーナーでポッキーを手にとってレジに並ぶ。
「あっためなくていーよ、あ、ハシもいらない。」
慣れた調子で弁当をビニール袋に入れてもらうと「待たせたな」とドアの前で待っていた俺のところへ小走りしてくる。
「お前さ、たまにはウチに晩メシ食べに来いよ。コンビニ弁当よりうめーよ」
そう声をかける。
買ってきたハンバーグを、家であたためて1人で食べるのは寂しいんじゃないかと思ったからだ。
実際には俺はそんな食事をしたことがないから、銀時がどう思っているのかは分からない。
それでも、俺なりに親切心を出したつもりで誘った。
「ハンバーグだって手作りでもっとでかいし、そういうのみんなで食うと、楽しいかもしれないぜ」
銀時をその気にさせようと、魅力的な言葉を並べたつもりだったが返って逆効果だったようだ。
「いーよ。家族みずいらず、ってことわざ知らねーの」
「よく分かんねーけど、何かお前の好物出してもらうからさ、来いよ。ウチはたまに近所のガキも来たりするし気にすんなって」
俺は銀時に来てほしくてそれなりに説得したつもりだったが、銀時はこの案を全く取り合わなかった。
「いやいいって。お前んちみたいなとこにいたら、余計寂しくなるもん」
「どういう意味だ?」
俺のウチが何だというのか、寂しくないようにと思って、呼んでいるのに?
俺には銀時の言う意味がよく分からなかった。そんな経験はないからだ。
「仲良し家族ん中でさ、俺だけひとりぼっちみたいな気持ちになりそーじゃん。
それならウチで1人でテレビ見ながら弁当食ったほうが楽しいんだよ」
銀時は怒りも笑いもせず、いつもどおりのへらへらとした表情のまま、俺にそう言い聞かせた。
もう俺の意見は受け入れないという強めの言い方だったので、俺も「そうか」と曖昧に返事をした。
大勢で楽しく過ごしているのに、ひとりぼっち?
分かるような、分からないような・・・。
ウチの家族は皆、銀時のことなら大歓迎してもてなすだろうに、何がいやなのだろう。
銀時だってのびのび過ごせるんじゃないか、俺は納得いかなかったが、銀時はウチへ来る気はないようなので言わなかった。
その日はそのまま互いの家にもどった。
俺はその夜、ずっと銀時が自宅でどんなふうに過ごしているのかを気にしていた。
今まであまり家でどうしているかなど考えなかったが、昼過ぎから夜中まで、あのお登勢というオバサンはいないらしい。
銀時は1人で夜は寂しくないのかと思った。
俺が家族とメシを食っている時、アイツは1人でメシを食って、静かな部屋で宿題をやって、
風呂を沸かして入って、1人でオヤスミと言って眠るのか?
毎晩そんな過ごし方してやがるのか?
自分には想像もつかない暮らし方だった。
実際はどうなのだろう。
アイツのことが気になる。
もしアイツが寂しい思いしてんだったら、俺が何とかしてやらねーと。
俺は一晩中モヤモヤとしながら悩んでいた。
そこで俺は、今日のものとは違う提案を思いついた。
これならアイツも受け入れてくれるんじゃないか。
「え、お前がウチに来るの?」
翌日の朝、銀時と一緒に登校している間に、昨晩思いついたプランを述べてみた。
「ああ、お前がウチへ来たくないんなら、俺がお前のウチに行くよ。それならいいだろ」
「いいけど、でも何しに来るんだ?」
銀時がキョトンとして聞いてくる。さっぱり思い当たるフシもないのなら、
コイツは俺が一晩中心配した「寂しい思い」などしていないのだろうか。
「一緒に晩メシ食ったり宿題したりしよーぜ」
「でもお前には楽しいオウチがあるじゃねーか。せっかく来たって俺んチ何もねーぞ?」
「何もねーから、行ってやるんだよ!お前、夜つまんねーだろ!」
寂しいだろ、と言うと反発されそうなのでこう聞いた。すると銀時は「そう、か?」と曖昧に頷く。
スキを見せた銀時に畳み掛ける。
「じゃいつがいい?今夜でもいいぞ、てゆーか今夜だろ」
「いいけど」と銀時は答えたあと、いいことを思いついたような晴れ晴れした顔で振り返る。
「な、明日休みなんだから泊まってけよ!」
予想以上に乗り気な反応に少し驚いたが、別に都合の悪いことなどないので俺は「いいぜ」と快く返事をする。
「よし、じゃあ徹夜でゲームだな、決着つけよーぜ」
銀時がとても嬉しそうに笑う。
久しぶりに見た柔らかな笑顔に一瞬目を奪われたが、すぐに我に返ってその場をとりつくろう。
「・・・宿題、やってからだぞ?」
銀時の笑顔が見られて良かった。
友達をからかう時にも笑うが、口元だけでにやにやして目は笑っていないんだよな。
今は、銀時特有の赤い瞳まで細めて、白い頬をふんわりと丸くして微笑んでいる。
こんな表情は久しぶり、いや初めてかもしれない。
一晩一緒にいることでこんなに喜んでもらえるなら、毎日だって一緒にいてやるのに。
その日の夕方、俺は一度家に帰り、親に事情を話した。
家は近所なので持ち物も大して必要ないが、パジャマと、宿題と、ゲームを数本をバックに詰めた。
母親が用意した晩メシを弁当にしてもらい、大荷物で銀時のマンションを訪れた。
そこはお登勢さんが元々1人で住んでいたマンションで、それなりに立派だ。
大きな自動ドアはいつもピカピカに磨かれていて、そこをぬけるとそこそこに広いホールがある。
ホールにはそれぞれの部屋のポストや宅配ボックス、管理人部屋と、大きなエレベーターが2台あった。
部屋が分からないので銀時にホールまで迎えにきてもらい、一緒に部屋へ行く。
「すっげえ豪華。なあ、お登勢さんてすげー金持ち?」
「さあー。金はあってもケチだぜ」
「このマンションでかくれんぼしたら、オニは大変だろうな」
「隠れるとこ限定しねーとキツイな」
そんな話をしながら歩き「ここだよ」と、とある一部屋のドアを開け中に通された。
白い石の玄関にの先にフローリングの床が繋がっている。
廊下の突き当たりにあるガラスをはめ込まれた扉の向こうは、キッチンとリビングになっていた。
リビングにあるダイニングテーブルの上に、母親から貰った弁当を広げる。
「うわ、美味そう!ちょっと早いけどもう食おうぜ!」
「ほんと早いな、後でハラ減るぞ」
「いーよ、スナック菓子、一杯あるから」
銀時が楽しそうに部屋の中を行ったり来たりしていた。
俺用のイスとか座布団を運んだり、ジュースやコップ、ハシやらを台所から持ってきたり忙しそうだ。
あまりに浮かれているので、俺もつられて楽しい気持ちになってくる。
「オイ、メシの前には手ェ洗わねーと!ていうか洗面所どこだよ」
「こっちだよ」
さっき歩いた廊下をまた戻り、玄関の横にある扉を開けて中に入る。
そこが洗面所と風呂がある場所だ。
俺はまっすぐ洗面所に向かい水を出して石鹸で手を洗い出すと、銀時は風呂場の横にある洗濯機を眺めて言った。
「あーヤベ、洗濯機回しとかねーと、またババァに怒られるわ」
横開きの洗濯機のドアを開け、近くにあった籠に入った洗濯物らしき衣服をポンポンと中へ放り込む。
それが終わるとガッチャンと大きな音を立てて扉が閉まり、続いて銀時は洗濯機の小窓をあけて、手際よくキャップ1杯の液体を入れる。
俺は洗濯機の回し方など見たこともなくて、ただ銀時の動きを目で追うだけだった。
「お前、何・・・してんの?」
「あ?洗濯だよ洗濯。こんぐらいやっとけって、ババァに言われてんだ」
「それ・・・難しくね?」
「簡単だよ。ここに洗剤入れて、水入れて、この洗濯・脱水・乾燥ってボタン押すだけ」
銀時はこともなげに説明したが、俺にはよく分からなかった。
「かーちゃんみたいだな」
思ったことを口にすると「お前んチではかーちゃんの仕事だけど、ウチでは俺の仕事なの」と言った。
そのあと「あー、このくつしたも洗っちゃえばよかった」と自分の足元を見て嘆くので、ますますかーちゃんみたいだと思った。
俺は銀時のことなら何でも知ってるハズだったのに、意外にも家庭でこんな生活してるなんて想像もしなかった。
甘っちょろい自分を情けなく思うと同時に、もっと銀時の生活を知りたいと思った。
弁当を食べながら学校の話や、ゲームの話をして盛り上がった。
食べ終わったらそのままテレビとゲームを繋げて、対戦ゲームに明け暮れた。
何本かソフトを変えながら遊んだが、4時間も画面を見ているとさすがに疲れる。
そのころ銀時がふらっと立ち上がった。
「風呂、沸かしてくる」
やっぱり、風呂沸かしたりとかそんなのも1人でやるんだな。
俺は自分で風呂なんか沸かさないし、だいいち熱湯で火傷したり、ガスが漏れて火事になったりしたらどうすんだ。
子供1人ってやっぱ危なくねーか。
自分の生活と銀時の生活を比べて、心のなかで批判したりもした。
批判したからと言って、銀時が自分でコンビニ弁当買ったり洗濯機回したり、風呂沸かしたりしなくてよくなるわけでもない。
結局、俺の方が親に依存して何も出来ないガキだってことだ。
この年齢で親に依存しない子供がいるわけないが、頼れる大人がいつも側にいない奴はどうしたらいいんだろうか。
何でも自分でやるしかない。コイツもやりたくてやってるわけじゃなく、仕方なく日常をこなしているだけだ。
それに対して、俺が言えることなんて何もない。
自分と、銀時の間にある環境の違いをひしひしと肌で感じ取り、俺は自分の無力さを知った。
「もーすぐ、沸くから風呂はいろうぜ」
少し暗い気持ちになっていた俺に、銀時が明るく声をかけてくる。
そうだ、銀時にとっちゃめげる事なんかではない。
俺が気にしすぎているだけだ。
「一緒に入るか?」
声をかけると銀時は眉をしかめて「いーよ、先に入れよ」と返事をする。
そこで俺は荷物の中から、とっておきのアイテムを引っ張り出した。
「俺、実は、水鉄砲持ってきたんだ」
俺が海水浴の時に入手した緑色の水鉄砲を2丁出すと、銀時の目の色が変わった。
「うっわスゲー!久しぶりだな水鉄砲!やろーぜやろーぜ!」
2丁のうちの片方を俺の手からひったくると、早速俺に向かって撃つ真似をする。
「はやく水入れようぜ!」
途中のゲームを放り出して、銀時は風呂場へ走って行った。
俺も楽しくなってきて、銀時を追いかけた。
結局、風呂場も風呂場の周りも、二人で水を掛け合いまくってビシャビシャになった。
そして俺達はろくに湯船にもつからず、裸で水鉄砲ばかり振り回していたので、湯上りの身体は冷える。
何よりはしゃぎすぎて、クタクタに疲れていた。
パジャマを着て、何度もあくびをしながらふらふらと銀時のベッドへ入る。
「お前のベッド、でかいな。大人用じゃん」
「ババァが買ってくれたんだけどさ、子供用じゃすぐ使えなくなるからって」
「俺達ふたりで入ってもまだ広いぜ」
「俺がどんな寝相したって、絶対落ちねー広さだよな」
そんな話をしながら、広いベッドの中央まで転がり、薄いかけ布団の中にもぐる。
銀時も俺の横に張り付くように、布団の中へ入ってくる。
確かに、一緒寝ようとは言ったけど、こんなにくっつかなくても・・・。
肩と肩が触れる。
身体のぬくもりが、心地よかった。
銀時は早くも眠りに落ちそうで、目を閉じ呼吸も深くなっていた。
「じゃー、おやすみ」
聞こえていないと思いつつ、一応声をかける。
「おやすみ・・・」
銀時が眠たげに、かろうじて、返事をする。
同時に俺の右手を、銀時の左手がそっと握ってきた。
俺は少し驚いたが、何か言うまえに、銀時はもうぐっすり眠っていた。
手を繋いで眠るのなんて、初めてか、いや、幼稚園の昼寝の時間にも手を繋いで寝たことがあったっけ。
銀時は、手を繋いでやるとすぐに眠ったんだよな、あの頃は・・・
そんな遠い思い出を振りかえっている間に、俺もいつのまにか眠ってしまっていた。
銀時のふわふわの髪の毛のかおり、身体の温かさ、静かな寝息。
それから、繋いだ手。
今もあの頃も、きっと永遠に、俺のかけがえのない、大事なものだ。