その夜は週末だったので、お登勢さんは朝まで帰ってこない。
俺は学校も休みなので、一晩泊り込む気でいた。
銀時の部屋は暗くして、俺はリビングで宿題などをこなした。
時々、冷やしたタオルを取り替える。
銀時を起こさないよう静かにしていたら、俺も疲れが出ていつのまにかリビングで眠っていた。
「あ、いけね・・・」
起きて、銀時の様子を見に行く。
もう夜中、時計を見ると針は2時半を差していた。
ううん、ううん、と苦しげに唸っている。
かわいそうに思ったが、何もしてやれることはないので、タオルをとりかえて顔や首のあたりの汗を拭う。
パジャマが汗で濡れているので、寝心地が悪そうだ。身体も冷えるので、着替えさせてやることにした。
身体を拭くようにバスタオルを準備したり、パジャマの替えを探したりしたいたら、銀時が目を覚ましてしまった。
「あれ、トシ・・・何してんの・・・ていうか、俺はどうしたんだっけ・・・」
ダルそうに上体を起こす。まだ熱で意識も朦朧としているようだ。
「起きたのか。ちょうどいい。着替えさせようと思ってたとこだ。自分で着替えられるか?」
「パジャマが張り付いて気持ちワリー・・・着替え・・・」
銀時がもぞもそとベッドから出てくる。
熱くて汗だくになっているところを急に外気に冷やされて、今度は寒そうにしていた。
「身体冷えるから、はやく脱げ。タオルで拭いて・・・手伝ってやるから」
「いーよ、自分で出来る・・・」
汗で張り付いて脱ぎにくそうなパジャマを、のろのろと脱ぐ。
脱いだ衣服を俺が預かり、銀時にはバスタオルを渡す。銀時がバスタオルを重たそうに抱えた。
身体を拭く動作さえ、うまくできないようで、タオルを抱えたまま動かなくなる。
「おいおい、大丈夫か、ハダカで寝てんじゃねーぞ」
「寝てねーよ、寝てねーけど・・・頭くらくらしてさぁ・・・タオル重てェ・・・」
銀時からバスタオルを奪うと広げて銀時の身体を包む。
「そりゃそうだろ、まだ熱あんだからな」
汗を拭うべく、ごしごしとタオルごしに身体をこする。
バスタオルもすぐに湿っぽくなってしまうほど、たくさんの汗をかいていた。
「こんなもんか、で、パジャマと下着はどこだ?」
「そこのクローゼットの、引き出しに・・・」
言われたとおり引き出しにパジャマや下着類が押し込まれていた。
そこから中身を適当に取り、銀時に渡した。
「あ、ドウモ・・・なんかちょっと恥かしいね」
いつもの、すこしふざけた笑顔を見せる。元気が出てきたのかもしれない。
汗も拭い、新しいパジャマをさらっと着ると、気分がだいぶ良くなったようだ。
まだ熱があるものの、なかなか眠ろうとしないのでとりあえず身体を横にさせて、ベッドで少し話をした。
「看病って意外と大変だな、特に病人が銀時だと手がかかる」
「そーかな、あんま手がかからないようにほっとけって言っただろ」
銀時が横になったまま、少し首をかしげる。
「ほっとけって言われたって、ほっとけるワケねーじゃねーか!」
「マジで、ほっといてくれたらいいのに・・・お前が勝手に看病してんだぞ、コレ」
何故かスネたような、それとも照れ隠しなのか、怒った顔をする。
「勝手に、な。確かにそうだけどよ。お前、本当に放っておいてほしいのか?」
俺が改まってそう聞くと、銀時は少しうろたえたようだ。声が大きくなった。
「そ、そういうわけじゃねー・・・けど、でもさ・・・」
何か煮え切らない銀時の態度が気に障る。
一体何が言いたいのだろうか。
「俺がここにいると、迷惑なのか?」
冗談で言ったつもりだが思わず深刻な声になってしまい、銀時を責めているようになってしまった。
「迷惑とかそんなんじゃねーよ」
銀時は答えにくそうに、眉間にしわを寄せて言う。
「むしろ、俺がお前に迷惑かけてるよな?」
わりぃ、と銀時が呟いた。
銀時が俺に気を使っていたのが分かったが、そんな必要はないと俺からも伝えてやりたいと思った。
口下手な俺はいい言葉が見つからず、沈黙してしまった。かなり、気まずい空気が流れる。
銀時は眠りもせず、布団に潜って黙っている。
俺も、何も言えずに銀時のベッドの横に座ったまま、部屋の壁を見据えていた。
風邪の時くらい、素直に甘えられないのかな、コイツは。
弱っている時は、誰だって心細くなるだろう。
誰かに側にいてほしいって思うものだろ、きっと銀時もそう思っているはずだ。
でも、遠慮して誰にもそんなことは言わないんだな。
さっき、寝付くまでここにいてくれって言ってたっけ・・・
あれがコイツの精一杯の甘えなのかもしれない。
もっと頼ってもいいのに、いや頼られたいのに、俺じゃまだそれには値しないっていうのか。
甘えられない銀時をかわいそうに思ったり、甘えてもらえない自分をふがいなく思ったり、いろいろと真剣に考えてしまった。
俺がいつまでも沈黙しているので、銀時も居心地が悪いままのようだ。
「トシ」
と小さな声で俺に声をかける。
「・・・ん?あれ、今呼んだか?」
色々考え込んでいた俺は、その声を聞き逃しそうになった。
「あのさ、色々面倒みてもらってアリガトな」
ぼそぼそと小さい声で喋る。
部屋が静まり返っているので、小さい声でもよく聞こえた。
「マジでもう、結構ラクになったから、大丈夫」
また俺を気遣っていやがるのか、と聞き入れないように銀時を見下ろした。
銀時は言葉を詰まらせながら、またぼそぼそと喋る。今までで1番小声で、喋っているというより、独り言のようなものだ。
まるで、俺には聞かせたくないのかと思うほどのボリュームでこう呟いた。
「もし、迷惑でなければさ、もっかい、その、・・・・・・で・・・くんないかな・・・」
「あぁ?もっかい、なんだ?」
俺が銀時の顔の覗き込むと、銀時がもう一度、布団の中から手のひらを出す。
俺に向かって差し出しはしていないが、あきらかに何かを待っているような手のひらだ。
銀時は俺の方を向いて、薄く微妙に笑う。
俺の顔色でも伺っているのだろうか。
多分これが銀時の精一杯の甘え方だろう。
それを託されたんだと思うと、とても嬉しかった。
銀時の手のひらに俺の手のひらを重ねる。
遠慮がちに、銀時の指に力が入り俺の手の甲をそっと抑える。
そんな柔らかい繋ぎ方でどうすんだ、と言わんばかりに俺は力一杯握り返す。
銀時も力をこめて俺の手を握る。
言葉が見つからず、お互いそれから何も喋らなかった。
そのうち銀時は眠ってしまった。
すうすうと銀時の寝息だけが聞こえる。
静かな夜だ。
絡まった指は離れそうもないので、俺はそのまま、銀時のベッドにもたれて一緒に眠った。
銀時の熱は翌日には下がった。
朝帰りのお登勢さんに後を任せて俺は帰宅した。
銀時の慢性的な寝不足が風邪をこじらせた原因ではないか。
1限から居眠りなんて尋常ではない。
銀時の日常生活を俺がちゃんと見てやらないと・・・ガキの頃と同じことを改めて思った。
その寝不足の原因は、もう少しあとに判明することになる。
当時の俺にとっては意外な事だったが、今思えば、当たり前のことかもしれなかった。