小学校もついに6年となり、あと1年で卒業という年になった。
5、6年のクラス変えで俺と銀時は同じクラスに戻った。
すごく嬉しかったが、そんなことは言わないし顔にも出さない。
俺は成長するたびに素直になれなくなっている。
銀時も俺も意地っぱりな性格で、互いに虚勢を張ってよくケンカをするようになった。
もっと子供のころは、素直に「銀時は俺が守ってやるんだ」と思っていたし、実際そういう姿勢でいたのだが、
今となっては「守る」だなんて恥ずかしくてとても言えないし、できない。
それでも、いざとなったら俺が、などと心に秘めていた。
小5までは、時々、回数は減ったが3ヶ月に一度くらい、銀時の家に泊まっていた。
さすがにもう、一緒に風呂で遊んだりはしないが、相変わらず同じベッドで眠る。
手はもう繋がない。
大人用の広すぎたベッドだが、俺も銀時も身体が成長してきており、二人で入ると寝返りをうつたびにぶつかってしまう。
それでも、別々に眠ろうとはお互い言わないのが、なんだか可笑しい。
銀時の寝顔を見るたびに身体がこわばる。
心臓がどきどき鳴り出すのも相変わらずだ。
それに加えて、最近ではその唇に触れてみたいと思うようになってしまった。
触れてどうするのだろう。
どうしたいのだろう。
戸惑い、迷って、結局見つめるだけで終わる。
分かるようで分からない、いや、分かってはいけないような気持ちを抱え、自分を騙し騙し過ごした。
銀時とは幼馴染で、いつも一緒にいるが時々ケンカしたりする、そんな関係だ。
それがいいと思うし、それが正しい形だ。
俺が間違って銀時を傷つけるようなことは、しちゃいけないだろう?
このまま銀時を大事にしていこう。
アイツはアイツで俺は俺、いつまでもベッタリしているわけにはいかない。
ほどよく距離をおいて、お互い自由にしているのがいいんだ。
そう自分と相談して、現状を確認し、自分が暴走しないように注意していた。
そんなことをすればするほど、
また、アイツのことを考えれば考えるほど、
もっと気持ちが進んでしまうのを知らなかった。
ある時、銀時に「すきなひと」が出来た。
本当に銀時がその子の事を好きなのかどうかは別として、クラスの女子どもがそう騒ぎ立てているのだ。
女子はすぐに「誰が誰を好き」だとか「誰と誰が付き合ってる」とか勝手に想像して噂を流す。
たまたま今回、そのターゲットになったのが銀時だった。
その相手の女子は柳生九兵衛という変わった女子だ。
普段から無口でたまに喋ったかと思うと、男子みたいなことを言う。
正直なところとっつきにくくて、友達らしい友達もあまりいないが、本人はそんなこと苦には思わないようだ。
ある日の給食の時間、九兵衛が嫌いだというキノコを銀時が食ってやったのだが、その様子が仲よさげに見えたらしく、
その後、あっと言う間に「ふたりは付き合ってる」ような事になってしまった。
銀時はいつもの調子で「そんなんじゃねーよ、まー九ちゃんカワイーけどね」となど言い本心が掴めないし、
九兵衛は無口なので冷やかされても眉をしかめる程度で取り合わない。
退屈しているクラスの女子どもは、こんな二人を「開き直っているんだ」と都合よく解釈して冷やかし続けた。
それからというもの、男女で組になるような時は必ず銀時と九兵衛がペアになるようにされたし、
給食でキノコが出るたびに冷やかれ、放課後なども二人きりになるようにおせっかいな女子どもが画策したりしていた。
銀時と九兵衛は完全にオモチャにされているのだ。
よく怒らないもんだ、二人とも。
俺は最初、「下らねェ」と気にもしていなかったが、そのうちそんな悠長なことを言っていられなくなった。
次第に本当に銀時と九兵衛が仲良くなってきていた。
最初は銀時とロクに喋りもしなかったのに、最近は二人で談笑したりしている。
周囲の冷やかしなど気にしないような二人だ。特に銀時は九兵衛に気軽に声をかけたりする。
どんな話をしているのか気になるが、それこそ間に割って入るのがためらわれるほど、ふたりの独特の空気が出来ていた。
二人の世界、っていうのを始めてみた気がする。
何かひそひそと、耳打ちするような秘密めいた話し方などしている。
俺はどうしようもなく気になって、二人の関係を邪推したりした。
あきらかにヤキモチだ。
しかし俺はヤキモチを妬ける立場ですらない。
銀時が女子と仲良くして何が悪いというのだろう。
今まで銀時の気持ちを俺に繋いでおきたいとばかり思っていたけれど、
もし銀時に好きな女が出来たのならそれを優先してやるしかないのか・・・。
俺は、やっと、そんな当たり前の事実に気づいた。
今はまだ子供だが何年も先に大人になって、もし銀時が誰かと結婚するとかいうことになったら。
あまりに先のことで上手く想像すらつかないが、いつかそんな日がくるということだけは、ハッキリと分かる。
もうその時がきたら、銀時は完全に決定的に、俺のものではなくなる。誰かのものだ。
生まれて初めての、失恋の苦味を感じる。
いや、失恋っておかしくねーか?
俺は別にアイツの事が好きなんじゃなくて・・・。
認めたくないが、俺の心はチリチリと焦るばかりだ。なぜだろう。
銀時が本気で九兵衛を好きだというのなら、俺は友達として応援してやらなければいけない。
そんなのは、気に入らない。
やけにイライラするんだ。
「なあ・・・銀時、お前は九兵衛のこと、好きなのか?」
ハッキリしないのが気にいらず、ついに俺は本人に聞くことにした。
ここで肯定されてしまえば、俺はこれ以上悩むこともないんだ。
またあの苦い味を感じることになるのだろうが。
「イヤイヤ九兵衛は好きとかじゃなくて。アイツも苦労してんだよね。応援してやりてーなって思うんだ」
銀時は同情するように言った。応援っていうのはどういう意味だ?
しかし、九兵衛のことが好きだという言葉が出てこなくてよかった・・・
俺は少しだけ安堵し、何故か晴れ晴れとした気持ちになって、素直に銀時の話に疑問を投げかける。
「苦労って、どんな苦労だ・・・お前に助けてやれることなのか」
銀時はあたりを見回して、声をひそめた。
「実はさ、アイツが好きなのは俺じゃなくて、なんと学級委員のお妙なんだって」
「ああ、志村・・・ってあれは女だろ?」
「女同士だけどな。あの二人、幼なじみなんだってさ。ずっと好きなんだとさ」
幼なじみ、というフレーズに一瞬、俺はぎくりとした。
まるで俺達と同じ、じゃねーか。
お妙と九兵衛は女同士、で俺達は男同士で・・・好き?
え、いや、好きって、おかしいだろ、やっぱおかしいだろソレ!
でも他にもあるんだな、こういうケースって・・・アレ、他って、何だ他って!
まるでココにもそういうケースがあるみたいじゃねーか!!
驚いたり、慌てたり、安心したり・・・俺の内側から一瞬でいろんな感情が噴出した。
・・・が、表情には出さないように、唇をギュっと結んだ。
額や手のひら、背中に変な汗が流れてくる。
やけに鼓動が早まる。
「茨の道だよなー。でもアイツけっこう真剣みたいでさ。女同士って変だけど本気なんだから俺は非難しねーよ。
まあお妙の事情もあるから無理もよくねーと思うけど・・・」
ああ、真剣なら女同士でもいいって言うのか。
俺は何故かこの時、安心した。
俺のことも、真剣ならコイツは認めてくれるって・・・いや、俺のことって?
何だって言うんだよ、俺!!
「おいトシ、なんでそんな険しい顔してんの。こういう話、苦手だった?」
銀時が怪訝そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「いや別に、苦手とかそんなんじゃねーよ。いや、うん、九兵衛も大変だけど・・・俺も応援するぜ」
「へえ、トシも理解あるじゃん。まあこういうのって当事者同士の問題だから、どうにもしれやれねーけど。
でも悩み相談くらいはのってやれるよな」
銀時はいつもより、すこしだけ真剣な面持ちでそう言った。
九兵衛のことを大事にしてやってるんだな、と感じた。
少し九兵衛を羨ましく思いながらも、とりあえず銀時と九兵衛は仲の良い友達であると確証を得て、俺は安心した。
俺はこの時から、自分の銀時への気持ちを自覚しつつあった。
まさか、いやしかし、そう戸惑い自分の気持ちを素直に受け入れられずに悩んだ。
銀時のことを好きだなんて、そんな気持ちはよく分からない・・・
実際、物心ついた時から銀時が側にいて、銀時の面倒をみてやるんだと意気込んできた。
最初の最初は、母親や幼稚園の先生に頼まれたのがきっかけではあるが、次第に自分の意思で銀時を守ってやろうと思い始めた。
そういう意味で、常に銀時のことを意識していたのは確かだが、この気持ちを好きだと表現して間違いないのか。
しかし銀時が九兵衛を好きなのかもしれないと思った時の、自分の焦りはただごとではなかった。
ハッキリと、銀時を奪られたくないと思ったのだ。
俺のものでもないのに、奪られたくないってどういう心理だ?
つまり、俺のものにしたいっていうのか?
銀時を?
幼なじみなのに?
男なのに?
何度も何度も、同じ疑問と葛藤が堂々巡りする。
生真面目で用心深い俺の性格が、思考を邪魔して進まない。
実はとっくに結論は見えているのに、ひとつひとつ答えを出していかないと納得もできない。
じれったいばかりだ。しかし俺は真剣に考えた。
何日も何日もかけて、心を決めていった。
俺が銀時を特別な存在だと思っているのは分かっている。
幼なじみだし、親のない銀時の心の支えになってやろうという気持ちは変わらない。
そこは、自信をもってはっきり宣言できる。
そして、俺が銀時を他の誰にも奪られたくないと思っていること。
自分でも驚いた事だが、実際にあいつが誰かに入れ込んでいる様子を見ると、俺の心は何故か焦る。
銀時が他の誰かの話をするだけでも、興味を引かれているだけでも、面白くない。
俺の方だけ向いていればいいと思ってしまう。
俗に言う嫉妬ってやつなのだろうか。
嫉妬にも「程度」というものがある。軽いものから重いものまで。
俺はどの程度、真剣に嫉妬しているのだろう。
例えば、銀時を無理にでも俺の方へ引き戻し、誑かした奴のことは3/4殺しにしてやるぜ、そんな程度・・・かな・・・
・・・あれ、これ結構「重い」方の嫉妬なんじゃねーの・・・・・・?
今まで目を背けてきたけれど、俺は銀時が欲しいのかもしれない。
欲しいといえば、一緒に眠っているときなど、思わず触れたくなったこともある。
触れてみたくて、眠っているあいつの唇を見つめていた時もあった。
まさか、俺は銀時のことを・・・
思うだけでも気持ちが悪い。信じたくない。変態じゃねえか。
それこそ、こんな感情など今まで心の奥底に封印してきたわけだが・・・
ここまできたら認めるしかないんじゃないか。
もし手に入れられるとしたら?
その時は本当にいらないと拒否できるのか?
自分が男に欲情するなんて思いたくもない。
もしかしたら気の迷いかもしれない・・・いや、気の迷いであってほしいくらいだ。
しかし確かに今だけは、---------銀時が欲しいと思う。
・・・ま、そういうことだよな。
ハラをくくった俺は悟りの境地に立ったような気持ちになった。
俺は銀時のことが好きなんだ。
もう、間違いねえ。
だから何だ、悪いか。仕方がねえことだろう。
ハラをくくった、言い換えれば開き直っただけだ。
しかし自分の気持ちと向かい合うことができて、スッキリした。
俺の役目は銀時の心の支えになってやることだ。
無駄に友情を壊したくない。
俺は銀時を見守ってやろう。
いつか、自然な形で銀時が俺の気持ちに応えてくれたら、なおいい。
自分の気持ちもコントロールできないようなガキのくせに、悟ったようなことを考えていた。
こんな年齢から恋をして悶々と悩んでいたのだから、当時の俺に自覚はなかったが、かなりのマセガキだ。
子供特有の万能感が、抜けていなかったんだ。
俺よりもずっと大人びていた銀時に追いつきたくて、焦っていた。
何も分かっていなかった。
自分がどういう人間なのか、そして銀時がどういう人間なのかという事すら。
実際俺たちは性格も価値観も全く違うものを持っていた。
子供の頃には何もかも同じだったとしても、成長するにつれ、性格の違いがハッキリしてくる。
それは生き方の違いだ。
俺が銀時のために、一体何が出来ると思っていたんだか。
---------この時の俺は、一生側にいてやれると信じていたんだ。
桜の季節。
俺と銀時は順調に、地元の公立中学への進学が決まっていた。
まだ、あいつと一緒にいられる。