小学校の同級生が何人か私立中学を受験して進学する中、俺と銀時は地元の公立中学に進学した。
春休みの間に、進学する中学へ行って学ランを作ってもらった。
肩幅や手の長さ、胴まわりなど体のサイズをあちこち計る。
お互いのサイズを「俺の方が手が長い」とか「俺の方が足が長い」などと競い合い、言い争いをした。
俺と銀時の身体のサイズは殆ど同じだった。似たようなところが多いことは、悔しいようで、実は少し嬉しい。
他にも必要になる教材などを揃えながら、どんな部活があるのか、学区はどの小学校から集まってくるのか・・・
これから始まる新生活について、あれこれ話しながら、
お互い一緒に進学するのを、楽しみにしていた。
そして4月、入学式を無事に迎えた。
同じクラスになれたらいいと願っていたら、俺の願いが天に通じたのか、偶然か・・・まァ偶然だろうが、銀時と同じクラスだった。
今まで銀時といつも一緒だった。
いきなり離れるのは心細いし、あいつのことも心配だったので、正直嬉しかった。
最初の席順は氏名の五十音順なので、俺たちは「坂田」「土方」で少し席が離れた。
俺は銀時より後ろの位置だったので、授業中はぼんやりとあいつの姿を観察していた。
見慣れない学ラン姿は新鮮で見ていて飽きない。
いつの間にか、成長してるんだなと思う。
過去の思い出を振り返りつつも、この当時の俺は先の将来の方に関心があった。
この先、俺は、俺達はどうなるんだろう。
ガキの頃のように、ただただ毎日を楽しく暮らしていればいいというものでもないという事に、やっと気づいたのだった。
いつか自立しなくてはいけない未来が、現実味を帯びる。
俺は、いつまで銀時と一緒にいられるんだろう。
中学生になったとたん、生活が忙しくなった。
勉強する教科も増え、当然宿題やら予習復習に時間がかかる。
学校では部活動に委員会活動などもあり、放課後などあまり時間はない。
部活は剣道部に、委員会は風紀委員に入った。
直感で選んだのだが、なかなか性に合っているようでどちらも遣り甲斐のある活動だ。
俺の誘いで、銀時は剣道部に体験入部したことがある。
初めて竹刀を持ったくせに、勘が鋭いのか同級生はおろか2年生にまで勝った。
さすがにまだルールを熟知しているわけではないので、当てる場所などは違ったりして、正式な試合での勝利とは言えない。
ただ、どの1年生、2年生とも気迫が違った。
迷いのない太刀筋でパンパンと打ちこんでいく姿が、見ていて心地よいほどだ。
俺より強そうなので複雑な気持ちがしたが、あいつが意外な才能を発揮したようで、嬉しかった。
一緒に剣道部に入るよう薦めたし、顧問の先生も熱心に勧誘した。
しかし銀時は結局、入部を断った。
あいつの才能をもったいなく感じて、理由を問いただした。
「こーゆう汗クサイのは、ちょっとね・・・つーか冗談じゃねー」
そう苦笑いしやがる。
確かに、運動に熱血するような奴じゃないけど、本当にもったいないと思う。
そんな銀時が入部したのは、漫画研究部だった。
部活動中にジャンプを読んでも怒られないから、という理由だった。
しかし銀時がその部活に参加しているのは、見たことがない。
ウチの中学は部活動は必須と決まっているので、仕方なく入部しただけのようだ。
入部届けを提出してから、1回も顔を出していないだろう。
完全に幽霊部員だ。実際のところ帰宅部ってやつだな。
結局、卒業する頃には自分が何の部活に入ったのかなど、忘れきっていたようだ。
俺の日常は何かと慌しかった。
朝は風紀委員の仕事で、教員と一緒に校門前に立った。
登校する生徒の校則違反を見張る。男子生徒の襟元の乱れ、女子のスカートの丈、名札や校章が付いていない等、細かくチェックする。
剣道部の試合前には朝練に夕練、更には勉強が遅れるといけないと言われて、塾にも行かされた。
休日も、試合や塾の模擬試験などで予定が入っていた。
毎日こなす事が多くて、身体はくたくたに疲れていた。
銀時のことを想うのも忘れたほどだった。
銀時とは毎日会うし、剣道の練習や風紀委員の仕事のない朝は、まだ一緒に登校していた。
今までは会っていない時も、何かと銀時の事を心配していた。
しかしあいつも成長したし、もう心配するような事は何もないだろう。
安心して、俺は自分のことに打ち込めた。
もっとガキの頃の俺は、あいつのことが好きで、独り占めしたいと思っていた。
・・・そんなことはもう思わない。
確かに片想いをしていたはずなのに、不思議なものだ。
毎日が慌しいというだけで、それどころではなくなった。
銀時よりも、剣道や委員会活動の方が俺にとっては重要だという事だろうか。
このまま銀時への想いを断ち切れたらいいとすら考えていた。
俺があいつを好きでさえいなければ、このままいい友達でいられる。
暴走してあいつを傷つけたり、俺が痛い失恋をして傷つくこともない。
俺があいつを手に入れようとすれば、いつかはどちらかが、もしくは二人とも傷つくことになる。
そんな事は目に見えている。
その事態が避けられるのだから、片想いをしていた事など、いっそ忘れてしまえばいい。
ちょうどいいじゃねえか。
これが普通なんだよ。
俺があいつを好きだというのが、おかしかったんだ。
俺達の関係は、軌道修正したんだ。
これで、いい。
・・・良かったんだよな?
毎日忙しい俺と相反して、銀時は相変わらずのマイペースで過ごしていたようだ。
何しろ俺が自分のことで一杯一杯なので、あいつの今の生活をあまり知らない。
授業中に、あいつを盗み見ると大抵居眠りをしている。
1時間目からよく眠っていた。
俺は少し呆れつつも、後でノートを見せてやれるように、自分のノートをいつもより丁寧な文字でとる。
放課後は俺が忙しいので、どこで何をしているのか分からないが、あまり学校では見かけない。
すぐに帰ってしまっているようだ。
あいつにも新しい友達が出来ていたので、そいつらと遊んでやがるのかもしれない。
いつも一緒で、何でも同じだった昔と比べて、俺たちの道がだんだんと違ってきたのだと感じてきた。
少し寂しいような気持ちもしたが、俺は俺で、自分の足元を固めるのに必死だった。
銀時を自分のもののように思っていた頃が懐かしい。
今では、俺と銀時は全く違う人種のようにすら感じる。
ちゃんと「他人」だったんだな、俺達は。
中学生になって8ヶ月が過ぎ、冬休みがあけた。
そして期末試験を目前に控えている時期に、事件は起きた。
空が暗く、時々雪が降るような寒い日だった。数日前に降った雪がまだ道の端に残っている。
校庭が使えないので、体育の授業は体育館になった。
ストーブが入っているとは言えかなり寒い教室でジャージ姿に着替え、クラス全員がゾロゾロと体育館に向かう。
銀時も同様で、面倒くさそうにだらだらと廊下を歩いていた。
銀時とは朝練がある日以外は、毎日一緒に登校している。
今朝の銀時はかなり眠そうだった。
よく考えると、今朝だけではない、ここのところずっと調子が悪そうだ。
ジャージ姿で廊下を歩く今も、かなり足取りが重たそうなので、俺は銀時に声をかけた。
「おい銀時、どうした?随分ダルそうじゃねえか」
横に並んだ俺を銀時はうつろな、まるで死んだ魚のような目で見る。
「あーダリィよ、体育なんてさ、ダリィに決まってんじゃん。こんなに寒いのに体育館なんて最悪だよ」
「いや、俺が言うダルイはそういう気持ち的なもんじゃなくて、体調的なほうで・・・」
俺がそう言って銀時の顔を覗き込むと、銀時の死んだ魚のような目が一瞬キラめいた。
「おぉッ!体調的なもんが最悪ですって言ったら、見学さしてくれっかな!」
「・・・んだよ、元気じゃねーか。また下らねーこと考えやがって」
呆れた俺は、銀時の頭を小突く。昔から変わらないふわふわした白い癖毛は、感触が柔らかくていい。
俺は、この柔らかい髪が好きだ。
「へへ、やっぱダメか」
俺に小突かれた頭を押さえながら、銀時が力なく笑った。
こうして体育の授業が始まった。
きっちりと整列し、はじめに準備体操、柔軟体操をする。
この体操は毎回のことで、あまり真面目に行う生徒はおらず、だらだらと決められた動きをする。
喋ると怒られるので、全員黙ったままだ。
俺も例に漏れず、面倒くせえなあと思いながら体操をする。
そういえば、銀時は・・・と気になったが、俺より後ろの方にいるので姿は見えない。
姿は見えないのだが、その後一瞬にして銀時がどうなったかが分かった。
ダァン、と鈍い音がして空気がざわついた。
「おい、大丈夫か」「どうした」「先生呼べっ」などという声が聞こえ、俺はぎくりとして振り返った。
まさか、と思ったがそのまさかで、俺より数列後ろの方で人垣ができていた。
人垣の足元に、見慣れた白い頭が見え隠れする。
やはり、銀時が倒れたのだ。
俺は反射的に銀時の元へ駆け込んだ。数人の薄い人垣を割って銀時の姿を確認する。
銀時は倒れたが、気を失ったわけではなく、もう身体を起こしていた。
「や、ワリー・・・ころんじゃって・・・」
ポリポリと頭を掻き、体育館の床に胡坐をかいてうつむいていた。
「嘘つくな、どう見たって倒れただろが!すげー音したぞコラ」
倒れた時に頭でも打っていないかと心配し、銀時の頭に触れる。
この体育館へ来る時に小突いた頭だが、あの時よりあきらかに熱くなっていた。
そのまま額に触れると、かなりの熱を持っていた。
「お前・・・熱あるぞ、かなり・・・」
俺が予想以上の熱にうろたえてしまった時、体育教師が走ってきた。
銀時が先生に何か言おうとしていたが、俺が先に保健室へ連れて行くと申し出た。
それを許されて、銀時に肩をかして立ちあがる。
銀時は「いいよ、大丈夫だから」と拒否したが、歩こうにも足元がふらふらしているので結局、寄り添って歩いた。
体育館の連絡通路を抜けると、すぐに保健室がある。
保健室は開いていたが、保健の先生はいなかった。
「職員室にいます」と札が出ていた。
普通、留守にする時は鍵をかけておくものではないのだろうか、と思いつつ、勝手に保健室に入る。
ふたつあるベッドのうち、奥の方に銀時を寝かせる。
体育館からここへ来るまで、ずっと「大丈夫だから離せ」などと喧々していた。
しかしベッドに寝かせた途端に力が抜けたのか、何も言わなくなった。
それどころか、気でも失ったかと思うほどあっという間に眠ってしまった。
額や頬、手のひら等に触ってみると、かなり熱い。どんどんと熱が上がっているような気がした。
「おい、やべえんじゃねえのコレ・・・」
とりあえず保健室に連れてくれば、何とかなりそうな気がしていたのだ。
実際はそれどころかさらに具合が悪くなっているようで俺は焦った。
掛け布団の上に寝てしまっているので、銀時の身体の下から掛け布団を引っ張り出し身体にかけてやる。
銀時の身体を動かしたので、目を覚ましてしまった。
「・・・あ、トシ?」
「おい、無理すんな。思いっきり具合悪ィんじゃねえか」
「うん、どうやら・・・」
「ちょっと待ってろ、今、保健の先生を」
俺がベッドの脇から立ち上がろうとすると、銀時が制止する。
「いいよ、ただの風邪だし。ちょっと寝かせてくれたら治る」
「バカかお前、そんな簡単に治るわけねーだろ、薬とか飲まねーと」
病人相手に言い争いをしていると、保健の先生が戻ってきた。
俺が事情を話すと、先生が銀時の様子をみる。
とりあえず体温を計ると、39度の熱があった。
寒気がすると言うので、まだこれから上がるかもしれない。
先生が氷嚢を用意してくれた。それと、気休めに解熱剤を飲まされ、銀時はくたくたになって眠っている。
時々寝苦しそうに唸っていた。
この時間、授業のなかった担任も保健室に駆けつけてきた。
保険医と担任が、銀時をどうするか話し合う。
はやく家に帰した方がいいけど、1人では無理だし、家族に迎えに来てもらえないか・・・
家には誰もいないから、もう少し保健室で寝かせておいて・・・などと、困っているようだった。
「先生、俺が送っていきます。坂田君の家は分かるし、もう授業も終わるからこのまま早退します」
俺の提案に「早退はちょっと」と担任がマズそうな顔をしたので、とりあえず帰りのHRまでは、いる事にした。
清掃や部活動を免除してもらい、銀時と自分の荷物を纏めて保健室に銀時を迎えに行く。
銀時はもう起きていて、自力で帰ろうとしていた。
「俺の荷物、持ってきてくれたの、こりゃどーもサンキュ」
銀時は自分のカバンと学ランを俺からひったくり、「んじゃ、俺帰るね。トシは部活出なよ?」とフラフラと保健室を出て行く。
「おいおい、よろけてんじゃねーか。つーか熱、あんだろ!」
「大丈夫だって、薬もらってさー、効いてんだよ」
声は明るいが、銀時の表情はまだ優れないようだ。顔が真っ青だ。額から汗も流れている。
「いや、お前、絶対1人じゃ帰れねーよ。また倒れるぜ」
銀時から荷物を奪い返す。
肩を貸そうとしたがそれは銀時が嫌がったので、ふらふらと歩く銀時に歩調を合わせて隣を歩く。
いつもは15分で着く通学路だが、倍の時間をかけてやっとマンションへ帰ってきた。
そういえば、銀時のマンションに入るのは久しぶりだ。
最後に来たのは・・・小学校の5年くらいだったかもしれない。
銀時のことが好きだと思い始めてからは、何となく気まずくて来る気がしなかった。
勝手に銀時のカバンから鍵を探してドアを開ける。
部屋の中は暗く、お登勢さんはいなかった。
銀時はもはや自分で靴を脱ぐのも辛いらしく、玄関でヘタってしまった。
仕方がないので、玄関に座らせ靴を脱がせ、力の抜けた銀時の身体を抱えて何とかベッドまで引きずっていく。
学ランなら脱がせなければいけないところだが、運よくジャージ姿なのでそれほど寝辛くもないと判断し、
そのままの格好でベッドの上に転がす。
家に着いて安心したのか、銀時はすっかり寝込んでしまった。
氷嚢を探してみたが見当たらず、ビニール袋に氷を入れてタオルで巻き、それを頭に乗せてみた。
結構たくさん氷を入れたつもりだったが、すぐに解けてしまった。
銀時の熱が高いのかもしれない。
ビニール袋がガサガサとうるさいし、銀時が寝返りをうつたびに頭から落ちてしまう。
俺は少し思案して、コンビニで額に貼れる冷たいシートを買ってきて、貼ってみた。
貼るものなので頭から落ちる心配はないが、冷たさがあまり持続せず、すぐに熱くなってしまう。
風邪で寝込んた奴を看病をすることなどなかったので、勝手が分からない。
とにかく、銀時の熱を下げてやらなければ、と焦っていた。
氷水で冷やしたタオルを頭に乗せ、定期的に取り替える、という非常にスタンダードな方法を思いついて実行した。
これならビニール袋と違ってガサガサうるさくないし、貼るシートのように金もかからない。
しかし手間はかかる。
タオルはすぐに温かくなってしまうし、落ちてしまうので、見ていてやらなければならないからだ。
仕方ない、今晩はここに泊まって看病してやろう。
一度自宅に戻り、着替えてメシを食い、暇つぶし用に宿題を用意した。
更に家にあった風邪薬などを適当にひったくって、また銀時の家を訪れる。
その間なんだかんだと、かなり時間がかかってしまった。
すると、消しておいたリビングの電気がついていた。
お登勢さんが帰ってきたのかと安心した。
リビングのドアを開けると、寝ているはずの銀時が起きていた。ひとりらしい。
お登勢さんの気配はしなかった。
コップが出してあるので、水でも飲んでいたのだろう。
ジャージ姿のままの銀時はイスに座り、何をするでもなく、ぼんやりと宙を眺めていた。
「お前、何してんの!?寝てなきゃダメだろう」
「あれトシ。お前こそ何してんの、こんなトコ来て」
「お前の看病しに来たんだ。ちょうどいいや、パジャマに着替えろ」
「看病って・・・どうすんの、何すんの?」
銀時がモタモタとジャージ姿からパジャマに着替える。
まだジャージを着ていたって事は、起きたばかりなのだろうか。
「看病つったら、看病だよ。お前は寝てりゃいい」
俺は桶に氷水を作って、タオルを冷やして、絞る。
銀時は怪訝そうな顔をしながらも、素直にゴソゴソとベッドに入る。
昔は二人で入っても広かった銀時のベッドは、今ではもう銀時1人でちょうどいい大きさだ。
横になった銀時の額に手をあてて体温を確認すると、やはりまだかなり熱い。
銀時の頭に冷えたタオルを乗せると、素直に目を閉じた。
またすぐに眠ってしまうかと思ったが、銀時はなかなか眠らず、何か話しかけてくる。
声が小さくて聞こえないので「あ?なんだよ」と銀時の口元に耳を近づけ、聞き直した。
「・・・俺もう平気だから、心配しないで、帰れよ・・・看病とか大丈夫・・・」
「またお前そういう事言いやがる!昼間から大丈夫大丈夫って、全然大丈夫じゃねーじゃねーか!」
銀時を叱りつけて顔を向けると、意外なアップでたじろいた。
話を聞き取ろうと顔を近づけていたのを忘れていた。
顔と顔がここまで近くなったのは、かなり久しぶりだ。
一緒に眠ったりしていた頃以来かもしれない。
最近は、顔すらよく見ていない。
懐かしい気持ちと、新鮮な気持ちを同時に感じ、何故かドキっと心臓が跳ねる。
鼓動が早くなる。
急に、忘れていた感情が沸きあがる。
忘れてしまったのか、忘れたかったのか、その感情は一度思い出すと堰を切ったように溢れてくる。
顔がカっと熱くなり、また額や手のひらに汗が流れる。
身体中が緊張してこわばる。
こんな気持ちは久しぶりだ、いや、以前より強烈かもしれない。
俺は改めて、銀時のことを「好き」だと感じた。
改めてそう思うと、恥かしくて挙動不審になってしまいそうだ。
「と、とにかく今夜はつきっきりで看病すっから、お前はその・・・寝てろ!喉渇いたとか何かあれば遠慮なく言えよ」
突然襲ってきた強い感情に戸惑いながらも、なんとか俺は冷静を装う。
銀時は俺のただならぬ様子には気づかないようで、力なく微笑んだ。
「そっか、わりーな・・・じゃあ、あのさぁ・・・」
「あ、ああ、なんだ?」
「俺が寝付くまで、ここにいてくれねーか?寝たら帰っていいから・・・」
銀時が照れたようにはにかむのが、いじらしく見えた。
ここにいてくれなんて、可愛いことを言いやがる。
ちょっと前まで、銀時の事をいじらしいとか可愛いとか思いもしなかったのに、
瞬間そう思ってしまったゲンキンな自分を心の中で恥じる。
銀時が掛け布団の中から右手をちょっとのぞかせるので、思わず俺はその手をとってしまった。
「お、おい・・・」
銀時が驚いた様子で何か言おうとしたが、そのまま押し黙る。
文句のひとつでも言ってくれれば手を離せたのに、離すきっかけがなくなってそのまま手を握り続ける事になってしまった。
緊張して、握った手にも汗が滲む。
昔はよく繋いだ手だったのに、今では触れることすら殆どない。
銀時の右手と、俺の右手が重なっている。
熱のせいかかなり熱い。
剣道のせいでマメなど出来て皮膚が堅くなった俺の手と比べて銀時の手はまだ柔らかい気がした。
空いた左手で、銀時の額に乗せたタオルの位置を直し、そのついでにふわふわの髪にも触れる。
うつらうつらと眠りかけていた銀時が、重たそうなまぶたをひらき苦笑いした。
「おいトシ、なんか今日は優しくて気持ちわりーよ」
「ふざっけんな。俺はいつでも優しいだろうが。いつも居眠りしてる野郎に授業ノート写させてやってんのは誰だ、オイ・・・?」
久しぶりに近くで見る銀時の顔に緊張しながら、銀時の眠りを妨げないように小さな声で反論してみる。
案の定、銀時は俺の声など聞いていないようで、すぐにすうすうと寝息をたてた。
そういえば・・・幼稚園のころから、俺が手を繋いでやるとすぐに眠ったっけ。
いつまでも寝ずに遊んだり、グズったりしていると必ず俺が寝かしつけてやったんだ。
ガキだったあの頃は、それが一つの特技のように思っていたな。
もしかして、今でも、銀時が眠れないときは手を繋いでやると安心してすぐに寝付いたりするものなのだろうか。
そうだとしたら、少し嬉しい。
色々と思い出しだりしながら、改めて銀時の寝顔を見る。
銀時の顔などあまりじっくり見る機会がないので、ついじっと見つめてしまう。
俺の知っている銀時の寝顔は小5が最後で、まだあどけない子供の寝顔だった。
それでも当時ガキのくせに俺はこの唇に触れてみたいと思った。そんな感情を突然思い出して恥かしくなる。
俺は自分のことを恋愛になど興味がなくて奥手だと思っていたが、今思えばかりのマセガキだった。
13歳になった今でも、まだ子供の顔だとは思うのだが、あきらかに昔よりは成長している。
柔らかそうな唇や、長い睫毛、白い肌に色気を感じてしまうのは、俺がコイツを好きだからだろうか。
やはり、俺は相変わらずだ。
改めて認識してしまった。
俺は銀時を守ってやろうと心に決めたことを、一瞬忘れてしまっていたのかもしれない。
熱を出して倒れるなんて、俺がもっとちゃんと見ていてやれば防げたかもしれないのに。
銀時はもう、俺なんかより自立している。
俺が銀時のためにしてやれる事なんて無いような気がしていたのだが、まだまだたくさんあった。
「・・・悪かったな、銀時」
もう一度髪を撫でて、握った右手をそっと離した。