季節は秋・・・だかしがし、まだ夏の名残を残して気温は高い。


外を歩くと、今だにうっすらと肌が汗ばむ。




銀魂高校3年Z組の土方十四郎は、まだ暑い中、街の中を出歩いていた。

土曜日なので高校は休みだ。

まだ昼過ぎで太陽も高い。一日はまだこれからだ。



下北沢の商店街をブラブラと歩き、Tシャツやデニムなどを物色していた。



彼は、何もショッピングがしたくて外出してきたわけではない。

担任で国語教師、そして恋人である坂田銀八に会うために休みの日、わざわざ出てきた。

二人の関係は極秘中の極秘であるため、白昼堂々と屋外でデートするなんて事は有りえない。
休みに会うのなら、銀八のアパートに行くのが慣例となっている。

今日もそのつもりでいた。

その証拠に、手には銀八へのお土産の甘味、今日はプリンを買い求めてある。
何かしら甘味を持っていかないと銀八は家の中に上げてくれないのだ。


事前に銀八へは「昼頃に行く」と連絡してあり、銀八もそれを了承していた。
そのつもりで土方は家を出た。

そして新宿駅についた時、銀八から携帯電話へ着信があった。

「悪ィ土方、これから金時が来るから今日ダメだ」

金時というのは、銀八の弟だ。
銀八はこの弟を目に入れても痛くないほどに溺愛している。

「金時サン?俺もいちゃマズイんですか?」

「内輪の大事な話なんだ・・・まあ金時は夜から仕事だから、夕方には帰るけど」

この「仕事」というのはかぶき町でのホスト業のことである。
金時はかぶき町ナンバーワンホストだ。

「じゃあ夕方に行きます。せっかくここまで来たから先生に会いてーし」

「・・・マジでか。時間潰せるのかお前」

「大丈夫すよ。買い物でもしてます」

そう言って電話を切ったのは一時間ほど前のことだ。


新宿駅で途方に暮れていたのだが、そのまま小田急線に乗り下北沢へ出てきた。


下北沢・・・通称下北。ここは新宿からも近い住宅街だ。


駅前の商店街は、とにかく雑多である。
狭い敷地に建物が並び、1階のテナントの上、2階3階にまでも様々な店が入っている。
通りにはカフェやアパレル関係の店も所狭しと並ぶ。ブランドから古着までのセレクトショップが多い。

この街は近隣に大学など学校が多く、さらに小劇場やアトリエ、ライヴハウスなど小さいけれど個性的な施設が揃っている。
よって全国から学生や、夢を追う若者が多く集まり、一人でまたは何人かでグループとなり生活している。

学生やバンドマン、劇団員などが多い街のため、客層が若い。
それだけに安価で個性的な店が多く、流行っていた。

安価で個性的な店といえば、お金のない学生にはちょうど良い。
土方は手にプリンが入った箱を持ったまま、ぶらぶらと散策していた。
彼の所持金はささやかで、そのささやかなお金も常に銀八へ貢ぐ甘味へと消えていく。

ファッションに興味がないので、凝った洋服など買おうとも思わない。

ただし、彼には探している服があった。
テレビで見かけてからずっと気になっているTシャツがあった。
変わったデザインなので、普通の店には置いていない。

けれど、この下北沢という個性重視の街になら、一枚くらいあるかもしれない。



--------- それは、マヨネーズの絵がプリントされたTシャツだ。



しかも、ただのマヨネーズではない。
左胸の位置にあるマヨネーズの注ぎ口から星型の中身が出ており、中央にあるパフェに注がれているものだ。



土方が見たテレビでは「吐き気のするデザイン」とネタにされていた。


しかし土方はそのTシャツが欲しかった。こんなに素晴らしいデザインなのに、何故に流行らないのかが不思議でならない。
あのテレビを見た時に、扱っている店をメモしておけば良かったと心底後悔した。


そのテレビを観て以来、Tシャツといえばマヨネーズパフェのデザインを探し求めていた。


今日の土方も同様に、やはりTシャツばかりを探している。
ハンガーにかかったものはペラペラとめくり、折りたたんであるものは片っ端から広げていった。


そうこうしているうちに2時間近くすぎた。
全く見つからずに飽きたことと喉が渇いたこともあり、カフェに入るつもりでショップを出た。




大きな通りから裏に入り、静かな住宅街を歩いて行く。


特に目的のカフェはないが、駅前に行けばいい店があるだろうと近道をしていた。



人ごみで賑わう表通りとは違い、一本裏道に入っただけで静けさが広がる。


誰もいない住宅街をゆっくりと歩きながら、さわやかな秋の空を見上げていた。




携帯を開き、時間を確認すると、午後3時になるところだ。
夕方になったら、最愛の銀八先生に会える、そう思うと胸が熱くなった。

あと1時間くらい、時間を潰すか・・・そう思いながら、自分の手元を見る。
先生にあげるはずのプリン、しかし購入してからもう4時間近くが経過していた。
ドライアイスを多めに入れてもらったものの、そろそろ効果がなくなっているだろう。

傷んでいないか、土方は心配になった。

「今ならまだ大丈夫だろうけど、これ以上はキツイな」

外箱を触り、中の温度を感じ取ろうとした。
しかしドライアイスのある筈の場所ですら、もう生ぬるい温度であった。



何か別のものでも、買って行くか・・・



銀八の好きそうな甘味を考えながら、土方は住宅街をゆっくりと歩く。




しばらく歩くと、建設途中の住宅の前を通りかかった。



静かな住宅街の中、カンカンカン、コンコンコンという金槌の音が響く。
まだ、木を削るような音、大工の話し声などが聞こえる。

周囲が静かなだけあり、工事の音が大きく響き渡っていた。



まだ壁がなく、足場が組まれているだけの家だ。



建設会社の社名入りの白いビニールで、危険がないように全体を囲っていた。



それを見た土方は、「いつか俺と先生の新居を」などと想像をめぐらせてニヤリと笑った。

外観や間取りなどを具体的に想像し、そのまま彼の中では銀八との新婚さんプレイへと発展していった。
口元が怪しくゆがみ、1人でそっと笑う。




幸せに充ちた気持ちでその建設中の家を横切ろうとしたとき、------- 上の方から呑気な声がした。




「おーい兄ちゃん、危ないよ」




誰か何か言ったか、と振り返ると目の前に木材の束が迫ってきていた。

真上から放り投げられたらしい。



「うおぉああああああああッ!!?」



全身の毛が逆立ち、反射的にその場から飛び退いた。


土方が地面にしりもちをつくと同時に、先ほどまで土方が立っていた場所に木材が落下してきた。

ガッシャァァァンと派手な音を立てて木材が飛び散る。


「あ、あ、あぶねえな!!!!!」


全身が恐怖で汗だくになった土方が、バラバラになった木材を見つめて叫んだ。
避けるのがあと一秒でも遅かったら、自分は木材の下敷きになっていた。

大怪我、もしくは死んでいたかも・・・そう思うと、土方の声が震えた。


「だから危ないって言ったじゃねーか」


土方の叫び声に、上の方から悠長な返事が返ってきた。
全くの他人事といった風で、慌ててもいないし反省もしていない。


「分かるかァァ!!もっとテンション上げて言えや!!」


声の方へと顔を上げると、ハシゴを使って上から降りてくる大工が1人。


「うるせーな、テンションのダメ出しまでされる覚えはねーよ」


その大工はブツブツと言いながらハシゴを降り地面に着地する。
振り返って土方の元までやってくると、「大丈夫か」とかったるそうに土方に手を貸してくる。



土方がその大工の顔を見る、と同時に、大工も黄色いヘルメットを取った。



「ぎ、銀八先生ッ!?」



土方が目を剥いてそう叫ぶ。

目の前にいたのは、まさに銀八だった。

真っ白い肌、死んだ魚のような目に赤い瞳、そしてヘルメットの下から現れた独特の銀色の天然パーマ。

このような特徴を持つ人物は他にいない、それは銀八と何もかもが同じだ。


「あぁ?何だとコノヤロー」


その大工が怪訝そうに土方を見る。

よく聞いてみれば、その声も銀八と同じであった。



その間に建設途中の家の白い囲いの中から、何人もの大工たちが慌しく駆け寄ってくる。



「コラァァ何やってんだテメー!木材投げてんじゃねー!!」
「何度も事故起こしやがって!!」
「朝も遅刻してくるわ、無断欠勤するわ、今なんか危うく人身事故だぞ!?」
「どういうつもりだ!働く気がないのかテメーはよ!」


先輩大工に囲まれて散々に叱られている銀八似の男は、どうやら勤務態度に問題があるらしい。
ここぞとばかりに、過去の事まで怒鳴りつけられている。

集団に取り囲まれて一斉に罵倒されている姿は、土方には少しかわいそうな気がした。


そして終いには棟梁らしき人物に「テメーはクビだ!!」と怒鳴りつけられていた。


銀八似の男は特に言い返しもせずに、その間ずっと黙っていた。



囲んでいた大工たちが持ち場に戻っていったあと、道路には彼と土方の二人きりになってしまった。




土方はこのただならぬ事態を、呆然と見つめていた。

目の前の男はどう見ても銀八だ。他人だなどとは思えない。

しかし大工たちの話を聞くと、どうやらここ数日アルバイトで大工をしていたらしい。

一方、銀八は高校教師だ。
毎日ちゃんと学校に来て授業をしていた。下北沢でアルバイトなどするはずがない。



では、この男は一体・・・土方は固唾を飲んで彼を見ていた。



ポツンと取り残された彼は、くるりと土方の方を見る。
改めて正面から見るとやはりその顔は銀八とまるで同じで、土方はぎくりと身体を強張らせた。


そしてその彼は、重々しく口を開くとこう言った。



「お前のせいでクビになっちゃったじゃねーか」

「は?俺のせい?」

「責任とってよ」

「いやクビって・・・それちがくねーか」

「待ってて、着替えてくるから」

そういうと銀八似のその男が手荷物を取りに工事現場へ戻っていった。


その間も「一体、誰なんだ」と土方は頭を悩ませていた。

しばらく待っていると、私服に着替えたその男が土方の元へやってくる。


真っ白いTシャツにデニムパンツという、安上がりな服装だ。
そのTシャツの胸の部分には「ビーチの侍」という謎のロゴが入っている。
筆の荒々しい文字ではあるが、全く格好良くはない。

思春期に母親がこんなTシャツを着ていたら、ドメスティックバイオレンスの引き金になりそうなシロモノだ。

「お待たせ〜」

さっきまで散々に怒られ罵倒されていたというのに、まったく気にもしていないような軽い態度だ。

へらへらと笑い、飄々としていて掴み所がない。

そもそも、銀八ならばここまで愛想は良くない。「やはり銀八とは別人なのか」と土方は当たり前の事を再確認した。


「それ、なに?」

その彼はまず土方の持つプリンの箱に注目した。
先ほどしりもちをついた時に落としてしまったせいで、外箱の一部が潰れて汚れていた。

「あ、ああ?これはプリン・・・手土産なんだが、こりゃもうゴミだな」

「マジでか?捨てちゃうんなら俺に頂戴」

銀八によく似た顔が、銀八では有りえないほどにこやかに微笑む。
人懐こい笑顔で、土方からプリンの箱を受け取る、というより、強引に奪い取る。

「おい・・・食うのか?」

「うん、いただきまーす」

その場で外箱を開けると、中ではプリンのカップが倒れていた。
ただし、カップに入っているので形は崩れていない。上にトッピングされていた生クリームが溶けて落ちた程度だ。
見た目は汚らしいが、味に支障はないだろう。

カップを手に取り、プラスチックのスプーンで掬って食べる。


「おおー超うめー!」


銀八に似た顔のパーツではあるが、けれどやはり銀八とは表情が違う。
笑顔は人懐こいが、意識的に笑顔を作っているようで、食べている時の顔などは無表情であった。必死なようにも受け取れる。

立ったままプリンをかきこむ姿は異様で、土方は戸惑っていた。

小さな子供ならまだしも、大の大人が道路の中央に立ったまま手を汚してまでプリンなど食べるだろうか。

箱には2つプリンが入っていたが、その両方をあっという間に食べてしまった。


「ふー、ごちそうさん。生き返ったよ、俺3日何も食ってなくて」

満足そうに指先についたクリームを舐め取る。

「3日も!?大工のくせに?」

「大工は日雇いバイトで・・・もうクビになっちゃったけど」

未練もなさそうにサラリとそう答える。


3日間も食事をとらず、日雇いバイトをしているとなれば、ズバリ貧乏だと予想がつく。

一体どうしてこんなことに?

そして、何故ここまで銀八先生と似ているんだろう、土方はその男を注意深く観察しながら考えていた。


「ところで、アンタ、名前はなんていうんだ?」

「名前?どうして?」

へらへらと口元だけで笑い、軽そうな口を聞きながらも名前を教えようとはしなかった。
どうして、と聞かれたので、「担任の先生に似ている」とだけ言うと、彼の目の色が変わる。

面白そうに、そしてからかうように、にやにやと笑いこう言った。


「ラーメン奢ってくれたら、名前教えてあげる」


土方はまだ食うのか、と肩を落とした。

しかしこの男の事はもっと知りたい、そう思いやむを得ず駅前の安いラーメン店に連れて行った。




ラーメンをすすりながら、土方はいてもたってもいられずに話し掛けた。


「なあ、名前を教えろよ、俺の先生とも関係あるのか?」

「気が早いねえ。まあいいけど・・・俺の名前は・・・」

ラーメンどんぶりから顔を上げた彼の視線が、壁のメニューの一点で留まる。
そこには「デザートメニュー」とあり、アイスクリームの写真が数種並んでいた。


「なあ、アイス頼んでもいい?」


にっこりと笑顔を向ける。この要求をのまないと話が先に進まないようだ。

土方は眉間に皺を寄せ、黙って頷いた。




「俺は坂田銀時、多分その先生ってのは俺のお兄さんだと思うよ」

嬉しそうにチョコレート味のアイスを食べながら、その彼・・・銀時はそう言った。

「まさか、だって、先生には金時っていう弟が・・・!!」

「金時は俺の弟でもあるし、うん、間違いねーな」

腰を抜かさんばかりに驚いた土方だが、銀時は全く動じていない。
アイスに夢中になっていた。

「まだ兄弟がいたのか・・・え、マジで、先生の弟・・・さん?」

「先生はどう?ちゃんと授業してる?」

「はい・・・あー、たまにサボるかも・・・」

「ははは、ああそうなんだ」

銀時がアイスを食べている間は、あたりさわりない話をしていた。



土方は、自分と銀八の特別な関係までは言わなかった。


当然、銀時に興味があった。




最愛の銀八と同じ顔を持っている、その人が今ここでどんな生活をしているのか。

銀八のプライベートを知る事が土方の最大の優越感であった。

今日はまたひとつ、銀八の重大な秘密を知ったのだ。

もっと知りたい、そう思い土方は銀時に向かって色々と質問をした。



けれど、銀時の答えはいつも適当で、当り障りのないものばかりだ。
結局銀時がどんな生活をしているのか、全く分からない。


自分の兄の生徒だというのに兄の話も殆ど乗ってこないし、土方にも興味がなさそうで、特に何も聞いてこない。


先輩大工に囲まれて罵倒されても、バイトをクビになっても、兄の生徒と会っても、あまり反応がない。
話をしても、大した進展もなく社交辞令程度で終わってしまう。
向こうからの質問もない。



どうやら、この人は周囲のことに関心が薄いようだ・・・土方は怪訝に思いながら、観察を続けた。



銀時は愛想よく土方の話に相槌をうちながら、ただアイスを食べていた。


「じゃ、ごちそーさん。またね」

アイスを食べ終わるやいなや、さっさと席を立つ銀時。
1人で帰ろうとする銀時を、土方は慌てて引き止めた。

「ちょっ、待て、待てって!!!」

「なんだよ、ここは奢ってくれるんだろ?ていうか、俺は金ねーよ」

「奢る、奢るから!まだ話があるんだって」

「何の話だ?俺はお前と話すことなんかねーよ」

「いいから待ってろよ、そこで!!」

土方がレジで支払いをしている間、銀時は店の出入り口で待たされていた。

しかしその視線はあちらこちらへと移り、すぐにでもふらふらと消えてしまいそうだ。
すでに銀時の足はどこかへ吸い込まれていくかのように、自然と何歩か踏み出している。

もう彼にとっては「土方を待っている」という事などすっかり、忘却の彼方だろう。

ここで見失ったらもう二度と会えないかもしれない。
土方は逃がしてなるものかと急いで会計を済ませて店を飛び出し、銀時の腕を強く捕まえた。

「あ、イテッ・・・なーんーだーよー、まだ何か食わせてくれんの」

ふざけて冷やかす銀時。
その赤い瞳はぼんやりと遠くを見たまま、視線はあちこちに動き、ふらふらと蛇行しながら歩く。


何を考えているのか掴みどころがなく、見ているほうが心配になるほどに不安定な動き方をする。


土方は持ち前の心配性で、銀時を放って置けなくなっていた。


見れば見るほど、その姿は最愛の銀八とうり二つだ。


しかし弟というだけあり、銀時の方が若いのが分かる。顔は少し幼い。
銀八もこんな顔をしていたことがあるんだと想像した。

銀時と数年前の銀八を重ねてイメージし、土方はその目の前の銀時ごと抱きしめたくなった。


「それで話ってなに」

銀時が土方とは目すら合わせず、ふらふらと歩きながら聞いた。

「いや、大したことじゃねーけど、アンタどこに住んでるんだ」

「お前には関係ねーよ」

「そうだけど、じゃあ仕事は・・・ってバイトだけ?」

「お前には関係ねーよ」

「バイトって、もしかして学生か?」

「お前には関係ねーよ」

「銀八先生と金時の間の兄弟なんだろ?」

「お前には関係ねーよ」

ふたりの会話は、終始このような調子であった。
土方は大きく溜息をついた。

「全く話にならねーな」

「だから話すことなんてないって言っただろ」

銀時は悪びれる様子もなく平然とそう言い放つ。

土方は携帯を開き、時間を確認した。
もう4時を過ぎている。そろそろ銀八の家を訪れてもいい頃だろう。

そして隣の銀時を見つめた。


締まりのない表情をしているわりにはガードが固い。

人当たりの良さそうな笑顔を見せるくせに、全く心を開こうとしない。

こんなところで貧乏生活をしているのには、きっと事情があるんだろう。

食べるものにも困り、仕事をする気もない彼のことを土方は放っておけなかった。

このまま1人にしてしまうのは、危なっかしい気がしていた。


そこで土方は、銀時も連れて共に銀八の家を訪れることにした。
銀八はこの銀時の現状を知っているのだろうか。


知っていて放置しているのか、それとも実は・・・仲たがいでもしたのだろうか?


「どうせこの後も暇なんだろう。もっと美味いもの奢ってやるよ」

今どき子供の誘拐にだって使わないようなベタな誘い文句で、銀時が釣れた。
何を奢ってくれるの、と無邪気にウキウキしながら土方の後を付いて来る。

ラーメンを食ったばかりだというのに・・・土方はがっくりと肩を落とした。




銀時の警戒心の無さは銀八の対極にあるだろう。



しかし、身体の危機感が鈍くとも心の内を明かさないという秘密主義は、銀八とよく似ている。

銀八の場合一旦ポーカーフェイスを決め込まれたら、後はどんな手を使っても崩すことは不可能だ。
その弟、銀時にもそのような雰囲気があった。



銀時の場合は普段の愛想がいいだけに、その心の中には余計に踏み込み難い。




何を考えているのか分からない、それはこの兄弟に共通する特徴なのかもしれない。





電車を使って移動し、駅から延々と歩く。
銀八のアパートはもう目の前だ。


そこまで来てから、銀時が「なんか見たことあるなーココ」と呟いた。
実兄の家なのに目の前にしても気付かないとは、一体どれだけ来ていないのだろうか。



アパートの階段を上がりインターフォンで銀八を呼び出す。

その間も銀時は小さく首をかしげて、まだそこが兄の家だとは気付かない様子だ。



しばらくして、いつものとおり、そのドアが30センチだけ開く。
そのドアの向こうの銀八が疲れた顔をしていた。

「よお、ご苦労さん、まだ金時いるけどまあいいか・・・あれ、今日は手土産ねーの?」


手ぶらの土方を見て、銀八がゆっくりとドアを閉めようとする。


「おいおいちょっと待て!今日はスゲー土産持ってきたから!」


土方が締まりかかるドアをこじ開けて、自分の後ろに控えていた銀時を前に押し出す。


ドアの前に立った銀時を見て、締まりかかっていたドアが止まり、そして今度は勢いよく開いた。


そこには、呆然と立ち尽くす銀八の姿があった。




「ぎ、銀時・・・!!」



「あれ、銀八兄さん?」



驚く銀八に対して、銀時は全く動じていない。


普通の兄弟なら、「よお久しぶり」なんて賑々しく挨拶をするところだろう。


しかし銀八は、絶句していた。






・・・一体どういう関係なんだ?





土方はこの様子が理解できずに、ただ見守っていた。



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