『別れる』




金時のその言葉が、土方の胸に重く重く・・・響く。




銀八のことが好きで好きで、やっと付き合い出せたばかりなのに。


これからずっと、もう一生、側にいるつもりでいたのに。


別れる、なんて言葉は二人の間になんか無いと、信じていた。
・・・というよりも、考えたこともない。





-----------  『別れる』・・・?




そんな選択肢は、この先、永遠にないはずだった。
それなのに・・・・・・もう?


ついさっきまでの土方ならば、そんな言葉は受け入れる気などなかった。

簡単に無視できただろう。



しかし今は、金時から不安にさせられるような事を言われたばかりだ。
自分のせいで、銀八先生の人生が台無しだなんて。

今まで目を背けていたけれど、確かにそうかもしれない。

俺なんかじゃ、先生を危ない立場にしているばかりで、何もしてやれていないじゃないか。



それでも、先生を好きな気持ちは本物だ。

何があっても側にいてやる。

だた俺なんかが側にいたって、先生のためになるのだろうか。


俺なんか・・・?


土方が金時の言葉に完全にうろたえていた。

そう言われたからって、はいそうですかと別れるつもりはない。
けれど、自分に自信もなくなってくる。


付き合い出す前に、この不安は既に感じていた。

リスクだって色々と考えていた。

納得した上で付き合い出したのだ。



好きだから、愛しているから、きっと大丈夫だ。



そんな曖昧な、けれど確信を持って強引に突き進んだ。

自分の我侭を銀八にぶつけて、無理やりに納得させてしまった。

それでも銀八が自分を選んでくれた事はとても嬉しかった。




だから、今まで「これでよかった」のだと思ってきたのに・・・




金時の言葉にショックを受けた土方が、呆然としている。


何か言おうとしているが、上手く言葉にならないようだ。
喉元や、唇が少し動くが、結局何も言えずに口を噤んでしまう。


打ちのめされたような表情をしている土方に、金時は「勝った」と思った。


ここですぐに別れると言わなくとも、何度もじわじわと責めればすぐに挫けるだろう。
傷が深くなる前に、さっさと別れてしまえ。それが兄のためだ・・・金時は満足そうに口元だけで笑った。


所詮、子供の恋愛なんてこんなモンだ。
強く否定されちまえば、脆く崩れてしまう。


そんな程度の愛情で、最愛の兄さんが幸せになれるかってんだ!
俺の読みどおり、大したことのないガキだ・・・ふざけやがって・・・


金時は、冷たい目で土方を見下したまま、ふたたび、口元をニヤリと歪ませる。
当然最終的には別れさせる気でいるが、まず土方という男を試していたのだ。



静かになってしまった部屋。



長い沈黙の後、土方が思い切ったように、こう言った。



「別れねーよ・・・やっぱり俺は先生が好きだ、離さない」


「お前のせいで、兄さんの立場が危ういって分かってる?」

やっと呟いた土方の言葉だが、金時は怯まない。

・・・このくらいの事は言って当たり前だ。むしろ言わなかったら、遊びだったのかと腹が立つ。
それでも初めから金時には土方を許すつもりなど、毛頭なかった。


「絶対バレないようにしてるし、これからも・・・」


「甘い事言いやがって・・・ガキのくせに!親のスネかじってる身分でよく言うよ」


金時は自立していない人間が大嫌いだ。

1人で生きてこそ、一人前だ。

それは自分と兄の、幼い頃からの苦労によるものである。
親元でぬくぬくと生活しているような人間に、我侭を言う資格なんかない。

学生である土方の意見など、聞く必要もないと切り捨てた。


一方土方は、ここで生活や収入の話が出るなどとは思っておらず、驚いていた。
自分の何が気に入らないのか分からずにいたが、生活環境の面もネックになっているのだと気付く。


・・・それならば話は簡単だ。
土方は余裕の笑みで返事をした。


「俺が卒業したらすぐ働けばいい話だ。金のことなら問題ねーだろ」

「卒業・・・ね、じゃあ交際も卒業してからにすればいいだろ?何も今すぐなんて無茶すんな」


金時の言葉に土方がそれを想像してか、辛そうに顔を歪ませる。
眉間に皺を寄せ、悲しそうな、または苦しそうな表情で、土方がぼそりと呟いた。


「それは無理だ、卒業まであと7ヶ月もある。待てねえ・・・」

「たった7ヶ月を我慢できない奴が、兄さんのことを真剣に考えてるとは思えないね!」

強くそう言い切った金時。


その言葉を受けて、土方が目を見開いた。瞳孔が開く。


「真剣だからこそ、どんなリスクを犯してでも欲しいんじゃねえか!!」


思わずカッとなり頭に血が昇ってしまった土方の声が、静かな部屋に響いた。

金時が突然の大声とその気迫に驚いた。彼の想いの強さが伝わってきたのだ。
しかし勢いだけで押し通せると思ったら大間違いだ。


・・・納得いかない金時は、再び土方に言い返すべく口を開いた。




その瞬間それを制するように、今までずっと沈黙を守っていた銀八が、


・・・・・・静かに声を発した。



「悪ィ、金時・・・俺も土方とは、別れるつもりないから・・・」


弟に遠慮してか、優しく諭すようにそう告げた。

金時の頭をポンポンと軽く撫で、寂しげに微笑む。そして、金時の顔を覗き込む。


「ごめんな、金時、ありがとう」


すると今まで冷ややかに怒っていた金時の表情が崩れ、目にじわりと涙がにじむ。

今度の涙は、本物のようだ。


「兄さん・・・こ、こんな奴を本気で・・・本気で?」


グスグスと泣き出す金時を、銀八が慌ててあやす。


「ああ、泣くな、ほら、泣くんじゃねーよ、な?」


抱きしめたり、頭を撫でたり、涙を拭いてやったりと大慌てだ。


金時はそれでもグスグスと泣き、次第に涙が大粒になってぼろぼろと目から零れている。




何しろ、金時のとっておき「泣き落とし作戦」が生まれて初めて、効かなかったのだ。

今までずっと、ここぞという時にだけ実行していた必殺ワザ。

効果は100%を誇っていたのに・・・ついに負かされてしまったのだ。



幼い頃から、弟のことを最優先にしてくれた、あの兄が。

弟の我侭を全部聞いてくれた、あの兄が。

初めて、最愛の弟の意見を受け入れなかったのだ。



それほどまでに、兄が本気になっているとは・・・

自分よりも、恋人を取ったのだ。

本当に--------兄を奪われてしまった。



金時のショックは、大きかった。




一方、土方にとっては天にも昇るような気持ちだ。

溺愛している弟の意見より、自分の気持ち・・・土方への想いを優先してくれた。
ということは、今、銀八にとっての一番は自分なのだ。

土方はそう理解して、湧き上がる喜びにうち震えた。


「せ・・・先生ッ!俺、嬉しいです!絶対・・・絶対に幸せにしますッ!」

銀八の背中にそう叫ぶ。
金時さえいなければ、強引にでも抱きしめるのに・・・

土方が嬉しいような悔しいような、照れた笑いを浮かべた。



すると振り返った銀八が、怒り狂った剣幕で土方を睨みつけた。



「ちょッ土方ァァ!テメーも金時に謝れやァァァ!!!」


「へ・・・?なんで・・・?」


「テメーのせいで俺の金時が泣いてんじゃねーか!かわいそうに、しかも泣き止まねーんだよコレェェ!
どーしてくれんの?どー落とし前つけてくれんだテメェ!!!責任とれ、金時に謝れ!!!
泣かしてごめんなさいって、ここで今すぐ土下座しやがれエエエェェェェ!!!!」


ここまで息継ぎもなく一気に、そしてヒステリックに叫ぶ銀八。

冷静さなど微塵もなく慌てている。まるで余裕などなく普段の銀八とは別人のようだ。

完全に取り乱していて、言動の全てがおかしい。


「な、なんで俺が謝るんすか・・・俺のせいで泣いてる・・・んですか??」

「テメーのせいじゃねえか!テメーが金時の言うこと聞かないからだろが!」

「それを言うなら俺じゃなくて先生のせいじゃ・・・」

「まァ俺も悪いよ・・・よしよし金時・・・けど、テメーも悪ィぞ土方!」

「じゃあ俺がそいつの言うこと聞いて、先生と別れちまえば良かったって言うのか!!」

「ざけんな!別れるなんて話になったら、今度は俺が泣くわコノヤロー!!」

「・・・先生、言ってることがめちゃくちゃすよ・・・」

「とにかく土方、テメーが悪い!」

「グス・・・そうだ、お前が悪いんだ・・・グスグスッ」

「金時・・・!?」

「俺の兄さんの心を奪ったお前が・・・何もかも、悪ィんじゃねえかァァァ!!」

「金時!!分かった、もう泣くなっ」

目と鼻を真っ赤にして泣きじゃくる金時を銀八が強く抱きしめる。

そして銀八は金時を慰めながら土方を睨む。

すわった目が「はやく謝れ」と促していた。


土方にしてみたら銀八との交際を金時に謝ること、しかもそれを強要されることが納得いかない。
しかしこの場を丸く収めるには、言いなりになるしかない。

何よりも銀八が弟より自分を選んでくれたことが嬉しかった。

金時との「銀八争奪戦」に自分が勝ったことは紛れも無い事実だ。

そう思うと土方は気分が良くなり、銀八の頼みなら謝るくらい何でもないとさえ感じた。



それで金時と銀八の気が済むのなら・・・。



「おい・・・悪かったな。お前の兄さんは貰うけど、絶対幸せにするか・・・」



・・・ゴッ!!



鈍い音がした。


土方の言葉が終わらないうちに、彼の脳天に銀八の肘鉄が勢い良く決まる。



「い・・・ッてエエエエ!!」


目から火花が散り、頭が割れたかというような激痛だった。
ふたたび土方の目に涙が、そして額には冷や汗がにじむ。

「・・・にすんだ先生!暴力ふるうの何回目だよ今日ッ!」

「金時の方がお前より年上だぞ!何をタメ口聞いてんだコノヤロー。しかも態度がでかーい!」

「んだよ知るかってん・・・」

納得いかずに不機嫌になった土方の頭を片手でしっかりと掴んだ銀八は、問答無用で力一杯フローリングの床に押し付ける。
というより、叩きつけたという表現が適切かもしれない。

土方の額と床が接触した瞬間、再び鈍い衝撃音が部屋中に響いた。今度こそ頭が割れたかもしれない。


「ってェ・・・マジ・・・イテ・・・ッ」

「土下座して、すいませんしたーって謝り続けろ!!100万回だ!!」

「えええええええ!?」


銀八と土方が痴話喧嘩をしていると、金時が自らの手で涙を拭いながら立ち上がった。


「はあ・・・もういいよ、俺がこんなに泣いても気が変わらないなんて、本気なんだろ」

まだ涙目ながら、感情の切り替えが早い金時らしく、すでに表情は冷静さを取り戻していた。

深い深い溜息をつきながら、銀八に無理やり土下座させられている土方を見下ろす。

「金時・・・?」

不安気に弟の顔色を伺う銀八の手からは力が抜け、土方はやっと頭を床から離すことが出来た。
解放された頭を上げて金時を見上げる。

金時は相変わらず愛想のない表情で土方を睨んでいた。

「おいテメー、多串とか言ったっけ?」

「ちょ、なんで多串・・・俺は土方だ、です」

タメ口を聞こうとした土方を銀八がじろり見る。
土方はまた頭を床に叩きつけられるのを怖れ、語尾を敬語で言い直した。


金時の責めるような冷たい視線。

けれどその顔は、自分の好きな銀八と同じだ。

立場が弱くてつい金時と対立してしまったが、土方は改めて銀八と同じその赤い瞳で睨まれるのを、辛く感じた。


自分も立ち上がり、金時と視線を合わせる。間近で見た金時の顔は、やはり綺麗だった。


「多串でいーだろもう。お前、兄さんに迷惑かけんじゃねーぞ。もし泣かすよーな事があったら・・・」

「・・・あったら?」



土方は『まさかこの俺が最愛の先生を泣かせるわけがない』そう思いながらも、真剣に金時の言葉を聞く。



「・・・その時は4分の3殺しだ!我が命に代えても、な!」


金時は自らの手で拳銃の形を作り「Bang!!」と言って土方の胸をめがけて、銃を撃つ真似をした。



その動きに驚いた土方の視線が、自分の胸元にある金時の作った拳銃から、その上にある彼の顔へと移る。



さぞかし憎しみを込めた暗い瞳で、俺を睨んでいるのだろう・・・土方はそう思っていた。



つい先ほどまで土方を敵視し、冷たく固い表情をしていた金時。

しかし今は、初めて、土方に向って、




------------- 優しく微笑んでいた。




金時の赤い挑戦的な瞳が土方を映し、その口元がにやりと笑う。



まるでからかうように、親しみを込めた金時の笑顔に、土方の視線が釘付けになった。

金時の笑顔は花が咲いたかのように明るく、綺麗だ。

これまで見て知っていた冷たい顔の対極にあるような、人懐こい笑顔。




そのギャップに、土方は衝撃を受けた。




その笑顔は、ただの親しみとは異なる雰囲気を醸し出していた。



泣いていたせいでうるんだ赤い瞳は、変わらずじっと土方だけを見つめている。

優しく微笑むその唇が、ゆっくりと薄くひらく。




金時の思わせぶりな表情は、土方を誘っているかのようだ。




土方は自分の意志とは別に、自らの鼓動が激しくなるのを感じていた。顔が熱くなる。

狭い部屋に向かい合っているせいもあり、ふたりの顔が近い。かかる吐息さえも意識してしまう。



「・・・分かった、おーぐしくん?」


にっこりと柔らかく微笑む金時。


そして金時の左眼が、意味深にまばたきをする。


それはまるで、土方だけに秘密の合図を送っているかのようだ。

金色の長い睫はそのウインクを効果的に魅せ、土方の視線を奪った。



もう一度開いた赤い瞳は、じっと土方だけを映す。



土方は完全に言葉を失い、思考を停止させてしまっていた。

ただただ、わけも分からず心臓だけが激しく胸を叩く。




-------- 何が起こったんだ、このトキメキは何だ!?




土方は真っ赤に頬を染め、金時を見つめる。

見つめれば見つめるほど吸い込まれそうになり、もう目が離せない。

身体も固まって動くことができない。土方は金時の熱い視線に完全に射貫かれていた。




-------- まさか、まさか俺は・・・!!!




何も言葉が出ず、額から汗を流してうろたえる土方。




その様子を見ていた金時は、今まで誘うように熱くしていた視線を、突然に冷ややかにした。


ぱっちりと大きく開いていた瞳も、スッと細くなる。




「・・・おいおい多串、何を簡単にオトされてんだよ、バッカじゃね!」




先ほどまで親しげだった金時の笑顔はすっかり消え去り、愛想のない冷たい表情へと戻る。



「はあ・・・?な、何だよそれ・・・ッ!!」


「俺のツンデレ&ウインク作戦でオチなかった奴はいねーけど、お前はチョロ過ぎる!!」


慌てる土方を蔑むように切り捨てた金時が、その一部始終を見ていた銀八の元に擦り寄った。


「兄さん、やっぱコイツ駄目だ!!浮気者だよ!!」


「お、おい!勝手な事言うんじゃねー!俺は浮気なんてしてねーよ!!」


「・・・・・・」


銀八は笑うでも怒るでもなく、複雑な表情で二人を見ていた。

何を考えているのか掴み難いがどことなく憮然としており、少なくとも面白がっている表情ではない。
彼の薄い眼鏡の奥は、何も映してはいなかった。



「に、兄さん・・・?」
「先生・・?」


黙ってしまった銀八の顔を、金時と土方が恐る恐る覗き込む。


銀八はおもむろに、テーブルに置いてあるタバコとライターに手を伸ばした。
いつものタバコを一本咥え、火をつける。

深呼吸でもするかというほどにタバコを大きく吸い込み、また同じ動作で今度は煙を吐き出す。




何を考えているのか分からない、それは普段、土方が学校で見ている銀八と同じだ。

先ほどまで感情を露にしていた彼とは、別人のように落ち着いていた。




ポーカーフェイスは銀八の得意技だ。


それをプライベートでも使われたら、全く敵わない。




今の銀八がどういう心境なのかが、土方には掴めずにうろたえた。
金時も土方と同様のようで、おろおろと視線を彷徨わせている。


ゆっくりと一服する銀八の様子を、土方と金時は、ただ黙って見つめていた。


そしてようやく、銀八が重い口を開いた。



「お前たち、もー帰んなさい」



タバコの煙と一緒に銀八の口から出た言葉は、それだけだった。


「何でですか先生!今日はまだこれからなのに!」

「んだと多串、何がこれからなんだよ!兄さんもどうしたんだよ!」



黙々とタバコをふかしながら、ぷいっと明後日の方向を向いて誰とも目を合わせない銀八。





それを見て、土方と金時が顔を見合わせる。





これは・・・・・・まさか・・・・・・



------------------- 怒ってる、というよりスネてる!?




「多串、テメーのせいだ!」


「またソレかよ!俺のせいじゃねー!」


金時と土方がお互いに小突き合いながら、ボソボソと小声で喧嘩をする。

ふたりとも、銀八の機嫌をとるために必死になって声をかけた。


何か考え込むようにそれらの声を無視していた銀八だが、しばらくしてやっと顔を上げる。
それから、金時に向って静かな口調でこう言った。


「金時、心配してくれてるのは分かるけど・・・お兄ちゃんの大事なもんに手ェ出しちゃダメだぞ?」

口調こそ穏やかだったが、銀八の目は笑ってはいない。


「う・・・ッ・・・」


大好きな兄に本気で叱られた、そう感じた金時はうろたえしょぼくれてしまう。
得意の言い訳もする気が起きなかった。


一方、ショックのあまり黙ってうつむく金時の横で、土方は目を輝かせていた。

「先生、大事なものって俺のことすか!」

「うぜーな、土方。お前は俺の大事な・・・・・・オモチャだ、大人のオモチャ」

銀八がボケを考えながら適当に答えた。最後にニヤリと笑う。

「先生『大人の』って付けると意味が違ってくると思います・・・てゆーかなにを上手い事言ったみたいな顔してんすか!」

「うるせー!そんで土方、テメーも簡単に浮気してんじゃねーぞ」

銀八はさきほど土方が金時のウインクでオトされかけていた事を言っている。
そんなんじゃねーよ、と言い訳しつつも全く身に覚えが無いわけでもない土方は、言葉を詰まらせた。


浮気というほどの事はしていないが、一瞬心を奪われかけたのは事実だ。


「俺ァ浮気とか絶対許さないタイプだからね、関白宣言だからね」

ボケているのか真面目なのか、そう言いつつも銀八は怒っていた。
いつもの軽口の中に、土方を責めるようなトゲがある。


「さ、今日はお開きにしよーぜ。二人とも気をつけて帰んなさい」


土方ひとりならさっさと帰れ、と乱暴に言うところだ。
今はどことなく物言いが柔らかいのは金時がいるからだろう。


金時と土方を立たせて、銀八は二人の背中を押してぐいぐいと玄関まで追い返す。

土方はまだ銀八の側にいたいのに、銀八はそれを許さなかった。


まだ怒っているのだろうか、土方の胸に不安がよぎる。


一方、同じように銀八に追い返されている金時も戸惑っている様子だ。


兄弟なのだから、銀八に叱られた事が無いわけはない。
けれど、分別のつくこの年齢になってから、真剣に、けれど優しく叱られたのは初めてだ。

いっそのこと噴火するような派手な怒り方をされた方が、言い訳もしやすい。
銀八はあくまで金時の気持ちを考え、その上でたしなめたのだ。


そこまでして銀八が言いたかったこと、それは真剣に叱っているということの証だ。


金時は「やりすぎた」と激しく後悔し、罪悪感で胸が一杯だった。
そして、兄が土方に本気なのだという事も、改めて強く感じた。それもショックだった。


「あの、兄さん・・・」


しょんぼりと黙りこくっていた金時が、玄関先でおそるおそる声をかける。

機嫌を直した銀八は笑顔を作って、優しく金時の顔を見た。

「うん、どうした金時」

「さっきは悪かった、ごめん」

素直に謝る金時を、銀八は愛しそうに見つめた。
幼い頃から大切に大切に育ててきた弟だ。


素直ないい子に育ったもんだなァ、と銀八は嬉しくなる。ただの親バカ、もとい兄バカだ。


「気にすんな」

銀八は金時の額にキスをした。
それを横で見ていた土方は唖然としたが、先ほどから怪しいほどにブラコン兄弟だ。

キスくらいするかもしれない・・・土方はそう思い、額から冷たい汗を一筋流した。



玄関で靴を履いて、外に追い出された土方と金時。


金時はキスしてもらった額を嬉しそうに撫でながら、機嫌を良くしてアパートの階段を降りて行くところだ。

土方だけはこのまま帰宅することを拒否していた。


「先生、やっぱ帰らねーとダメか?」

「せーな、早く帰れ」

銀八の対応は冷たく全く取り付く島もない。金時への態度とまるで違っていた。
土方がまだ何か言おうとしたところで、それを制するように銀八は声を発した。


「・・・な、今日はもう、1人にしてくんねーかな・・・?」

また笑うでもなく怒るでもない、銀八独特の表情。


薄い眼鏡の奥の瞳は、目の前の土方ではない何か遠くのものを映しているようだ。


ぼそりと呟くように伝えられた銀八の願いを、土方はどう受け取っていいのか分からなかった。

しかしどう粘っても、家には上げてもらえない雰囲気を感じて、引き上げることにした。
銀八のことが気がかりだが仕方がない。


「じゃあ・・・帰ります」


土方は腑に落ちない気持ちを抱えながら、アパートの階段下で待つ金時へと向かって行く。

何度か後ろを振り返ると、銀八が見送ってくれていた。


銀八の側にいたい、戻りたい。


土方は余裕のない切羽詰った表情で、階段の上にいる銀八を見つめた。



そんな土方の視線に気付いた銀八が薄く笑う。

しょーがねーな、と呟き困ったように、そして嬉しそうに微笑んだ。



「おーい、土方ぁ」



後ろを気にしつつも歩き出した時、アパートの階段上の手すりに頬杖をついた銀八が声をかけた。
土方は慌てて振り返る。

「な、なんすか!?」



「明日ホールケーキ持ってきたら、今日の浮気許してやってもいーけど?」



銀八はにやりと笑った。


土方にしてみたら浮気したなんてつもりはない。

けれど、これで明日も会いに来いと銀八に言われたようなものだ。


「・・・ぜってー、持ってくからな!」



土方もにやりと笑うと、覚悟しとけ、と言わんばかりの強気な仕種で銀八を指差した。


銀八も答えるかわりに手のひらを軽く振っていた。





すっかり夜も更けた帰り道。


金時と連れ立って駅までの長い道のりを歩く・・・予定だった。


しかしその途中で金時が「歩きたくない、タクシーに乗る」と我侭を言ったため、交通量の多い大きな道路へ針路変更した。



「ちぇ、んだよ、ラブラブじゃねーか」

先ほどの二人の会話を聞いていた金時が、面白くなさそうに愚痴をこぼした。

「当たり前だ。邪魔すんじゃねーよ」

土方も同様に、面白くなさそうな表情で文句を言い返す。

「ふん、ケーキ持って浮気を謝りに行くなんてお前、すでに尻にひかれてんじゃん、この、へ・た・れ!」

「え・・・へたれ?そうか?そうなのか?」



金時の一言に大きなショックを受けた土方は、呆然と夜空の星々を見上げた。




・・・何と言われても、好きだから、愛し合っているのだから構わない。



特に今日は、今まで知らなかった銀八のプライベートが明らかになった。



兄弟がいたこと、そして弟を大切にしていること。

驚いたりショックを受けたりしたこともあったが、それでも土方の銀八への想いは深まっていた。



銀八の秘密を知ることで得た満足感、そしてより大きくなった独占欲。


弟なんかに負けるもんか、隣を歩く金時をチラリと見る。



何度見てもその弟は兄に似て、やはり綺麗な顔をしていた。




それでもやはり、自分にとっての一番は先生だ・・・土方はそう思い銀八の顔を思い出す。




銀八先生はどんなケーキが好きだろうか、そんなことを考えて土方の気持ちまでケーキのように甘くなる。






もっともっと銀八の事を知りたい。





誰よりも知りたい。この弟よりも。




-----------側にいたい。この弟よりも。





土方はそう思いながら温かい星空の下、やけにライバル視してしまう金時と一緒に、帰路についた。







次へ


前へ


ノベルメニューへ戻る